じてんしゃや ポンテ
駅跡で 笑顔に思ふ さそりの火
  ツール・ド・南さつま当日 日誌
自転車で60kmコースの伴走する予定でしたが、参加者の多さに予備チューブを増量して自動車でコース上パトロールに変更。何故なら携帯ポンプや予備チューブ無しの人多いから。普段はどうしているのか?

60km組は予想に反してパンクも無く淡々と進む。
笠沙支所前の坂ではへばって休憩中の発見、本当にすみません、「死屍累々」などという不謹慎な言葉が浮かぶ。

野間池後浜休憩地点で折り返し後半戦、大浦干拓の直線部分で、トップチューブをまたいだままお地蔵さんのように止まっているライダー発見。声をかけるとやはり「つった」らしい。リタイアしないで続行希望とのこと。なんとか草むらに寝かせ休憩させるが、プルプルきていて顔が真っ赤、このままだと熱射病になってまう。近くといっても大浦干拓は田んぼだけなので、けっこう遠くまで探しに行って手に入れた水をかけたりスポーツドリンクを飲ませたりして回復させて再び送り出す。

その後は大きいトラブルも無く、ゴール手前3kmあたりで100kmの部に出場のパンプキンYさん発見、脚にメスを入れて半年余りで見事な復活。おめでとうです。

たくさん用意したパーツの出番も無かったので来年は必要ないかも。と思うがマーフィーの法則によると…
P1020761.JPG 640×480 158K
2007年09月23日(Sun)

  "ツール・ド・おおすみ"の開催日 お知らせ
ツールド南さつまのお手伝いをしていただいた鹿屋の高野サイクルさまより教えていただきました。

11月25日(SUN)

だそうです。カレンダーを見ると、金曜は祝日なのでうらやましい三連休の方もいらっしゃるのでしょうね。
2007年11月25日(Sun)

  遠征その肆 日誌
レース当日。
無理やり05時に起床、するつもりが若干遅れて大会本部まで自走。起きぬけの坂道はきつい。今朝の作業の指示を受ける。「お助けマンはゴンドラ運転開始とともに山頂に上りもろもろ準備、コース点検をかねて下るべし。」時計を見るともうすぐじゃん。朝めし抜きで上ることとする。他のスタッフは弁当を作ってもらっておくなど、朝めし確保していた。やはり慣れてなさがでる。とりあえず自販機缶コーヒーでお茶を濁す。あるいは石で口を漱ぐ(ウソ)。

山頂ではテントやPAなど建屋内から運び出し設営。間もなく試走オープン。午後の決勝までは何もないので下ることに、通算2本目。前日よりはびびらず下れる。ちょっと楽しくなってきた。

下り終えて民宿へ、食事の算段をしなければ夜までメシ抜きになってしまう…ところが民宿のおかみさんがわざわざ用意してくださる。素揚げしただけの茄子がメチャウマ。朝夕の冷え込みが厳しいので味がしまって良いのだそうだ。南国のそれとするとまるでフルーツ!日本は縦に長いのだと実感する。たらふく食ったので、観光地での買い食いは中止。そのまま再び山頂へ。

ローラースキー(?)を履きストックを使い作業道を上る練習風景をゴンドラから眺める。勾配を考えると多分たいがいのビギナーライダーより速そう。ここはスキーのくにであることを実感。決勝スタートまで、高原の夏をのんびり味わうとする。だんだんと選手も山頂へ集まりだす。ポンテよりブーデーな方の含有率も他の自転車イベントより多い。すんごいバイクばかり。ここだけ見るとダウンヒルの衰退は嘘のよう。というか、ここが最後の砦なのだろう。

地元中学生の和太鼓をイントロにいよいよレース開始。迫力の集団スタートを撮影してからおっとり出発することとする。(↓画像の右下端が自分です。)スタートはまるで合戦のはじまりのような迫力。先陣争いというのを実際にはじめて見た気になる。騎馬じゃなくて自転車だけど。いや、アイアンホースはいたかも。

さあおいらも下るか、と思ったらスタート地点でパンクしている選手発見。開けてみると例のグルーレスパッチの修理跡から微かにエア漏れているらしい。試走や予選で負担が大きかったのだろうか。バルブ穴コンバーターを外して自前の米式チューブを付けてあげる。これで自分自身も換えチューブナッシングに。ほぼ最後尾を出発。問題なしだが楽しみでゆっくりのライダー達をパスしながら進む。途中マウンテン車椅子のコンちゃん&パンプキンNさんを抜かす。

コース中盤、急斜面のあたりでウィメンライダーに下り方指南。自転車を杖代わりに急坂を歩いてクリアする方法を伝授。今までは誰かに持ってもらったみたいで初めて自力でクリアできたと喜ばれる。このあたりでコンちゃん&パンプキンNさんに抜き返される。以後追いつくこと無し。なんちゅう根性や。

終盤、親娘2台に追いつく。小学生の娘さんは涙も枯れ果てながら、上級者らしいお父さんに励まされ走行中。よく見るとお世辞にも高価といえない素朴な子供マウンテンは、前輪がパンク。チューブはまさかの英式バルブで携帯ポンプでは対応不可、残り距離・制限時間を考えて「なんとかたどりつきますよ。」とのこと。このまま見守りゴールしても、感動のゴールシーンを邪魔することになるので、先について情報提供し盛り上げることとする。ゴール地点でこのことをやしろさんに伝えると、さっそくMCのネタに。どうやら箱館山コースの手伝いもする大所帯チームさんのメンバーらしい。メンバーその他総出で感動のゴールをお迎え。さっき下り方指南をした女性ライダーや、制限時間ギリギリで有名なチームもゴールして競技終了。ワールドクラスライダーから小学生まで同一コースってドラマたくさんで面白いと思った。

やれる範囲で片付けして、近くのアリーナで表彰式があってフィナーレ。
宿替えした先の近くの温泉でさっぱりしたあと村役場や観光関係の組合のレース担当の方々とのお疲れ会に混ぜていただき話す。
地元の方には村のこと、レーサーにはレースのことなどいろいろ質問して見識を深める。山形の同業大先輩には、「インカレチャンピオンどんぺいくんの初レースはオレのとこのマウンテンレースだったのだよ。」と教えていただく。素晴らしい普及活動であるなあ、お手本だなあと思う。大阪でデザインスタジオを営む八代Jrさん(手伝いに来ていた)とは、映画監督三木聡はすごいという話題で盛り上がる。「転々」鹿児島では上映しないんだろうなあ。

お疲れ会終了後、ちょっと街を徘徊。夜中が営業時間という食堂で、名物野沢菜タンタン麺をいただく。メチャ辛!!(次の日大変なことに…)流石に日曜の夜は開いているところも他になくおとなしく寝る。
興奮しているのか翌朝も一人早起き、タオル片手に温泉めぐりする。ようやく観光気分。その後皆さんと由緒正しい田舎の民宿の朝食をいただきいろんな活動の成功を誓合い我々は帰途へつく。南へ。
終わり。
07nozawa.jpg 800×300 113K
2007年09月14日(Fri)

  締め切り迫る(訂正あり) お知らせ
すみません、位置関係の訂正あります。

お申し込み忘れございませんでしょうか。
2007 ツール・ド・南さつま
の申し込みは、今週末までとなっています。

こんなお立ち寄りスポットも勝手に紹介

60kmコースの方は往路左側(復路右側)にあるとも屋さん、
とも屋菓子舗紹介記事
とも屋のパン
ここでプレーンなパン買って、折り返し地点まで持っていくと楽しいことがあるかも…

60kmコースの方は往路右側往路は通過せず(復路左側)にある染川さん、
お菓子の染川紹介記事

コース沿いにあるので便利、眼を吊り上げてゴール目指すのも良いけど、迷惑かけない範囲で寄り道休憩もまた楽し。
2007年09月09日(Sun)

  遠征その参 日誌
P1020654.JPG 480×360 66K
間隔空きましたが続きです。場面は依然ウエルカムパーティ。

90年代前半までは霧島サイクルジャンボリーにもMTBレースがあって(コースは関平鉱泉販売所向い)、そのコースレコーダーにして、こちらも今はない開聞MTBレース97のチャンピオンの宮本光司選手と再会。
元々は関東出身、一時期九州にいたとき知り合い、今回はおそらく8年ぶりの再会。野沢の戦績は初年から優勝、去年は6位とクロカン出身の意地を見せてます。現在クロカンの一線から退き、竹谷選手のサポートをしているそうで、準選手的な扱いなのかスペシャで出走。(今年は4位)
ここぞとばかりに、スペシャチームの予算下りなくても泊まりはお世話するから「竹谷選手連れて九州に来てね。」とお願いする。

パーティ終了。2次会があるというので、迷路のような温泉街を先導されゾロゾロ歩いていく。恐らく温泉街の中心地と思われる立地の居酒屋にて2次会。
レーサー・スタッフ・仲良しチーム等々846ファミリーの貸切。
本場メガアバランチェのチャンピオン、レネ・ベルトハーバー@スイスもいる。通訳にあたる人が「英語もわかるからどんどん喋りかけていいですよ。」とおっしゃる。都合ビール2Lほど飲んでいい気分なので“How about japanese beer ? Do you like it ?”“How many dollors from REDBULL ?”などと無茶苦茶な英語で話しかけるがナイスガイ、ちゃんと受け答えしてくれる。しまいには“You must wear KIMONO next year.”などと命令する失態。浮かれてしまいました。
明日に備えてそこそこでお開き。民宿に帰る。と、そこでも小酒盛り中。今度は日本文化マニアだというUSAからの青年(名前はドイツ系でした)に、ドイツ系アメリカ人作家カート・ヴォネガットが亡くなって悲しいのだ!と愚痴をこぼして就寝。迷惑かけました。(どんな作家かというと、マイケル・ムーア監督の最新作“シッコSiCKO”では謝辞が捧げられているというさういう作家。ポンテと同世代の屈折系人種のグルex.大田光とか水道橋博士とか。)

レース本戦に続きます。
2007年09月09日(Sun)

  PC壊れました お知らせ
よりにもよって土曜日に動かなくなってしまいました。
98SEマシンを引っ張り出して、WEBとメール等は使えるようにしましたが(gmailやgブックマークに移行しておいて良かった)、画像データは復旧できないかも、野沢の思い出が…
2007年09月01日(Sat)

  遠征その弐 日誌
25日(SAT)早朝、フェリーで神戸港着。そのまま高速道路を乗り継ぎ15:00、会場到着。ちょうど予選最終組シニアカテゴリー(つまり一番早い連中が集まってる)の選手が次々にゴールしてくるところ。
挨拶もそこそこに、ばらして送り込んでいた自転車を、本部のある建屋の奥で組み立てる。選手ではなく、今回新設の「お助けマン」という役割で走ることになり、早速予選終了後のコースオープン中に走行しろとの指令なのです。
お助けマンとは、なんとか麓までたどり着くようお助けをする役割。ところどころスキー場メンテ用の作業道と交差するとはいえ回収も大変だし、なるだけ自走で麓まで降りてきてもらおうという趣旨なのでしょうか。
準備ができたので、お助けマン用の持ち歩きグッズを貰おうと思ったら、無いとのこと。なんと予選終了までに、用意した予備チューブ60本が無くなったらしいのです。どんなコースやっちゅうねん。
仕方なく持込グッズのみで、Uターン土田するまでは週末ダウンヒラー、今回一緒のNさんとともに、ゴンドラに乗箱。高さにびびる大木、ここでもう怖い。
山頂駅についてゆっくりする間もなく、先輩お助けマンfrom山形@チームホシの学生くん達に情報を聞いて下りはじめる。純ダウンヒルではなく、登り返しもある走りがいのあるコースを、各所チェックしてるつもりで下っていく。なんせ余裕が無い。
コースにはシューズのソールが落ちてたり、チェーンが落ちてたり、何でもないところでコーステープが切れてたりと選手の苦闘ぶりが伺える状況。進んでいくうちに緩斜面が終わり急斜面へ、自転車で言うと激坂下り。水切りのギャップでこける。上腕部すりむく。これで他人様をお助けできるのか?立ち止まりつつの走行だったけどゴールまで正味45分。トップライダーは13分台だそうでなんちゅう速さやねん。ポンテは同じ機材を使っても30分は切れないかも。Nさんは「20分切れるかなあ」と言ってました。
下り終えてからウエルカムパーティまでに時間の余裕無く、慌しく準備する。ドレスコードは浴衣と聞いていたので浴衣にて参加。民宿から会場まで徒歩移動。意識して歩くもすぐ着崩れる。着物に合う身のこなしって身に着けてたいと思ったりするが、そう簡単にはいかんなあと思いつつ坂の街を登る。
やっと着いた会場は準備真っ最中、意外と男性の浴衣姿は少なくちょっと裏切られた感あり。まあ女性の浴衣姿は多かったのでOK。開場待ちのサービスに焼酎獲得じゃんけん大会、もりあがる。そのアシスタント雑用をこなしてるうちに、表では開場開始。なんとNさんは入場者に飲み物を配る係りをかってでていたので、それに付き合う。しばらく手伝うも何故かハンガーノックに見舞われる。
ここまで食を抜いたわけでもないので、あの45分のダウンヒル走行でやられた模様。運動強度というより、よっぽどのストレスで血中の栄養を使い切ったのか、フラフラ。イチ抜けさせてもらって立食パーティに潜り込む。パーティ定番の揚げ物系は既に少なく、郷土料理をいただくも、これがウマー。ジャガイモを甘辛くにたショウニイモやジャガイモのなますなどなどおなか一杯。なんとか落ち着く。販売していたビールも何本かいただきつつ、このあとはご機嫌モード。単純に楽しむ。このあとキリシマやカイモンのチャンピオンとの再会へ続く…
P1020667.JPG 640×480 60K
2007年08月31日(Fri)

  遠征その壱 日誌
たまには自分語りします。

話は遡り7年前、開店準備もおぼろげな頃、白馬岩岳での846イベントに押しかけました。そのときのマイクパフォーマンスが、「全ての道は共用できるようにせなあかん。マウンテンバイクの通る道はマウンテン車椅子と共用が本当や。そのための日本初の木道をを作ったるから手伝いに来てや。」八代さんがコロラドから持ってきた、日本初のインデペンデンスボードゥオーク@岩手の立ち上げです。
「このおっさん途方もないホラ吹きだぁ。岩手にも行きたかったし、ファンタジーが形になる瞬間に立ち会えるなぁ。」と、軽い気持ちで手伝いに行きました。おそらくそのとき初めて僕の名前を覚えてもらったのだと思います。「俺はハシモトの為なら何でもするからな。これは約束や。」その心をありがたく頂戴しました。
その後リゾート関連事業のリストラに巻き込まれるなど、桁違いの苦労をしたのは八代さんなので、軽々に甘えるのは無しでしょう。

…6年後、4時間耐久開催はその約束の実現でした。
普通ならそれでオシマイ、Q. E. D.。

なのですが、ここからがポンテの素晴らしい人徳・功徳とは何にも関係なし。
南さつま地元サイクル愛好家・行政の情熱を受け取った846さんが意気に感じて、846イベントがまだまだ続いていきそうな按配になってきました。

そして新たな段階に向け、
「ちょっと遠いけど野沢アバランチェまで来て、南さつまの宣伝しいや。悪いけど交通費自己負担してな、着いてからの泊まりは世話したるから。村をあげてのもてなし振りと、参加者の笑顔を見て欲しいんや。ハシモトは選手で走らんとあかんで。」
というような訳で、行く事になったのでした。

↓ウエルカムパーティ開場を待つ参加者にフライングじゃんけん大会の光景。もちろん商品は焼酎。
P1020646.JPG 640×480 62K
2007年08月29日(Wed)

  帰り着きました 日誌
高速道路〜フェリー〜高速道路と乗り継ぎ無事に帰り着きました。
信州ではお蕎麦をたくさんいただきましたが、ご同行いただいたUさんがおっしゃるには
「やっぱいわがぇん蕎麦がいっばん。」
このムワーッとくる暑さすら懐かしい感じ、すらほっとします。

お手本としてはとても憧れますが野沢は野沢。
無いものねだりはせず、この土地ならでの良さでおもてなし、楽しい大会を作り上げましょう。ご協力よろしくお願いします。

↓画像は山頂、スタート前のちょっとした空白の和やかタイム。
P1020691.JPG 640×480 107K
2007年08月28日(Tue)

  日常へ復帰 none
mb_0828061549.jpg 240×320 17K
帰途順調只今移動中。昼過開店予定。謝々。
2007年08月28日(Tue)