『いめぇじあっぷ ~(たぶん)その1~』
「セリオちゃん、いめぇじあっぷぷろじぇくとぉ~♪ どんどんぱふぱふぅ」
「……盛り上がってるわね」
一人で騒いでいるセリオに、綾香はため息を零しながら呆れた目を向ける。
「対して綾香さんはノリが悪いですね。もっとパーッと景気よくいきましょうよ、パーッと」
「ワケも分からずにノリノリになんかなれるかい! っていうか、『いめぇじあっぷぷろじぇくと』って何よ?」
「言葉通りです。正確にはイメージ回復って感じですけど」
「イメージ回復?」
微かに小首を傾げて綾香が尋ねた。
「はい。イメージ回復です」
大真面目な顔でセリオが首肯する。
「どうも、わたしに対して誤った認識をされている方が多いみたいなんですよ」
「誤った認識?」
「そうです。しかもマイナス方向に。その所為で、不当に貶められる事もしばしば」
「貶められる?」
綾香の目が真剣なものに変わった。
親友であり、大事な家族であるセリオを貶めている者がいる。聞き捨てならない発言だった。
「どういうこと。詳しく聞かせてくれないかしら」
セリオの顔を真正面から見詰め、やや険を帯びた声色で綾香が問う。
その綾香に、セリオは短く返した。
「わたし、お笑いキャラ扱いされてるんです」
至極シリアスな声で。
「……は?」
綾香がポカーンとしたアホ面を晒してしまった事を誰が責められようか。
「納得いきません。全く、不当もいいところです。わたしがお笑いキャラ? 冗談じゃないですよ。綾香さんもそう思いますよね? ねっ? ねっ?
――って、綾香さん? どうしたんですか、こめかみなんか押さえて」
「一瞬でもマジになったあたしがバカだったわ」
そう漏らすと、綾香は深々とため息を吐いた。なんとも苦々しい顔で。
「誤った認識? 不当に貶められてる? どこがよ!? ごくごく真っ当な意見じゃない!」
「な、なんて事を言うんですか! もしかして、綾香さんまでわたしのことを誤解してるんですか? ひどいです!」
「ごかいぃ?」
セリオの叫びに、綾香はジトーッとした視線で応える。
「誤解です」
キッパリと、清々しさすら感じさせる力強い声でセリオが言い切った。
「わたしがお笑いキャラでなどあるはずがありません。なにせ、セリオちゃんは純情で可憐な乙女なのですから」
「……ああ?」
心底納得できないといった表情を浮かべつつ、綾香が耳元に手を添える。
「聞こえなかったのですか? では、もう一度。セリオちゃんは純情で可憐で清楚で無垢で素直で……」
「ちょっと待った! なんか増えてるよ!? いろいろと余計なのが増えてるっぽいよ!?」
「いいじゃないですか、ちょっとくらい増えていても。と言いますか、まだ途中なんですけど」
遮られた事が面白くなかった模様。セリオが不服そうに口を尖らせた。
「いや、いいから。もういいから。セリオの言いたい事はよーく分かったから。早い話が、お笑いキャラというイメージを払拭したいワケね?」
「簡潔に言ってしまえば。やはり、わたしに『お笑い』なんて似合いませんから」
そうかなぁ?
心の中で思いっ切り首を捻る綾香であった。
「――というワケですので、『いめぇじあっぷぷろじぇくと』にご協力をお願いしますね、綾香さん」
「うん。まあ、それは構わないわよ」
その読みにくい平仮名の名前だけはなんとかならない? などと思いつつも綾香が了解する。
「でもさ、あたしでいいの? イメージ戦略だったらさ、あたしよりも一般受け万人受けしそうな娘が手伝った方がいいんじゃない? あかりとかマルチとか」
「いえ、わたしのパートナーは綾香さん以外には考えられません。綾香さんが一番です」
「……セリオ」
何の迷いも無いセリオの言葉。
思わずジーンと感動してしまう綾香だった。
「だって、粗暴な人が相方の方が引き立て役に……げふっげふっ」
「ん? なんだって? 今、引き立て役とか聞こえた気がするんだけど?」
わざとらしく咳き込むセリオに、こめかみの辺りをビックンビックンさせながら綾香が問う。写真に撮って飾っておきたいくらいの見事な笑顔で。
「気の所為です」
「んなワケあるかい」
「気の所為と言ったら気の所為なんです。つーか、細かい事を気にしちゃいけません。男らしくないですよ」
「お約束のツッコミで悪いけど言わせてもらうわ。あたしは女よ!」
「……ああ、そういえばそうでしたね。一応。生物学的には。かろうじて」
ポンと手を打ちつつ、セリオはしれっと応えた。
「あ、あんたねぇ」
ひょっとして喧嘩を売られてるのかしら?
そう思わずにはいられない綾香であった。
「まあ、そんなのはどうでもいいですね。些細な事ですから、適当な所にうっちゃっときましょう。その辺にポイッと」
言いながら、セリオ、『それはこっちに置いといて』とジェスチャー。
綾香の目が剣呑さを帯びていたが知らん振りで。
「話を戻します。セリオちゃんの『いめぇじあっぷ』です。ひゅーひゅーどんどんぱふぱふぅ♪」
「……はいはい」
どことなく投げ遣りに――気持ちは痛いほど分かるが――綾香が受けた。
「わたしに対する誤った認識を払拭する為にはどうしたらいいか、それをジックリと考えましょう」
「考えるだけ時間の無駄な気がするけどねぇ」
綾香がボソッと零す。
「余計な事は言わずにちゃんと考えて下さい。てか、考えろ」
「うわ、命令形だし!」
「――と、いったところで」
「? いったところで?」
「次号に続く」
「な、なんじゃそりゃー!?」
いきなり幕を引き始めたセリオに、綾香が驚きの声を上げた。
「仕方ないんです、時間ですから」
「なんの時間よ!?」
「ページ数の都合が……」
「無いでしょ、ページなんて!?」
「全部、政治が悪いんです」
「関係ないから! 政治、関係ないから!」
「……そういうワケですから、綾香さんには宿題です。次までに、ちゃんと案を考えてきて下さいね。それじゃ♪」
「えっ!? ちょ、ちょっと待ちなさいってば! どこ行くの!? 勝手に始めて勝手に終わらせるんじゃないわよ! しかも、なんにも纏まってないのに!」
そそくさとセリオに立ち去られ、一人ポツンと残されてしまった綾香。
「せめて、せめてなんかオチを付けてから帰りなさいよ! どうしろっていうのよ、あたしに!」
声を大にして喚き散らすも、それに反応する者は無く。
「ううっ。ホントにどうしよう。取り敢えず、なにかしらオチは付けないといけないわよね。え、えっと……オチ、オチは……オチ……」
綾香、しばらく腕を組んで熟考。
考えて考えて考え抜いて。
結果……
(よ、よし。これで行こう)
一つの解答に辿りついた。
綾香は意を決して口を開くと、多大なる勇気と共にそれを早口で一気に吐き出した。
「だ、だめだこりゃ!」
……。
……。
最後の一言を発した後、かなりの時間、綾香は顔を両手で覆ってその場に蹲ってしまっていたのだが……それはまあ余談である。
そっとしておいてあげて下さい。