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里屋和彦の『エネルギー学講座』



(2000/11)

エネルギー学講座 Vol.6
エネルギー需要について(3)

需要の問題に関連して、地球温暖化防止ハーグ会議(COP6)の決裂について私見を述べたい。

1997年の地球温暖化防止京都会議(COP3)は、毀誉褒貶はあるにせよ数値目標の設定という画期的な成果をもたらした会議であったが、京都議定書の具体的な運用を定めるハーグ会議での合意がなされなければ、温暖化防止に向けての世界の取り組みは片肺飛行になる。しかし、それが現実となりかねない決裂という事態が発生した。来年早期に再協議が図られる模様だが、少なくとも暗礁に乗り上げた感は否めない。

とにかく、毎年行われる地球温暖化防止会議は、あまりの利害の錯綜に会議が始まる直前でも、どういう展開になるか誰一人予想できない。日本風にいえば落とし所が見えない。今回も決裂という結末は、私自身思ってもみなかった。

会議において中心となった対立点の概要を、会議の最中の日経新聞(2000.11.25)から要約して引用する。なお、途上国に対する技術支援の問題も大きな問題であったが、本連載の枠組みから外れるので省略する。

(引用はじめ)
日米と欧州に深い溝・合意なお時間、議定書早期発行に暗雲

【ハーグ25日=堀直樹】地球温暖化防止ハーグ会議(COP6)が温暖化ガス削減ルールの合意に失敗したことで、温暖化防止の取り組み機運が後退しそうだ。関係国は来年5月に再度会合を設定したが、二酸化炭素(CO2)の森林吸収の扱いや途上国支援などで日米、欧州、途上国の溝は深く、合意形成に時間がかかる公算が大きい。日本政府は温暖化対策コストを抑えるため森林吸収分を大きく見積もるという当初方針を貫いたが、非政府組織(NGO)などから日米の強硬姿勢に対する批判も出ている。

交渉国は当初、京都議定書を各国の批准を経て2002年にも発効させるために今回の会議で削減ルールの細部を詰める予定だったが、協議の不調で議定書発効への道筋が不透明になった。日本の産業界はハーグ会議で具体化するはずだった排出権取引や海外植林などを活用してCO2の排出削減に取り組もうとしていただけに、交渉の決裂で温暖化対策の青写真が描けなくなった。

合意の最大の壁となったCO2の森林吸収の扱いは京都議定書でも記述があいまいで、森林吸収量をできるだけ大きく見積もることで削減努力を軽減しようという日本、米国、カナダとこれに反発する欧州との間の溝が埋まらなかった。

プロンク議長(オランダ環境相)が23日示した包括的な合意案は一方で、日米が利用に前向きな排出権取引など国際的制度の活用を無制限に認めたため、欧州が反発。議長調停案は先進国の両陣営から拒否される結果となった。
(引用おわり)

私見であるが、今回のハーグ会議決裂は、アメリカ大統領選挙の混迷もその一因と思われる。京都会議の時には、ゴアが強引に会議の趨勢をつくったが(前回述べた京都メカニズムという柔軟化措置というのは全て米国の提案)、今回は選挙の混乱のあおりで、腰を据えて交渉に臨めなかったものと推察される。

今回の決裂を裏返して見て乱暴に総括すると、結局、日米とEUの間において、エネルギー需給(エネルギー需要に対する供給の対応)についての考え方の違いが露呈したということである。すなわち、森林吸収量をできるだけ大きく見積もる(日本の計画は、全体の削減率−6.0%のうち、−3.7%を森林吸収に頼ろうとしている)ということは、エネルギー起因に伴うCO2削減を多く見込めない、すなわち、日米は、エネルギー需要の大幅な削減は難しいことを間接的に示唆しているのである。特に日本では、省エネは世界一進んでいるといわれており、産業界からは乾いたタオルは絞れないという主張がなされている。だからこそ、日本は森林の吸収率にかけていたのである。

しかし、EUは、燃料転換等に伴う削減の余地が大きく、日本の状況とは大きく異なっている。

(引用はじめ)
EUでは、八%削減に向けた各国の目標を定め(ドイツ−21%、イギリス−12.5%など)、本格的に、石炭から天然ガスへの燃料転換、再生可能エネルギーの利用を促進するための発電と供電の分離・再編などをすすめ、ドイツは−11.9%、イギリスは−7.5%減などの成果をあげている。しかし、EU全体ではまだ増加傾向にあるため、EUは、各国の国内対策が急務であることなどを指令の形で決めている。(よくわかる地球温暖化問題 気候ネットワーク 中央法規 2000年 P44、通産省ホームページより)

石炭はCO2排出度合いが相対的に高いエネルギーであるが、ドイツは、これまで主要先進国の中でもエネルギー供給に占める石炭の割合が極めて高かった。しかし、近年では旧ソ連地域からのパイプラインによる天然ガスの利用が拡大しており、CO2排出の大幅削減を可能にしている。さらに、90年に統合された東独は、とりわけ石炭への依存度が高かった上、最近の経済低迷によりCO2排出量が大幅に減少している。したがって、1990〜94年の間のドイツの大幅削減は旧東ドイツ地域によるもので(−41%)、旧西ドイツ地域だけを見れば、+3%となっている。(通産省ホームページより)

イギリスも、エネルギー供給に占める石炭の割合が高い国であるが、近年、北海油田からの天然ガスの利用が拡大しており、CO2排出の大幅削減を可能にしている。EUバブル※では、様々な理由で、クリーンなエネルギーへの転換が遅れた国が排出削減の大半を担うことにより、結果として15国のうち5国は排出を増加させ、2国は排出横這いとすることが可能になっている。(通産省ホームページより)

※ EU加盟国に対しては、国ごとにそれぞれの経済事情を踏まえて−30〜+40%という差別化されたCO2排出削減率を定め、EU全体として15%の削減を実現しようとすることをEUバブルという(通産省ホームページより)
(引用おわり)

上にみるように、EUは、決してエネルギー需要の抑制をメインに掲げている訳ではないことは銘記したい。うがってみれば、EUは余裕があるのである。

なお、森林による吸収自体は、京都メカニズムといった柔軟性措置と次元を異にするもので、省エネと並んで二酸化炭素削減の本筋の一つであることはいうまでもないが、海洋における二酸化炭素吸収と同様、吸収率の学説が定まらないため、今回の決裂といった事態を引き起こしてしまうのである。

森林の吸収率が望めないなら、排出権取引きへのシフトをさらにかける必要があり、さらにはエネルギー起因によるCO2削減にさらに取り組まなければならなくなる。具体的にはエネルギー需要に何らかの規制をかけることに傾斜していき、深刻なイデオロギー対立を引き起こす可能性がある。このことについて、次回触れたい。

余談だが、今回の会議でもNGOの動きがいろいろと報道されていたが、彼らはIPCCの報告書に、極論すると盲従しており、IPCC自体に批判の矢は向けられていない。少なくとも一つ位は、IPCCは、大国のエゴだと主張するNGOがあってもよさそうなのに、そんなNGOは一切ない。温暖化の懸念は誰もが(私も)共有しつつあるので、大勢は理解したいが、温暖化説に異論を唱える学者もいるのに、そういう姿勢のNGOは一切ないというのも不思議な話である。
(つづく)

2000/11/27(Mon) No.01

エネルギー学講座 Vol.5
エネルギー需要について(2)

「地球環境と大気汚染を考える全国市民会議」の報告書「国内での二酸化炭素排出対策だけで6%削減は達成できる」にある対策案の一つである「家庭や店舗・オフィス等での省エネ行動」という発想は重要な問題点を孕んでいる。

結論をいえば、この発想は国全体のエネルギー需要の抑制に効果がないということである。

エネルギー問題は、結局、エネルギーの需要に如何に対応していくかという問題に関わってくる。資源枯渇の問題も、原子力の問題も、環境問題も、もしそもそもの需要が極めて小さいのなら、そういった問題も起こらないであろう。

ここで、以下のような素朴な疑問が出されるであろう。
“需要にやみくもにあわせようと考えるのではなくて、需要を制御して供給の対応を図ればよいのではないか”

この問に対する答えは
“国全体の需要を、政策的に制御することは極めて困難である”
ということになる。

局所的に、例えば電力会社が電力のピーク需要をカットするために、大きな工場のような需要家に働きかけて、需給バランスを調整することは今日、DSM(Demand Side Management)として、先進国の中で普及しつつある。しかし、国全体を考えると、話は全く違うのである。

小室直樹先生は、以下のような例示でもって、日本人が社会科学音痴であることをずっと指摘されてこられた。それは、社会は、個人がかくあるべしと思ってもその通り動いてくれないということを日本人が理解できないことによると。

(引用はじめ)
消費は、国民が勝手にするのであって、政策ではどうしようもない。政府が命令したって、お願いしたって国民は欲しくない消費財は買わない。かって、(昭和60年)、中曽根康弘首相(当時)が、日米経済摩擦を緩和するために、「国民一人が100ドルずつアメリカ製品を買いましょう」と勧めたことがあった。その志やよし。しかし、中曽根首相は経済を知らないと、いろんな人から嘲笑されることとなった。だってそうでしょう。アメリカ製品だって、欲しいから買うのであって、政府の指示によって買うのではありません。消費は政策の対象とならない。
(引用おわり)
日本経済破局の論理 小室直樹著 光文社 1992年 P.42

こういうと、では省エネルギーや、ごみを出さない工夫をすることは全く意味がないのかといわれてしまうが、勿論そんなことはない。ただ、社会全体としては、個人の努力の集積だけに頼ることは、極めて効果が少ないということである。

社会全体のエネルギー需要も経済の動きによって決定されてくるもので、個人の心がけによって制御することは不可能なのである。

これは、証明することではなく、いわばアプリオリに認める公理のようなものであろう。社会科学は、社会の法則を見つけるためのものである。その観点から、国全体のエネルギー需要の伸縮の原因は、個人の心がけに還元できない。経済学的にいえば、消費関数(需要と比例関係にある)を構成する変数として、所得、資産、他人の消費といった要因は考えられても(前掲書 P.147)、環境問題を心配する環境人といった概念は、現実に需要の抑制に対する寄与が期待できないため価値がないといえる。

以上、極めて単純なことであるが、識者も陥りやすい陥穽として提起した。

次回、さらに敷衍しつつ、需要の問題を現実的にどう解決して行くべきかを考える。
(つづく)

2000/11/15(Wed) No.01

エネルギー学講座 Vol.4
エネルギー需要について(1)

エネルギーの需要の問題を考えていく。

CO2削減対策においては、排出権取引や森林のCO2吸収を削減枠に算入する仕組みなど、制度の利用で目標達成を図る日米と、省エネや脱化石燃料などの本質的な削減努力を重視する欧州と途上国という対立構図がある。このことから産業界における対立構図を分析することも可能であるが、本稿では省く。

日本政府の対策案は、1998年6月に出された地球温暖化対策推進大綱にある。
@ ±0.0%:化石燃料消費からのCO2
A −0.5%:メタン・一酸化二窒素、エネルギー起因以外のCO2
B −2.0%:革新的技術、国民各層のさらなる努力
C +2.0%:代替フロン等(HFC、PFC、SF6)
D −3.7%:森林等の吸収
E −1.8%:京都メカニズム(排出権取引、共同実施、クリーン開発メカニズム)
計 −6.0%

京都会議において、日米が、当初予想していたよりも大きな削減率で妥協したのは、対策を楽にするような制度(京都メカニズムと呼ばれる柔軟性措置)が盛込まれたことによる。すなわち、他の項目で達成し得ない残りの部分を京都メカニズムで補うことになっているのである。

上記の対策案は、EU諸国と比べて、@の寄与が低い一方、D、Eに大きく頼ろうとしていることから、環境NGOから批判されている。

有名な環境NGO「地球環境と大気汚染を考える全国市民会議」は、2000年10月19日、エネルギー消費効率の高い技術導入などによって2010年までに、二酸化炭素排出量を1990年より約9%削減でき、約2兆5000億円の経済的利益も生まれるとする試算結果を公表した。

余談であるが、ある分野においての問題点を理解するには、良質な批判派の主張を勉強することが一番である。原子力問題でいえば、先日亡くなられた高木仁三郎氏が代表をかって務められていた原子力資料情報室から発信される見解を検証することが最も効率的だと思う。

「地球環境と大気汚染を考える全国市民会議」の報告書「国内での二酸化炭素排出対策だけで6%削減は達成できる」から、結論部を引用する。

(引用はじめ)
『結論』
技術対策・電源対策・需要対策の3つの対策を総合的に実施すれば、CO2排出量を2010年までに1990年レベルから約9%削減することが可能である。

〔技術対策〕
●現時点(1999年時点)ですでに日本国内で実用化されている最もエネルギー消費効率のよい技術(トップ技術)の導入を、省エネ基準の強化や税制改革などで政策的に推進する。

〔電源対策〕
●最新型のLNG火力発電や再生可能エネルギーの導入を政策的に進める。
●石炭火力発電の新規建設を中止する。
●原子力発電の新規建設は中止し、運転開始から30年を経た段階で順次廃止する。
●発電には再生可能エネルギーや二酸化炭素の排出量が少ない最新型LNG火力発電から優先的に使用する。

〔需要対策〕
●産業構造の改革:公共事業の半減,循環型経済の構築など
●自動車走行量の抑制:物流の効率化とモーダルシフト,公共交通機関の整備,交通需要マネージメント施策の実施など
●家庭や店舗・オフィス等での省エネ行動の政策的支援・促進など
(引用おわり)

この対策案は、政府の地球温暖化対策推進大綱でいえば、@とBに該当する対策である。

エネルギーの需要の問題を考えて行くにあたって、看過できないのは、〔需要対策〕の最後の項にある「家庭や店舗・オフィス等での省エネ行動」という発想である。この発想に秘められる重要な問題点を次回提起する。また、この種の論文が持つ根本的な問題点も併せて提起したい。
(つづく)

2000/11/09(Thu) No.01

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