私立了承学園第461話
「バレンタイン交々」
(作:阿黒)
うきうき。そわそわ。
ピリピリ。ドロドロ。
「ふーむ……?」
先刻からずっと廊下の一角に陣取り、通り過ぎる生徒達を観察していたガチャピンは不思議そうにその巨体を軽く揺すった。
「どうしましたガチャピン先生?」
「おお、澤田先生」
くるりと後ろを振り向くと同時に。
「どりゃ―――――――――――ッ!!」
「ぶば――――――――――――ッ!?」
いきなり真紀子の腰の入った正拳突きをまともに喰らい、ガチャピンは白い体液をちょっぴり巻き散らしたりしつつコロコロと転がった。
「ああっ!?ごめんいきなり振り返ってくるからつい反射的にっ!」
「ううっ…しかも菩薩掌だし」
うじゅるじゅると触手で悲しみの表現などしつつ(※地球人にはわかりません)しかしあっさりと起き上がってくると、ガチャピンは先ほどから頭を悩ませていた事を口にした。
「ここ最近、生徒たちの雰囲気がなんといいますかこう…変、と申しましょうか」
「…変?」
クルクルと一本だけ触手の先端を回しながら、ガチャピンは頷いた。
「特に今日はピークといいましょうか。
表現に困るのですが…こう…基本的には何やら楽しげではあるんですけどどこか追い詰められた切迫感が混入しているというか。
基本的に女子生徒は…」
あんな感じで、とガチャピンは触手ではなく指で窓の外を指し示した。
「…そして二人は………危険日……一番のり……そんな藤田さんに乗るだなんてやんやんやん☆」
「琴音ちゃ~~~ん、せめて地に足つけようよう…帰ってきてよう~~~」
至福の笑みを浮かべながら、しかしなんかビョーキ持ちっぽく首をユラユラ揺らせつつ二階の窓の外を歩いている琴音(&地上から呼びかけてる葵)を見送って、真紀子は、言った。
「いつものことじゃないですか」
「いやそーかもしれませんがせめて普通に廊下を歩いて欲しいな、と」
「あれはあれでいいんじゃないですか?…ヘタに近づけるところにいたら、伝染しそうだし」
何気にひどいこといってる真紀子である。
「そうでしょうか…?それに、男子生徒は男子生徒で」
「あ、先生おはようございます」「おはようございまーす」
と、言いかけたガチャピンの傍らを、柏木家一同が挨拶をしつつ通り過ぎていった。
「さーあ耕一さん昨夜、腕によりをかけまくりました必殺の一品が完成いたしましたのでこの喜びを是非分かち合いつつ世界の中心でアイを叫んでみましょう♪」
「よかったなーこういちーははははははー」
「助けろ梓っ!他人事みたいなこと言ってないでっ」
「…とりあえず必殺という形容は間違ってないかもしれません」
「おっ、お姉ちゃんなんか今うごいた!ピクッって動いた!」
「生きがいい証拠よ。とれたてピチピチだから」
「なんでチョコレートの生きがいいのっ!?ピチピチなのっ!!?」
「多分…千鶴姉さんの愛」
楓が、茫洋…というか現実逃避気味に、祈るようなポーズをとる。
「愛って、素晴らしい」
「嫌な愛だよな~~~~~~~~」
「あ・ず・さ・ちゃん?今、さらっと何か言ったかな~~~?」
「わかった千鶴姉、話し合おう。だからにこやかに首絞めるな包丁出すな鬼化するなっ」
「耕一お兄ちゃん…」
「ううっ…」
少し涙目の初音は自分の手の中の、何だか中からゴソゴソ音を立てている綺麗に包装された小箱に視線を落とした。
「これ…私が持ってなきゃダメ?」
「いや…ごめん、でも俺らが持つと暴れるしそのチョコ」
相変わらず懐かれやすい初音。フレンドリーである。
「いっそ焼却してしまった方が早いんだけどなそんな四次元ベム」
「チョコよっ!」
「千鶴姉さん…あの何だかよくわからない物質をあくまでチョコと言い張る姉さんの気持ちはわからないでもないですけど」
「楓…あたしゃシミジミとわかりたくないな、そんな気持ち」
はあ、とわざとらしいため息をつくと、梓は引き攣った笑顔が固まってしまっている耕一の肩にポン、と手を置いた。
「そーいうわけで無茶だけどアレは耕一が命がけで退治してくれお願いダーリン(はあと)」
「ううっ…食べられるモノなら、そりゃ食べるが」
「大丈夫ですよ耕一さん~~~~」
慈母の微笑を見せて、自信タップリに千鶴は太鼓判を押した。
「このチョコはとっても元気がいいので」
「いいので?」
「自分から食べられてくれます♪」
ぼぞっ!
「きゃっ!?」
それがまるで引き金だったように、初音の手の中で箱が潰れた。
クケエエエエエエエエエエエッ!!!
そして/
ハート型の手作りチョコが/
螺旋を描いて/
耕一の口の中に/
捩じ込まれて…いや、自分から我が身を捩じ込んでいった。
ごきゅゴキュごキゅゴきゅっっッ!!!
「もがっ…モガガ~~~~~~~ッ!!?」
「うわ純粋に気持ち悪ッ!?」
「あら…?思ったよりも威力がありすぎるような…」
「ようなって姉さん」
「死んじゃう!?耕一お兄ちゃん死んじゃう――――――!!?」
…………。
「…えーと。すいません、特殊すぎて今一つ例えにはなりませんね」
「ああいや、まあ今に始まったことじゃないから。何となくガチャピン先生の言いたいことはわかりましたし」
何やら大変なことになってる耕一をなるべく視界にいれないようにしながら、真紀子は笑みすら浮かべて言った。
「つまり、今日はバレンタインデーですから」
「はあ…まあ、そのようなイベントがあるとは聞いていましたが…それで生徒の皆さん、高揚してるのですかな?」
「うーん高揚っていえば高揚、かも。
…ガチャピン先生はバレンタインとはどういう日か知ってます?」
「えーと。…何でも親しい人にチョコレートを贈る日、ということですが」
一応はまともに知っているらしいガチャピンに一つ頷いて、真紀子は続けた。
「親しい人、イコール恋人や夫婦の場合、女性から男性へ『愛の証』的意味でチョコを送るわけなんですよ、このイベントは。で、まだ恋人未満だったりする場合、女性からの愛の告白って意味もあったりするわけで」
「…よくわかりませんねー。別にこの国の社会制度や慣習は、特定の日にしか女性からは男性に愛の告白がしてはいけないとかいうわけじゃなかったですよね?
そんな告白なんて、いつやってもいいじゃないですか」
「んー、別にそういうんじゃないんだけど…あ、でもほら、おとなしい性格の娘なんかはバレンタイン、っていう大義名分や場の盛り上がった空気の勢いで…っていう利点はありますよ」
「ああ、なるほど」
「それと、ほら、男性にとっては甲斐性のバロメーターというか。
ウチの学園はもてる子が多いから、今日、どれだけチョコをもらえるかで自分のモテモテ度がわかるというか。で、女の子はあまたのライバルからいかに意中の彼をゲッチューできるか、という熾烈な女の戦いが!」
「ほうほう!」
やや乗り気になってきたらしいガチャピンに、内心こっそり真紀子は肩を竦めた。
そーゆー面も確かにあるだろうが、多妻部の男子生徒達にとっては…妻たちからこれでもか、これでもかーと『愛の真心』がプレゼントが雨あられ、まったりとラブラブ空間を常にも増して形成するだけだろう。
……まあ、柏木家みたいなケースもあるが。
「そぉですかぁ。なるほど、だから月島さんあのようなお願いを」
「…は?」
何やら一人で頷いているガチャピンに、そこはかとない不安を覚えつつ、真紀子は詳しい話を訊くべきかどうか、やや迷った。
――ん~、気になるけど死ぬほどくだらなそうでもあるしな~。
「わかりました」
「いや、なにを」
「私もチョコを贈るとしましょう」
「それはまてい!ってーかあんた女かっ!?」
「無論、私は女性ではなく㊥性ですが」
「だから!㊥性ってなに―――――――――!!?日向で水に漬けて置いてけば1週間で20株くらいに増えそうな外観してるのに!」
* * * * *
『ナガセちゃんデンパとどいた?』
「あげる。これ」
「は、はあ…」
無造作に瑠璃子が差し出してきたモノを、祐介は見つめた。
思わず、ゴクリと息を呑む。
『ナガセちゃんデンパとどいた?』
瑠璃子そっくりの声で――いやまあ本人の声が録音されてるんだろうけれど――それはもう一度、繰り返した。
「瑠璃子さん。…あの、訊いていい?」
「なにかな?」
クスクス笑う瑠璃子のおデコをなんとなく見て、それから、祐介は彼女が自分に差し出してきている物体の、デコを見つめた。
同じくらいの広さ。
「これ…ナニ?」
「チョコレート」
シンプルにして明確な答えだった。
ある意味、とても、素晴らしい。
「今日はバレンタインだし」
「そ、そうだね。ウン」
「長瀬ちゃんのために、作ったんだよ」
「そ、そうなんだ。…ありがとう」
ゴクリと、息を呑むと、祐介は瑠璃子が差し出すのその物体を見ながらおそるおそる…尋ねた。
「これ、チョコレート?喋るんだけど」
「ガチャピン先生にお願いして、喋れるようにしてもらったの」
「どうやって!?」
「大宇宙素敵カラクリ」
『ナガセちゃんデンパとどいた?』
何故だろう。
決して納得なんかしていないのに、なんか、もうそれでいいやって気になってくるのは。
「全部品チョコレート製」
「それでどーして喋れるのっ!?」
「サラッと無茶すぎること言わないでくださいっ!」
が、祐介ほど諦念の境地には到っていない沙織と瑞穂はたまらず声を上げた。
「いや…まあそれは置くとしても…ホントは置いてけないけど」
こめかみを抑えつつ、香奈子が、ちょっぴり震える指先で、問題のブツを指す。
「そっくりだと思う。良く出来てると思うわ」
「ありがとう」
「誉めたんじゃないんだけど。…だからさ、ねえ、なんで、…なんで月島さん自分の生首チョコレートなのっ!!?その選択が私とってもミステリィ!!!」
『ナガセちゃんデンパとどいた?』
ガクガクと口を上下に開閉させると、『瑠璃子さん生首チョコレート(仮名)』は砂糖菓子製の虚ろな瞳で一同を見た。ような、気がした。
「こわっ!素で怖いよ祐くんっ!」
「まあ…最近はパソコンを使ってケーキの上に食べられるインクで写真を印刷できたりするらしいですけど…それで自分の顔のケーキ作る人も多いそうですし」
「………」
ぽん、と一つ手を打って、瑞穂の言葉に瑠璃子は頷いた。
「うん。そういうことにしとこ」
しとこ、って。
そう突っ込む間もなく瑠璃子はずい、と距離を一歩詰めた。
「さ。長瀬ちゃん、私を食べて」
ぶうっ!!?
「ああっ…モノとシチュさえ間違えなければそれなりに効果的なのに…効果的なのにっ!」
「香奈子ちゃんそんな血の涙流しそうな声あげなくても」
「もしかして…その一言のためにこんな手の込んだことをっ」
香奈子らを尻目に、瑠璃子の(色々な意味で珍しい)押しは、まだ続くようだった。
「…色は、私が自分で塗ったんだよ」
「へ、へえ…」
「窓開けるのを忘れちゃってて、思わずシンナー中毒になっちゃうところだったよ」
「プラカラーで塗ったんですかっ!?」
「モ子ちゃんの言うことは聞かなきゃダメだね」
「わかんないし。ていうかモ子ちゃんって誰?」
「と、いう感じで苦労したので食べて」
「うわあー有機溶剤で塗装されたものを食べろっていうー」
涙目になってる祐介に、茫、とした瞳を向けて。瑠璃子は言った。
「まあいいから食べて」
「うわーん瑠璃子さんがエグくてグロくてまったりとしつこいよー(泣)」
かなり本気で泣きの入った祐介が、思わず頭を抱えて屈みこむ。
その肘に、ずいと突き出した瑠璃子の生首チョコが軽くぶつかった。
「あ」
その拍子に、瑠璃子の手が滑った。
↓ 万有引力の法則。
ぐちゃっ。
「えっ」「あう」「うわあ」「あ…」「……」
コワレた。
音だけで、致命的にソレが壊れたことがわかる。そんな音がした。
「…えーと」
別にいつもと変わらない瑠璃子から、おそるおそる、祐介は教室の床に落ちたチョコ(仮)に視線を落とした。
顔面部から落ちたため、上からはチョコ(仮)の後頭部しか見えないが。
「たれてるっ!赤いのが!なんか赤いのが―――――――!!?」
「お、落ち着いて沙織ちゃん!ラズベリーシロップか何かだよ!」
「…うん、甘いですよ」
「舐めないで瑞穂―――――!!!」
右往左往している一同を見回すと、瑠璃子は、クスと笑った。
「いけないいけない、失敗しちゃったよ」
そう言って、あっさりチョコを拾い上げる。
「仕方ないけど、もう食べられないね」
「うわあ…エグイ…エグイことになってるよぉ…」
よくよく見れば、割れた断片はチョコレートの色をしているが。
壊れて陥没した左眼部分から赤いシロップを滴らせている瑠璃子チョコ(仮)は、わかっていても、こう、なんかアレだった。
レクター博士?
「弐号機作らなきゃね」
「ごめんなさいそれだけは勘弁してくださいっ」
「うふふ…ふふふ…ふふふ…」
「うわあ否定も肯定もしないで去らないでっ!?すっごく不安!!」
ぼんやりしているようで以外に素早く去ってゆく瑠璃子を追う祐介の、本気で泣きの入った声が遠ざかっていくのを聞きながら、瑞穂はポツリと呟いた。
「月島さんって…自分の顔したものがああいうことになっても、全然動じないねぇ…」
「そーねぇ…」
「そーだねぇ…」
ぼんやりと、他の二人が相槌をうつ。
「自分相手でもああなんだもん…他人くらい、どうってことないかもね…」
「イチコロだよねきっと」
「あたし…ルリルリにだけは逆らわないようにしよう…」
なんか、これ以上この件に関して深くツッコムと怖いことになりそうだったので、三人は、とにかく忘れることにした。
* * * * *
チョコレート。チョコレート。チョコレート。
どこへ行ってもチョコレート。
「まーったく製菓会社にいいように踊らされて。軽薄この上も無いわね」
不機嫌であることを隠そうともせず、ユンナは半ばは周囲に聞かせるための独り言をブツブツと続けた。
「芳晴~、苦虫噛み潰し女のタワゴトは右から左へ聞き流して、はい、チョコレート」
「ナニを踊らされているか最下級とはいえ天使―――――!!」
すか――――――ん!!
今日も炸裂する性悪パンチ!
「今日この日に殉教した聖バレンチノに対して忸怩たるものはないのコリン!
首を切られた聖バレンチノに申し訳ないとか思わないわけアンタわっ!」
<ユンナ豆知識>
西暦3世紀のローマ。当時の皇帝クラウディウス二世は、若者たちがなかなか戦争に出たがらないので、手を焼いていました。その理由は彼らが自分の家族や愛する者たちと離れたがらないためであるとして、皇帝はついには結婚禁止の令を出すにまで到った。
が、インテラムナ(イタリア中部にある町で、現在のテラモ)のキリスト教司祭であるバレンチノ(英語読みではバレンタイン)は、そんな兵士たちをみかねて、内緒で結婚を取り計らっていた。
だが秘密やいずれ露見するもの。しかも当時のローマではキリスト教は迫害されていました。皇帝はバレンチノに罪を認めさせ改宗を迫るものの、バレンチノはそれを拒否。彼は獄中でも看守たちを相手に神の愛と教えを語りますが、ついに西暦270年2月14日、処刑されてしまいました。
「えーと…」
教室の後ろの方で、空き机の山と一緒になってピクピク痙攣しているコリンを見やって、芳晴は消極的に声を上げた。
「確かにチョコを贈るという風習は日本だけのものですけど、バレンタインデーそのものは昔からあるわけですし…」
「だからバレンタインカードやプレゼント交換だけでいいじゃない!何故チョコ!?何故告白!?教義を歪めて商業主義に利用するな製菓会社―――!!」
「ふむ。ユンナは原理主義者なわけだな」
「いや江美さんそれもちょっと違うと思うんですが」
む、と少しだけ首を捻ると、何やら背後に炎のようなものを背負ったユンナに、エビルはトコトコと近寄っていった。そして軽く、その肩を叩く。
「落ち着けユンナ。冷静にな」
「私はいつも冷静よっ!」
「ウソつけ瞬間湯沸し器」
かき―――――ん!
即座にブン投げられた椅子が頭を直撃し、復活しかけたコリンをあっさり沈黙させる。
「なるほど、冷静なコントロールだ」
違うちがう、とコリンの介抱をしている芳晴が首を横に振っていたが、気づかずエビルはユンナに向き直った。
「しかしユンナ。お前は少し勘違いをしている」
「…勘違い?」
ビクリ、と左眉だけを上げるユンナに動じることなく、エビルは小さく頷いて見せた。
「確かに普通バレンタインデーといえば聖バレンチノに由来するものだが、日本の場合は別な人物を指す。
……時は昭和21年2月14日!」
何やら語りモードに入っているエビルに気圧されて、とりあえず黙って聞きに回る一同である。ウンチクは、長くなりそうだし。
「進駐軍のバレンタイン・D・クラーク少佐は東京の戦災孤児達にチョコレートを配りました。めでたしめでたし」
「えっもう終わりっ!?」
「現在のところクラーク少佐の崇高な意志は形骸化し、僅かに『義理チョコ』として残るのみだが、今でも彼の遺徳を偲び、金のクチバシか銀のクチバシ五つで伝説の缶詰を横田基地で交換してもらえるとか、まあ日本の文化と風習に溶け込んでいっているわけだな」
「…………」
黙って江美を見つめるユンナに、傍らの芳晴は全身の血が凍る思いを味わっていた。
江美さんってば冗談で和ませるにしたってこんなヨタ話どこから仕入れてきたんだかっ。
ヘタな冗談は今のユンナさんには逆効果ですっ。
「むう…そういうことなら仕方がない」
「クラーク少佐も草葉の陰で泣いているだろうな」
「うわ直球ストレート二人ともっ!?」
思わず喚く芳晴を、不思議そうに二人は見つめた。
「どうした。うるさいぞ芳晴」
「江美さんっ!…いったい、どこからそんなホラ話を…」
「?インターネットでバレンタインの由来を調べてもらったんだが」
「……もしかして……あの倉庫番の量産セリオ?」
こっくりと、エビルは頷いた。
「来栖川のデータベースから調べてもらったんだが」
「あー芳晴ー、歳の数だけチョコボール食べると縁起がいいんだってー。知ってるー?
あれ?どこいくのそんな怖い顔してー」
「ああ…ちょっと」
脳天気に呼びかけるコリンに曖昧に返事をして、芳晴は、顔を引き攣らせながら教室を出て行った。
* * * * *
「そーいうわけではいっ、まこりん」
「…朝っぱらから何の冗談なんだよ母さん?」
「もうっ、まこりんったら相変わらずテ・レ・屋さんっ。も~~~素直じゃないんだからあ」
そう言って、どう見ても小学生にしか見えない藤井みことさん(推定年齢30代後半)はいやんいやんと体全体をくねらせた。
「も~~折角忙しい仕事の間をサボって会いに来たのに…まこりん冷たいっ」
「お願いだから仕事はしてくれ頼むから」
ちなみにみことさんの職場は来栖川エレクトロニクスHM開発課。それも結構上の方らしいが実際のところはどうなのか、息子の誠も詳しくは把握していない。
ともかく父親共々、滅多に家には帰れないほど忙しい、筈である。その割に時々犬と遊んでたり近所の子供と遊んでいたり息子で遊んでたりすることも多々あるが。
「いいじゃない。どうせ本命チョコはさくらちゃんとあかねちゃんとエリアちゃんとフランちゃんから貰うんだし。みーちゃんからチョコもらうのは毎年のことじゃないの」
「それはまあそうだけどさ…だからって、わざわざ学校まで手渡しにくることも」
「うにゅー、だってまこりんの喜ぶ顔が早く見たかったんだもん」
「…はいはい、わかったよ」
いつもの手だ、とわかっていてもちょっと涙目で拗ねて見せる実母(見かけ小学生)に、あまり辛いことも言えず、誠は両手を挙げて降参のポーズをとった。
「ところで他のみんなは?まこりん一人なんて珍しー」
「ああ…なんか、みんなで話し合って、チョコは四人一緒に手渡すってことになってるみたいでさ。不平等にならないようにって。
…多分、あかねとさくらはエリア達の所…職員室じゃないかな?なんか今日の夕食の話し合いしてくるって」
「パーティでもやるの?…う~~ん、残念だなぁ、みーちゃんの自信作、みんなにも見てもらいたかったのにー」
本当に残念そうな顔をしつつ、みことは背中のランドセルをガサゴソ探り出した。
「はいっ。じゃあこれ、みーちゃんからのチョコレート☆」
どさっ!
無造作に、みことは、ランドセルから自分の背丈と同じ大きさの白い箱を軽々と取り出して教室の床に立てた。
「…母さん…まあこの学園ではそれくらいのことは日常茶飯事だけど、会社の人、何かいわない?その四次元ランドセル」
たまに、犬が出てきたりするという謎のランドセルである。
ミラクルなもんだった。
「便利ですねぇ、私も欲しいなーわはははとかは言われたことあるよー。えっへん」
「いやえっへんじゃなくて。っていうかわざわざ鼻の下ベローンと伸ばして馬みたいな顔真似しなくていいから」
「むぅ。我侭まこりん」
「我侭かっ?それ我侭かっ!?」
「男の子が細かいこと気にしちゃいけないよっ。さ~さ、とにかく見て見て~~」
心底楽しそうに、母は、息子の目の前で、バレンタインのチョコを開封した。
「1/1スーパーリアルチョコレートフィギュアシリーズ試作型、藤井みことちゃん~~~~♪」
「なっ!?」
そう。
それはその名のとおり、非常に精巧に、リアルに作られたみことのチョコレート人形だった。
着色こそされていないものの、それは、隣に立つ本人そっくりの出来栄えで。
ただし全裸。
とってもリアルに。
ぶふううううううううううううううううううううううううううううううっっっっ!!!
きりもみしつつ頭から高速回転で誠はズッコケた。
「もう…まこりんったらそんな鼻血が出るほど悦んでくれるなんて…みーちゃん嬉しい☆」
「喜んでなんかいないっ!悦んでもいないしっ!
てーかー!
色んな意味で問題ありすぎだろソレは!?」
「………」
鼻血を抑えつつ涙目で訴える息子をしばらく見つめ、みことは少し顔を曇らせた。
「メイドロボの皮膚組織の誘導固定と一体成型を応用して作ったんだよ」
「無駄に最先端技術使ってんなっ!」
「ちなみに造型監修はなおりんね♪」
「あ・の・ロリ親父~~~~~~~~~~~!!」
どーして、ボクのオトウサンとオカアサンは、こう、ブットビな人タチなんだろふ。
溢れる涙がこぼれないように上を向く、藤井誠17歳の日々であった。
「タテスジは最高だって。なおりんったらも~~~」
「それは絶対にツッコミどころだ母さん――――!!!」
「もー。いくら細部まで作り込んでいてもあくまでこれはチョコなんだからー。それは無理」
「お約束だけど妖しい解釈するなあああああっ!!っていうか!
実の母親のチョコ人形にそーいうムラッ気起こしたらありとあらゆる意味で道を踏み外してるし!」
「…まこりん?」
さっきから怒鳴ってばかりの息子を見据え、みことは、不思議そうに尋ねた。
「もしかして、気に入らない?」
「気に入るわけないだろ!?持って帰って!もー今すぐ持って帰って誰にも見せずに湯せんに溶かしてフツーの板チョコにしてくれ!そしたら食べるから!」
決して捨てるな、とは言わないあたり、誠らしいというか。
食べ物を粗末に扱ったらもったいないオバケになりそうである。
ともかく、みことはあきらめのため息をついた。
「あ~あ。せっかく作ったのにまこりん気に入ってくれないなんて…みーちゃん悲しい」
「そーいうものを喜ぶ鬼畜ロリペド野郎に息子が育ってなくて安心してくれよ…」
母に劣らず盛大なため息をつく誠だった。
だがしかし。
「やっほ~まーくん」
「まーくんお待たせ~」
「あの、誠さん私達一緒にチョコレートケーキ作ってきたんですけど」
「誠様…紅茶とコーヒー、どちらがよろしいですか?」
お・や・く・そ・く。
「あーみんな☆丁度よかったー。見て見てみーちゃんの自信作♪」
母の脳天気な声を聞き流しながら、誠は、高速度撮影のように顔色を変えるあかねとさくらとエリアとフランソワーズを、どこか頭の配線が断絶したような思いで見ていた。
――母親そっくりのロリータチョコ人形(全裸)って、どうしようもなく誤解を招くよなぁ、やっぱ。
「まーくんって…やっぱりロリ…?」
「まーくん…守備範囲広すぎです…」
「誠さん…不潔ですっ!」
「…成程…そんな手が…。これは早速メイフィア様に頼んで私を型取りしてもらって…」
「待てっ!ちょっと待てっ!
我ながらもー何をいってもムダな気がしないでもないけどちょっと待て!
俺はノーマルだしこれは母さんが勝手に持ってきたものだから監修は親父で俺ロリじゃないしスジ好きってわけじゃないから不潔じゃない!
って何気になんか不穏当なこと言ってんじゃないフラン~~~~~~~~!!?」
据わった目をしつつ振り上げられるくまさんバットとフライパンと賢者の杖とモップに包囲され、誠は。
しかし、まだ、あきらめてはいなかった。
「光り輝く明日とかなんかそんな感じのものを目指して~~~~!」
自分でも何だかよくわからないことを叫びながら、誠は背後の窓ガラスに向って身体全体で飛び込んでいった!
がっしゃ――――――ん!!
窓ガラスを一気に突き破り、誠の姿は一瞬で窓下に消えた。
ちなみにここは3階である。
「ああっまた逃げられた―――――!?」
「最近ちょっと飛び降り上手になってきてないまーくん!?」
「と…とにかく追いますよっ!いつもいつも、逃げ切れると思わないでくださいっ!」
「それにしても誠様…馴れってスゴイですね…」
エリアの落下制御の魔法で次々と飛び降りていく一同を見送って、みことはチョコ人形をランドセルにしまった。
そして、一人呟く。
「…次の課題は着色と関節可動だねっ☆」
とりあえず、しこたま前向きなことだけは、間違いないようだった。
* * * * *
「チョコ貰ったの貰わないの…くだらない」
防災訓練の全体計画表を作りながらつまらなさそうに柳川は呟いた。
ノートPCの液晶モニター越しに、何やらラブラブ空間を形成しつつ歳の数だけチョコボールを食べているティリア&デュークやら、二人して恵方を向いて無言で板チョコを齧っているサラ&雄蔵を見遣る。
お前らちょっと勘違いしてるぞ、と忠告してやろうかとか思わないでもなかったが、それはつまらないので止めておく。
自然に気づくまで、放っておいて楽しもう。(←意地悪)
「何を考えてるの、柳川さん?」
「うん?…人の悪いこと」
「あはは」
短く笑って、隣席の貴之はファイルを閉じた。机の上を片して目の前にスペースを空ける。
「………ドウゾ」
やや不恰好ながら、手作りのチョコレートケーキを切り分けていたマインが何やら慎重な手つきで二人の前にケーキの皿を置いた。
「うーん。んっふっふ」
「なんだよ貴之不気味悪い」
「いやー。なんかこー去年までのチョコには縁のない俺とは違って今年は勝利者の余裕というか貴族の特権というか何やらハイパーな感じに生まれ変わったネオ俺って感じ?」
「…まあ一人からだけでもメイドロボでも貰えるだけ勝ち組みは勝ち組…かな」
曖昧に否定とも肯定ともとれる言い方をして、柳川はケーキを口に運んだ。
ややホロ苦いビターチョコの甘味とカカオ特有の香りがほのかに口内に漂う。
「まあ不味くはないか」
「…申シ訳アリマセン」
何か言いたげに苦笑する貴之には気づかないふりをしつつ、ともすればにこやかな笑みを浮かべそうになる口元を引き締める柳川である。
バレンタインにチョコ食べてほんわか気分だなんて、男の沽券に関わる。
意外に古風な上に頑固にそう信じるヒネクレ者だった。
「大丈夫よマイン。ここで口元についたチョコをナプキンで拭ってメイドポントUP、ついでにときめき☆らぶらぶバレンタイン聖夜に贈るあなただけのマイスィートチョコレートイベントのフラグを立てるのよね」
「いきなり湧いた上にワケわからんコト焚きつけてんじゃない!」
ごすっ。
後ろを振り返りもせずに裏拳で腐れ魔女を殴り倒してから、柳川は椅子ごと後ろに向き直った。
「ところで何の用だお前?」
「ううっ…なんか全然愛が無いんだけど」
ちょっぴり涙目になりながら、床の上で痙攣していたメイフィアがムックリと起き上がってくる。
「愛?あるかそんなもん」
「ぶー。アンタにそんな女子中学生向けジュニア恋愛小説な世界似合わないわよー。
肩がぶつかったぶつからないだの些細なことで相手の顔面が崩壊するまでボコボコに焼きいれて裸にむいて川に叩き込むよーな殺伐としたバイオレンス風味でなくっちゃ」
「だから、無茶苦茶なこと言ってるんじゃない!だいたい川に叩き込む前に慰謝料ぼったくって消費者金融から名義使わせて金下ろすくらいで許してやるさ」
「……………」
主人の言葉に、何故か、黙り込んでしまうマインである。
それはともかく、さしてダメージを被った様子もなくメイフィアは柳川と貴之の中間にその辺の椅子をもってきて割り込んできた。
「いやー。しかし毎年この日は盛り上がるねー」
「まあ…な」
「あんまり浮かれてるんで、思わず毒入りキケンって紙をチョコレート売り場に貼って回ろうかと思っちゃった♪」
「あー。そんな事件もあったなー。基本はやっぱり青酸カリだな」
精神的にはこの二人は同類だと、心中密かにマインは思った。
「あ。もしかして、ちょっと期待してた?あたしからのチョコレート」
「…冗談だけで本当に何か薬物仕込みそうな奴からモノをもらえるか」
「あー。柳川センセってばあたしのこと誤解してる。えーん」
「ええい、いい歳こいて泣きマネなんぞするなみっともない。…で?」
「で、って?」
「…………」
「…………」
ヤレヤレ、とわざとらしくメイフィアは肩を竦めた。
「なんだ。やっぱりチョットは期待してたんじゃない」
「しとらん!」
「あーはいはい。とりあえず、あたしからのバレンタインチョコ~」
そう言って、メイフィアは白衣の胸元からウィスキーボンボンを一つ、取り出した。
「はい、あげる~~」
「…まあ、ある意味非常にお前らしいよな、うん」
「でしょ?まあこういうのは贈るという気持ちが大事なのであって、品物の値段なんて関係ないわ。うん」
「…いやでも少しは考慮しないといけないと思うけどねぇ」
ぼやく貴之をチラリと横目で見て、クスリとメイフィアは笑った。
そのまま自然な動作でボンボンの包み紙を向き、自分の口に放り込む。
そして無造作に、柳川に接吻した。
「……!?」
「…♪…」
不意討ちでやや目を見張っている柳川の表情を楽しみながら、既に口中で溶けかけている丸いボンボンを舌で押し出す。
くちゅ。
くちゅり。
甘い唾液と一緒に送り込まれたチョコレートが、少し舌の上で崩れた。中から零れ出たウィスキーとチョコと唾液が一緒になって喉に流し込まれてゆく。
「…ぷぅ…」
長いようで短い接吻を終えて、メイフィアはやや上目遣いに相手を見た。
その視線を受けて、バツが悪そうに、そして僅かに顔を赤くした柳川は、自分の口元に手をやる。
「…お前…こういうのは反則だろう…」
「ふふーん♪照れてる照れてる。…意外にカワイイとこ残ってるじゃない」
「おーまーえーな~~~~~~~~!!!」
「カワイイよね柳川さん♪」
「貴之…お前までなぁ…」
愉快そうにメイフィアと一緒になってこちらをからかう貴之に一言しようとして、ハッと柳川は気づいた。
おそるおそる、やや左斜め後ろを見る。
「………………」
「あの…マイン…さん?」
「………ナンデスカ柳川様?」
うわメチャクチャ怒ってるぅ~~~~~~~~!!!
平坦な、平坦すぎる顔と声と対照的に、エプロンの端を破れんばかりに握り締めている手が、内心の嵐を端的に示していた。
精神的には既に十歩ほど後退しつつも、柳川は、マインの次の行動に対して漠然とした予感を覚えていた。
ことこーゆー方面に関する限り、マインは非常に負けず嫌いである。
「私、チョット購買部マデ行ッテキマス!」
「待てっ!とにかく待て!いいから待てっ!!」
「離しテ下さイ!私、今すぐウィスキーボンボンを購入しなケレバならなイ訳ガあるノでス!」
「だからっ!無駄に対抗意識燃やすなっ!ええいメイフィアお前もこうなることわかってて挑発するんじゃない!」
「マイン、サクランボの枝を舌で蝶結びできる?あたしはできるよ~」
「うううっ…」
「ぐわ~~~~っ!煽るなバカ野郎ッ!…だからそんなことできなくてもいいから、泣くなマインっ!」
量産型であるマインに涙腺はないが、それだけに涙なしで『泣き顔』をされると…心に深く刺さるモノがある。
見ている方が、辛い。
「ああもう…うざったい…」
言葉で説得するのに必要となる、膨大な労力に心底うんざりして。
柳川は俯いているマインを横抱きにすると、そのままこちらを注視している他の教職員達の視線の十字砲火を突っ切って、職員室に隣接する印刷室に連れ込んだ。
そして、職員達の鼻先で大きな音を立ててドアを閉める。そのまま鍵を下ろす音が続いた。
(…私、頭ナデナデして貰えれバそれデ幸セだなンテ、そんな単純ニは出来てまセン!)
(…誰がそんなことするって言った?)
(エッ…キャッ!?やあっ!?)
(お前みたいな聞き分けのないメイドロボットには、少しばかり厳しく躾ける必要があるみたいだからな)
(えっ…そ、そんな!?…ムグッ…モゴ…)
(こうしてこーしてだな…ほれ、もう動けないだろ)
(ム…うー!?)
(いいか?あんまり俺を困らせるんじゃない。…あんなのメイフィアのいつもの悪ふざけだろうが?いちいち真に受けてキレるんじゃない…俺もあまり人のことは言えんが)
(ぐうっ…ふむぅ…)
(ふん。…あんまり聞き分けがないと…)
(んー!んん―――!!?)
(…ちゃんと俺の言うこと聞くならいじめたりしないさ。わかるな?変に背伸びなんかするんじゃない。俺はそのままの、素直なお前の方が気に入ってるから)
(む…)
(本当にわかったか?ホレ、どうだ?)
(フグゥ!ふひゅぅ…!)
(なんだお前?変な奴だな。俺はお前を叱ってるんだぞ?こら、わかってんのかお前自分の立場ー?)
(むぐぅ…ふむぅ…)
「…柳川さん…楽しんでるなぁ…」
「あの娘いじめがいがあるからねぇ~」
こう、なんていうか、遠い目をして語る貴之とメイフィアである。他の教職員は扉から漏れ聞こえてくる喘ぎに顔を赤らめ、表情の選択に困っていたが。
「まあ結局、仲は良いと思うし個人の趣向にケチをつけるつもりはないしむしろどんどんおやんなさいって感じだけどー」
古典的にコップを耳にあてて扉の前に陣取っているひかり校長が、中の様子を窺いながら苦笑した。
「一応、就業時間中ということは考慮して欲しいわよね」
「そう思うんなら止めてくださいよ校長」
わくわく顔の校長に、投げやりに突っ込む貴之だった。
「阿部先生」
神妙な顔と声で、しかしやっぱりコップに耳を当てたまま、ひかりは厳かに言った。
「三十代の内にこの手で孫を抱くという野望を達成するためなら、母親はいくらでも貪欲になれるのよ?こーゆーのも、あかり達に必要かなーって参考のために」
「浩之君…大変だねぇ」
もう、何も言う気を無くした貴之を尻目に、ひかりはワクワクと胸を躍らせながら中の様子を伺った。
(うーむ。しかし、どうしてこう、12型のホッペというのはこんなにヤワこくてぷにぷにして気持ち良いんだろう)
(ハウウウ…思いっキリ、プリプリにポニポニにモニュモニュにウニョーンむにょーんペニョーンと弄ばれたアゲク、アッチョンプリケまでサレテしまう私ッテ…)
………。
……………。
……………………。
ほっぺた?
ほっぺむにむに?
……………………………………………………。
「そんなオチですか――――――――――――――――――――!!!?」
どが~~~~~~~~ん!!!
「うわ――――――――!?こ、校長がご乱心~~~~~~!?」
「殿中でござる!ひかり校長、殿中でござる~~~~~~~~!!?」
「ああもうああもうああもうっ!とってもアタルチックにインモラルな展開を期待してたのに柳川先生アナタそんなヌルいことやってて許されると思ってるんですかっ!!?」
「そっ、そんなこと言われてもっ!?大体、俺に何を期待してるんですか何をっ!?」
「エログロ」
「一人でヤッてろこの腐れ魔女っ!!!」
「ヤダ。今更一人はさみしい~~~~~」
「メ…メイフィア様…!」
「だから。対抗意識燃やさなくてもいいからマイン…」
* * * * *
いつも何かしら騒がしい学園だが、今日はいつにも増して騒がしい。
だが、不快な騒々しさではないのは何故だろう。
昔の自分にはわからなかった。
いや、そもそも気づくことさえ無かっただろう。
周囲の雑音に、耳を傾けることなど無かったのだから。
「最近少し破壊行為は控えてたようですが…やっぱり長続きはしないものですねぇ」
遠く職員室の方から聞こえてくる破壊音に苦笑しながら、ガディム教頭は廊下の一角に設えられた喫煙コーナーのソファの上で姿勢を少し変えた。そのまま器用に、太い指先の先端の鋭い爪で週刊誌のページをめくる。
「さ、逃げますよマリナさん地の果てまでっ」
「…ナンデ私マデ…」
意味不明な会話を交わしながら。手荷物と犬と猫を一匹づつ胸に抱いたHM-12型と13型が目の前を通り過ぎてゆく。
それを黙って見送って、それからガディムは雑誌に視線を戻した。
先程はガラスの破片が頭のてっぺんに刺さったままで、藤井誠が走り去っていった。
更にその前は、保健室に保健医がいないと柏木家の一同が慌てて走り回っていた。
ばれんたいんでー、というものは、彼にとっては少々騒がしい日という印象だった。
だが、しかし、あまり自分には縁の無さそうなイベントであるから、つまりは厄介事に巻き込まれずにすむということで。
それが良いのか悪いのか、にわかには判断はつけ難いが。
「ふふ…」
全くの静寂よりも、意味の無い僅かなノイズが混じる時間の方が、不思議と心は落ち着くものだ。
今日、この日にチョコレートを所持していない男子は人としてなんか劣ってるとかなんとか言う輩もいるようだが、最初から自分には無関係と割り切っていれば、如何ほどのこともない。
心静かに、雑誌を閉じるとガディムは立ち上がった。
かつて魔王と呼ばれていた頃は、そんなことを考えなかった。
そのこともまた、良いのか悪いのか、判断はつけられないが。
今の生活は、決してキライではなかった。
「しかし…チョコレートねぇ」
教育者として、男として、一度くらいは貰ってみたいような気もしたが。
突然始まるロマンスというものも、教本として渡された少女小説等ではあるようだが。
「おお。これはこれはガディム教頭、良いところに」
「む?どうしましたガチャピン先生」
ウジュウジュと触手を蠢かせながらユラユラと緑色の地球外生命体が近寄ってきた。
「どうぞ。受け取っていただきたい」
「は?」
そういって、差し出されてきたものを、ガディムは見つめた。
それは、
綺麗にリボンで飾られた、
いかにも手作りらしいハート型のチョコレートだった。
「さあ。どうぞ受け取ってください」
何やら猛烈に冷汗のようなものを滝のように流し始めたガディムに、爽やかにガチャピンは言い放った。
「私の手作りなんですよー」
グラリ、とガディムの巨体がよろめいた。顔色はもともと黒い体色もあるが、更にドス黒くなっている。
「えと…その…なにか新手のジョークですよ…ね?」
「はっはっはっ」
明るく笑って、ガチャピンはいった。
「無論、大本命チョコに決まってるじゃないですかー」
唐突に始まる、ラブロマンス。
「い…」
引き攣った声が、元・魔王の喉から辛うじて漏れた。
「いやだあああああああああっ!!!こんな悲しい展開は、イヤだああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!
こんな悲しすぎるオチはいやだあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ~~~~~~~~~~!!!!!」
ずだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだ……!!!
「…おや?」
号泣して駆け去ってゆくガディムを見送り、取り残されたガチャピンは一人首を傾げた。
「…大本命というのは、最上級という意味ではないのですか?」
「うん…あのさ…その解釈は…間違っちゃいないんだけど…ビミョ~~に、方向がズレてると思うんだよね」
なんとなくついて来ていた真紀子は、先程ガチャピンから『日頃の感謝を込めて』貰った本命チョコを片手で弄びながらぼやいた。
この異星人には、お歳暮とお中元とバレンタインの区別がついてないようだということを教頭に教えてやるべきだろうか、と思わないでもなかったが。
「まあほっといた方がおもしろいか」
「はっはっはっ。…よくわかりませんが、何だか柳川先生みたいなこと言ってますねー」
あはは、と真紀子はガチャピンに笑顔を返した。
そしてそのステキ笑顔のまま、おもいきり、殴り倒した。
<終わる>
【後書き】
ごめん。私がわるかった。(いろんな意味で)
とりあえず思ったのは、やっぱみーちゃんは自分の手には負えないキャラやなーと再確認。
…トンデモなければそれでいい、ってわけじゃないんだよなぁ~~。