ことこと琴音ちゃん日記
<1、ことこと琴音ちゃん>
ことことこと・・・。
軽く沸騰したお鍋から香ばしいにおいが漂ってきます。
今朝の献立はお野菜たっぷり、具だくさんのあっさりシチュー。
私の料理のレパートリーの中でも、特に自信があるメニューです。
さて、お味の方は?
軽く掬って、ちょっぴり味見・・・。
「うん、おいしい♪」
まろやかな舌触りに、思わず笑みがこぼれます。
慣れない他所のキッチンでこの手際、我ながら、いい調子ですね。
あ、申し遅れました。
私の名前は姫川琴音。
可愛くてお茶目でちょっと不思議な力を持っているけど、それ以外はいたって普通の女の子です。
・・・・多分。
それはさておき、私は今、学校の先輩で恋人、藤田浩之さんの家にいます。
愛しいあの人の笑顔のために、ルンルン気分(死語?)で朝食を作っているんで~す♪
・・・・・・。
ごめんなさい、嘘です。
本当はちっともルンルンじゃありません。
真剣と書いてマジです。
それはもう、必死に作ってるんです!!
何故なら・・・・・。
私はお鍋とにらめっこしながら、昨日の出来事を思い出していました。
そう・・・そもそものコトの始まりは、昨日、土曜日の午後に起こったのでした・・・。
○ ○ ○ ○ ○
<2、食前酒、「端麗辛口・志保ちゃんカクテル」>
「あ~ら、誰かと思えば姫川さんじゃないの。」
「はい?」
学校からの帰り道、背後から聞こえる妙にハイテンションな声。
振り向くと、そこにはいかにも軽薄そうなショートカットの女の子が立っています。
あ、この人は確か・・・。
「ええと・・・長岡さん?」
「そうそう、みんなのアイドル、長岡志保ちゃんよん。覚えててくれたみたいねぇ。」
「ええ・・・よく、覚えてます。」
私は、うわべだけは愛想良く応えました。
当然、覚えてるに決まってます。
私の噂、あることないこと尾ひれをつけて学校中に言いふらした人ですから。
あの時の恨みは忘れません・・・。
正直、あんまりお近づきになりたくないんですけど、藤田さんの友達なので無下にもできませんし・・・。
そんな私の胸中もお構い無し、長岡さんは妙になれなれしい態度で私に話しかけてきました。
「そういえばあんた、ヒロと付き合ってたわよね。その後どうよ?」
「えええっ・・・ど、どうって・・・別に・・・。」
いきなり意外な話題を振られて焦る私に、長岡さんは容赦なく質問を浴びせかけてきます。
「どこまでいったのかしら?いくらなんでもキスくらいはしてるわよねぇ?」
「え・・・ええと・・・。」
「あっ、口ごもってるところを見ると、もうそんな進んだ関係にっ!そうなんでしょ!?」
・・・下品な質問ばっかり。
そんなこと聞いて、どうするんでしょうか・・・・メモまで取って・・・。
まるで、たちの悪いゴシップ紙みたい。
私は思わずげんなりしてため息をつきました。
「あの・・・もういいですか?私、急いでいるんですけど・・・。」
そうです・・・これ以上この人と話していても噂のネタされるだけです。
私は長岡さんの返事も聞かず、さっさとその場を去ろうとしましたが・・・。
「ストップ、ストーップ!!ちょい待ち!まだ話は終わってないのよ!」
がっちり肩を掴まれては、立ち止まらざるを得ません。
しつこい人ですね。
あなたに、なにかよくないことが起こっても知りませんよ!?
「何ですか?」
嫌々もう一度振り向いた私に、長岡さんは無意味に偉そうな態度で言いました。
「とぉっておきの志保ちゃん情報があるんだけど・・・」
「しほちゃん・・・情報?」
「そう、志保ちゃん情報!今のあんたに必要不可欠なこの情報がたったの1000円!お買い得ぅ!」
よく分かりませんが・・・私、お金を要求されているようですね。
これって新手の恐喝なんでしょうか。
というか、もういいかげんにして欲しいんですけど・・・。
そろそろ本気で「不幸の予知」能力を使うことを検討し始めた私ですが、長岡さんの次の一言で考えが変わりました。
「・・・ヒロの弱点・・・知りたくない?」
・・・・・。
長岡さんの「志保ちゃん情報」の内容、すなわち藤田さんの弱点。
それを要約すると・・・。
「ヒロは女の子の手料理に目が無いのよ!付き合ってるなら、そのぐらいは知っておいたほうがいいわよねぇ?」
・・・とかなんとか。
たかがそれだけの情報に、1000円は高いです。
はっきり言って暴利です。サギです。
でも、それを聞いて・・・あることに気づいた私は、思わず愕然としてしまいました。
私、藤田さんの恋人になってから結構経ちますが・・・手料理、全然してません。
この情報が正しいとすれば・・・いえ、きっと正しいのでしょう。
考えてみれば、思い当たるフシが山ほどあります。
幼馴染の神岸さんにしょっちゅう手料理をごちそうになっていた話とか。
後輩の葵ちゃんに手作り弁当を作ってもらった話とか。
メイドロボのマルチちゃんが作った「ミートせんべい(って、何でしょう?)」を食べさせられた話とか。
その他諸々、全部藤田さん本人の口から聞いたことがあるような。
それも、とっても嬉しそうな顔で。
聞いたその時は、
「うふふ藤田さんて食いしん坊なんですねでも私の前で他の娘の話しないで下さい」
くらいにしか思わなかったんですけど・・・。
今にして思えばアレは遠まわしなおねだりだったのではっ!?
この状況って・・・もしかすると致命的にまずいのかもしれません。
藤田さん、モテモテですし!
もしも恋のライバルの誰かにこのことを利用されたら・・・。
もわもわもわ~~~ん・・・。(白昼夢突入)
『あーあ、たまには手料理が食いてぇぜ。琴音ちゃん、全然作ってくれねーしなー。さてはあの娘、料理が苦手なんだな。う~ん・・・付
き合うの、早まっちまったかなー。』
『可哀想な浩之ちゃん。私でよかったらご馳走するよ!作りに行っていい?』
『本当か!?ありがたくいただくぜ!』
『(やったよ~♪)』
~中略~
『浩之ちゃん・・・』
『あかりの甘い囁きに、オレは目を細めて微笑んだ。』
・・・・・・・・・・・。
♪う~~~、鳥がそ~らた~か~く~、飛ぶ~~~~・・・。
もわもわもわ~~~ん・・・。(白昼夢終了)
・・・・なんてことになったらどうしましょう!?
私が手料理しなかったばっかりに、藤田さんが、藤田さんが~~~~!!
え?飛躍しすぎ?
とんでもない!!
しつこいようですが藤田さん、モテモテですし!
ああ、どんどん不安が募ります・・・。
今や藤田さんとは相思相愛の私ですが、安易にそのポジションに胡坐をかいていては、いつ足元を掬われるかもしれません。
ここは一つ恋人としてきっちり駄目押し、私が『可愛くてお茶目で料理もできてお買い得ですよ!』ってことを強く印象付けなければ。
何を隠そうこの姫川琴音、こと料理に関しては腕に覚えありです!
今こそ私の持つ料理技能を総動員して、最高の手料理を作ってみせる・・・。
名づけて「琴音ディナー」!!
この手できっと藤田さんの胃袋を掌握しちゃいますよ!
○ ○ ○ ○ ○
<3、前菜「愛と欲望のサラダ」>
さて・・・そうと決まれば、思い立ったが吉日!
早速、藤田さんの家に・・・。
「あのさぁ。盛り上がってるところ悪いんだけど・・・・」
あ、長岡さん。
まだいたんですね。
「情報、役に立ったでしょ?出すもの出してくんない?」
「あ・・・はい・・。」
私は慌ててお財布を出しました。
う~ん・・押し売りされたみたいで何だか面白くありません。
でも、踏み倒すのも寝覚めが悪いし、この際仕方ないですね。
1000円、1000円・・・と。
あれ・・・980円しかありません。
どうしましょう?
「・・・ちょっと、まだぁ?」
「え~と、え~と・・・・あ、あなたに、なにかよくないことが起こります!」
「はぁ?」
・・・・・すて~んっ!!
・・・・・。
○ ○ ○ ○ ○
『何故か』転んで気絶した長岡さんを救急車に乗せると、私はすぐに準備を整えて藤田さんの家に向かいました。
幸い藤田さんの予定はしっかり把握しています。
今週は部活と補習が重なって、とても忙しかったはず。
「週末は寝るぜ~」って口癖のように言ってましたし、今日は家で休んでいるに違いありません。
できれば一日そっとしておいてあげたかったんですが、状況が切迫していることですし。
ちょっと強引でも、押しかけ・・・もといお邪魔しちゃいましょう。
もちろん目的は一つ、手料理です!
さて・・・勝手知ったる、というほどではないですが、ちょっとだけ見慣れた藤田さんのお家。
少し前までは玄関に入るだけで緊張したものですけど、最近では実家より落ち着いて過ごせるようになっちゃいました。
もしかして私、ちょっと図々しいでしょうか?
まぁ、いずれは私のお家になるかも知れないわけですけど、ね・・・
な~んちゃって、うふふ♪
とりあえず玄関前にたどり着いた私は、ちょっと身だしなみを整えて・・・チャイムを一押し。
ピンポーン!
そして待つこと約30秒・・・いつものようにドアが開き、藤田さんが顔を出しました。
「へいへ~い、どちら様~・・・って、あれ?琴音ちゃん?」
見るからに疲れ切った眠そうな目が、次の瞬間驚きで見開かれます。
その瞳に映っているのは、もちろん・・・買い物袋を手にした、可愛いエプロンドレス姿のわ・た・し。
微妙に上目遣いの笑顔がポイントです。
「こんにちは、藤田さん。」
「琴音ちゃん、そ、その格好は・・・。」
案の定、あっけにとられた藤田さんに、私はにっこり微笑みます。
「ええと、藤田さん、お疲れのようですし・・・良かったら手料理でもと思って。」
「何だって!?」
『手料理』と聞いたその途端、急に藤田さんは目を輝かせました。
「本当か!?作ってくれるのか!?」
「は、はい・・・。」
予想外のオーバーリアクションに驚く私を、藤田さんはウルウルした瞳で見つめてきます。
「実はここんとこロクなもん食ってねーんだよ・・・。もう忙しくて忙しくて、メシの用意もおぼつかなくって・・・。嬉しいぜ琴音ちゃ
ん・・・本当にありがとな・・・。」
そんな藤田さん・・・なにも泣かなくても・・・。
でも、そこまで喜ばれるとこっちも嬉しくなっちゃいますね♪
さっそく、大張り切りでお台所へ直行ですっ!
ではいざ、「琴音ディナー」を・・・・。
そう思った途端!
「こっ、琴音ちゃん!!やっぱり今は料理よりも・・・琴音ちゃんが食べたいっ!!」
「えええええっ!?そんな藤田さん、疲れてるんじゃ・・・!?」
「オトコってのは、疲れると逆に元気になるんだよ!!」
「話が矛盾してますっ!!ダメですよそんな、まだ日も高いのに・・・」
「琴音ちゃんがいけないんだっ!そんな可愛いエプロン姿でオレのこと誘惑するからっ!!」
「ゆ、誘惑だなんて・・・確かに前科はありますけど、でも・・あっ・・そんなっ!」
「こっ、琴音ちゃん!琴音ちゃんっ!」
「あぁんっ、藤田さんっ!!藤田さぁんっ!!」
・・・・・・・・・・・。
うう・・・合計3ラウンド・・・。
料理する体力なんて残りません。
結局、その日は藤田さんの家にお泊まりすることになっちゃいました。
ちなみに夕食はカップ麺・・・・これじゃまるで委員ちょ・・・。
って、何言ってるんでしょう私。
ショックのあまり自分でもワケのわからないことを考えつつ、私は哀しい眠りについたのでした。
しくしく・・・
○ ○ ○ ○ ○
<4、メインディッシュ「哀れな子羊のシチュー」>
ことことことこと・・・。
湯気を立てるシチューを前に、ちょっと憂鬱な気分に浸る私。
もう、藤田さんてば強引なんですから。
でも気持ち良かっ・・・・・あ・・・こ、こほん!
と、とにかく、これでわかっていただけましたか?
今、私が藤田さんの家で朝食を作っているのは、そういうわけだったんです。
本当は、最高の夕食を作るはずだったのに・・・どうしてこうなるんでしょうか。
私は、やり場のない不満を抱えながらお鍋をかき回します・・・。
夕食が朝食になった今、私は大幅なメニューの変更を余儀なくされてしまいました。
何故って私の「琴音ディナー」は、夕食用に作られた肉料理主体のメニューです。
まったり、こってり、深いコク・・・はっきりいって朝食向きではありません。
朝からそんなの食べたら胃にもたれちゃうじゃないですか。
せっかく高いお肉を用意したのに・・・。
・・・でもでも私、負けません!
こうなった以上、気持ちを切り替えて最高の朝食を目指します。
お野菜メインであっさりヘルシーに、かつ必要な栄養素はしっかり確保。
もちろん味にもこだわって・・・。
必死で作ったその成果こそが、このシチューなのです!!
さあこれで、今度こそ藤田さんを虜にしちゃいますよ!
私が、決意を新たにお鍋に向き直った、その時でした。
「ふあぁ、良く寝たぁ・・・おはよ、琴音ちゃん。」
あ、背後で欠伸混じりの声が。
藤田さんが起きてきたみたいです。
はっ!?
いけません!
藤田さんに、こんな必死な顔を見せるわけには・・・。
大急ぎで表情を直して・・・・完了!
一瞬後、私は最高のにっこり笑顔で振り向きます。
「おはようございます、藤田さん。」
キラキラ・・・とか擬音がつきそうな会心の微笑み。
瞳は真っ直ぐ藤田さんを見つめます。
鏡を見て練習した必殺技です。
「あ・・・うん・・・。」
私の顔を見た藤田さん、どぎまぎして下を向きます。
ふふ・・・成功です♪
と、藤田さんは急に鼻をひくひくさせてあたりを見回しました。
料理に気づいたみたいですね。
「ん・・・朝メシ、うまそーな匂いだなー。何作ってるんだ?」
「あ、ダメですよ。もうすぐできますから、そっちで待っていて下さい。」
興味津々、台所に近づいてくる藤田さんを私は手で制しました。
「できてからの、お楽しみです。」
「なんだよ・・・いいじゃねーか、見るぐらい。」
「ダメです。」
ぷー、と不満そうに膨れても、譲りません。
焦らすのも作戦の一つですから・・・。
さて、と。
藤田さんも起きてきたことですし、ちょっとスピードアップしなければ。
ところが、私がシチューの仕上げにかかったその途端、藤田さんはとんでもないことを言い出したんです。
「しっかし、相変わらず可愛いよなぁ・・・その、琴音ちゃんのエプロン姿。何だか新婚生活してるみたいで、凄ぇドキドキするぜ。」
「し・・・新婚・・・ドキドキ・・・。えええっ!?」
突然の意外な言葉に、私の動悸は早まり、顔は熱く火照ります。
ししし、新婚さんだなんてそんな!
藤田さん・・・臆面もなく・・・。
私の葛藤をよそに、笑顔のまま、そっと私に歩み寄る藤田さん。
「ありがとな。愛してるぜ、琴音ちゃんっ!」
「あっ・・・・。」
その腕が私の身体をやさしく抱きしめました。
逞しい胸の中から伝わってくる鼓動・・・あ、本当にドキドキしています・・・。
「ふっ、藤田さん・・・。」
「琴音ちゃんがオレのためだけに一生懸命に頑張ってくれてると思うと、それだけで胸が一杯になって・・・思わず・・・そのオレなりに
だな、愛情を表現したくなるっていうか。」
「そ・・・そんなこと・・・」
「本当だって。今も・・・いや、いつでもオレ、同じ気持ちなんだぜ?」
照れくさそうな微笑・・・。
もうどうしてこんなに素敵なんですかぁ!?
ただ笑ってるだけなのに!
そんな顔されたら、私・・・。
「藤田さん・・・。」
「琴音ちゃん・・・・。」
そして、自然に見詰め合う瞳と瞳、二人の唇がゆっくりと近づいて・・・。
ああ、藤田さん・・・もうこんなに元気に・・・。
って、それじゃあダメじゃないですか!?
い、いけません。
昨日と同じパターンにはまりつつあります!!
このままでは朝からリターンマッチに突入しそう・・・嬉し・・・じゃなくって、困ります!!
でも、触れてくる大きな手の感触、耳元に感じる吐息がとっても気持ちよくて、心地よくて・・・。
く・・・挫けそうです・・・。
ダメ・・ダメよ琴音・・・ここで負けたら、せっかくのお料理が!
渾身のシチューが!!
冷めたら風味が落ちちゃう!
ここで挫けてはだめです、駄目ったら駄目、ダメダメダメ・・あぁん・・・だ、だめぇ~~!!
「こっ、琴音ちゃ~~~~~んっ!!」
「ふっ、藤田さぁ~~~~~んっ!!」
・・・・・・・・挫けました。
くすん・・・ダメな私・・・。
・・・・・・・・・・・。
○ ○ ○ ○ ○
2時間後・・・。
すっかり冷めたシチューを温めなおす私です。
やっぱり風味が落ちていました。
それもかなり。
うう・・・さっきまでは最高の出来だったのに・・・。
藤田さんは美味しいって言ってくれましたけど・・・この程度が私の実力じゃありません!
残ったシチューをタッパーに詰めながら、私は決意しました。
まだまだ、諦めません。
いつか・・・。
いつか必ず、私の料理で藤田さんを虜にするんですから~!
○ ○ ○ ○ ○
<5、デザートは「氷の微笑」>
結局、私の目論みは失敗に終わりました。
でも収穫がなかったわけではありません。
今日の件で一つ、私なりに理解できたことがあります。
藤田さんが好きなのは「手料理」ではなくって、「手料理を作ってもらうという行為」そのものなのでは・・・ということです。
つまり料理自体の出来不出来は、あんまり関係ないんですね。
そうでもなければ、神岸さんはともかく、明らかに料理が下手そうな(失礼)葵ちゃんやマルチちゃんにまで手料理を要求するわけがあり
ませんし・・・。
要するに自分のために一生懸命料理してくれる、というシチュエーションにとても感動しちゃうってことなんでしょう。
それなら私が料理を作ろうとするのを見ただけであんなに喜んで・・・えっと・・・つまり・・・思わず藤田さん曰く『愛情表現』してし
まったことにも納得がいきます。
納得がいくんですけど・・・。
私は意を決して、藤田さんに向き直りました。
「あの、藤田さん・・・」
「・・ん?何だい琴音ちゃん?」
にこやかに返事をする藤田さん。
・・・とっても満ち足りた顔ですね。
水をさすのは心苦しいけれど、今後のこともあるので・・・あえて私は言いました。
「ええと・・・昨日みたいな『愛情表現』はちょっと・・・。」
「え・・・嫌だったか?」
「嫌じゃないんですけど・・・料理の最中にされると困っちゃいます。どうしてもというなら、せめてもう少しソフトな表現にしてもらえ
ると・・・。」
「ソフト?」
「はい、ソフトにです。あんまり濃厚で本格的なのはダメです。」
私はきっぱりと言いました。
藤田さんには悪いですが・・・お台所に立つ度にあんなコトされたら、ご飯も作れないじゃないですか。
でも、私の説得はあんまり功を奏さなかったようです。
藤田さんは、にんまりと笑いながら言いました。
「ふんふん、ソフトにね。それじゃどういうのがいいのか、教えてくれよ。」
「それは、軽いスキンシップ程度の・・・」
「うんうん、具体的にはどんなスキンシップがいい?」
あ・・・藤田さん、手をワキワキさせてます。
私が何か言ったら、即座にそれを実践するつもりみたいです。
そして多分その後は・・・・。
もう~、藤田さんたら・・・元気なのはとっても結構なんですけど、限度があります・・・。
私は、今日何度目かのため息をつきました。
このぶんでは・・・真面目に聞いてくれそうにないですね。
仕方ありません。
できればあんまり言いたくなかったんですけど・・・。
私は決意して顔を上げ、言いました。
そう・・・具体的な方法を。
「じゃあ、言いますね。」
「うんうん♪」
「具体的には・・・・『あご』とか、『なでなで』とか、『もみもみ』とか・・・。」
「ぶっ!!!」
藤田さんの顔が、思いっきり引きつりましたが、私は構わず続けます。
「藤田さんって、こういうスキンシップがお好きなんですよね?聞いてますよ。」
「だ、だ、誰から・・・。」
「さあ、誰でしょう?神岸さんか、マルチちゃんか・・・。それとも葵ちゃんだったかしら?」
意味ありげに笑う私・・・。
「藤田さん・・・モテますもんね♪」
それを聞いた藤田さん、見る見る青くなりました。
・・・まさかここまで効果てきめんとは。
実はこれも、昨日聞いた「志保ちゃん情報」の一部です。
手料理の話が本当だったのでもしやとは思いましたが、この反応から察するに・・・。
「志保ちゃん情報」、思ったより信憑性が高いのかも知れません。
後で1,000円、支払いに行きましょうか。
ま・・・それはさておいて・・・・。
見ると、藤田さんはもう可哀想なぐらい狼狽していました。
「き、聞いてくれっ!オレは無実だ誤解なんだ!!そりゃ確かにちょっとしたスキンシップはしたかも知れないけどそれは断じて愛情表現
じゃなくていわゆるなんというか全部過去のことでその、大体にしてそれ以上のことは琴音ちゃん以外には一切してないんだ本当なんだ信
じてくれー!」
必死の言い訳を聞きながら、私はじっと藤田さんを見つめます。
「藤田さん・・・。」
「・・・ななな、何かな・・?」
「今後、私の料理中には・・・?」
「・・・おとなしく待ってます。約束します、はい。」
冷や汗だらだら、すっかり素直な藤田さん・・・。
うふふ・・・そろそろ許してあげましょうか。
私はにっこりと微笑みかけながら言いました。
「わかってくれて嬉しいです。でも・・。」
最後にただ一言・・・小さくはっきりと一言だけ付け加えます。
「もし浮気したら・・・滅殺ですよ?」
その時の私、一体どんな顔をしていたんでしょう?
ただ藤田さんはまるでキツツキみたいに何度もうなずいて、誓約書まで書いてくれました。
結果オーライですよねっ♪
・・・・・・・・。
その後、私は定期的に藤田さんに手料理を作りに行っています。
今では料理のレパートリーも増え、藤田さんもとても喜んでくれているんですよ。
ちなみに料理中の『愛情表現』は・・・あれから一度もありません。
藤田さん、きっちり約束を守ってくれてます。
でも・・・嬉しい反面、何故かちょっと残念なような・・・微妙に複雑な気分の私なのでした。
てへ♪
Fin
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後書き
初めまして。私、ペンネームを「シカバン」と申します。拙い作品ではありますが、読んで下さってありがとうございます。このSSが完
成したのは今からだいぶ前、それも多分2年以上前です。PC版がベースなので、ちょっとネタが古いかもしれません。ところで、私事で
恐縮ですが、色々な事情で未発表のSS・書きかけのSSが他にもいくつか溜まっています。もしかしたら今後、再びこちらのページに投
稿させていただくかもしれませんので、その時はどうぞ温かい目で見守ってやって下さいませ。