私立了承学園第475話
「恋愛の醍醐味」
(作:阿黒)
「あの……その……。
じ、じつは、和樹ったら最近、私に…あ、足コキを要望してきてっ」
ごん。
メイフィアは、顔を真っ赤にしてそんなことを言ってきた瑞希を乾いた目で見て、それからその視線を彼女の背後に向けた。その先では薬品棚の角に頭をぶつけた舞奈がそのまま硬直している。
学園所属のHM-12中でもその性格の悪さと図太さでは折紙付の舞奈だが、瑞希の不意討ちに思わぬ不覚をとったようだった。
「足コキ、ねぇ…」
だからどうしたバッキャローこちとら別に他所様の夜のマニアックな趣向なんざ聞きたかねいーぜーという気持ちはグッと押さえて、メイフィアは表情を取り繕った。
「裸足の感触もこれはこれで甲乙つけ難いし黒ストッキングにも大好きだが俺はやっぱりニーソに萌えるってダメなこと言ってるし…」
「いやもーなんてーかぶっちゃけ素でダメ人間街道まっしぐらねそれ」
「他のみんなもいいんだけど、やっぱり瑞希に踏まれるのが一番イイとか言われちゃって…私…一体どうしたら…」
「踏んでおけばいいでしょ。っていうかなんであたしに相談する」
「いえ、あの…とりあえずこーゆー踏み関係は理奈ちゃん専門だよねって相談したら怒られちゃって」
「え?だってその手の踏み関係っていうか、女性上位な分野は理奈ちゃん適任ってイメージよねぇ?」
「ですよねー。なのにさわりを話しただけで顔を真っ赤にして怒り出して」
「さわり?」
「だからその…靴下履いたままで和樹の…○○○を踏みつけて、擦って、その、指でカリのところを」
「いやいいから。そんな話、私も別に聞きたくないから。
っていうか実は瑞希ちゃんもかなり羞恥心磨耗してきてるでしょ」
9割の義務感と1割の好奇心で応じるメイフィアである。
「だって…イキそうな顔をしてる和樹を見下ろしてるとこう、なんだかとっても気持ちが昂ぶっちゃって…
焦らしたり、わざと痛くしたりして、悶える和樹が……っ!」
「――で、結局問題は何なのよダメ人間カップル」
もはや100%の義務感のみで応じるメイフィアであった。
瑞希の背後の舞奈は、今度は壁に頭を擦りつけ身悶えしている。どーでもいいけど。
「え…そ、その、なんていうか…えっと…
か、和樹がですね、それでその…最後まで達しちゃった後のこと、なんですけど…」
「うんうん」
「その……あたしも興奮はするんですけど…切ないっていうか…なんというか…」
「えーと。なに?」
メイフィアの問いかけに、しかし瑞希は耳朶まで真っ赤にした顔を俯かせ、ゴニョゴニョと埒も無いことを呟くばかりであった。
ふーむ、としばし思案顔をしたメイフィアは両手の人差指の先をペロッと舐めた。
そのまま頭に指を添えてグルグルと小さく回した後、椅子に座ったまま座禅のように手を膝の上で組んで、目を閉じる。
ポクポクポクポクポクポクポク・チーン。
「わかった。つまり、和樹君一人でイっちゃって瑞希ちゃん欲求不満ということね?
野郎の方は足でコカれてスカッとスッキリだけど瑞希ちゃんの方は盛り上がるだけ盛り上がって決め手に欠けるとまあそんなワケだ?」
「…メイフィアさん」
「なに?」
「あの、後で木魚を片付けているメイドロボは一体」
「気にしない気にしない」
ヒラヒラと手を振って、何か納得しない風の瑞希に構わずメイフィアはヘラヘラ笑ってみせた。
「なんだかくだらなそうな以心伝心はバッチリなんですね」
「ほっといて。
で、そっちの問題なんだけど。
許せんなー和樹君。一発撃って後は放置?それで満足?
若いんだしそこから第2ラウンドに続けなきゃ」
「あの、…一応、今のお話は3ラウンド以降の事なんですけど…」
「はにゃ?」
一瞬、はに丸様みたいな顔と声で停止して、メイフィアは瞬きした。
が、すぐに復帰する。
「瑞希ちゃん」
「はい?」
「………マスでもかいてろコンチクショウ」
「ええええっ!?」
「えーじゃない!足コキしてる間、貴女の両手は何をしてるのっ!」
「だ、だってそんな、人前でオ…そ、その、自慰だなんてっ」
「やれ!いいから!きっとその方が盛り上がるから!そしたら和樹君ももう一回くらいがんばってくれるかもしれないし!っていうか足コキまでしておいて何を今更!!」
「……………そ、そうかな…?」
一応、口では躊躇しつつも深く思案している顔をした瑞希を追い出すと、メイフィアは深くため息をついた。
何だかもうお腹いっぱいという感じである。
「はあ…なんでこう、偏った相談事ばかり持ち込まれるんだろ」
今日も今日とて若人の性の悩み相談室と化している保健室で、メイフィアは独り愚痴をこぼした。
それは、職種と場所柄を考えればそういった相談を持ち込まれるのは寧ろ当然であるし、実のところ自分が適任だという自負もある。
であるが、それは悩み相談の反面、ある意味ノロケ話を延々と聞かされることでもある。
そういうゴシップが嫌いなわけではないが、だからといって毎日のようにそういう濃い話を聞かされ続けていると、さしものメイフィアとていい加減、胸焼けがしてくるのである。
「あーあ…学校の保健医ってもっと安穏な職だと思ってたんだけどな」
「仕事トイウモノハ、ソレナリニ苦労ヲ伴ウモノデス」
まだ昼前だというのに独り黄昏ている上司に、珍しく舞奈が一般論を述べる。
「保健医っていったらー、職権を乱用して学校の美少年アーンド美少女を片端から喰いまくり踊り喰い喰い散らかしってのが王道じゃないの?」
「ドコノ惑星ノ保健医デスカソレハ」
っていうか美少女もアリなんすかアンタとツッコミたい舞奈である。
「あと保健医っていったら盗撮写真とかで脅されて男子全生徒の肉奴隷にされちゃったりとかするのがファンタジー」
「…ファンタジー…?」
ああ、このヒトには加虐趣味も被虐趣味も、どっちも同じ娯楽の一つに過ぎないんだ。
我、未だ上司に及ばず。
えも知らぬ敗北感さえ感じる舞奈であった。
「はぁ~~~~~…なーんかおもしろい事とかないかなー。っていうかもー閉めちゃってパチンコにでも行きたい」
「…トリアエズ。コノ学園ノ保健医ッテ天職ダト思イママス、メイフィア様」
「なによそれ?」
壁際に控える助手ロボットに少しだけ目を向けて、すぐにメイフィアは机にうつ伏せになった。
勤労意欲など微塵もない。
そんなダラケきっている上司に、舞奈は一応言ってみた。
「…ソンナニ退屈ナラ、柳川先生ヲ、おちょくりニ行ッテキタラ如何デスカ?」
「いやそれはもう生活の一部だし。
おもしろいし止める気も無いけど娯楽とは言えないわね」
「…チョットダケ、柳川先生ノ御気持チガ理解デキタ気ガシマス」
「はふぅ~~~…退屈。
舞奈、あんた何か芸とかしてみせろ」
「ンナモノ、アリマセン」
「なによー無能。ロボットなんだから首をびよよ~~んと外してみたりとかできないわけ?」
「精密機械ヲ何ダト思ッテルンデスカ!!」
「使えないわねー精密機械。ウチのフランソワーズなんか首チョンパどころか手足上下逆つけだってできるのに」
ちなみに無理矢理である。
その後フランソワーズはしばらく家出して帰ってこなかったという。
「当然デス!」
「あー、でもね、手足が逆付けのままだったから周囲の人間に不気味がられて結局帰ってきたんだけど」
「アンタ鬼デスカ!」
「んー。そのつもりはないんだけど、柳川センセがうつっちゃったかしら?」
貴女は素でヒドいです。
「…マサカ、マインサンヲ“尻専門メイド”ニスルヨウ柳川先生ニ入レ知恵シタノモメイフィア様ジャナイデショウネ?」
「仮にそうだとしたら、どうだっての?」
「ブッ殺ス」
鼻の穴を少し広げてキッパリそう言い切った助手を、メイフィアは少し驚いて見遣った。
日頃、ロボット三原則なぞ入っていないかのように平気で人間にも鉄拳を振るう舞奈だが、実のところそれは彼女なりのコミュニケーションの取り方だということを、メイフィアは理解している。少々どころかかなり大幅に歪んで遠回しな表現だとは思うが。
彼女がこういう性格になったのは無論メイフィアによる感化が第一だろうが、その下地は学園開校前のグループ研修時で既に形成されていたとメイフィアは見ている。
基本的にメイドロボットは何事にしても受身的、受動的である。それは仕方のないことであるし当然でもあるが、中にはちょっとした変わり者が出てくるのも自然ではないだろうか。
研修時、舞奈はグループ(後のマイン・雪音・マリナ)の中で、『代弁者』としての役割を担っていた。
忌憚のない意見というものは、それは正しくても(あるいは正しいが故に)反発を生むこともままある。
相手と自分の立場、事情、状況によって、率直な意見を出すのには憚りがある事もある。
だがそれでも言わねばならない時がある。しかしその結果として発言者にはペナルティが加えられることは多い。
だから思いのままに発言するには躊躇が生まれる。ましてそれがロボットから人間へ、というものであれば尚更であろう。
当時、まだ個別の名前も付けられていなかったメイドロボの小グループの中で、舞奈は全体の代弁者として自らを位置づけていたようである。
そしてそれは同時に矢面に立つ、ということでもあった。
その根幹にあるものはひどく単純な、だから純粋な、姉妹・友人への思いやり。
粗暴な言動の裏にある篤い情は、あるいは4人の中で一番強いかもしれない。
だから今でも4人の関係は続いているのかもしれないし、舞奈もまた、マルチの思いを受け継いだ姉妹の一人なのだと思う。
……まあ、今は見る影も無いが。
上司を『コロス』と言い切った助手に、メイフィアは不敵な笑みで応えた。
「ふっ。殺れるもんなら殺ってみなさい!」
ガシャコッ。
舞奈は床の隠し扉から魔法のようにMG34重機関銃を抜き出した。
小さな手にはあり余るほど長大な銃身を軽々と操り、ピタリとこちらに向けられた銃口は小動もしない。
「いやアタシそんなこと入れ知恵してないし。だからヤメレ。
っていうかアンタ素で本気で躊躇ないでしょ!?」
こいつのことだから高速徹甲弾くらい装填してるかもしれない。
内心ヒヤリとしながら、メイフィアはなるべく何気なさそうに手をヒラヒラと振ってみせた。
そんな上司の思惑を知ってから知らずか、じたーっと半眼でメイフィアを見遣った後、一挙動で舞奈は長大な銃身を床に戻した。
「…しかしアンタいつの間にこんな仕掛けを」
「自衛手段デス」
「自衛って何でそんなこと」
「頻繁ニ崩壊スル職場デスカラ」
最近ちょっとだけ沈静化しつつあるが、学園内でもトップ3に入る破壊頻度を誇るのが保健室である。いうまでもなく柳川・メイフィアの夫婦喧嘩(※本人達はこの表現を激しく否定)の結果であるが。
ともかく、そーゆー所で働こうと思ったら最低限このくらいの装備は必要なのかもしれない。
「はー。…で、なに?尻専門メイドのマインがどうかした?」
「ハァ。流石ニ落込ンデマスノデ。
鬱陶シイノデ何トカシナキャイケナイカナー、トカ?」
「疑問形なんだ…」
「マー、コノママ放置シテオクト」
(カチッ)
『でも、たとえ歪んでるとしても、それが柳川様の愛し方なら、私は全て受け入れます!』
(カチッ)
「――ト、自己完結シチャイソウデ」
「……なんか擬似感情ソフトの読み込み、早くなったんじゃない?」
「ソウデスカ?
トモカク。私トシテハ、ソーイウ受身ナ方向ハ良クナイト思ウノデスガ」
「本人が納得してるんならそれで良いんじゃない?」
「良クないデス。明ラかにマインさん、一方的ニ損シてルト思いまス!」
がー、と珍しく拳を握って力説する舞奈を、ただ黙ってメイフィアは見つめた。
普段、何事にも冷めている舞奈がこれほど『感情的』になっているのは、そう滅多にあることではない。
自分のことでもないくせに。
…いや、この娘は自分以外のことにこそ、一生懸命になれるのか?
「例えバ…マインさんノ前の処女、30,000円クライ迄ナラ雪音さんは買いマスよ!?
ナノニ手付かずなんテ…もったいナイじゃナイですカ!!」
「……あの、ソレ一応友情から出た言葉だとは思うんだけど…だよね?」
* * * * *
同時刻、某倉庫。
「私……どんなに偏っていテモ、ソレが柳川様の望むことナラ全テ受け入れようと思うんでス!」
「ではマインさん。一つ、私に前の処女くれません?お代は30,000円くらいまでなら出せますけど」
「…………」(プルプルプルプル)
「マ、マリナさん!?ダ、ダメ!気持ちハ判るケド釘ヲ植えタ野球用具ハ駄目ですヨ!?」
* * * * *
「でもねー。確かに偏執的でマニアックで変態的だとは思うけど、アレはアレで中々良いんじゃないかなって思ってるのよね。あたし的には」
「ソーデショウトモ」
「…言っとくけど、恋愛的に良いってことよ?プラトニックな意味で」
バタン!
「…何故、いきなりブレーカーが落ちる!?」
ヴーン…
いきなりぶっ倒れた舞奈は、しばらくしてヨロヨロと復帰してきた。
自分の耳のあたりをトントン、と軽く叩きながらうめくような声を絞り出す。
「アア…今、一瞬、メイフィア様カラ、口ニシテハイケナイ言葉ヲ聞イタヨウナ…」
「な、なによソレは!?あたし、何か変なことを言ったか!?プラト…」
「ワーッ!ワーッ!ワ~~~~~~~~~~~~!!!
NG!ソレNGワード!!」
無表情なりに必死な形相でわたつく舞奈にすっごく不満そうに、しかしメイフィアはその言葉を飲み込んだ。
「…アア。数年遅レデ、ノストラダムスノ大予言ガ実現シタカト思イマシタ」
「あたしはプラ……なんとかって口にすることすらダメなの!?」
「…違和感バリバリ。テイウカ殺人音波」
「心の底から本気ねアンタ」
「――マアソノヨウナ呪イノ妄言ハサテオキ。
何故、後バカリデ前ハ未使用ガ、純愛ナノデスカ?」
「んー…」
若干真面目な顔をして、メイフィアは少し間を置いてから、言った。
「恋をして、それが一番楽しくて幸せな時ってのは、どの時点だと思う?」
「恋トイウヨリ変デス。ッテイウカ、黄色イ救急車呼ビマス?」
「茶化すな。あたしは結構マジに言ってんだから」
「私モ真剣デスガ。……ソレハ、最終的ニ結バレタ時ガ、一番デハ?」
「うん。そうかもね。
ただ…『恋と月は、満ち欠けする』――ポルトガルの諺だけど」
んー、と椅子の上で伸びをして、メイフィアはクルリと体ごと舞奈に向き直った。
「諺本来の意味合いとはちょっと違うけど…何事も、絶頂を極めてしまえば後は衰退していくものなのよね。それは恋とか…人間の心も例外じゃない。
満月が欠けるように、恋心も欠けてゆく。
私、思うんだけどね。精神的な愛は永遠に続くけど、でもそれが性欲に走った時から、愛情は徐々に壊れていくって」
相手の反論を待つ間を置いて――大抵はこの辺でそうなるだろうと思っていたからだが――舞奈は黙って聞いているようなので、メイフィアは少々物足りなさを覚えつつ、言葉を継いだ。
「結ばれるのを恋愛の絶頂期とすれば、その後は…どうなるのかしら?
足コキだとかコスプレプレイだとか、手を変え品を変え色々とやっちゃいるけど…それはやがて来る『倦怠』を紛らわすためのものじゃない?
まあ『安定』とか『熟成』って言い方ができるようなケースもあるでしょうけど」
「…ソンナ事言ッタラ、コノ学園ノ家族ハ全テ絶頂ヲ過ギテルジャナイデスカ」
さすがにこれは看過できないと思ったか、反論してくる舞奈にメイフィアは苦笑した。
「まーねー。倦怠なんて言葉とはまるで無縁のラブラブっぷりだけど。
でも、私、自分の経験を顧みてさ。
恋をしていて、切なくて苦しかったけど、でも一番楽しくて、そして一番熱くて充実していたのは…多分、絶頂にいたる直前の時期だったんじゃないかなって。
相手のことが好きで好きでどうしようもなくて、でもその気持ちを告げて、それが受け入れられなかったらどうしよう…って不安も大きくて。
でも相手のことを心底真剣に想ってたのは…恋を期間を区切って見て見ると、その直前の時点が一番だったと思う。
…そうだね。今振り返ってみると、恋の醍醐味って奴はこの時点が一番脂がのってると思う」
それは食事を必要としない舞奈には今一つピンとこない喩えだったが、それでも上司の意見のの趣旨は十分に理解した。
「デモソレガ、マインサンノ『尻専門メイド』ト、ドウ関係スルノデショウ?」
「あー……そうねぇ。
要するに、あれは焦らしてるのよ。
以前みたいに手を出すことを自らに禁じてるわけじゃなくて、いずれは手をつけることを前提とした待ち。
熟した実が落ちるが如く、二人の間の気が徐々に高まって、張り詰めていく。
そしてその過程を楽しんでる。
恋をする醍醐味を長く、存分に嗜んでいる。
意図してやってるなら柳川センセって随分とその道の達者だと思うけど…ねえ?」
自分の推測に間違いはないという自信はあるが、実際のところそこまで深く考えちゃいないだろーなー、とメイフィアは苦笑した。
「とにかくそういうことだから、ほっとき?口を出したくなる気持ちもわからなくはないけど」
「ハア…」
一応は頷いて、それでもやはり一言、舞奈は言った。
「デモ…ダカラッテ尻専門ハチョット」
「そうよねぇ。ちょっとねぇ~。やることは過激なくせに意外と知識は無いんだけど」
意識せず腰の後に手を伸ばしながら頷く上司を、舞奈はジト目で見つめたが…とりあえず沈黙しておくことにした。
追求すると、色々と濃い話になってしまいそうだったので。
* * * * *
「…露出、って最近少し興味あるんですけど」
「止めとけ。というかいい加減、程々にしておかないとフクロにされるぞお前」
マガジンラックに読み終えた新聞を戻すと、柳川は背後の和樹には見えないように小さなため息をついた。
授業の合間の短い休み時間ということで、広い図書館は閑散として聞き耳を立てるような輩はいないが、それでもやや声を潜めて柳川は問うた。
「大体、何だってそんなこと俺にきく」
「いやまあ、たまたま居合わせたからってこともあるけど、…SM関係とか得意でしょ?」
「よーし歯を食いしばって前にでろ。尖った拳と尖った膝と尖った肘、どれがいい?」
「どれも食いしばった歯ごともっていかれそうですので遠慮しときます」
一歩下がって引き攣った笑顔を見せる和樹を睨んで、しかしすぐ柳川は視線を落としてため息をついた。
「そりゃまあ…嫌いじゃないけどな」
「でしょ?だから経験者に一言」
「だからってそれほど詳しいわけじゃない!」
「全くのド素人よりはマシじゃないかなーとか…」
ギシギシと嫌な音を立てて厚く尖っていく鬼の爪を無言で見詰める柳川に、更に3歩、和樹は後退した。
それでも逃げ出さないのは萌えのためなら何者をも恐れない勇気か、単に無謀なだけかは不分明ではあるが。
呆れたように眉を寄せ、柳川は肩を竦めて爪を常態に戻した。
「あのな。これは個人的な考えだが、俺は人の間、特に男と女の間には、違いとか境界線とか区切りとか、そういったものを設けておいたほうがいいと思ってる」
「…?それはどういう意味ですか?」
少し時計をみて、あまり余裕は無いことを確認してから口を開くまでの僅かな間に、柳川は返答に必要な要点をまとめた。
「…男と女ってのは、違いを認識することで相手を異性として意識する。
だから恋人同士であっても、互いの全てを理解しあう必要は無いと俺は思う。
相手のことを全部わかってるってことは、そこから先は無いってことでもあるんじゃないか?
少しくらい互いに隠し事のある方が、多分、相手のことを強く思えるじゃないかって。
だからだな、その……」
少し考えて、あまり自信なさそうに、柳川は言った。
「…露出プレイとか青姦とか、あんまり濃いことやってると新鮮味が無くなってしまうんじゃないか……?」
「………うーん。経験者が語ると重みがあるような」
「経験者じゃないっ!っていうかそれはお前の方だろ!?」
「青姦はありますけど露出はまだですっ!だから相談してるんじゃないですか!!」
話が噛み合ってるようで微妙に噛み合っていない男二人がどこか悲壮に向かい合った時である。
「和樹っ!」
「柳川様…」
瑞希とマインが同時に図書館の出入口に姿を現した。
タイミングは良いが、偶然ではない。二人とも学園ご用達のGPS付携帯を手にしている。
無闇矢鱈と広大な学園では、校舎内であっても所在確認のためにこういったアイテムは需要があるためである。
ちなみにこれは半ばは破滅的な方向音痴である某メイドロボのためでもあったのだが、残念なことにあまり効果は無いようである。(本人が携帯の扱い方を今一つ理解しきれていないため)
ともかく、二人は意図したわけではないが計ったように同じ歩調でそれぞれの相手に歩み寄った。
なにか、決意を瞳にこめて。
「あのっ、和樹っ、あたし色々考えたんだけど!」
「柳川様…私、考えたノデスガ」
「う、うん」「な、なんだ?」
瑞希とマインはふと互いを見て、初めてその存在が気づいたように少しハッとしたものの、それぞれこそこそと、自分の相手の袖をとって互いに反対の方向へ引っ張っていった。
そして、小声で囁く。
「あ、あのね和樹っ」「な、なに?」
「アノ…柳川様?」「…なんだ?」
「スカ…(ゴニョゴニョ)はやっぱり、これだけは絶対イヤだからさ…それ以外なら…まあ…」
「…私…最近ハ、慣レテきましたカラ…うしろ…」
「マテ!俺だってまだそこまで考えちゃいないぞ瑞希――――!!!」
「む、昔のお前は絶対そんなこと言わなかったぞ――――――――――!!?」
そんなオンナにダレがした。
自分のことを綺麗サッパリ棚に上げて勝手なことを喚いている男二人に、瑞希とマインは一様にそう思ったという。
【後書き】
随分と久しぶりの了承です。
了承というか、SSそのものが久しぶりだったり。
本当は、前回からさほど間を置かずに投稿したかったんですがー。
しかし「アルあそ!」の和樹&瑞希はホンっと、らぶらぶっぷりに拍車がかかってます。しかし大志がいなくても濃い話になってもいます。
瑞希…女の子でも美少女系ゲームしたいのかい…?
あと舞奈ですが、当初から「ギャップの激しいキャラ」という志向で書いてます。
メイドロボズの中で一番性格悪くて乱暴で、猫かぶりする時は思いっきり被る、と。
まあ簡単にいえばマルチならやらないことを逆方向に突っ走るキャラということで。
でも性根のところは…?ということで。ギャップ激しくしたいなと。
普段おちゃらけててもここぞという時は真面目、っていうのはメイフィアも同じなので。