題目 『 夏休み ~ 神岸あかり ~ 』
「見て見て、浩之ちゃん。」
私は手に持ったビニール袋を、浩之ちゃんに軽く上げて見せた。
その中には、色鮮やかな金魚が一匹、気持ち良さそうに泳いでいる。
今日は、浩之ちゃんを誘って、毎年恒例の夏祭り。
恒例って言っても、浩之ちゃんと二人だけで来るのは、去年と今年の二回目なんだけど。
「ほぉ~、金魚すくえたのか?」
買ってきたばかりのたこ焼きを楊枝で一つ刺し、私の口に放り込みながら言った。
「・・・・・はふぅ、はふぅ。はふぅはふぅはふぅはははふぅふぅ・・・。」
「こらこら。 喋るか、食べるかどっちかにしろ。」
私は、涙目になりながら、うんざり顔の浩之ちゃんを睨んだ。
こうなったのも、『金魚すくえたか?』と、聞いておいて、たこ焼きを口に放り込んだからでしょ!
って、文句の一つも言いたかったけど、『喋るか、食べるかどっちかにしろ』と、言われたから、迷わず食べる事にした。
だって、たこ焼き好きだし、結構あつあつホクホクで美味しかったから。
「・・・・・・・・あぁ美味しかった。あ、金魚ね。全然すくえなかったよ。」
「なんだ? じゃ、それは残念賞か?」
「・・・うん。でも、5回も頑張ったんだよ。」
「な、何! 5回もやったのか!」
「え? ・・・あ、うん。でも、酷いんだよ、水につけたらすぐに紙が破れちゃう仕掛けでね。
あれじゃ、誰がやったって金魚すくえないよぉ~。」
浩之ちゃんの余りの驚き様に、ちょっと引き気味で捲くし立てた。
でも、浩之ちゃん。私の気も知らないで、酷く呆れた様な、それでいて哀れんだ目で私を見てる。
これは・・・・・あ! そうそう。
私が、『くまちゅう』を買った時と一緒の目だ。
うう・・・。ちょっとだけ傷付くなぁ。
私は、浴衣の袖を掴むと、口を尖らせ、上目遣いで拗ねて見せた。
○ ○ ○ ○ ○
「・・・ねぇ、浩之ちゃん。」
「・・・。」
「・・・ねぇ、浩之ちゃんってば。」
「・・・くっ! あぁぁ・・・・。くっそう、また逃げられた! あかり!お前が横でごちゃごちゃ言うからだぞ!」
「そ、そうかなあ・・・。」
「くっそう! 腹が立つ! おやじ! もう一回だ!」
浩之ちゃんは財布の中から千円札を出して、おじさんの前に差し出した。
おじさんは困ったような顔をして、浩之ちゃんと私の顔を見比べてから、渋々、ホントに嫌そうに千円札を受取ると、代わりにお釣りと金魚をすくう小さな網を浩之ちゃんに差し出した。
「兄ちゃん、こっちも商売だ。やってくれるのは嬉しいんだけど、程々にしといた方が良いんじゃねえか?」
「判ってらい! これが最後だ!」
浩之ちゃんは、お釣りと小さな網を奪い取ると、水槽の中の手近な金魚を物色し始めた。
私と金魚すくいのおじさんは、大きな溜息を一緒についた。
浩之ちゃんの言った、「これが最後だ!」は、酔っぱらいの「酔ってないぞ!」って台詞くらい信掻性がない。 だって、その台詞、少なくとも3回は聞いたんだもん。
「さぁ! 今度こそは捕まえてやるからな!」
腕まくりしてやる気満々な浩之ちゃん。
きっと、金魚をつかまえるまで、テコでも動かない気だろうな。
はぁ~。 あんな事言うんじゃ無かったな。
私が、あんな事言ったから、浩之ちゃんムキになってるんだろうし・・・。
私は、押し寄せる後悔の嵐の中、少しだけ前にあった事を思い出していた。
・・・それは少しだけ前のこと。
浩之ちゃんが、たこ焼きを突きながら、私の事を『下手くそ。』だなんて言ってきた。
何時もの様に笑って誤魔化せば良かったのに、ついつい冗談半分で言っちゃったんだ。
『え~! 浩之ちゃんでも無理だよぉ~。』つて。
そうしたら浩之ちゃん、米神をピクピクさせて。
『それじゃ、俺が金魚をすくえた暁には、何でも言う事を聞いてもらうからな!』
浩之ちゃんは、指を一本ビシッと立てて言い放った。
「ここまで来て引き下がれるかって!」
あれから既に30分。ううう・・・。浩之ちゃん、目がギラギラしてる。
将来、ギャンブルだけはしないようにって、言っとかなくっちゃ。
きっと、それで身を滅ぼすだろうからって。
「・・・ちっ! まただ! ・・・くっそぉ! おやじ!もう一回だ!」
・・・ほらね。
私と金魚すくいのおじさんは、何度目かの溜息を一緒についてしまった。
○ ○ ○ ○ ○
「そろそろ止めた方が良いんじゃ・・・。」
「・・・。」
「俺も止めた方が良いと思うぞ。」
「・・・。」
「・・・なぁ、おやじ。」
「うるせぇ! 黙ってろ! うぅ・・・ちっくしょう! ほら、兄ちゃんとお姉ちゃんが、横からごちゃごちゃ言うもんだから、金魚が逃げちまったじゃねえか! ちっくしょう!
もう一回だ!もう一回!」
金魚すくいのおじさんは、穴がぱっくりと開いた網を投げ捨てると、新しい網を片手に水槽の中の金魚を物色し始めた。
その様子を見て私と浩之ちゃんは、お互いの顔を見ながら大きな溜息をついた。
「このまま引き下がったら男がすたらぁ!」
大きな声で啖呵を切っているものだから、金魚すくいの屋台の前には大層な人だかりが出来てしまっている。 見物人の中からは、無責任にも拍手とか歓声とかして囃し立てたりするものだから、おじさんもムキになっちゃっているみたい。
果たしてこのおじさん。
男がどうのって事は別にしておいて、お仕事どうするんだろ?
これだけ自分の所の金魚がすくえない事を宣伝しておいて、仕事になるのかな?
「今度こそは絶対に捕まえてやるからな!覚悟しとけ!」
おじさん、腕捲りしながら、目をギラギラさせてる。
うう・・・この姿、どっかで見た事有る。
『・・・っつたく、しょうがねえなあ。』なんて言っているあなた。
他人のふり見て我がふり・・・って言葉、お願いだからちゃんと覚えておいてね。
「・・・こんな騒ぎになったのも、あかりのせいだからな。」
浩之ちゃんが、私にだけ聞こえる声で、ぼそっと眩いた。
うぅぅ・・・。やっぱりそうかな?
そんな気はしないでも無かったんだけど・・・。
・・・それは少しだけ前の事。
財布の中身が空になり、漸く浩之ちゃんは諦めてくれた。
金魚すくいのおじさんは、残念賞として私にしてくれたように、小さなビニール袋に綺麗な金魚を一匹入れてくれた。 多分、それが情けをかけられたと思っているのか、それ自休が気に障るのか、浩之ちゃんはずっと金魚を睨みつけていた。
だから私は、浩之ちゃんの気を紛らわせるために言っちゃったんだ。
『浩之ちゃん、今日は調子が悪かったんだよ。 ほら、おじさんだって普通の網使ってるでしょ。
おじさんだってきっと・・・・ね。』
何気なく言ったつもりだったんだ。
でも、おじさんったら、米神の辺りをピクピク、肩をフルフルさせて。
『ほほう、お嬢ちゃん。それは俺じゃ金魚はすくえないって事ですかい?』
にやっと笑いながら、手には金魚すくいの網を持っていた。
○ ○ ○ ○ ○
「良かったね、浩之ちゃん。」
私は、目にたまった涙を拭いながら呟いた。
結局、金魚すくいのおじさんは、あれからかなり粘った挙句、やっと一匹の金魚をすくう事が
出来た。おじさん相当嬉しかったのか、腕を大きく突き上げながら、「やった!」なんて叫んでた。
周りの見物人の中からは、大きな拍手や歓声なんか湧き上がり、感動した何人かが、おじさんに握手を求めたりもしていた。
おじさん、「有難う、有難う。」って、泣きながら、握手したり、肩胞き合ったりして・・・。
そんなおじさんの姿見たら、何か感動しちゃって、私までもらい泣きしちゃった。
でも・・・金魚すくいって、こんなに盛り上がるものだったっけ?
「・・・あぁ、そうだな。」
浩之ちゃんは素っ気無い返事を返してきた。
でも、瞳の端にたまった物が見え隠れしてるよ、浩之ちゃん。
「ねぇ、浩之ちゃん。どうしてあんなにムキになって金魚すくいしたの?」
やっぱり、私が変な事を言ったからかな? それとも、私と(無理やり)した約束のためなのかな?
私のせいだったら、いっぱいお金使わせちゃって悪いなって思ったから。
「別に。一匹じゃ可哀相だろ、そいつ。」
浩之ちゃんは、私の持っている小さなビニール袋に入った金魚を指差して言った。
だから、もう一匹欲しかったんだって。
浩之ちゃんは、自分が手にしている小さなビニール袋を、ひょいっと上げながら言った。
「これでこいつらも寂しくないだろ。」
ははは・・・って、笑いながら浩之ちゃん。
私はてっきり、男のプライドとか、意地とか、そんな他愛のない理由でムキになってたとばかり思ってたのに、そんな優しい事も考えていてくれただなんて・・・。
私は、浩之ちゃんの腕に自分の腕を絡ませ、浩之ちゃんの肩に頭を寄せた。
「浩之ちゃん。」
「・・・暑いって。」
そっぽを向く浩之ちゃん。
でも、私の手を振り解くでも無く、そのままじっとしていてくれるって事は、嫌じゃないって事だよね。
ちょっとだけ自惚れかなって思ったけど、嫌がらないからそのままでいた。
「・・・ねぇ、浩之ちゃん。約束ってなんだったっけ?」
歩きながら、軽い気持ちで聞いてみた。
今がとっても幸せだから、変な約束以外だったら聞いてあげても良いかなって気がしたから。
「え? 約束? 約束って、さっきのやつか?」
「うん。 だいぶ時間がたっちゃったから、何を約束したのか覚えてなくて・・・。」
「『もし、金魚を捕まえたら、俺の言う事を何でも聞く。』だ。」
「それで、何て言うつもりだったの?」
小首を傾げ、浩之ちゃんを見上げながら聞いて見る。
”何でも”って所が、微妙に怖い気はしたけど。
「金魚の世話をしてくれって、言おうと思ってた。」
「え? 金魚の世話?」
思いがけない言葉に、思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
「そうだ、”金魚の世話”、だ。」
「はぁ?」
あらためて、”金魚の世話”を強調する浩之ちゃん。
思いがけない台詞に、気が抜けたような声を出してしまった。
金魚の世話って事は、私達が今持っている金魚の事であって、”二匹一緒に”浩之ちやんが言った時から、朧気ながらにも、私が面倒見るんだろうなぁくらいには思っていた。
だから、言われなくてもお世話はしたと思うし、浩之ちゃんと私の金魚って思えば嫌じゃ無いって思ってた。
だから、どうしてわざわざそんな事を?って。
でも、その後浩之ちゃんが言った言葉に、私は思わず驚いた。
「でも・・・なんだ。金魚も生き物なわけだし、”時々”じゃなくってさ、”毎日”世話してやって欲しいんだ。」
金魚ばちは俺の部屋に置いとくからって。
ソッポを向きながら浩之ちゃんは言った。
え! そ、それって、金魚のお世話をするために、浩之ちゃんの家に来いって事?
それも、”時々”じゃなくて、”毎日”?
それって、それって、毎日私に来て欲しいって事かな? 自惚れじゃなく、そう思って良いのかな?
顔を真っ赤にしながら、早鐘の様に鳴る胸の鼓動に慌ててしまった。
だって浩之ちゃん、急にそんな事言うんだもの。
好きな人に毎日会いたいって言われて嫌な気なんてするはず無い。
ううん。 好きな人に言われたなら嬉しいに決まっている。
でも、そんな嬉しい言葉だって、急に言われたらドキドキだってするし、お返事だって困ってしまう。
特に、浩之ちゃん。 何時もはこんな嬉しい事言ってくれないんだもの。
”優しい言葉の免疫”って言うのかな、私は極度に足りない様な気がする。
なんて返事をして良いのか判らなくって俯いてたら、ドクン、ドクンって聞こえてきた気がした。
それが、私の鼓動の音じゃないって判るまで、少し時間がかかった。
だって、他に何の音だか判らなかったから。
その音だって判って、だから見上げた途端、『な~んだ。』って気になった。
そう思ったら、ちょっとだけ落ち着いちゃった。
「・・・ねぇ、浩之ちゃん。お世話するのは金魚だけで良いの?」
だから、胸がドキドキして破裂しそうだったけど、ちょっとだけ意地悪な質問を投げかけてみた。
横を向いたままの浩之ちゃんの耳が真っ赤なのが判ったから。
私と一緒だって判ったから。
「・・・・・・・・・・・ついでで良い。」
私にしか聞こえないくらい小さな声で、浩之ちゃんは呟いた。
ついで・・・だって。どっちが”ついで”なんだか。
「取りあえず、明日金魚ばちでも買いに行くか?」
「うん。」
私は元気いっぱい頷いた。
頷いた後で、ちょっとだけ背伸びして、浩之ちゃんの頬にチュッてした。
人目もあっただろうけど、そんな事気にしない。だって、今はそんな気持ちだったから。
初め驚いていた浩之ちゃんも、「えへへへ・・・」って舌を出してる私に、「ばぁ~か」って言いながら、私のおでこを小突いてきた。
でも、小突かれたのに、とても嬉しい気持ちになれたのは、照れて真っ赤な顔になった、浩之ちやんの顔が見れたからかな。
おわり
○ ○ ○ ○ ○
あとがき
最後まで読んで頂きありがとうございます。
ばいぱぁです。
浩之とあかりちゃんです。
久しぶりに糖度が高いSSです。 やっぱり、悲しいのより、甘くて優しそうなSSが好きです。
読んでいるだけで虫歯になりそうなSSを目指してますので、次回も今回以上にあまーいSS
書きたいと思いますので宜しくお願いします。
初め書いてた時は、綾香がセリオとマルチを使って、あかりと浩之のデートを邪魔するっていうSS
でした。 ついでに言っちゃうと、邪魔をするのに成功した綾香、でも、ぼ~っとした芹香がいきなり
出てきて、漁夫の利を得るって感じだったんですが、中だるみが激しかったので辞めちゃいました。
だからと言って、これがたるんでないとは言わんのですが・・・。
ではでは