30000HIT記念贈呈SS To Heart エンゲージロボット くのうなおき 屋上から見上げる空は今日も蒼く澄んでいた。そこには今日も二度と会う事の 無い優しき少女の笑顔が映っていた。空を見上げ、彼女の笑顔を見るたびに彼女 とはもう会えないという現実を認めざるを得なかった。だが浩之は彼女と過ごした 一週間を幻として誤魔化したくなかった、彼女が浩之に大事な事を教えてくれたあの 日々を。 マルチのいない寂しさ、辛さは当分つきまとうであろう。いや、マルチの妹を買った としても消える事は無いのかもしれない。それでも耐えていこう、前向きに生きていこ う。 マルチと出会った事を無駄にしないよう・・・・・・。 癒される事の無い辛さに負けそうな時は、このように己を叱咤激励してきた。その おかげなのか、マルチの事でひどく落ち込む事無く日々を過ごす事ができた。 でも、それだけじゃない。 浩之を前向きに生かしているもの、それはマルチへの想いだけではない、だがそれ を認めることにまだ若干のためらいがあった。付き合いの長さが、想いを認めるという ことに照れくささのようなものを感じさせていた。 マルチが悲しそうに浩之を見つめていた。 「悪りい」浩之はマルチに謝った。 彼女への想いを素直に認めなければならなかった。認めることから逃げていたために 何度彼女に辛い思いをさせたことか、幼少時、中学と。 ガチャリと扉の開く音がした。 「浩之ちゃん・・・お待たせ・・・」 息を切らしてあかりがやって来た。 「そんなに急がなくても良かったのに」 浩之は苦笑いをしてあかりを迎えた。 「だ、だって浩之ちゃんお腹すかせてるかと・・思って・・・」 前の授業が体育なのだから遅くなるというのは承知のはずなのにまったくこいつは・・・。 よくみるとあかりが顔を赤くし、もじもじとしていた。最近になって見せるようになった 奇妙なしぐさだ。 「おいおい、いつまでも突っ立ってないでこっちに来い」 浩之が手招きすると我に帰ったあかりがタタタッと駆け寄り浩之の隣にチョコンと座った。 「はいっ、浩之ちゃんのお弁当」あかりは弁当箱を差し出した・ 「ああ、ありがとう」笑顔で受け取る浩之をあかりは眩しそうに見つめた。 優しい眼をするようになったんだね。 前からも浩之は優しい眼を見せていた。「しょうがねえなあ]と言うとき、あかりを本気で心配 する時と。しかし、些細なことでも優しい眼で応えるのはつい最近からだった。 浩之がそのように優しさを表に出すのはとっても喜ばしい事であったが、いざ見つめられると 嬉し恥ずかし半ばしてもじもじとしてしまうのであった。 「浩之ちゃん、変なヤツだなんて思ってるのかな?」 少し心配になる。 それにしても何とか立ち直ってくれたようで良かったとあかりは思った。 ここ最近の浩之は落ち込んでいた、いや落ち込んでしまいそうな自分と戦っていたというのが 正しいのかも知れない。授業中でもふと眼をおとして考え込む様子をみせたかと思うと、首を 振って授業に集中しだす、そんな事の繰り返しであった。 浩之は誤魔化してはいたが、マルチが居ない事が理由である事は明らかだった。ただ、何故 そこまで深刻になるのか、あかりには不可解だった。 マルチちゃんは学校での試験運用が終わっただけで会おうと思えばまた会えるのではない のだろうか? そんな疑念を感じつつも浩之が立ち直るようできるだけ傍にいようと努めた。浩之に何と言われ ようと引き下がるつもりは無かった、好きな人の為にできるだけの事をする、それだけだった、 後悔したくはなかった。 浩之はあかりの献身を拒まなかった。 今まで以上に二人でいる時間が多くなった、今の昼休みも二人の時間の一つであった。 この二人の時間はいつまで続けられるのだろう、あかりは思う。一時的なもので終わらせたくは なかった、浩之はどう思っているのだろうか、この二人の時間を逃げ場としか思っていないのだろうか、 それともずっと続けていきたいものだと思っていてくれているのだろうか? 浩之がマルチに好意以上のものを抱いていたことは浩之のマルチに対する態度でわかっていた。 話している時、一緒に掃除をしている時の彼はとても楽しそうであった、そんな二人の中に入って 行けない自分にもどかしさを感じていた。 浩之を奪い返すという考えは無かった、マルチに優しく接してあげられる浩之が好きだった、その 優しさが自分にも向けられたらいいなと思っていた。自分も浩之と一緒にマルチに優しく接してあげ たいと思った。中庭で犬に語り掛けている姿を見かけて以来、あかりはマルチに好意を持っていた。 だから、浩之の「メイドロボットは欲しいか?」という問いに「マルチちゃんみたいな娘ならいて欲しいな」 と答えたのだった。 自分は受身すぎるのでは無いか、誰よりも長く浩之と一緒にいたと云う事に安住しすぎてはいなかった か?だから、浩之がマルチと仲良くしているのを見ていてもなにも出来なかったのではないだろうか? 髪を切った事にしても、結局は自分からした事はそれだけだった、後はただ浩之が振り向いてくれるのを 待っているだけであった。 自分から動いても想いは必ず実るという訳ではない、しかし、待っているだけでは想いが実る事はありえ なかった。 浩之が拒絶しない限り二人の時間を続けていこう、恐れはあった、しかしそれに囚われていたら先に 進めそうもなかった。 「浩之ちゃん、あのね・・・」 「ん、どうした?」 「今日も、夕ご飯作りに行ってもいいかな?」 「あ、ああ・・・いいぜ、よろしく頼む」 「うん」 この時お互いが自分の想いに素直になろうとしていた。 夕食を終え、二人はソファーに無言で座っていた。二人の間にはある種の緊張感があった、以前の二人なら 今の関係を壊してしまうかもしれないという恐れから曖昧なままで避けてしまったかもしれない、しかし、今は 違った。 「あかり」 さきに言葉を発したのは浩之だった。 「色々ありがとう」 「浩之ちゃん」 「お前が傍にいてくれたおかげで俺はマルチのいない辛さに耐えることができた」 「ううん、浩之ちゃんは強いもん、わたしなんかが・・・でも、少しでも役に立てたというならとってもうれしいよ」 「あかり・・・」 浩之はより真剣な眼差しであかりを見つめた、あかりはドキリとしたが浩之を見つめ返した。 「今まで悪かった」 「え?」 「お前がいつも傍にいてくれていた云う事がどんなに俺にとって大切な事だったかというのを俺は今まで気付か なかった・・・、いや、気付くことを避けていた。おまえが大切な事を認めるのが照れくさくて、認めることで二人の 関係を壊してしまうのではないかと恐れて・・・、ガキなんだよな、俺は、その事でお前に何度も辛い思いをさせた というのに」 「浩之ちゃん・・・・・・」 「マルチもお前も俺を優しい人と言うけど、もしそうだとすれば、その優しさってやつはお前がいたからこそあった ものだったんだ」 あかりは何も言わずにじっと聞いていた。 「おまえがいなければ、マルチのいない辛さにも耐えられなかったかもしれない」 買いかぶり過ぎだよとあかりは思った、浩之は元から優しい人だった、ただその優しさがうまくだせなかっただけ なのだ。そうあかりは思った、しかし浩之の素直な心情の吐露を否定したくなかった。自分という存在を真剣にみ ていてくれているのがうれしかった。 「ねえ、浩之ちゃん、マルチちゃんの事だけど」 「ん?」 「今度、会いにいってみようよ。わたしもちゃんとお話してみたかったんだ、あ、三人でどこか遊びに行くというのも いいよね」 浩之は一体何をいいだすんだと戸惑った。しかしあかりがマルチの運命について何も知らないのに気がついた。 一瞬言うべきかと迷ったが、すぐにその迷いを吹っ切った。 「あかり、聞いてくれ」 あかりはその思いつめたような眼差しに息を呑んだ。 「マルチとは・・・・・・・・もう二度と会えない」 「 ー!!」 浩之は一気に話した、マルチの試作機としての運命を、そして彼女がどういう想いでその運命を受け入れたかを、 自分はその想いをどう受けとめたかを。 「俺は今だって時々迷う、あの時無理にでも引き止めるべきじゃなかったのかって、しかし引き止めてはいけなかった 、あいつは俺と出会えたことが何よりの幸せだったと言ってくれた、その幸せを自分の妹達に分け与えるために研究所 に戻るのだと言った、俺が・・・俺が引き止めてはいけなかったんだ。」 話ながら涙がぼろぼろとこぼれた、あの日もう泣くまいと誓ったはずなのに、目の前のあかりの姿が霞んでみえた。 胸にあかりが抱きついてきたのを感じた、浩之の胸に顔を埋めているあかりもすすり泣いていた。 「浩之ちゃん、わたし、わたし浩之ちゃんに何をしてあげたらいいのかわからないよ・・・、わたしこんな事しかできないよ ・・・」 浩之はあかりを強く抱きしめた。 「あ・・・」 「あかり、言っただろお前が傍にいてくれることがおれにとって大切な事だって。」 「浩之ちゃん、信じて・・信じていいんだよね・・・」 浩之は力強く頷いた。 「俺は今でもマルチが好きだ、でもひとりの女性として・・・・・・・あかりが好きだ」 「浩之ちゃん・・・・!!」 あかりは顔をあげて、じっと浩之を見つめて口を開いた。 「わたしも、幼馴染じゃなくて、一人の男性として、浩之ちゃんが好きだよ、ずっとずっと大好きだったよ!!」 「ずっと待たせちまって・・・・・すまねぇ。」 あかりはなにも言わずに浩之にキスをした、お互い初めてのキスは激しかった。 しばらくして二人は唇を離した、あかりは潤んだ瞳でじっと浩之をみつめていた。 「あ、あかり・・・」 あかりは浩之がなにをいいたいのか悟るとコクンと頷いた。 「家に電話してくるね、今日志保の家に泊まるって」 一見いつもと変わらない登校風景であった、だがいままで二人の間に有った見えない距離は 既に存在していなかった。ただ浩之の方はまだ馴れなくてあかりの微笑みから眼を逸らしがち だった、そんな浩之があかりには可愛くいとおしかった。 「ねえ、浩之ちゃん」 「ん?」今度は眼を逸らさなかった。 「マルチちゃんの妹が出たら必ず買おうね、わたしも協力するから・・・ね」 「あ、ああ」と答えてからあかりの言葉の重大な意味を知ってはっとあかりを見た。 あかりは顔を赤くしてもじもじとしていた。 浩之は真剣な表情であかりを見つめもう一度答えた。 「必ず買おう、そして三人で思い出を作っていこう」 「うんっ!」 二人よりも三人のほうがお前も嬉しいよな・・・・・。 浩之は空を見上げた、マルチはとても嬉しそうに笑っていた。 終 後書き や、やっと書き上げた・・・・4回目にしてやっと形になりました。 掲示板にも書きましたが、自分の考えを文章にするのがこれほど 大変とは、物語は卒論とは違うんですよね・・・・・。他のSS作家の 皆さん改めて尊敬いたします。 今回は本当に苦労しました。どのように話を進めていくかで試行錯誤 の連続でした。初めは本稿に似た形でしたが、話に行き詰まって没 次はあかりがマルチに語り掛ける形にしようとしましたが、やはり話が 続かず没、3回目は志保、雅史も登場させてマルチが学校にいる時点 からはじめようとしましたが、話が危険な方向に行ったので没、4回目にして ようやく完成となりました。 マルチがいなくなってからの二人の話、一年前だったら今とは正反対 だったでしょう、マルチを選んだ浩之と幼馴染のままでいることを決意 するあかりの切ない話になっていたはずです。この一年間で考えが変わり ました。私が一番すきなキャラはマルチです、でも恋人、妻として一番 浩之にふさわしいのはあかりだと私は思います。マルチは恋人とかでは なく、また別の意味での大切な者だと思っています。 次は志保、雅史の話にしようかと思います、どうしても書きたいテーマ ができたので。 それでは最後にHiroさん30000HITおめでとうございます!!
うるうる(大感動) ふたりの想いがひとつになっていく過程が良すぎ!! ホント、幸せになって欲しいです。 もちろん、マルチを含めた3人で、ね。 くのうなおきさん、素晴らしいSSをありがとうございました\(>w<)/戻る