私立了承学園第470話
「念力大作戦」
(作:阿黒)
「今日の授業は超能力ってーことで」
「はい?」
教壇に立って、(薄い)胸を張ってそう言い切ったイビルに、我ながら間の抜けた声を冬弥はあげた。
「超能力つったら超能力よ。知らねーのか?岩とか正義とか三つのしもべとかそーいうやつ」
「いや超能力、の意味くらいは知ってますけど。
っていうかモノホンの超能力者いますしね、この学園」
ただそれが授業というのがよくわからない。
更に言うなら別にわかりたくもなかったが。
「いやほらテレビであるじゃん?超能力で行方不明者とかその犯人を探すとか?」
「…まあどうしてそういう授業になったか、理由はおぼろげに判った気はします」
「なんでいっつも思わせぶりなこと言って時間いっぱい引伸ばして、結局最後はよくわからないってオチなんだ!?
過去に何件も事件を解決した実績があるんだろ?一件くらい、本当に番組の中で解決してみせろよ。なあ?」
「実は好きなんですか、その手の番組」
「ばかおもれーぞ」
「…そおですか」
何を言っても無駄、と早々に悟って、冬弥は消極的に現実を受け入れることにした。
「とりあえずスプーン曲げと念写かな?」
「地味ですね。…まあ被害は少なそうですからいいですけど」
「えーっと。ちょっと質問」
ため息をついてイビルが配ってきたスプーンを見つめている冬弥の横から、少し不思議そうに理奈が手を挙げてきた。
「イビルさんとかさ…魔族なんだから、そんな超能力なんて殊更珍しいものでも無いんじゃないの?
メイフィアさんなんか魔女なんだから、それこそ占いとか得意そうだし」
「珍しいよ?超能力」
あっけらかんとイビルは言い切った。
「そりゃ魔術でできることもあるし、威力や使い勝手も魔術の方が優れてる面の方が多いが…」
少し考えて、イビルはピン!と指を一本立てた。
「えーとつまり…琴音はマニアック?っていうか珍獣?」
「う…暴言なんだけど今一瞬、つい納得してしまいそうになったわ…」
「り、理奈ちゃんそんな…本当のこと…」
「由綺、それって全然フォローになってないぞ」
冷や汗をかきながら冬弥は慌てて手を由綺の口元に伸ばし、それ以上の発言を封じた。
「まー素人目には魔術も超能力も同じものに見えるだろうけどね。
でも魔術っていうのは確かに素養もある程度は必要だけど、基本的には学問であり技術だからね。修得するのは、絶対に無理…というわけでもない。
でも超能力はホンと、天然だかんね。
生まれつきの素養が無くちゃ、どこまでも果てしなく無理だから。
それに何と言っても、人間特有の能力だからね。ルミラ様のような高位魔族でも、絶対に身に付けられない力だよ」
「はあ…」
あまりよくわかっていない様子の一同を見回し、エビルは珍しく頭を使って考えた。
「魔術っていうのは、要するに世界の法則に干渉するための技術だからね。世界法則の範囲内で、少しだけ自分の都合のいいように、法則を利用する。
使用するためには呪文とか触媒とか色々制約あるし、決して万能じゃない。
――例えるなら魔術っていうのは、世界という貯水池から水道を引いて、得た水を料理や風呂に使ったりする。そういう理路整然とした起結があるわけ。
でも超能力は、そういった手順を無視して何も繋がってない蛇口から、いきなり水を噴出させることができるんだよ」
わかりやすいような、そうでないような、少し微妙な説明ではあったが、藤井家一同の顔にゆっくりと理解の色が広がっていった。
と、珍しくすこし不審そうな表情を浮かべて弥生が挙手してきた。
「ちょっと待ってください。それでは超能力の場合、力の源というのはどういうことになっているんです?」
「源って…そんなの超能力者なんだから、頭の中からなんじゃないの?
ほら、琴音ちゃんだってあんまり力を使いすぎると消耗して、寝ちゃったりするし」
マナの、気楽そうな意見に弥生は少し真剣に考え込んだようだったが、やはり納得し難いように弥生は頭を振った。
「――エネルギー恒存則というものをご存知ですが?
閉じた系の中では、外から力を加えられない限りその中のエネルギー量の総和は一定である――初歩的な法則です。
その法則をこの宇宙全体に当てはめてみましょうか。宇宙もまた一つの閉じられた系ですから、その内包するエネルギー量もやはり、宇宙誕生以来1エルグも変動していない…ということになります。形態そのものは、光になったり物質になったり、一定ではありませんが。
琴音さんという例を見る限り、彼女は時に明らかに人間一人が内包しているエネルギー以上の力を発揮することがありますが…それはつまり、彼女がそれだけのエネルギーを生み出したということになりますか?」
「そーなんじゃないの?」
やはりまだわかっていない様子のマナが、適当に頷く。
だが、その隣りの美咲が、少し顔を青ざめさせた。
「それはつまり…その分だけ、宇宙全体のエネルギー量の総和が増加した、ということですか?全体からみればほんの僅かな量だとしても?」
ニヤリと笑って、イビルは弥生と美咲を等分に見遣った。
「いったろ?超能力ってのはそういったプロセスを無視して、いきなり結果だけを出すことができるんだ。
魔術ってのはどんなに高度で精密なものでも、どこまでも世界の理に則ったものだけど、超能力ってのはそういったルールから逸脱したものなんだ。
もっともパワーそのものはそれほど強いものでもないし、応用もあまりきくものじゃないから、単体で魔族に対抗できる程の超能力者なんてまず滅多にいないけどな。
――中には、存在の意味を消滅させるような、とんでもないバケモノもいるけど」
「?」
薄寒そうに首を縮めるイビルの、最後の呟きはわからなかったがそれ以外はそれなりに理解して、冬弥は尋ねた。
「まあ中々興味深い話ですけど…だからって、俺たちみたいなパンピーにいきなり超能力といっても」
「そうだな。…じゃあ電流でも流してみるか?」
「何故ッ!?」
「何故ってお前、こういう怪しげな研究には頭に電極つけて骨が透けてみえるほどビリビリ電流流すのが正道だろ!?ドリフのコントとか!!」
「普通は死にます!というかドリフのコントでそんなこと語らないでくださいっ!!」
「そっかー?…せっかくドライアイス入れたフラスコとか用意してたのに」
「しないでください頼むから」
意味も無く倒置法で哀願する冬弥である。
まったく、普段から最初に顔を出すだけでまともに授業をしたことがない人が、たまにやる気を出すとどうしようもなくくだらない内容というのは救いが無い。
「ま、最初はやっぱ基本からだよな。
じゃあみんな、スプーン曲げから始めるということで」
「…まあ電流流されるよりはいいですけどね」
決して乗り気では無いが、藤井家の面々はそれぞれスプーンを取り思い思い何やら念を込め始めた。
眉間に似合わぬ皺を作ってスプーンを睨みつけている理奈。多分、精神集中というより自分のやっていることのくだらなさに、必死に耐えているのだろう。
「う~~~~~~っ、うにゅ~~~~~っ、ふにゅ~~~~~~~~~っ…」
「う~~~、や~~~、たぁ~~~~~~~~~~~~!」
いざ始めてみると、タコのように口を尖らせて謎の気合をいれてがんばる由綺&マナ。
とりあえず、ファンには絶対に見せられない姿である。
「…………」
「や、やよいさん…」
早々に授業をボイコットし、黙々と仕事の書類に目を通し始める弥生と、それにどう応じれば分らず狼狽する美咲。
そして。
「…………」
しばらく左手に握ったスプーンをじっと見つめていたはるかは、無造作に右手をスプーンの頭に手をやり。
くにゃっ。
あっさり、腕力で曲げた。
「あああああっ!?何やってんだよお前!」
「…いつか見たテレビの裏側見せます番組では、こうやってスプーン曲げてたよ?」
「そーゆーイカサマのマネではなく!真面目にやれ!」
「あの、イビルさん。さっきもちょっと聞きましたけど…。
なんで、俺たちのクラスにこういうイロモノ授業をもってくるわけ?」
「んーと…」
躊躇いではなく、単に事情をうまく説明するための言葉を選ぶ間を置いて、イビルは言った。
「まあ特に意味はないけど。
強いて言うなら、他のクラスは大概、なんか特技持ってる人間多いし。
ってことは、その上更に超能力の素質持ってることな無いだろうし。そーゆー意味では、このクラスの方がまだ可能性はあるかな?と」
「それだけの理由なんですね…」
「えーと。あ、それにほら、理奈なんてその髪の渦巻きから、うずまきビーム!とか出しそうじゃない?」
「出さないわよ!っていうか何ようずまきビームって!!?」
「命中すると3ターンの間、敵の動きを封じる。アタックポイントは2000AP」
「勝手に設定を作るなあ―――――――――!!!」
「あー。しかしやっぱ地味だねー」
「…分ってるなら最初からやらないでくださいよ、イビルさん」
ジタバタもがく理奈を抑えながら、すっかり苦労人の顔で冬弥はうめく。
「そうだね。スプーン曲げができる念力とかできても、かくし芸以外には使えそうにないしね」
「いやそうじゃなくてな、はるか」
「しかもあんまり受け、良くなさそうだし」
「そっちの方が重要かい!」
「そうだ、タンスの隙間に落ちた小銭を拾うのには便利かも」
「いやそうでもなくて」
「あ。…でも、硬貨、曲がっちゃう?」
「…………」
どこまでもマイペースなはるかに、疲れた冬弥はとうとうシクシク泣き始めた。
「ああっ冬弥くん泣かないで!ほら、明日はきっと、いいことあるから!明日という字は明るい日って書くんだよ!?」
「くらーい夜も来るけどね」
「はるかちゃん!」
悪気は全くナッシングだがそれだけにタチの悪いはるかに、流石に美咲まで声を上げる。
だが。
「まあ、無くて幸いだよ、そんな力。こわいし」
「…こわい?」
疑問をもって顔を上げる冬弥に、やっぱりはるかは変わらぬ調子で言った。
「スプーンを曲げる程度の念力でもさ、例えば、脳の毛細血管とかを千切るくらいのことはできるんじゃない?
超能力って、手順を飛ばして結果をすぐ出せるんでしょ?
なんか気に入らない奴がいて、そいつ死んじゃえ!って念じた途端に」
そこで唐突に口を閉じて、軽くはるかは息をついた。
「だったらこわいよ。すごく」
「へえ。賢者の言、ってやつだね。悪魔のあたしが言うこっちゃないけど」
意外にも、真っ先にはるかの言葉を肯定したのはイビルだった。
「人を殺すのに戦車を粉微塵にするような力は必要ない。ちょいと電流を流してやればそれでいい。――これはあたしじゃなくてメイフィアの持論だけどね。柳川の奴とか見てると、そーいうこと言いたくなる気持ちはわかんなくもないけど」
アンタは無駄に壊しすぎんのよ、と、借り物の屋台をつい完全焼却してしまった時のメイフィアのぼやき顔と、頭の中は“弁償”“赤字”で一杯になった、ルミラの壊れた笑顔を頭からイビルは追い出した。
「しかし最初から期待はしてないっていうか、それじゃ話がうますぎるけど…やっぱ誰も、成功してない?」
一斉にブンブンブンと首を振る一同に、多少気落ちした表情をイビルは見せた。
「そっかー。まあ一朝一夕に達成できることじゃないか」
「それはその通りだと思いますけどそれ以前に普通は超能力者なんてゴロゴロいませんて」
「じゃ、宿題ということで」
「だからそうじゃなくて!ていうか宿題ですかコレ!?」
「次いってみよー」
「長さんのモノマネしてもダメです!というかまだ続くんですか!!?」
「うん。次は念写とか」
「できませんて!だから俺らみたいなバンピーにそーゆーこと期待しないで!」
「…こう、ちょっと気合入れれば紫色の茨とか?」
「出ません!」
思わず冬弥が頭を抱えたその時、唐突に教室の扉が開いた。
「イビルさん。心霊写真鑑定房から新たな報告が」
「…………」
「む、ご苦労!」
「超能力の次は心霊かいっ!ていうか!何やってんですか雪音さん!」
言われて、HM-13・雪音(推定Bサイズ93)端整だが無表情な顔をクルリ、とこちらに向けた。
ちょっぴり不気味怖い。
「私、今回はアシスタントですが、何か?」
「あなた本来あの倉庫に収められてる怪しいアイテムの管理研究員なんでしょ?
――あ」
「はい。ですから皆様の授業に、微力ながら協力を」
「…訊きたくないけど具体的には?」
「全国から寄せられたお祓い前の心霊写真とか、倉庫に封印されている危険度Aクラスの物品の限定貸与とか」
「力一杯お断りします!というかそんな危険物ホイホイ持ち出さないで!」
「しかし、私達とイビル様は棒姉妹ですから多少の無理は」
「…………」
「ぼう…しまい?」
「――共通の女性と性交をもった男性同士を“穴兄弟”と言うように、棒姉妹とは」
「ストーップ!ストップストップ!!」
「同じ耳掻きで耳掃除をした仲ですから」
「そんなオチかいっ!」(×7)
「ちなみに、ほら、イビル様ったらこんな大きな耳垢が」
「見せるな!そんでもって保管するな!!」
「…でも、こんな大きいですから、なんだかもったいなくて」
「…………」
「あたしの恥だと言ってるんだバカっ!ああっそんな丁寧に畳んで懐にしまうなっ!」
イビルの怒鳴り声を馬耳東風と聞き流し、雪音は左手のファイルから写真を取り出した。
「まず最初に、先日職員の飲み会で撮られた写真なのですが」
「どれどれ?」(×2)
「ああっ、マナちゃん…理奈ちゃんまでっ!?」
珍しいものには目が無い二人が、先程までの仏頂面がウソのような顔で写真を覗き込む。
「ああっ!?」
「こ、これはっ!?」
「ノリ、いいですねぇ二人とも」
小さく、弥生がそんなことを呟いていたようであったが、とりあえず全員がその写真に注目する。
「こっ!これは~~~~~~~~~~!!!?」
そこに写っていたものは!!
「秋子さんとひかりさんが!」
それは宴席で向けられたカメラに、学園二大巨頭が笑顔で振り向いた写真だった!
だが!しかし!
「ね…寝てるううううううううううっ!!!」
そう!
シャッターを切った瞬間と瞬きをした瞬間、その二つのタイミングが偶然のイタズラでシンクロしてしまった時にそれは起こるッ!
写真の中の二人は、完璧に瞼を閉じていた!
しかも笑い顔で!歯を見せて!
その上、二人揃ってピースサインとは間抜け極まりないグレート間抜け!!
ちゃんと目を開いていればごく普通のスナップであったろうに、ほんの偶然が、その写真をどうしようもない恥写真に変えてしまっていた!!
「こ、こえええええええっっ!!」
「あたし達も他人事じゃないわよ!ああっ、カメ小にパシャパシャ撮られまくってる中にはこんな写真もあるかもしれない…」
「そ、それでもってネットの画像掲示板にお笑いネタとして張られちゃうんだよねっ!?ヘタをすると何回も何回もリフレインして!!」
「…なんかすごく特殊だけどリアルな話だなそれ?」
冬弥と理奈と由綺の様に、提供側のイビルの方が少し引いてしまっていが。
ともかく気をとりなおし、雪音が次の写真を取り出す。
「…何コレ?英二さんじゃないですか」
「長瀬先生もいるけど…それが?」
「…あれ?なんか兄さんのデコが、隣りの長瀬先生と較べても広がってるような…」
「というより、髪の位置が少しおかしいような気も?」
「いえ、皆様、そこではなくて…ここを」
「…………」
少し戸惑ったように、雪音は写真の二人の背後、窓ガラスを指差した。
そこには、ぼんやりとした、緑色の何かおそろしげな物体が!!
「…ガチャピン先生がガラスに映ってるんじゃないんですか?」
「…バレましたか」
「…………」
「ひっかけかよ!?」
少しだけ残念そうな顔をして、雪音は次の写真を出した。
「…これは…!」
そう言ったきり、一同はしばらく押し黙った。
ややあって、美咲が、判断に困りきった顔で重い口を開く。
「これって…微笑ましいっていえば微笑ましいけど…」
「あたしはムカツク!」
マナの正直な感想は、確かに全員の心情の一部を代弁してはいた。
そこには酔い潰れてしまい、柳川の肩にもたれかかって安らかに眠っている、保健医の姿が映し出されていた。
腹が立つほど、らぶらぶである。
ある意味、ありえない光景を映した写真ではあろう。心霊写真に分類されても無理は無い。
だが、真の恐怖はその背後に潜んでいたのだ。
「皆さん、よく見てください。柳川先生の後ろ斜め、写真の端で顔は切れてるしピントもズレてますが…」
雪音の指摘に、一同はもう一度写真を注視した。
そして見た。
柳川の後ろ、いつもの定位置に、小さなメイドロボが正座して…
「「「うわあああああああああああああああああああっっっっ!!!?」」」
ガタガタッ!!
「マ、マイン…こ、こえーよマジで!!」
「こわっ!ホン怖っ!」
「怒ってる!無表情に怒ってるよっ!」
「でも泣きそうです!やっぱり無表情ですが!」
「う、う、う、絶対今夜、私夢に見ちゃうよ…」
「よ、夜中におトイレ、行けないかも…」
「マナちゃん。…一緒にいこ?」
何やらパニックを起こしている一同を満足そうに見遣り、しかし少しだけ眉を寄せて、イビルは雪音に耳打ちした。
(おい。受けはいいみたいだけど…これ、心霊写真じゃねーだろ?)
(怖さ優先で選びましたものですから…)
(…………)
(うーん、それもおもろいけど…少しはまともな奴とか無いのか?)
(では…志保様から頂いた最新の写真を)
「皆様、それでは次の写真を御覧下さい」
「まだあるの――――!?」
そう悲鳴を上げながらも、写真が出されると覗き込んでしまうマナである。
怖いもの見たさの典型的見本といえよう。
「なに、これ?」
それはどこかシンプルな色調ながら洒落た雰囲気が写真でもわかる、ケーキショップであった。携帯のデジカメで撮ったらしい、少しドットの粗い写真の中央で少しひねたような目をした高校生らしきバイト店員と、メガネにボブカットの小柄な女子高生が映っている。
この二人は恋人同士なのかもしれないと思いつつ、さてどこか不審な点があるかというと…
「背後で、何か騒ぎが起こってるみたいだけど…?」
画面の左隅、よくわからないが女性の店員が誰かの頭を抱いているようであった。
「拡大して、修正を加えたのがこちらの写真です」
「…………」
そういって手際よく出された写真には、元画像よりもはるかに鮮明な画像が…
「この…デカパイの店員の胸に顔を押し付けてるのって、冬弥くんじゃない?」
デカパイって今時そんな死語使う、あなたは何者ですか森川由綺さん?
「え、いや、その、それは、この前、たまたま通りがかったら、向こうがいきなり『かわいいっ』とか言って、俺の頭を強引に掴んで…」
「へ~え?サービスいい店じゃない?美人よね、この店員。あたしには劣るけど」
無理矢理平静を保とうと努力している理奈の声が、やや上ずる。
「ちなみに、これは志保さんが最近話題の『維納夜曲』というケーキ屋さんの取材に行かれた時、偶然撮られたものなのですが」
「すごい偶然だよな、しかし」
「なに、仮面ライダーに較べればこの程度の偶然はよくあることです」
一般人にはよく分らない喩えを雪音は持ち出す。
「更に問題の箇所だけを同じように拡大・修正した写真が」
どこかのビルの屋上で、ツインテールの美少女を背後から抱きしめる冬弥。
スパッツ姿のスポーツ少女を背負っている冬弥。
どこかの路地裏で、紫色のベレー帽とジャケットに白いミニスカのエキゾチックな美少女に、緊縛プレイされている冬弥。
目を瞠るほど美しい、金髪の美女と楽しそうに会話している冬弥。
カレーショップで、メガネの女子高生と一緒にカレーを食べている冬弥。
「い、いや、だからそれは、そのツインテールの子は屋上のフェンスの縁を歩いててもしや自殺とか思って慌てて止めようとしただけで、そっちのスパッツの子はラクロスの練習中に足を挫いたとかで男手が無かったからその子の学校の保健室まで連れて行っただけだし!
それからたまたま路地裏を通りかかったらそこで寝てたホームレスらしい子の足を気づかずに踏んじゃって、いやだってダンボールを布団にしてて見ただけじゃわかんないのにわけのわからないまま理不尽に怒られてそんなことになって、そこをたまたま通りかかった外人の人がおもしろそーとかいって、まあ、結果的には助けられたんだけどその前にぶら下げられたまま散々グルグル回されちゃって、それで向こうは何だかこの辺は初めてだからちょっと教えてとか言われて道案内とかしてたらいきなりこのメガネの娘に攻撃されて!
なんだかよくわかんないけど二人ともスゴイ勢いで飛び回ってなんかあんたら人間じゃないでしょ?って感じだったんだけど、結局先の外人さんは飽きちゃったとか言ってさっさと逃げちゃって、それでメガネの子が迷惑かけてすいません、お詫びにごちそうしますからってカレー屋に一緒に行っただけで、やましいことなぞ何一つないよっ!?」
ゼエゼエと息を荒げる冬弥を、妻たちはしばらく眺めていたが、ややあって、弥生がなにか哀れな物を見るよな目で、言った。
「冬弥さん。…荒唐無稽な話だと、思いませんか?」
「うう、俺も話してるうちにバカバカしくなってきたけど…事実だし」
「そっかー。あくまで事実って言い張るつもりなんだー?」
シュシュッと試し蹴りなどしながら微笑むマナに、絶望の黒い染みが心を惨食していくのを悄然と冬弥は感じていた。
「イビルさん…なんか俺に恨みでもあるんですか?」
「え、いや、別に無いけど…っていうかおい雪音、お前なんでこう狙い済ましたようにピンポイントな写真ばっか…」
「おもしろさ優先で選びましたもので」
「…………」
「むう。それでは仕方ないな」
「悪魔ですかあんたら!」
「そうだけど?」
蝙蝠のような翼と先の尖ったシッポを出して見せるイビルである。
もう抗弁する気力もない冬弥に、四方から視線が突き刺った。
が、それを遮るように美咲が冬弥の前に立つ。
「あのね、冬弥君。
私が思うに、冬弥君はウソは言っていないと思うの。
ウソをつくならもっと『らしい』話を作る筈だし、何より冬弥君はウソつくの下手だし。
それはみんなもわかってるけどね。
ただ…それを隠すから、痛くも無い腹を探られてしまうの。まあ、概略だけ聞いてもムチャクチャな話だから、話したくない気持ちもわからなくはないけど…」
「美咲さん…」
慈母のような笑みを浮かべる美咲に、思わずすがりつきたくなるほど安堵する冬弥である。
「そもそも冬弥君は基本的に『受け』なんだから、自分からモーションかけるわけないでしょ?
私が冬弥君に腹を立てるとしたら、冬弥君が少し不注意すぎるってこと!
冬弥君は総受けなんだから、一人でホイホイ知らないところをブラついてたら誰にバックバージンを奪われてしまうかわからないじゃない!」
「いや…あの…美咲、さん?」
「そ、そうだね美咲さん。私、ちょっと大人気なかったかな。
夜中に冬弥君の耳元で誰も知らない水木一郎のデビュー曲をエンドレスで歌っちゃおうかと思ったけど、止めます」
「つつがなく納得してるし!?てゆーかなんだよその聴きたいような聴きたくないような迷う微妙すぎるチョイスは!?
だいたい、その、なんだよ『総受け』って!!」
…………。
………………。
………………………。
「何を今更」(全員)
「ハモって断言するなあああああああああっっっ!!!」
* * * * *
「では、とりあえず冬弥さんは総受けなんですから巷の腐女子にかどわかされたりしないように配慮をするということで、まとめてよろしいですか?」
「すいません頼むから人の話きいてください弥生さん」
パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ…。
涙目でそう訴える約一名を他所に、『藤井家内冬弥さん保護条例(仮称)』は万雷の拍手を以って可決された。
「いやー良かった良かった。
なんかよくわかんないけどまああたしには関係無いし、とにかく良かった」
「イビル様。…一つ、質問してよろしいですか?」
「…………」
「なに雪音?」
「この時間の授業の、テーマは何でしたか?」
「…藤井家の家族会議じゃなかったっけ?」
「…………」
「……イビル様?」
「だからなによ」
「鳥頭、って知ってます?」
「え~~?…中華料理の材料かなんか?」
「…………。まあ、そういうことにしておきましょう」
ため息でもつきそうな顔で、雪音は、小さく肩を竦めた。
「それでは、私達はもう帰りましょうか、マリナさん」
「…………」(こくこく)
「―――ってウワ~~~~~~~~~~~~~!!!!?」
どがらがっしゃあああああああああああんんんっっ!!!
「マ、マ、マ、マリナっ!?あ、あんた居たのかっ!?」
「当然でしょう?私とマリナさんは一心同体の棒姉妹なんですから」
「い……いつからここにいた?」
「私と一緒にここに来ましたが、それが?」
「うそっ!?…そ、そーいやなんかあんたと話してる時に何か時々みょうな『…………』とか入ると思ったら~~~~~!!?」
「…失礼ですね。いくらマリナさんがおとなしくて無口だからって。
―――それでは失礼いたします」
「…………」(ぺこり)
丁寧にお辞儀をして去っていくHM-12型・13型メイドロボを見送り、しばしイビルは呆然としていた。そのまま、微かな声で、呟く。
「……地味もあそこまで突き抜けると、超能力かなぁ……」
「どっちかというと、背後霊みたいなもんじゃないですか?」
呻くように、冬弥は応じた。
余談だが。
後日、了承メイドロボ会意見箱に、
『酔って御主人様にしなだれかかれって肩枕してもらえるよう、量産型の私達にもお酒を飲める機能を備えるべきだと思います。
――匿名希望』
という投書があったという。
<了>
【後書き】
最近、フジテレビの『本当にあった怖い話』(通称ホン怖)をよく見てます。
アシスタントの女の子たち(小学校高学年)とかかわいーから。
雄ガキはいらない。特にデブ。うるせーよお前。
なーんちゃってね★
本音ですけど。
中盤を過ぎたくらいで、あ、超能力から心霊の方に話を持っていくなら、長瀬家クラスの方がおもしろくなったかもしれない。と、気づいても後の祭り。
しかし私が藤井家を書くと、結局最後は冬弥に涙を飲んで貰う結末になります。
いやー。
だってそれが冬弥のキャラですし?(ヒデェや)
でも、久しぶりに書いたら(自分は)楽しかった。
なお、エネルギー恒存則関連の記述は、ほとんど『妖精作戦4 ラスト・レター』(笹本祐一・著)の丸写しです。
しかし、タイトルを最初考えたとおり『念波観音力大作戦』にしていたら、全く別な方向に話は進んでいたかもしれません。