(4)
「さあて、いよいよベスト3まで絞られたわけであるが」
「…というか、何もしないうちに終わってしまったのですが」
フランソワーズの言葉にあかりとマルチがうんうん、と頷く。
そんな3人を順に見ながら、大志はわずかにズレたメガネを直した。
そして、言う。
「さて。…次は何をどうしたものだか」
「……まさか何も考えていないとかいいませんよね?」
「ハッハッハッハッハッ。――メイフィア殿のところで全員リタイアっぽいノリだったのだがなぁ」
「うわ~~~~~!?マジなんも考えてないんすか!?」
「どうした同志冬弥、顔色が悪いぞ」
「悪くもなります!ちゅーか、どうすんですかどうすんですかっ!!?」
「はっはっはっはっはっ。…どうしよう?」
「が~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!」
見ていて禿げはしまいかと心配になるほど頭を掻き毟る冬弥の背後で、黒子達によっていつの間にかクイズ番組ご用達の回答者席が3つ、設置されていた。
「それではいよいよ最終審査に入るとしようかエヴリワン?
これまでの審査で容姿・萌えポイント・能力が試されたわけであるが、この最終審査では己の心構え…メイドとしての信条を試される。
正直……他人の信条を『試す』などというのはおこがましいものだろう。
自分の思うところを他人の物差しであれこれとやかく評価され、正誤をつけられるというのはな。
かといって、己の信条を第一として他人の声を『それはそれとして』と理解するフリをして退けるのは、これはやはり独善というものであろう。
しかしだ。
我輩としてはやはりメイドさんとは…癒し系だと思う。いや、そうであって欲しいのだが。
なぜ我々はメイドさんに萌えるのか。
メイド服が可愛くてたまらん?
ちょっぴりドジなところ?
健気で一途だから?
その他諸々、萌えポイントはあるわけだが、最終的にそれらが帰結するところ。
それは癒しではなかろうか。
メイドさんが淹れてくれる一杯のお茶。
ささやかなものかもしれんが、一つ一つが自分のために尽くしてくれる、その献身と優しさ。
そこに感じるものは何だ?
荒み乾いた心の砂漠に慈雨の潤いを与えてくれるものではないか?
そう…それは癒しと安寧ではないのか?
なあ、同志冬弥?」
「今、俺は、まさに癒しと安寧が欲しいです切実に!」
単にからかわれていただけと知り、まさに荒んでロンリーブルーな冬弥であった。
「と、まあそんな感じで、お三方にはこれから述べる例題に対して、自分の思うところを述べてもらいたい。
それに対して会場内のギャラリー、及びテレビ視聴者にどれだけ共感と支持を得られるか、で得点を決めたいと思う。
ちなみに電話・FAX・e-mailによる受付はこちら――」
画面下に現れた受付先のテロップに、慌てて携帯を取り出す耕一らである。
「それでは早速問題です」
いつものこみパスタッフ制服姿でアナウンサーよろしく席についている南が、陽だまりのような笑顔で手元の用紙を読み上げた。
「御主人様のお部屋を掃除していると、その、いわゆる、え、えっち…な本を見つけてしまいました。
その時あなたはどうしますか?」
ポッ、とそれぞれ顔を赤らめる回答者たちを見遣り、それから大志は南に問い掛けた。
「ちなみに牧村女史は同志冬弥がそのような本を所持しているのを発見したら、どうするかね?」
「捨てます」
にこやかに、しかし目は決して笑っていない南は即答した。
「…無論、一応は捨てていいか、確認はとりますが」
「一応…な」
微妙に視線を逸らして頷く大志である。
と、そこにあかりが答えてきた。
「え、えっと、あの…私はそういう時は、知らんぷりして、そのままにしておきます…」
「わ、わたしもですー…」
「……同じく」
「…でも浩之さん、天井裏に隠し場所を移したのはともかく、あんまりたくさん溜め込みすぎると天井が抜けないか、心配ですー」
「そうだよね。もういらないのは処分した方がいいんじゃないかなって思ってはいるんだけど…」
「古紙回収も、最近は交換レートがあまりよくないですよね」
学園内全域に渡ってプライベートな秘事が暴露されちゃってます、浩之。
しかも心配までされてます。
素知らぬ顔をしている耕一と祐介の思いやりが、逆にズンと来ています!
…というか…あれだけの奥さんズを相手に存分に夜の生活を満喫しておいて、まだ欲求が不満していると?
それはともかく、回答者席に備えられた数字パネルはしぱらく点滅した後、それぞれ100点を表示した。
「さて、それに関連した問題です。
――その、発見したえっちな本のタイトルを挙げますので、それに対してどう思うか、述べてください」
意図的にではないであろうが、なんとなく緊張してしまっている3人を焦らすように一拍の間をおいて、南はその題名を告げた。
「え~。――『妹の憂鬱』」
「えっちなのは、いけないと思います!」
「ふわ!?」「フランちゃん早っ」
「あ。…いえ、その」
常に無く言葉を濁すフランである。
「私や葵さん、琴音さんは妹みたいな感じなんでしょうか」
「単純に年下いこーる、妹じゃないとは思うけど。私と浩之ちゃんは歳は同じだけど、小さい頃は雅史ちゃんと私にとって、どこか浩之ちゃんはお兄ちゃんって存在だったなあ…」
何やら俯いているフランを他所に、あかりとマルチは普段と変わらない会話を交わしている。
そして、次のタイトルを南が読み上げた。
「次のタイトルです。――『二人一緒じゃダメですか?』」
「えっちなのは、いけないと思います!」
「早い!フランさんが早いです!」「ど、どうしちゃったのフランちゃん!?」
「い、いえ、その…」
またしても言葉を濁すフランソワーズである。
「…でも浩之ちゃん、2人一緒に…っていうのも好きだよね。2人でも相手し切れないんだけど」
「芹香さんと、綾香さんをご一緒に、という事は多いですよ。やはりあのお2人はご姉妹ですから、それを考えていらっしゃるんでしょうか浩之さん」
「あー、マルチ殿。まいしすたーは、『姉妹丼』という言葉はご存知かな?」
「はえ?…そ、そんなお料理があったんですか?親子丼なら知ってますけど…」
その頃、マルチの素朴な言葉に、テレビの前の浩之は死にそうになって身悶えしていました。
「あ、それから私と、葵さんがご一緒することも多いですよー」
「浩之ちゃん…それって…マルチちゃんと葵ちゃん、顔もスタイルも良く似てるよね…」
何やら考え込んでしまうあかりです。
浩之、なにげに死亡確定。
が、そんな空気には全く構わず、南は続けた。
「続いて次の題名です。
――『背徳の恋模様?~義母編~』」
「「「えっちなのは、いけないと思います!」」」
「うお!?ハモった!!?」
えもしれぬ迫力の3人に、思わず引いてしまう大志である。
「お母さん。……まさかとは思うけど、まさかとは思うけど…」
「ひかりさんだからまさかが怖いです…」
「――ちょっと待ってください。何だかさっきから、随分とピンポイントで誠様の…(ゴニョゴニョ)」
「あー。こほん」
わざとらしい咳払いなどしながら大志は――まあ色々突っ込むと薮をつついて盛大に蛇がウジャウジャ湧いて出そうな感じがしたので、スルーすることにした。
「それでは4番目――『彼女を悦ばせる108の技』」
「えっちなのは――」
「「ごめんなさい、もう勘弁してください」」
フランソワーズを制してあかりとマルチは脊髄反射でペコペコ頭を下げた。
「ううっ、それは浩之ちゃんがその・…したいっていうならわたしだってがんばるよ。がんばるけど…」
「こ、こわれちゃう、こわれちゃいますうううぅぅ……」
藤田家の2人と、きょとんとしているフランソワーズを見比べ、ふむ、と大志は感心したように頷いた。
「使用前・使用後…」
「「ぶっちゃけ失礼だと思いますっ!!」」
冬弥と南、二人揃って大志の背中に蹴りツッコミをいれる。
「うむ。ナイス・同志!」
「堪えてないし。ていうかこの問題、いい加減セクハラじゃないですか?」
「我輩は、萌えの追求のためなら法律の一つや二つ、超越してみせよう!」
「いやできれば止めて下さいよソレ」
「確かに問題に答えなければいけない状況でこのように性的関連の問答をやり取りするのはセクハラに抵触するだろうが、本人達は気にしていないというか、地雷の上でコサックダンスを踊っているので概ね問題無し?」
思わず言葉に詰まる冬弥にやや同意を込めた視線を向けつつ、こちらも出題席に戻った南が出題用紙を手にする。
そしてとりあえずは平静な調子で出題文を読み上げた。
「それでは、この問題に関してはこれが最後です。――『メイドさんのご奉仕』」
「えっちなのは、いけない――」
……。
……………。
………………………。
「――こともないと思います」
「そのとおりです!」
「正直だよフランちゃん!マルチちゃん!」
思わず意気投合してしまっている自動人形とメイドロボの姿に、ヨヨヨと泣いてしまうあかりであった。
「…でも、浩之ちゃんがメイドがいい、っていうんなら私、メイドさんになるけど…」
PPPP……
今まで3人全て100点だった表示板に、初めて差異が生じた。
マルチ・フランソワーズは変わらず100だが、あかりは90点。
「え?どうして?」
「あかり嬢。…今のは少々失言であったな。
メイドさんに『なる』…すなわち今のあかり嬢はメイドさんでは『ない』ということであるのだな、これが」
「え?え?」
「やはりあかり殿の根源は『幼馴染み』であってメイドではない…まあそれだからこそのあかり嬢ということでもあるが」
「…あう」
「別に恥じ入ることではない。これは単純に、自分は誰かのメイドであるという『自覚』が有るか無いか、というただそれだけのことだ。
――その点、最初からメイドたるべしとして生み出されたお2人と較べればやむなしというところであろう」
「心得…そっか。
わたし、浩之ちゃんのメイドになる、って思っても、やっぱりわたしにとって浩之ちゃんはまず浩之ちゃんで、御主人様じゃない…から」
「うむ」
感慨深げに頷いて、大志は。
「まあそれはそれとしてハイ消えた――――――――――!」
「きゃああああああああああああああああああああああ!?」
もはや毎度お馴染みの落とし穴が開き、あかりは地下に消えた。
「あああああ、なんかいい雰囲気になりかけてたのにアッサリと!?」
「メイド道は荒く険しいのだよ同志冬弥」
「それが理由か!それで理由になるんですか!?」
「全くもって過不足なく!!」
たてついた俺がバカでした。
ええもうこの人はこーゆー人ですよまったく。
何やら体育館座りしてブツブツ壁に語りかけている冬弥は気にしない方向で、大志はとうとう残り二人まで絞られたメイド達を感慨深げに見つめた。
その目に何か浮かんだようでもあったが――彼はあくまで冷静に、自分の務めを果たそうとしていた。
「それでは…2人とも。
これは我輩の個人的な質問ではあるが、正式な審査として出題する。
今までのやりとり全てを踏まえた上で…答えてもらいたい」
「は、はいっ!わかりました!」
「かしこまりました」
うむ、と尊大に頷き。
大志はその表情をやや神妙に改めて、おそらくは最終質問を口にした。
「さて。
先ほどからの出題の設定から考えて、君達の主人はどうも欲求不満の傾向が見られるとしよう。
主人にはどうも想い人がいるようだ、と。
メイドとして、君達は主人の恋愛のために、自分に出来ることは何でもすることができるかね?」
「そ、それは…」
「…私に…出来ることであれば」
ややぎこちなく、しかし頷く2人にやや人の悪い笑みで大志は応じる。
「うむ、それは上上。それが前提であるからな」
これからが本題、ということに一瞬気が抜けたものの、すぐに2人は先以上にかしこまり、大志の言葉を待つ。
そして大志は、静かに言った。
「その想い人とは、実は、君であった。
そして君自身も、主人に対し単に忠節だけではない感情をずっと持ちつづけていたとしよう。
だが君は所詮、使用人……メイドだ。身分の違い、社会的慣習と立場、その他諸々、2人の間には高く重く厚い壁がある。
それ故に、君も主人も、その思いを秘めて主従関係に甘んじてきたのだ。
しかし…そう、しかし、だ。
しかしと、思ってしまうものだなこういう場合。
ではどうする?
君達ならば、どうするかな?」
「そ、それは…」「その…」
即答できるわけもなく、マルチとフランソワーズは俯いて考え込んでしまった。
そんな2人に更に追い討ちをかけるように、大志は言葉を足した。
「ちなみに主人には互いに憎からず想っている婚約者なり恋人なりがいる、という設定で考えてみてくれたまえ」
「はぅ!?」
「……………」
更に頭を抱え身体全体で丸くなってしまうマルチ。
そして一瞬、険しい目で大志を見上げたものの、すぐに俯いて黙考するフランソワーズ。
5分経ち、10分が過ぎた。
大志は決して答えを急かすようなことはせず、ただ2人を静かに観察し続ける。
――悩みの深さは、抱えた問題の大きさに比例する。
どちらかを選ぶかということは、どちらかを捨てるという選択でもある。
どちらも簡単に捨てられるものではないから、人は迷う。
自分がどちらを欲しているのかを較べ、どちらかを捨てるために自分の心を説得し納得するために人は悩む。
それは抱えたモノが大きければ大きいほど困難なものになる。
容易く判断できるものではないのだ。
…やがて時計の長針が半周した頃、意を決したフランソワーズが顔を上げた。
口を開きかけ、途惑い、そして――答えた。
「これはあくまで――あくまで仮定、の話ですが」
「うむ」
「――誰かに恋愛感情を抱くということは、普通はごく自然な感情の成り行きだと思います。その対象が本来そのような想いを抱くことはあってはならない方だとしても、そう易々と理性的に振舞えるとは限らない。
ですが――メイドであれば――メイドである、ならば」
「うむ」
一旦言葉を切り、もう一度、自分を納得させるための間を於いて。
フランソワーズは断ち切るように、言った。
「メイドの幸福は――主人が幸福のために、非力ながらも尽力することと存じます。
御主人様に大事な方がいらっしゃるのであれば、私のようなメイドではなく、その方と結ばれるのが幸せであると思います。
ならばメイドは自分の想いは永遠に胸に秘めたまま、御主人様のためになるように――」
「私はそれは違うと思いますっ!!」
悲鳴のような――少し涙さえ混じった声を上げたのはマルチであった。
「わ、わたしはそんなのおかしいと思いますっ!
だって、好きなんでしょう!?大好きなんでしょう!?
それを我慢しなきゃいけないなんて、悲しいです!そんなこと、あっちゃいけないと思います!
わ、わたしは、それがどんなにかっこ悪くても、欲張りでも、でもわたしは、いやです!
わたしは、わたしは――わたしは、あきらめたく、ありませんっ!!」
それはそれまで熟考した言葉ではなく、ただただ感情のまま、想いのままの言葉であった。
感極まったのか、ボロボロ泣き出しながら、それでもマルチの言葉の奔流は止まらない。
「確かに大変だと思います!思いを遂げるって、とっても難しくて、すっごく大変なことだから、だからこんな軽々しくいえるようなことじゃないのってわかってます!
でもわたしは…あきらめたく、絶対にあきらめたくありません!
好きなのに、好きになったのに、それなのに好きな人をあきらめちゃうなんて、そんなのイヤです!
そんなの、ちっとも幸せなんかじゃありません!!」
「あー、ハイハイ泣かない泣かない」
仮定の話なのに、身も世もなく泣きじゃくるマルチの頭を撫でながら、南はやさしくなだめようとする。
とりあえず盛大に流れる涙と鼻水を拭いてやるため、ハンカチをを手渡した。
「さ、マルチちゃん」
「す、すびばせん~~」
『あ、ヤバッ南さん』
テレビで見ていた浩之はその光景に思わず声を上げたが後の祭り。
ぶびびびびびびびびびびびびびびびびびびびび!!
「はう~~、どうもありがとうございばじた~~」
「いいえ、どういたしまして」
鼻水でグシャグシャになったハンカチに、顔色ひとつ変えず笑って応じる南であった。
その微笑には、1ミクロンの狂いも無い。
流石は南さん。
「うむ。2人とも答えは伺ったが…ファイナルアンサー?」
「ファイナルアンサー、です」
「です~~~」
み○もんたのように問いかける大志にフランソワーズとマルチがそれぞれ頷く。
その間に、既にカウントを始めていた回答者席のパネルが各々激しい明滅を繰り返し、そして――止まった。
「マルチ嬢――99ポイント」
そして、
「フランソワーズ嬢――100ポイント」
ざわざわざわざわ……
どよどよどよどよ……
僅差での決着に、会場全体が納得とも不服ともとれるざわめきに覆われる。
それは容易には終わりそうに無かった。
両者とも、その言い分にはそれぞれ頷くものがある。
いや寧ろ、心情的にはマルチの出張の方を支持する者のほうが多かろう。
理詰めで考えればあるいはフランソワーズの答えは正しい。だがその答えはいかにも後ろ向きで、消極的で、そして…正しいからこそ、納得できないものかもしれない。
だからこそ、いつまでも観衆のざわめきは止もうとはしない。周囲の者と今の結果について語り合い、討論を続け、ついには各所で論争を生み出していた。
「アー、ア~~~。
れでぃーすあーんどじぇんとるまん、ご静粛に。
只今の結果について、我輩から説明しようではないか」
偉そうに、そして全く動じず堂々と、大志は1万からの観衆に語りかけた。
態度と人格と趣味はともかく、その様は威風堂々、長者の貫禄めいたものさえあった。
「――最初に述べたように、これは正誤がどうこういう問題ではないし、そんなものが決められるものでもない。
お2人の言い分は、それぞれ正しくそれぞれ不適切であろう。
こういうものはケースバイケースであろうからな。
しかし、事がメイドさんに関するものであれば――我輩もフランソワーズ嬢に、一票を投じよう。
理由は――」
大志は大きく腕を広げて肩を竦めると、苦く笑った。
「理由は――全く、これは男の身勝手としか言い様が無いのだが。
そうやって、自分の気持ちを封じ込め、自分の心にがんじがらめになってしまっているメイドさんを解き放ち救い出すのは、御主人様の醍醐味だとは思わんかね?
いや漢の浪漫?最萌えポイント?
そもそも立場の弱いメイドさん側にそこまでさせるのは、あまりに男の甲斐性が無かろう。
まあ、ここで相手を奮い立たせるからこそのメイドさん萌えといえばそうなのだが、な?」
「大志さん…」
「九品仏先生…」
軽くウインクなぞしてみせる大志に、なにやらジーンときているらしいフランソワーズとマルチは少し改まった気持ちで彼を見つめ。
「それはそれとしてデリート許可」
がこん。
「はわわわわわわわわわわ~~~~~~~~~~~~~~!?」
「マルチさん――――――――――――!!?」
ちょっといい感じになりかけていた空気を一瞬でブチ壊しにして、奈落の底へマルチの姿は消えた。
「うむ。宇宙最高裁判所の判決では如何ともし難いな!」
「わかってましたよ…わかってましたさ…こうなる展開は」
「……あ~。同志冬弥?」
意固地に壁を向き、意地でもツッコミなんかいれるもんかいコマンド実行中の冬弥に、大志はやや寂しげに顔を曇らせた。
* * * * *
長いような短いような、有意義なようでそうでないような、そんな微妙な大会もどうやら終局を迎えようとしていた。
あちこちちょっとボロけた印象のある参加者達は、それぞれの気持ちとそれぞれの表情で、そのフィナーレを待っている。
「カレー…一年分…」
「ラジカセ…」
「カレー…カレー…」
「あのー、こんな疲れる思いしてまでそんなものが本当に欲しかったのですか皆さん?と心のソコから尋ねたい気持ちで一杯な俺ですが」
「……えーと。ノーコメント」
途方に暮れたような顔で誰にとも無く問いかける冬弥を、やや離れた位置から生温かく見る南である。
と、ステージの袖で何やらスタッフと二言三言、会話を交わした大志がゆったりとした微笑を浮かべながら中央に出てきた。
そしてスチャッ!と何やらカッコよさげなポーズをとる。
「待たせたな諸君!それではこれよりメイドの中のメイドたるフランソワーズ嬢の栄誉を称え、表彰並びに賞品の授与を行う!
惜しくもこの栄誉を逃した諸君は精々その場で指をくわえて口惜しがるがよい!」
「…大志…オ前ヲコロス…」
「ふはははははははははははははは!まるで本気で言ってるみたいでちょっとどころじゃなく怖いぞまいしすたー!
と、いうわけでフランソワーズ嬢、こちらへ」
「は、はあ…」
抑えようとしても抑えきれない殺気に満ち満ちている瑞希をやや避けるようにして、フランソワーズは言われるままステージ中央にしずしずと進み出た。
「それでわ!ここでなんというか儀礼的お約束ということで水瀬秋子理事長より優勝賞品の目録と、祝いの言葉を賜りたいと、まあ慣習だし」
「お約束というのは大事ですよー」
にこやかに笑いながらステージ袖から出てきた秋子は、当然というかやはりメイド姿であった。
野暮ったい黒地のワンピースと白いエプロンとヘッドドレスという、参加者達と変わらない格好であるが…。
「う。…なんていうか…すごい嵌まってるていうか…」
「に、似合いすぎな感じ、ですね…」
コスプレイヤー・玲子と声優アイドル・あさひの2人が揃って脱帽する。
この人が参加していたら、はてさてこの大会はどうなっていたことやら。
「おめでとう、フランソワーズさん」
「ありがとうございます、秋子様」
「これからも学園のメイド第一人者として、皆さんの模範となる萌えの体現者としての活躍を期待しています♪」
「……………それはメイドとしての職務とは著しくかけ離れていると思いますが、努力いたします」
ちょっぴり唇の端が引き攣っているようにも思えたが、少しだけだか微笑んで頭を下げるフランソワーズである。
そんな彼女に、秋子はエプロンからもう一つ、簡素だが丁寧にラッピングされた小箱を取り出し、目録に添えて手渡した。
「これが…例の?」
「ええ」
何やら意味ありげに頷きあうステージの2人に、冬弥は傍らの南にそっと問い掛けた。
「アレ…なんですか?」
「優勝賞品の一つですよ。…ある意味、アレのために参加を決めた人も多いでしょうね。
この大会の、真の優勝賞品というか」
「俺、スタッフだけど初耳なんですが、ソレ」
「それは我輩から説明しよう!フランソワーズ嬢、それの使用説明をするのでこちらに」
いきなり会話に割って入る…というか、司会進行のついでというか。
とにかく秋子と2人、前に出てきたフランソワーズは目線で促され、箱の包装を解いた。
そこから現れたのは――六角形の、金属製の物体である。
記念メダルにしては無骨すぎ、かといって何かの道具というわけでなく、無論機械的なものでもない。
その中央には『C(100)』というナンバーだけ刻印してある。
「あー、どうも裏情報というかぶっちゃけ志保嬢のリークなワケであるが」
なるほど、だから俺は知らなかったのか。
というか、聞いた瞬間忘却していたのかもしれんが。
心の内で静かに頷く浩之達や冬弥であったそうな。
まあ実際、知らない人間は大体そのパターンかと。
「先日、魔導研究会の有志とガチャピン殿が協力してとある錬金術の再現を試みた、その結果がコレであるわけだが」
曰く。
錬金術の中で戦術兵器開発の一つの精華として誕生した超常の合金。
『核金』と呼ばれるその合金は、人間の闘争本能により発動、現代科学でも再現不可能な『武装』を練成する。
現在では失われた(と思われる)その核金を、すごい科学とすごい魔術のタッグで再生しようという試みが、クラブ活動で行われた。
核金については不明な点も多々あり、結局できたのは不完全なレプリカにすぎなかったが、それでも驚愕の特性が確認されたという。
「――あの…それは、長岡さんの話じゃなくても十分に眉ツバものだと思うなあ」
「いやまったく。っていうかそんなもんクラブ活動の課題にすんな」
「聞いた瞬間に忘却しても仕方ないよな。っていうかそれが普通?」
いかにも常識家みたいな顔でそんなことを述べる浩之たちである。
「あー、どの辺が不完全かというと、本来発動させる人間の本能に拠るものだからして練成される武装は個人によって千差万別の筈なのだが、誰が発動させても全く同一の『防護服(メタルジャケット)』としての形状と特性しか持たないということ。
もう一つ、コレは闘争本能ではなく欲求…妄想によって起動するということなのだな」
「とりあえず、『夢想練金』と名付けてみました♪」
「理事長…だったら名前はもーそー練金なのでは?」
「語呂悪いですし」
それに、何だかとある特定の個人専用みたいな感じがするじゃないですか。
具体的には藤田家の年少組の1人とか。
決して語られることのない事情を、なんとなくその場の全員が理解していた。
それはともかく。
「と、いうわけで皆も興味本位の野次馬精神そのままで好奇心タップリに期待しているので、応えてはくれまいか?」
「…………なんとなく……状況に嵌められたような気がするのですけど」
「気にするな!我輩は気にしない!」
「了承」
「……………わかりました……拒否権は無いということが」
何となく暗い顔で、フランソワーズは核金(レプリカ)を手にした。
とはいえ、彼女もそれが欲しくてこの大会に参加したのである。
それを試してみたいという気持ちは、当然だがある。
「あ、使用時はスーパー戦隊っぽい口調とポーズで『夢想練金!』とか決めるとカッコよさげであるぞ!」
やっぱり似合わないことは止めておけば良かった。
切実にそう思いながら、フランソワーズは少し逡巡し。
ババッ!
「夢想!練金!!」
「おおっ!バルパンサーのポーズとは実はノリノリだ!」
ばるぱんさーってなにー?と一般人置いてきぼりMAXラジャー急発進で、フランソワーズの手にした複製核金が燐光を発し、展開した。
無数の、細かなヘキサゴン・パネルがフランソワーズの体の上で蒸着し一つの形を構成してゆく。
そして数瞬後、淡い銀紫の光沢を持つ『メイド服』をフランソワーズはまとっていた。
「いきなり鬼ファイヤー!」
「え――――――――――――――!!?」
唐突に、完全に不意討ちで、いきなりあさっての方向から伸びた火炎がフランソワーズを包みこんだ。
紅蓮の炎が容赦なく1人のメイドを焼き払おうとする。
「な、なにやってんですか――――――!?」
「冬弥さん…あれ…」
キッパリ騙し討ちを仕掛けたダリエリがパクンと口を閉じ、それでようやく炎は止んだ。
あまりの事に気絶寸前になりながらも、しかし憤激して前に出ようとした冬弥は、南の細い声にチラリと視線を向けて。
カクン。
冬弥の顎がおっこちる音が、会場内に響き渡った。
逆巻く炎の渦が瞬く間にその勢いを減じていく中心で、焼き焦げ一つ、毛先ひとつ焦がしていないフランソワーズが、流石に少し驚いた顔はしているものの、全くの無傷で姿を現したのである。
「攻撃に対して瞬時に硬化・再生。
冷熱・衝撃は勿論、ABC兵器すら完全に遮断する絶対無敵の防御力。
その名も――」
チャッチャッチャッ!と三・三・七拍子でポーズを決めると大志は――言った。
「防護服の夢想練金……シルバーメイド!!」
「微妙に語呂悪いですねー」
「これは…すごい…」
「すごいですけど…メイドさんには全然まったくこれっぽっちも必要ない能力だとはチラとでも思わないんですが皆さん…?」
一般人であることが災いし、和んでいる皆さんの輪に溶け込めないでいる冬弥は胃痛で吐血しそうな心境で疑問を口にするが。
「はあ…でもこれならどんな極限状況下でもお茶の仕度ができるとは思いませんか冬弥さん?」
「いや秋子さん普通そういう時、人はお茶してる余裕ないと思います」
「すごい練金でご主人様をお守ります!」
「いやあの…フランソワーズさん。納得してるならそれでいいですけど」
「ところでダリエリさん。エルクゥの方って火を噴けたんですか?」
「はっはっはっ。…先日、TVで地球の鬼は火を噴いてましたので、これは負けてはおられんな、と」
「それで噴けるものなんですか?」
「鍛えましたから!」
* * * * *
「ソコんとこ、どうなんですか耕一さん?」
「耕一さんも鍛えれば火、噴けます?ゴーって」
「できるかっ!?」
* * * * *
「で、シルバーメイドのもう一つのブラボーな秘密能力なのだが」
「あのー、大志さん?」
「なにかな同志冬弥?」
「…あの、そこでぐるぐる巻きに縛られて猿ぐつわまでかまされてる俺の従兄弟っぽい物体はなんなんでしょーか?」
「うむ。おおむね見たまんまな感じだが」
「うー!うー!」
「なんでこんな目にあわなきゃいけないんだー!…と誠が言ってるようですが」
「いやだって縛っておかないと逃げるだろう?」
「逃げなきゃいけないようなことをするんですか!?」
「うー!うー!」
冬弥と誠の抗議を心地よさげに聞き流し、フッとカッコつけて前髪をはらうという往年の美形キャラコマンドを実行する大志である。
「――シルバーメイドはただの防護服ではありません。
このメイド服は裏返しにすることで、その特性も裏返るのです」
「…ふごご?」
「エリア…さん?」
しずしずと進み出てきた――学園関係者では数少ない非参加者だったエリアの登場に冬弥と、縛られたままの誠は目を丸くした。
実は魔法科主任・魔道研究会顧問として、エリアはこの一件には深く関わっているのであるが。ぶっちゃけ製作スタッフの1人だったり。
エリアは…どこが、と言われるとうまく指摘できないが、どこか少し違っている雰囲気を纏わせて、しかし平静な顔と口調で説明を続けてくる。
「裏返し――シルバーメイド・リバースは着用させた相手の、いかなる敵対行動をも封じ込める無敵の拘束服へとその特性を裏返します。
すなわち、これを着せられてしまった相手は脱ぐことは敵わず、外部に対する行動を著しく制限されることになります――例えば、大事なことを尋ねる度に校舎の屋上から飛び降りてでも逃げ出してしまう困った人も、シルバーメイド・リバースで拘束されたら絶対に逃走できません」
「いやあの例えってものすごいピンポイントな特徴づけなんだけど…でも誰のこと?」
冬弥の素の発言にゴン、と縛られたままで器用に誠がずっこけた。
そんな誠に痛ましそうな視線を送りつつ、エリアから庇うようにフランソワーズが前に進み出る。
「エリア様…確かに、その、そういった困った方を抑えるのには確かに有効でしょうけれど…でもそれは少しやりすぎのような気がいたします」
「…そうかもしれません。
でも……その……」
「?」
「あの…これは、あくまでも例えなんですけど…リバースで拘束した時、その困った方は…メイド姿になるんですよね?」
「うっ」
「もごもごもごごご~~~~~~~~~~~!?」
「何故そこで動揺する~?…と言ってるんだな誠?」
意志の疎通はバッチリな冬弥&誠である。バッチリなだけで意味がないのが少し悲しいが。
「別に言い訳するわけじゃないですけど、最初からそれが目的でこの核金を作ったわけではないんですよ?本当ですよ?
でもせっかくですから、ちょっとくらい、その、お茶目しちゃってもいいんじゃないでしょうか?いえ決して、決して切実に心の底からその方のメイド姿を見たいわけじゃないんですけど、ないんですけど…」
「けれど…?」
フランソワーズの問いに、もじもじと視線をそらせたエリアの顔が、やや赤い。
「でも…だ、だって、似合うんですもの…可愛いんですもの…」
……(黙考中)……
……(推測中)……
……(すごく葛藤中)……
「…はう!」(ポッ)
「ヴモモモモモモモ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!?」
「誠…そんな、目と同じ幅の涙をダクダク流さなくても」
事情はわからないなりになんとなく誠のやばげな状況だけは察知して、なだめる冬弥である。
つーか、いい加減ハッキリ気付いて欲しいです冬弥兄さん!と声を大にして叫びたい誠であった。
「お母さん…私もアレ欲しかったよ…。
祐一にメイド服を着せて見たかったよ…」
「大丈夫。祐一さんにはシルバーメイドの試験時に十分な協力をいただきましたから」
「うぐう。秋子さん、そのステキな写真の束は一体!?」
そして微笑ましいが犯罪チックな会話をコッソリ交わしている水瀬家である。
ダメだ。
この人たちダメダメだ。
1ミリでも遠ざかろうと、グルグル巻きにされながらも必死に動かす誠である。
「さて、それではそろそろリバースの実演をみせてくれぬかねフランソワーズ嬢?」
「うもご~~~~~~~~!」(鬼か大志さん~~~~~~~~~~!)
と、声にならない叫びをあげる誠に狙いをつけて、『物凄く申し訳無さそうな』顔をしたフランソワーズが、核金レブリカを向けてくる。
「誠様…ご容赦ください!」
「そうです誠さん!赤の他人にこんなことは失礼ですし、ここは皆さんの期待に応えるためにも、是非!!」
「うごごご~~~~!!」(エリアが理論武装してる~~~~~!!」
とか言ってる間にシルバーメイドは微細なヘキサゴンパネルに分解し、渦を巻いて誠の下に集結しようとする。
「うも――――――――――――っ!」
た―――――――ん!
ぐるぐる巻きにされた誠が、背筋だけで驚くべき跳躍を見せた。
人間、鍛えればバネになる。(古っ!)
それはともかく、実は発射速度も精度もそれほど高くはないシルバーメイドはあっさり標的をロストして、そのまま一直線に飛んでゆく。
「あー理事長ー。この核金レプリカはやはりそうそう量産できるものでは…って?」
「ガチャピン先生避けて―――――――――――――!!?」
かっっッ!!
眩い閃光が一瞬、周囲を照らし出した。
そして光が治まった後。
宇 宙 メ イ ド 光 臨 。
「いやん」(ぽっ)
「色っぽい声出すな触手物体~~~~~~~~!!」
「腰をくねらせるなっ!パ、パンチラしてしまうっっっ!!」
「か、解除!解除ですフランさん!」
「は、はいただいま!」
パニック寸前の騒ぎの中、爪先だけをチョコチョコ動かして脱出しようとしている誠が視界にはいり、フランソワーズは慌てて向き直った。
「今度こそ。お、お覚悟です誠様!」
「な、何の騒ぎですかな理事長!?」
「あらガディムさん」
かっ――――――!!
魔 王 メ イ ド 爆 誕 。
「は、はわわわわ!?」
「か、かわいい声だすな魔王~~~~~~~~!!」
「だだだだから腰をくねらせるなそのスカートの短さが」
「うわめくれた―――――――!!?」
阿鼻叫喚の騒ぎをしばらく映し出していたTV画面は、やや間を置いてからようやく『しばらくお待ちください』のテロップ画面に切り替わった。
そしてそのまま、何の変化もみせなくなってしまう。
――いつの間にか、窓の外は暗くなっていた。
「えーと」
沈黙に耐え切れず、考え無しに口を開いた耕一は、しばらく頭を掻きながらそこで止まって。
「…直接、会場に行かなくて良かった、かな?」
「そうですね…」
「せめてもの幸運…だと思う…」
というより。
もし、自分達の家族の誰かが勝ち残っていたとしたら、どういうことになっていたのだろう。
その先を、しかし決して考えようとしない3人だった。
* * * * *
僅かな光しか差さない、ここはとある地下。
「…だから、座席をマイン、背もたれをメイフィアさんが担当するとして、手すりが無いんだよね、メイド椅子」
「…デハ、ソレハ貴之様担当デ」
「あのさーあんたら、そーいう相談はとりあえずここ出てからにしない?っていうか助けにきてくれたのかと思ったらそういう相談するかな貴之君?」
「……あのなお前等、俺ってそこまで退廃的な趣味の持主だと思ってるのか?」
鬼の目にも涙。
意味と方向がちょっと違うが、それを今現在実行中の柳川であった。
<一応了>
【後書き】
パクるのはいけないと思います!
いやまったく。(以下いいわけ)
えー。正直な話、シルバーメイドと優勝者はフランソワーズってのは最初から決めていたんですが、メイフィアのところまで書き進めて、そこで煮詰まってしまいまして。
そこからどーやってフラン優勝までもっていこうか、アイデアが浮かばない。
そこで気分転換とネタ出しのために本家HtHを閲覧してみよっかな~とか思ったら。
第219話が(笑)。
………これだ!と。いやもうこれしかない!と。
と、いうわけです。
最後のオチは、実はあと2パターンありまして。
廊下を1人、ミノムシ誠がつま先歩きで消えてゆくオチと、荒廃した会場に1人佇む脱走者・和樹と。
和樹の連続ネタを生かすなら後者の方が良かったんだけど。
あと、もーそー…もとい夢想練金。
元ネタはここのところいつもジャンプ最後部を徘徊しておりますのでファンとしてはヒヤヒヤです。
フツーにおもしろいと思うんだけどなぁ、武装練金。ナウなヤングにゃ受けないのか?