To Heart     マルチの話
 
 
 
 
 
             彼の場合
 
 
 
 
                           くのうなおき
 
 
 
 
 
 
 
 
  ある事柄について、どこかおかしいと思っていても口にも出せず、結局
そのおかしい事を許してしまい、またはそれに同調してしまう。本人は「全体
の和を乱さない為だから」と、無理矢理自分を納得させてしまうが、それは
異と思う事を異と言えない自分の弱さを誤魔化しているにすぎない。
 そして、自分の心を誤魔化していく内に、知らぬ間に自分が、その異とする
事を主体的に行ってしまっている。しかし、本人はまだ、自分は異とする
考えを持っていると信じているから始末に負えない。
 クラス全体でいじめが行われるとすると、八割以上が先の始末に負えない
者達と見てよいだろう。始めは少ない人数で行われていても、止める者が
いなければ、同調者は増えて行く、自分を誤魔化した者達である。彼ら
のとる行動は様々で、いじめに積極的に参加する者、参加せずに傍観する
者と、行動はいくつもある。しかし、彼らは共通して、「自分は本当はしたくなかったんだ」
と自分を誤魔化そうと、いや、善良な人でいようとする。
 
 
 一年E組、マルチと同じクラスの矢矧良平も、そんな者達の一人だった。
 
 
 
 クラスの者達が、マルチを便利屋扱いしている事に良平は賛同できなかった。
あの、ロボットの女の子に掃除を押し付け、使い走りに出させる、そんな事を
自分達がする権利などない、マルチとは普通のクラスメイトとして付き合うべきでは
ないか、そう思っていた。
 
 しかし、そう思っていた、それだけだった。
 
 マルチの扱われ方に疑問は持ちながらも、それを口にする事もなく、掃除を押し付けられて
いるマルチを手伝う事もしなかった。それどころか、マルチに掃除を押し付けて帰ってしまう者達
に誘われるがままに、良平も彼らの仲間となった。
 
 「おい、いくらなんでもあいつ一人で大丈夫か?」
 良平は、マルチに掃除をまかせて帰ろうと言っている男子に言った。
 
 「大丈夫だって、その為のメイドロボットだろ?それにあいつは、先に帰ってください、って
言ってんだから。」
 
 「かったるい事引き受けてくれるんだ、こういうチャンスは、きちんと生かさなきゃな。」
 
 「大体、矢矧、メイドロボットにそんな気をかける必要なんかないって、あんなの道具だろ?」
 
 「ロボットのことを気にかけすぎると、あの藤田って2年の奴みたいになっちまうぞ。」
 
 「ああ、あいつね、『マルチちゃん』をお気に入りの奇人変態さん。」
 
 「おっかねえ顔してるくせに幼女趣味ときたもんだ。」
 
 「こないだもあいつ、マルチと何か楽しそうに話してたぜ~、すげえ気味悪かったって。」
 
 「友達いなさそうだもんな~、相手してくれるならロボットでもいいんじゃね~の?」
 
 「やだやだ、ああはなりたくないね~。」
 
 良平はむっとして言い返した。
 
 「おい、勝手に藤田と一緒にするな・・・・・・・、大体あのロボットが悪いんだよ、妙に人間っぽいから
ついつい、気になっちまう。」
 
 「それは分かるな、変なところで良く出来てるよあの『マルチちゃん』は、だけど所詮
ロボットだぜ、いくら笑おうが、そいつはプログラムだって。」
 
 「まあな、あんまり気にしすぎて藤田みたくなりたくねーからな、それじゃさっさと帰るか。」
 
 
 
 
 心にもない事を言っている・・・・・・。級友と話ながら、内心良平は自己嫌悪を感じていた。
 良平はマルチを只のロボットとは思っていなかった、あの笑顔、あの優しさ、あの一生懸命さ、「良く出来た
プログラム」で済ませられるものではないと考えていた、ひょっとして人間と同じ「心」がある
のではないか、そう思っていた。藤田という二年生の事についても、彼とマルチが楽しげに
話しているのを二、三度見かけた。マルチに対して普通の女の子のように接することのできる
彼をうらやましく思った、しかし良平は藤田と同じようにはできなかった、そして、藤田を異常者扱い
する事を肯定してしまった、マルチを只の道具と見なすことに同調してしまった。
 良平はそれを、思う事を言えぬ自分の弱さとは認めようとせず、「大した事で争いを起こす
こともあるまい、だから俺はあえて言わなかったのだ」と自分を納得させてしまった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 「遅えな~、なにやってんだあの駄目ロボは?」
 
 昼休み、マルチにパンを買ってくるよう言いつけたのに、中々マルチが戻ってこないことに、男子生徒
の一人が苛立ちの声をあげた。
 
 「プレステなんて書いたから今頃、どうしたら良いか迷ってんじゃねーの?」
 
 「アホか、そんなもんあるかないかぐらい分かりそうなもんじゃねえか?あれを真に受けるんじゃ
そうとうな欠陥品だぞ、ありゃ。」
 
 「お使いもまともにできない、最新型ってあんまりじゃねーのか?」
 
 口々に勝手な事を言っている連中のなかで、良平は何も言わなかった。言いたくなかった。
 良平も彼らと同じようにマルチにパンを買いに行かせた。彼らに誘われてそうしたのだが、
断ることも、マルチと一緒に買いに行く事もできなかった。その自己嫌悪が良平を無言にさせていた。
 それでも相変わらず「大した事じゃないんだから・・・・」と自分を肯定しようといていた。
 
 教室の扉ががらがらと開いて、袋一杯にパンを抱えたマルチが入ってきた。
 
 「す、すみません、遅れてしまいました・・・・・。」
 申し訳なさそうにマルチが言った。
 
 「でも、皆さんの分は全部買えました。」
 と言って、誰が何を頼んだかを確認しようとするマルチにかまわず、生徒達は自分が頼んだ
パンをさっさと持って行った。
 
 「まったく、遅いんだよ」
 
 「昼休みが終ったらどうすんだよ。」
 
 「最新型なんだから、ちゃっちゃっとやれねーのかよ。」
 
 そんな非難の言葉をかけてパンを持って行く連中にマルチは、「申し訳ございません」
と、深深と頭を下げて謝っていた。そんなマルチに良平はどう言葉をかけようか迷った。
 『ここは、ありがとう、っていうべきじゃ・・・、だけど俺だけが言うのも・・・・・』
 誰か、自分の前に「ありがとう」と言う者が出てくるのを期待した、しかし、誰も言わなかった
、良平は、聞こえるか聞こえないかの声で「ありがとさん」と言った。しかし、マルチは
寂しげな顔で「遅れてすいません」と言うだけだった。
 
 『これでいいんだ、俺はマルチに感謝の言葉をかけたんだ、あいつらとは違うんだ・・・・。』
 良平はそう思った、その時、廊下の方で自分達を睨みつけている男がいることに気付いた。
それは、何度か見た事がある2年の藤田だった、藤田は自分を睨みつけているようだった。
いや、自分を含めた、マルチにパンを買いに行かせた者達を睨みつけていた。
 藤田の存在に他のもの達も気付いた、しかし皆、顔を背けたり、こそこそと藤田の視界から
逃げようとするだけだった。「ま、藤田の奴が文句つけようなら、『ロボットをロボットとして扱って
何が悪い、ってびしっと言ってやるぜ。」と言っていた者も、顔をうつむけているだけだった。
 藤田のその怒りの表情と、何をするかわからない奴という噂が、良平達を恐怖させた、ひょっとして
暴れこんでくるんじゃないか・・・・・?誰もがそう思った。
 
 
 しかし、藤田は何もしなかった。メンテナンスパソコンを持って教室を出たマルチの後に続いて
その場を去っていった。
 
 
 良平は茫然と、二人の姿を見送っていた。
 
 緊張感から開放された教室ではあったが、誰もが皆黙り込んでいてしまった。
 ふてくされた顔をしている者、うつむいたままの者、ぶつぶつと言っている者、様々であったが
藤田の事を、皆でなじる気力はなかったようであった。
 
 『結局、マルチからすれば、俺も他の連中と変わらないってわけか。』
 
 良平は、先程のマルチの寂しげな顔を思い出していた。自分の心の欺瞞を突かれた気分だった。
いくら、自分は違うんだ、自分は好きでやっているんじゃないんだと思ったところで、外からみれば
他と同じようなものなのかもしれなかった。
 
 『だからと言ってよ、あんたみたいに誰もがなれるわけじゃないんだよ!!』
 良平は藤田に毒づいた、自分にはさっきの藤田みたいに大勢を敵にまわす度胸など持ち合わせている
わけではない、そんな強い心をもっているわけではないのだ。自分は自分自身を押し潰して他人に
合わせいかなければ生きていけないんだ、いや自分だけではない、他の連中だって似たような者だ。
 
 「・・・・・・・・・」
 結局、言い訳を重ねているだけだった、自分の心の呵責があるたびに、自分に都合のいいように
言い訳しているだけだった。自分の弱さを突かれるときには、「そうじゃないんだ、大した事で争い
たくないだけなんだ」と言い訳し、その欺瞞を突かれれば「自分は弱いんだ、仕方ないんだ。」と
言い訳する。
 
 『情けねえ・・・・・』
 
 良平は机に突っ伏した。
 
 
 
 その後、藤田との一件があってか、皆マルチに掃除を押し付けたり、使い走りをさせることはなかった。
 
 
 
 
 
 
 
 そしてマルチは試験期間を終え、学校を去っていった。
 
 最終日、「どうも、皆さんお世話になりました。」と挨拶するマルチに良平は、どう言葉をかけて良い
のかわからなかった。マルチが最後に掃除をしたいといっても、手伝おうかとも言えなかった。
 マルチの前では、最後まで良平は小心なままであった。
 
 
 
 
 
 「こんなに、廊下の床はきれいだったっけ・・・?」
 放課後、廊下を掃除しようとモップを持った良平は、ぴかぴかに磨かれた床を見て驚きを
隠せなかった。
 これがマルチの一週間の結果だったのだろうか、自分一人に掃除を押し付けられても
嫌な顔一つせずに、笑顔で引き受けてくれたマルチの一生懸命さの結果だったのか。
 
 「おい、矢矧・・・・。」
 床をじっと見つめる良平に、級友が声をかけた、彼もまたぴかぴかに磨かれた床
をみて驚いていたようだった。
 
 「これって、あいつがやったんだよな、マルチが。」
 
 「ああ、俺達があいつに掃除を押し付けて帰っている時、あいつはこんなに綺麗にしていたんだ。」
 級友はうつむいた、彼もまた自分と同じような人間だったのかもしれない、弱くて、ずるい。
 
 「ロボットだからといって、できるもんじゃないよな、こんな事。」
 級友はそう言った。良平もそれに頷いた。
 
 「頑張ってたよな、あいつ・・・・・」
 思わず呟いた言葉を良平は飲み込んだ、そして首を横に振った。
 
 「今更言っても、駄目だよな。」
 その言葉を肯定するように級友は下を向いた。
 そう、今更だった。マルチがいるときに、頑張りを認めてあげなければいけなかった。そうすれば
マルチだってもっと楽しい学校生活が送れたかもしれないのに。
 
 『俺が今しなきゃいけない事は・・・・、この床を綺麗にして行く事だ・・・・。マルチががんばって
綺麗にしたこの床を・・・・・。』
 良平はモップに力を込めた。級友もまたモップで床を磨きだした。それがマルチの頑張り
に対して、今できる答えだった。
 
 
  『俺がこんなふうに、床を磨いていることを馬鹿にする奴も出てくるかもしれない、そんな事に
ムキになるなよ、と言われるかもしれない。でももう、そんな事を恐れて、卑怯な奴にはなりたくない。
 少しずつでもいい、強くなろう。今はまだ小心者だけど、自分は間違っていない、と言えるようになろう。』
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  ○          ○          ○         ○         ○          ○  
 
 
 
 
 
 大学からの帰り、商店街で彼女を見かけた。「HM-12マルチ」は大ヒット商品となり、色々な所でみかけた。
だけど、今日良平が見た彼女は、あの高校一年の時一緒のクラスにいたあのマルチだ、そう思った。
肉屋のおじさんと笑顔で話すあの表情は、確かにあのマルチだ、間違い無い。良平はそう思ってマルチに
駆け寄った。
 もしかしてではなく、おそらくもう、自分のことは忘れているかもしれない、それでもいい、あの時言えなかった
事を言おう、「頑張ってくれてありがとう」と・・・・。
 
 
 「あ、あの・・・・」
 
 「はい?」
 
 「き、君・・・、ひょっとして、四年前に、XX高校に一週間来ていたマルチ・・・・だよね?」
 
 
 
 「え?は、はいそうです!それが何か?」
 
 喜びと落胆が半分ずつだった、確かに彼女はあの時のマルチだった、しかし良平の事はすっかり忘れていた
ようだった。 覚悟していたとはいえ、良平は辛かった。
 じっと良平を見つめていたマルチだったが、ぱっと顔をかがやかせると、良平の手を握った。
 
 「あ、矢矧良平さんですね!?同じクラスだった!!」
 
 「お、俺の事・・・・覚えていてくれてたの?」
 
 良平は思わず聞いた。
 
 
 「はい、あの時出会った人達のことはみんな覚えています!わたしの大切な思い出ですから。」
 マルチは笑顔でそう言った。良平は目頭が熱くなりそうなのをじっとこらえた。
 
 「たまたま君をみかけてね、どうしても言いたかった事があって来たんだ。」
 
 「え・・・?なんでしょうか?」
 
 
 良平はじっと、マルチを見つめた。もう言えなかったかもしれない言葉を伝える為に。
 
 
 
 
 「あの時は、いつも一生懸命に頑張っていたね、皆のために・・・・、ありがとう。」
 
 
 
 
 「矢矧さん・・・・・・・」
 
 「今更だけど・・・・、どうしても言いたかったんだ。」
 
 「そう言って頂けて、とっても・・・、とってもうれしいです!今更なんて・・・とんでもないことです!!」
 そう答えるマルチの顔はとっても嬉しそうだった。
 
 
 あのとき、この言葉をかけてあげていれば・・・、もっともっと、彼女は楽しい思い出ができたのかも
知れない、マルチの笑顔を見て良平はそう思った。
 
 しかし、それはもう過ぎたことであった。それに、マルチは今、とっても幸せそうであった、
良平も自分の思う事をはっきり言える位は強くなっていた。そして遅れ馳せながらもマルチに
感謝の思いを伝えることが出来た。
 
 
 
 『大切なのは今の自分、今を誠実に生きなければ・・・・』
 もう、伝えたいことを伝えられず、悔やまないためにも。
 
 ふと、忘れがちになりそうな事を、改めて教えられた気分だった。
 
 
 
 またの再会を約束して二人は別れた、手を振りながら去っていくマルチを良平は笑って見送った。
 
 
 
 
 
             終
 
 
 
 
 
 
 
   後書き
 
 
 「感謝の思いを」を書いた時、頂いた感想で、「マルチをいじめるやつって、人間的に結構ヤバイ奴」
という意見がありました。私も、それに賛成だったのですが、一方でそいつを「改心」させる話を作れない
だろうか、と思いました。いくらヤバイ奴でも、そうそう、信念をもってマルチをいじめる奴がいるわけでは
ないのですから、どこかで心の呵責を感じているのではないか、そういう話をつくってみようと思い、
この話ができました。
 今回の主人公良平については、これからも「マルチの話」に登場するかはわかりません。ただ、「外伝」
としてもう一回、彼の話を書いてみたいと思います。



 ☆ コメント ☆ 綾香 :「むー」(ーー) セリオ:「先に言っておきますね。落ち着いて下さい」(;^_^A 綾香 :「落ち着いてはいるわよ。だけどさぁ、やっぱりイジメをするヤツは許せないのよ」(ーー) セリオ:「……それは、わたしもそうですけど……」(;^_^A 綾香 :「自己嫌悪しようが何だろうが、行動に移せなければ同じ事。      『本当はしたくない』? バカ言ってるんじゃないわよ」凸(ーーメ セリオ:「まあまあ」(;^_^A 綾香 :「臆病なだけじゃない。単なる卑怯者よ」凸(ーーメ セリオ:「それはそうですが……でも、臆病になるのは、ある意味仕方ないのでは?      誰もが、綾香さんや浩之さんの様な強さを持っているわけではないのですから」 綾香 :「…………そうかもしれないけどさぁ」(ーー) セリオ:「『ひと』とは、弱いものなのですよ」 綾香 :「……………………まあね」(ーー) セリオ:「弱いから、いくつも間違いを犯して、後悔して、反省して……。      だけど……そうした事を繰り返して、少しずつ強くなっていくんです」 綾香 :「……………………」(--) セリオ:「それが……『ひと』だと思います」 綾香 :「……………………そうね。その通りだと思うわ」(--) セリオ:「……はい」 綾香 :「良平君だっけ? 彼も少しずつ強くなってくれるといいわね」 セリオ:「そうですね。      でも、いくら強くても、綾香さんみたいになっては困りますけど」(--) 綾香 :「……なんでよ?」(ーーメ セリオ:「…………周りの人が危険だからです」(--) 綾香 :「おい」(ーーメ



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