『 題目 夏休み ~ 川澄舞 ~ 』
「・・・そう、あれはかなり前の事だったの。
あの時は・・・そう、確か、夜の2時近かったんじゃなかったかしら。
私は何時もの様に遅くまで勉強してたの。
その時にね、急に喉の渇きを覚えて机の端に置いてあったコップに手を伸ばしたんだけど、生憎中は空っぽ。 どうしようかって悩んだ挙句、勉強の手を休めて飲み物を取りに行く事にしたの。
まだもう少しだけ勉強するつもりだったし、喉の渇きに勝てなかったから。
部屋を出て階段に差し掛かった時、階下から何か小さな音が聞こえて来た気がしたわ。
深夜って言われる時間、家族は私を除いて既に寝静まっていたから、下で音がするはずなんか無いの。
だから、初めに思ったのは泥棒かなって。
どうしよう、両親は一階の部屋で寝ているはずで、その部屋だって、今まさに物音がする台所の奥にある。
私は意を決して静かに階段を下りたわ。
階段の上にいたって仕方が無いし、両親を起こすにしたって、その前を通らなきゃならないから。
階段をゆっくり下りながら、全神経を集中して様子を窺ったわ。
果たして、階段を降り立った私は、ある事に気づいたの。
泥棒にしては変だって。 だって、物音がするのは台所だけ、そこから動こうとしないの。
それに、物音と思っていたのは、どうやら低いうめき声みたいだって気付いたの。
しかも、1階に降り立った私より更に下から聞こえているって。
耳をすませば、”うぅ~”とか”助けて~”って聞こえてくるの。
身の毛もよだつって言うのかな。 その声はとてもじゃないけど人のものとは思えなかったわ。
逃げ出したい気持ちを抑えて、私は、一歩、また一歩と台所に近づいて行ったわ。
少しだけ開かれていた台所の扉から、ぼんやりと光が漏れてきていて・・・・。
一旦扉の前で立ち止まって、気を静めてから、私は扉を開けたわ!」
「「「「キャ~~~!!!!」」」」
「・・・そこには、カップアイスを食べ過ぎて、お腹を抱えた栞が『助けて~』って言いながらうずくまっていたの。 あの時は怖かったわぁ~。」
涼やかな顔をして言ってのける香里。
「おいおい、それのどこが怖い話なんだよ。」
名雪は耳を押さえて目を潤ませている。
他の子達も似たようなものだけど、そんなに怖かったか? 今の話?
「あら、充分怖い話よ。 だって、栞ったら、お腹が空いたからって、夜中に10個目のカップアイスに手をかけてたのよ。」
・・・確かにそれは怖いかも。
でも、”怖い”のニュアンスがちょいと違うんじゃ無いでしょうか、香里さん?
って言うか、栞の育て方、確実に間違ってるんで無いかい?
「”自業自得”って奴よね。 だから私、お茶飲んで見捨ててあげたわ。」
・・・前言撤回。
・・・鬼!
確かに充分怖い話だ。
って言うか、美坂ん家って、娘の育て方、絶対間違ってるぞ!
「じゃ、次は私!私!」
真琴が元気良く手を上げた。
趣旨判ってんのか、この狐娘。
”納涼怖い話大会”してるんだぞ、今は。
元気よく怖い話してどうする?
そう、今日は俺の部屋で、”納涼怖い話大会”をしている。
別に、ここにいる面々は、その為に集まった訳じゃないし、約束していた訳でもない。
自然発生的に集まった面々(名雪、香里、真琴、美汐、佐佑理さん、舞)と、話をしている時に、
「そう言えばね・・・。」って感じではじまった。
でも、そんなに怖い話なんて知ってるわけでも、体験しているわけでもないから、そうそう怖い話なんて出てこない。だから、香里みたいなおちゃらけた話なんてのも出てくるわげだ。
「・・・・・・だったの。どう? 怖かったでしょ!」
得意満面な顔をしている真琴。
しかし、その話を聞いた俺達は、どんな反応をして良いのか困ってしまった。
確かに怖かったんだろうけどな。
小狐のころ、車の走っている道を、初めて横断したときって。
「もう!どうしてみんな怖がってくれないのよう! うぅぅぅ~~ もう! みんな祐一が悪い!」
ぷいっと、そっぽを向きながらのたまう真琴。
もう、勝手にしてくれ。
「あはは。ねぇ、舞。舞は、怖い話知ってる?」
「・・・・・・・・・・・・・はちみつくまさん。」
佐祐理さんが何気なく舞に話を振った。
舞の答えは、『はちみつくまさん。』って事は、怖い話を知っているって事か?
「あはは。怖い話知ってるんだ。佐祐理、舞の話聞きたいな。」
「・・・はちみつくまさん。」
舞の手をぶんぶん振っておねだりする佐祐理さん。
舞はそんな佐祐理さんの手を解くと、俺の方に座り直した。
何時になく真剣な顔をしている舞。しかも、何故に俺の方に向き直る?
「・・・こないの。3週間も。」
え? ま、舞さん・・・・・い、今、今なんて?
”サ~~ツ”って音をたてながら、頭から血の気が引いて行くのが判った。
反対に、あぶら汗だか、冷や汗だか訳の判らないものが体中から噴出してきた。
落ち着け、落ち着け相沢祐一!
この土壇場って言うか、窮地って言うか、人生の岐路って言う奴をどうするべきか考えるんだ!
思い当る節は有りすぎて困る程ある。
喩えるなら、星の数程って所かな。
舞が、ああ言うんなら、相手は間違いなく俺だ。
舞に限って、俺以外を受容れるわけが無い。それくらい、この俺が一番良く知っている。
だから、俺はその責任を取る義務がある。
あるんだけど・・・・困った!
これは困ったぞ。生活基盤なんて全く無い高校生の分際で、しかも今は居候の身。
何がどうなったとしても、養っていくなんてできっこない。
俺は頭を抱えたくなる衝動に駆られた。
本来なら、飛び上るほど喜ぶべき事なのだが、素直に喜べないのもそこらへんに有ったと思う。
って言うか、こんな事を人前で公表するか? それも、その・・・・・・一応責任って物の一端を担うべき俺に、一言も相談なしにだ。
俺だって事前に話をしてくれれば、心積もりとか、いろいろ・・・いろいろ・・・ん?
「・・・ちょ、ちょっと待て。舞、それホントか? 何時もする時には着けてるし、この頃は中で出した事なんてないぞ。」
俺は、額に流れる汗を拭きつつ、ささやかな反抗を試みた。
別に疑っている訳ではない。ただ、疑問は疑問として聞いておきたかっただけなんだが。
「祐一さん、それは酷いです。舞の言う事が信じられないんですか?」
「相沢さん。今の言動は、余りにも人間として不出来だと思います。」
「祐一。着けてたって、”絶対”なんて事無いんだよ。」
「相沢くん。見苦しい真似はやめて、責任取んなさい。」
「みんな、みんな祐一が悪い!」
見事に女性陣の反感を買ってしまった。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。別に俺は・・・」
噴出す汗を拭う事も忘れて、弁明とも弁解ともつかない言葉を言おうとした。
でも、それは、佐祐理さんによって阻まれてしまった。
「舞、病院には行った? まだなら、佐祐理がつきそうよ。」
佐祐理さんは、舞の両手を握り締めながら言った。
美しき友愛・・・って、そんな事に感心してる場合じゃ無かった。
「佐祐理はだめ。これは、私と祐一の問題。」
「ま、舞・・・。」
驚きの余りに声を無くした佐祐理さんの手を払いながら、舞は、「だから、祐一来て。」っと言った。
その真剣な眼差しに、俺は恥ずかしさと情けなさでいっぱいになった。
自分と言う人間が、こんなに倭小な存在だと言う事に、今更ながらに痛感させられた。
きっと舞は、今日まで悩んでいたんだろう。不安と戦いながら、眠れない夜を過ごしたかもしれない。
でも、その素振りも見せずに、いつも俺を受容れてくれていた。
それがどんなに辛く苦しかった事かは、想像に難くない。
今日だって、不安が確信に変わり、自分で処理できなくなったからこそ、俺に救いを求めて来たはずだ。
それなのに、俺は舞の言葉を信じてやれなかった。
「判ったよ、舞。さ、一緒に病院に行こう。これからの事は後で考えれば良い。」
俺は舞に手を差し伸べた。
”'責任”とかじゃない。もっと違う、これから舞と二人で育てていく、全ての事の第一歩として。
「病院? 行くのは学校。それに行くのは夜。」
”?”マークをいっぱい浮かべながら舞は言った。
庵は、え? って感じで動きが止まった。
え?どう言う事?
○ ○ ○ ○ ○
「・・・つまり、なんだ。久しぶりに夜の学校に行っても魔物がいなかったと。三週間ずっと通ったけど、一度も来なかったと。だから俺に”おとり”として来てくれと。こう言いたかった訳だな。」
「・・・はちみつくまさん。」
・・・やれやれ。全く人騒がせな。
大体、魔物騒動は、舞が腹かっさばいて解決したんじゃ無かったのか?
そう言ってみたら、舞は、ポン!って手を叩いて、「・・・ああ、そう言えば。」って頼むよ!舞!
生まれてこの方、初めて寿命の縮む思いしちゃったじゃないか!
因みに、舞の怖い話って言うのは、夜の学校に一人でいると暗くて怖いって事らしい。
何のこっちゃ。
コンコン。
「名雪、祐一さん。そろそろおやつの時間だから、下にいらしゃい。」
ドアをノックしてから、秋子さんが顔だけ覗かせて言った。
美味しいクッキーを焼いたからと。
「あれ?お母さん、お買い物に行ったんじゃないの?」
「ええ、行きましたよ。でも、頼んでおいた物を取りに行っただけですから。」
「なんだ、お使いだったら私が行ったのに。」
「あらあら・・・。でも・・・・・あれは・・・ちょっと・・・ね。」
左手を頬に当てる何時ものアラアラスタイルな秋子さん。
でも、今日はちょっと困惑顔みたいだ。
「あれは、ちょっとって・・・何を取りに行ったの?」
何気なく名雪は問い掛けた。
多分、子供が「あれ何?」って聞く位の軽い気持ちで。
でも、帰ってきた答えは、俺達の想像を遥かに越えていた。
「・・・ジャムの材料ですよ。」
「ジャムの材料・・・今あるんですか?」
俺は思わず大声を上げてしまった。
「香里の部活」、「栞の病名」、「秋子さんの実年齢」、「秋子さんの仕事」等と並び称される、
「Kanon七大不思議」の内の一つ、「ジャムの材料」!
それが、今ここにある!
是非見たい! 絶対見たい! 何が何でも見たい!
「・・・えぇ、今仕込みを終えて、地下で熟成させてますけど。」
「見せてもらって良いですか?」
俺は知的好奇心わくわく状態で、秋子さんに詰め寄った。
「あらあら・・・。アレを見るんですか?熟成前のアレは、見て気持ちの良い物じゃないですけど。」
「・・・そ、そうなんですか?」
あからさまに嫌そうな顔をする秋子さん。
それにしても、見て気持ちの良い物じゃないって・・・。
「はい。私も初めて見た時は直視に耐えられませんでしたから。少し匂いが出ますけど、後、4ヶ月くらい熟成させたら程よく形も崩れてますから、その時に見た方が、『まだ』良いと思いますけど。」
「・・・。」
「活きの良いうちに見るのもアレですけど、今の状態を見るのは・・・・ねぇ。 この時期、食欲が無くなるのも困りものですから・・・・ね。」
ふふふ・・・なんて、にこやかな笑みを零しながら、秋子さんは部屋を出て行った。
早く降りてきて下さいねえ~なんて言い残して。
残された俺達はお互いの顔を見やった。
誰も口を開こうとはしないが、一様に額から流れる一筋の汗を見れば、考えている事くらいは判る。
アレな材料って? 活きが良い? 熟成?
食欲が減退するほど、直視に耐えられないって・・・・?
舞の話も違う意味で怖かったけど、アレな材料の話は、下手なホラー映画より怖かった。
だって、そんなアレなモノが小ビンに詰められて、食卓にのっているって判ったから・・・。
おわり
○ ○ ○ ○
あとがき
最後まで読んで下さいましてありがとうございます。
ばいぱぁです。
ホントは8月の初めに出そうと思ってたSSだったんですけどね。
なんやかんやで今になってしまいました。
ちょっと時期外れで申し訳有りません。
ちょっと、公私の公の方に問題が続出した8月でして、でも休暇は取らなきゃならず、必然的に残業
ばかりが増えて行きました。
すいません、ただの愚痴です。
久しぶりのカノンSSです。
題名には、舞の名前が有りますが、全体を読むと秋子さんの印象のが大きいと思うのは私だけでしょうか?
ではでは