「ごめんね、ちょっと酔ったみたい。 先に休んで良いかな?」
 ソファに顔を埋めて寝息を立てていた香里が、いきなり頭をもたげてそれだけ言うと、ゆらゆらと身体を
 揺らしながら起き上がった。
 殆ど空にした三本目のボトルを抱きながら、崩れる様に寝始めたのは三十分ほど前。
 毛布は掛けてあげたけど、これからどうしようって考えていた所だから正直助かった。

「うん良いけど・・・大丈夫?」
「・・・あ? あぁ・・・きっと・・・大丈夫。」
 酔っ私いの「大丈夫」ほど信用できないものはないけど、香里は千鳥足ながら器用にドアまで辿り着いた。

「あ、ちょっと待って。」
 私は拭きかけの布巾をテーブルの上に置くと、香里の側に駆け寄った。
 香里は、大丈夫って言ったけど、心配だから。
 階段から落ちて怪我でもしたら大変だし。

 私は香里を支えるようにして二階に上がると、ドアを開けてあげた。
 香里は布団の中に潜り込むと、モゾモゾしながら服や下着を脱いで、ポイポイっとベットの下に捨てた。

「風邪ひくといけないから、ちゃんとパジャマ着てね。」
「ふぁ〜い。」
 返事は返すものの、動く気配はさっぱりない。
 しばらくすると、反対に静かな寝息が聞こえてきた。

 私は、小さい溜息を一つつくと、ベットの下に散らばった香里の服を片付けてから、パジャマを枕元に置いて
 小さな声で「おやすみ」って言って部屋を出た。
 もう二時過ぎ。 私もそろそろ眠いから、下を簡単に片付けたら寝る事にしよう。
 祐一も、もう帰って来ないだろうし、これ以上起きてても仕方ないから。




題目   『  名雪の誕生日(後編) − しちゃった − 』



 ガチャガチャ・・・。

(・・・・・・・・ん?)
 私は、階下で物音がしたような気がして目が覚めた。
 したたかに酔って、頭が割れそうな程痛かったけど、不思議とモノを考える余裕はあった。

 トントントントントン・・・。

 今度は廊下を歩く音と、階段を上がる音。

(・・・名雪・・・かしら?)
 夜トイレに起きた名雪が、階段を上がって来たと、うん、充分有りうる。
 なら、大した問題じゃない。 全然問題ナッシングのノープロブレム。
 ・・・寝よ。

 しかし、階段を上りきった足音は、あろう事か、この部屋の前で立ち止まり、コンコン、コンコンなんて、
 軽いノックをし始めた。

「おい、なゆき〜ぃ・・・起きてるかぁ?」

(! あ、相沢くん!?)
 確かに聞こえたその声は、相沢くんの声だった。
 思わず毛布を頭から被って丸くなった。

(うそ! 何で? 冗談でしょ?)
 残念ながら、嘘でも冗談でも無く、相沢君は「入るぞぉ。」と一言声を掛けると、部屋の中に入ってドアを
閉めた。
 まぁ、二人がこう言う関係だって事は知ってるけど、普通、女の子が寝てる部屋にのこのこ入ってくるか?

「ういっく・・・。 すまん、名雪! また約束守れなくって・・・。」
 パチンって、手を叩く音がしたと思ったら、相沢くんが謝罪の言葉を並べ始めた。
 え? なに? 相沢くん、もしかして酔ってる?

「ういっく・・・。 大きな不具合でさ、この三ヶ月くらい皆で頑張ってきて。 で、今日の出張で、客先説明
したんだけど、思いの外上手くいってさ・・・。 ひっく・・・。 そしたら、次長が『よし!打上げだ!』とか
言うから、そのまま二軒目、三軒目って・・・。」
 あ、呆れた・・・。
 相沢くん、名雪を放ったらかしにしておいて、会社の人と打ち上げしてたって言うの?
 そのせいで、私は惚気話を二時間以上聞かされて、ダーリン(になる予定だった人)とは喧嘩別れして、
 ダイエットしてるのにヤケ食い&ヤケ酒飲んで、頭ガンガンさせながら寝てるっていうの?
 とんだ、とばっちりじゃない?
 なんか頭きた!

「ういっく・・・。 好きだよ、名雪。 世界で一番愛してる。 誰よりも、何よりも一番名雪を愛してる。
今日はもう遅いから起こさずに部屋に行くけど、誕生日プレゼントとクリスマスプレゼント用意してあるから、
楽しみにしてくれよな。」
 相沢君はベットの脇に跪くと、私の頭に軽くキスをした。
 軽く触れるだけのキス。 でも、優しさとか慈しみとか、何かそんな暖かい気持ちがいっぱい伝わって来た。
相沢くん、名雪の事ホントに好きなんだなって思えた。
 名雪、相沢くんから、こんなに愛されてるんだなって思えた。
 判りきった事なのに、再確認させられたみたいで辛かった。

「ういっく・・・。 名雪・・・愛してるよ。 ひぃっくぅ・・・。 名雪、大好きだよ。」
 相沢くんは、何度も何度もキスを繰り返しながら、何度も何度も名雪への愛の言葉を連ねていった。
 頭にきてるはずなのに、怒ってるはずなのに、私はただじっとして、その行為を甘受した。
 私への愛の言葉じゃなくっても、酔った勢いの戯言だとしても、紛れもなく相沢くんの言葉だとしたら、
 それはそれで嬉しいから、私は相沢くんの行為を拒絶する事が出来なかった。

 髪を撫でられ、キスをされるたび、くすぐったさとは違う感情が、私の体の中から湧き上がって来た。
 体の芯から、熱い想いが込上がって来た。
 誰にも語らず、誰にも気付かれず、私の胸の中にしまっておいた大切な想いが疼くのを感じた。

(・・・私の気も知らないで。)
 泣きたくなる衝動を押さえ、心の中で呟いた。

(私の心のままを言葉に変えて、正直に伝えたら、貴方は私を受け入れてくれますか?)


 多分答えは、NO!

 それでも少しくらいは驚いて、少しくらいは悩んでくれるだろうか。
 少しくらいは私の想いを感じて、少しくらいは私の苦しみと悲しみを哀れんでくれるだろうか。

 相沢くんは優しいから、きっと少しくらいは悩んでくれるだろうし、哀れんでくれると思う。
 でも、きっとそれだけ。
 私の想いは、相沢くんには届かず、決して叶えられる事はない。
 それが判っているからこそ、私は相沢くんに本心を伝える事が出来なかった。
 相沢くんから拒絶され、その場にいられなくなるよりも、辛くても自分に嘘をついて、相沢くんの側にいられる
 ことを望んだ。

 万が一の時が来る事を願って。 その時に側にいられる事を願って・・・。

 そう。 私の好きなのは、相沢君。 そして、大きな障害は、名雪、あなたの事よ。






暗闇のお陰か、相沢くんが酔っ払っているせいか、はたまた、相沢くんがただの鈍感なだけなのかは知ら
 ないけど、相沢くんは私と気付かず、尚もキスをし続けた。

(・・・あ、ちょ、ちょっと、相沢くん。 そこは、耳はダメ。)
 調子に乗って相沢くんは、私の耳にキスをしてきた。
 体中に電流が走り、小刻みに体が震える。 思わず声が漏れそうになるのを必死で堪えた。
 相沢くんの唇が私の耳を啄ばみ、相沢くんの舌が私の耳元を這い回るたぴ、私の身体は熱く燃え上がった。

(・・・あ、あぁ。 あ、相沢くん・・・。)
 シーツを掴む手にカが入る。 気付かれない様に、指を噛んで声を殺した。
 それでも零れる甘い吐息が、相沢くんの耳に入らないかと心配するが、既に私の耳を弄ぶのに没頭している
 のか気付きもしない。 それ所か、更に耳への愛撫を強めた。 舐め回し、口に含み、そして噛んだ。

(あうぅ・・・・。)
 心地よい刺激に、身体がびくつと反応する。
 甘い吐息は、何時しか荒く激しくなり、相沢くんの舌が蠢く度に快感のうねりが私を襲う。
 頭の中は真っ白になり、思考カが薄れ、快感に抗う術を無くしていった。

(もうダメ! 限界! 相沢君、私を好きにして!)
 心の中でそう叫ぶ。
 しかし、自らに課した戒めか呪いか、私の懇願は声にならず、身体を動かす事さえ出来なかった。
 快感に耐え忍び、じらされ、弄ばれる事を、身体が求めているかのように。

(うそ! 私、そんな趣味・・・無い・・・。)
 自問するが、答えなんて見つかるはずもない。
 こんな気持ちになったのなんて初めてだったから。

「・・・ごめん、名雪。 もう、俺、我慢できない。」
 口元でそう囁かれた。
 不思議と、恥ずかしいとか嬉しいとか、そんな感情より、「良かった。」って安堵感が私を包んだ。
 だって、こんなに火照った身体、自分一人で鎮めるなんてできなかったから。
 相沢くんに鎮めて欲しかったから。
 私は、荒い呼吸を整えながら、相沢くんが来てくれるのを待った。 私の全てに触れてくれるのを待った。
 相沢くんが服を脱ぐ、布ずれの音がやけに大きく聞こえた。

 しばらくすると、布団の端が軽く持ち上げられ、涼しい空気と一緒に相沢くんが滑り込んで来た。
 「いっただきま〜す!」なんて、お馬鹿な事言いながら、相沢君が私に触れた。

「あれ? 名雪パジャマ・・・。」
 相沢くんの声に、私は重大な事に気がついた。

(・・・私、はだか。)
 どうして、今の今まで気付かなかったんだろう?
 上も下も何もかも、生まれたままのスッポンポン。
 私の顔が、熟れたトマトより真赤になるのが判った。
 恥ずかしかった。 相沢君を、裸のままで待っていたと思われるのが、恥ずかしかった。
 卑しく、厭らしい、そんな娘だと思われるのが、嫌だった。

 ・・・でも。

「・・・ごめんな名雪。 淋しい想いさせてて。」
 優しく抱締められ、そう囁かれた。
 蔑まれ、嫌がられるかと思ったのに、相沢くんは私を許してくれた。
 私を許してくれた上で、優しく私を包み込んでくれた。
 その優しさと、温もりと、いたわりに、私は胸が熱くなった。
 心の片隅にあった名雪への罪悪感は消え、相沢くんに抱かれる幸せを感じた。
 この腕の中にいられる幸せを、心から感謝した。

「だから、今日は今までの分、利子付けて返してやるな。」
 耳元でそう呟くと、私に覆い被さってきた。
 「ハッスル! ハッスル!」とか言って。
 あ〜もう! 前言撤回! やっぱり相沢くんは相沢くんよ!






 ○  ○  ○  ○  ○  ○  ○




 カーテンの隙聞から差し込む陽の光に、俺の意識は夢の世界から現の世界へと移りつつあった。
 しかし俺の身体は意思に反して、眠りから覚める事を拒んでいる。
 この三ヶ月あまり、寝食を惜しんで頑張ってきた結果が思いの外良くて、職場の奴等とついつい
 飲み歩いてしまい二日酔いだってこともある。
 でも、ほんとは、この心地よい気だるさと、左腕にかかる愛しい重さを手放したくないだけ。

 それにしても、昨晩は頑張っちゃったなぁ〜。
 いつになく名雪も積極的だったのもあったけど、久しぶりだって事も手伝って、四回・・・五回・・・。
 兎に角いっぱいした。

 だから、心身共にぐったりだ。
 まだ名雪も寝息をたてている事だし、起こすのも可哀相だから、秋子さんが帰ってくるまでこのまま・・・。

「むぅ〜〜〜!」
 ・・・それにしても。
 誕生日プレゼントとクリスマスプレゼント、早めに準備しておいてホントに良かった。
 別に、こうなる事を予測してた訳じゃないけど、ホント助かったぜ。
 誕生日には会えない、バースデープレゼントもクリスマスプレゼントも無いなんて言ったら、大変だった
 だろうなぁ。

「むぅ〜〜〜! むぅ〜〜〜!」
 半眼にして頬をいっぱいに膨らませて・・・。

「むぅ〜〜〜! むぅ〜〜〜! むぅ〜〜〜!」
 そうそう。 丁度、こんな声で拗ねて・・・・。

 ・・・・・え?

 と、そこで俺は重大な事に気がついた。
 さっきから聞こえる「むぅ〜〜〜!」って声、間違いなく拗ねた時の名雪の唸り声。
 幸か不幸か、長年聞かされてるから、間違いようがない。
 それは別に良い。 ホントはあんまり良くないけど、少しだけ脇に置いといて、最も重要なのはその位置だ。
 少なくとも名雪の唸り声は右側、つまりは、ベットの外から聞こえてくる。
 って事は、なんだ? 俺の左腕にかかるこの重みと、寝息はいったい・・・・・・・・・・誰?

 さっきとは違う意味で、目を開ける事が出来なくなった。
 全身からは、いや〜な油汗が流れてくるが、これは決して暑いからじゃないと思う。
 名雪の、殺気にも近い刺すような視線に、逃げ出したい衝動に駆られるが、左腕の重みが今や伽となって
 俺を縛り付ける。

 拙い! 拙すぎる!

「ゆ〜う〜い〜ち〜!」
 冥界から響くような名雪の声。
 俺は身の危険を感じて飛び起きた。

「な、名雪! 待て! 話せば判る!」
 取繕う言葉も見つからず、この場で最も無駄だと思われる言葉を羅列した。
 たしか、彼の有名なあの方も、この台詞の後・・・。

「問答無用!」
 そうそう。 確かこんな言葉を聞いたのが最期だったと、歴史の教科書に出てたような無かったような・・・。

 実際には凄い勢いで繰り出されている鉄拳も、何かスローモーションの映画のように感じられる。
 人生の最期の瞬間には、今までの事が走馬灯のように思い出されるとかテレビで言ってたが、それが
 この瞬間なんだって実感した。

 たった二十年ちょっとの短すぎる人生。
 楽しかった事も悲しかった事もあったけど、名雪と過ごせた日々が俺にとっては一番幸せだったなぁ。
 誤解とは言え、愛する人の手でこの世と決別出来るのも幸せなのかも・・・。
 迫り来る鉄拳に抗う術もなく、俺は静かに目を閉じ、人生最期の時を迎える決心をした。

 ばいばい・・・名雪・・・元気でな。



「・・・・・あ・い・ざ・わ・く〜〜ん。」
 人生の終焉を迎え様としていた俺に、これ以上甘ったるい声は無いって言うくらい甘い声が聞こえた。

(・・・か、香里?)
 何故ここに春里が?と、考える間も無く、柔らかいものが俺の唇を塞ぐと、か細い両腕が俺の頭部に絡み
 ついてきて、俺は押し倒された。 
 既に抗う術を無くしていた俺の唇は容赦なく押し開かれ、香里の舌が絡みついてくる。
 目を見開くと、気持ち良さそうに身体をくねらせている香里越しに、フリーズ状態で固まったままの名雪と
 目があった。
 名雪の双眸から、堪え切れずに涙が零れ落ちた。

「いやぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
 その場に泣き崩れる名雪。
 気のせいか、一瞬、香里の口元が緩んだ気がした。

                                                          おわり




<CV 美坂香里>

あっと! 間違えちゃったとは言え、既成事実を作ってしまった相沢くんの運命はどうなっちゃうの?
名雪ちゃんは、この状況から復活して、相沢くんとの仲を修復できるのかしら?
確信犯としか考えられない、プリティー・チャーミーな香里ちゃんの運命は?
あーもう! 今後の展開から目が離せないわ!

来年までつづく!







−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
あとがき

最後まで読んで下さった方には深く感謝致します。
ばいぱぁです。 こんにちは。

長っ! と思った方々、申し訳有りません。
当初はこんな予定じゃなかったんですが、何故か書き終わってみたらこんな長くなってて・・・。
色々手は施したんですが、やっぱり長いですね。
スイマセン。

このごろ、φなるアプローチ(アニメ版)が好きで、毎週欠かさずに見ています。
と、言う事で、最後のところは、ちょっと借用してしまいました。

ではでは





 ☆ コメント ☆

綾香 :「あらら。自業自得とは言え、祐一ってば御愁傷様」(汗

セリオ:「見事なまでの修羅場ですねぇ。どきどきわくわく」

綾香 :「そこ! 他人の不幸……不幸?
     と、とにかく、騒動を楽しむんじゃないの。
     しかも、コーヒーとお菓子まで用意して」

セリオ:「だって、昼メロみたいで面白いじゃないですか」

綾香 :「……まあ、それは否定しないけど」

セリオ:「今後の展開に期待しまくっちゃいますよ♪」

綾香 :「あんた、ほんっきで楽しんでるわね」(汗

セリオ:「ええ、そりゃあもう」

綾香 :「…………(ため息)
     それにしても、これからどうなるのかしら、あの三人」

セリオ:「どうなるかは香里さんの出方次第でしょうね。
     わたしとしましては、ここはやっぱり攻め攻めで行って欲しいですよ。
     押して押して押しまくり。
     その展開が見ていて一番面白そうですし」

綾香 :「第三者的にはね。
     祐一と名雪は物凄く苦労しそうだけど」

セリオ:「苦労するの、名雪さんだけだったりして」(ぼそっ

綾香 :「…………」

セリオ:「祐一さん、環境適応能力高そうですし」

綾香 :「…………。
     え、えっと、こんな時ってこう言っておけばいいのよね。
     名雪、ふぁいとっ、だよ」(汗




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