私立了承学園 a class in Forest Ecology:「裏山(KIM)にて」
「うーん、絶景!!お弁当持ってくるんだったなぁ。」
「そうね、空気も美味しいし。」
「・・・梓姉さん、ポッキー食べる?」
「お、さんきゅ。」
場所は了承学園敷地内の裏山。
動きやすい服装に着替えた柏木家一同は、のんびりとおやつを頬張りつつ、林内を散策していた。
雰囲気はまるっきり遠足であるが、れっきとした授業中である。
「耕一お兄ちゃん、こっちこっち!!」
「はいはい。」
「二人とも、目の届く範囲にいてね~。マンティコアが出るかもしれないから。」
「にゃ?にゃにゃ!」
耕一と初音についていくようにたまにさりげなく合図を送ると、ルミラは再び足元に生えている薬草の
選別作業に没頭し始めた。千鶴・梓・楓の3人は、のんびりと高台で景色を眺めている。午後最後の授業も
終わりが近づき、空の色もかすかに夕暮れの兆しを見せ始めていた。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「今回の授業は『フィールドワーク』。いわゆる野外観察をしてもらうわね。」
指示に従って裏山の入り口に集まった柏木家に対し、担当教官であるルミラがお決まりの御題発表をする。
長袖のアウドドアウェアにトレッキングパンツという、珍しい装いだ。
「あー、野外観察って言うとつまり、鳥とか虫とか花とかを見るわけか?」
この学園にしては普通すぎる授業内容だったので、耕一が念のために聞きなおす。
「そ。でもただ散歩するだけじゃあ芸がないから、ちょっと思考を凝らしたわよん。たま!」
「にゃ。」
傍らに、こちらはいつもと変わらぬ格好で控えていたたまが、しゅたっ、と敬礼して耕一達に資料を配る。
配布されたのは裏山のルート図とコンパスにおやつ(500円分)。それに・・・・・・A6サイズの小さな冊子。
「『野草・きのこガイドブック・了承学園編』?」
冊子のタイトルをそのまま読み上げる形で、耕一が主旨を尋ねる。
「そ。今回のテーマは『野草の見分け方』よ。」
「キノコとかワラビとかとるわけ?」
「具体的にいうとそんなとこ。あんまりやったことないでしょ?」
「そういえば、最近はそういうことあんまりしなくなっちゃったね。」
「そうだな、小さい頃はよくみんなで採りに行った記憶があるけど。」
興味を惹かれたらしい初音の言葉に、梓も首肯する。いまは耕一と千鶴が忙しい身であるし、他の3名も
家事や学業でそれなりに多忙だ。結果、休みの日はでかけるよりも家でのんびり、という場合が多くなる。
特に耕一など、日曜はほっとくと10時過ぎまで寝てるクチなので、わざわざ休日に山にでかける、といった
レジャーからは縁遠くなっていた。逆に梓は動かないでいるとかえって疲れてしまう性質なので、休日には
いつも耕一をデートに誘い出すのに苦労しているのだが、それでも耕一をキノコ狩りに誘ったりすることは
なかった。梓に限らず、キノコにはやーな思い出があったからだ。
「別にそんな遠くまで出かけなくても、身近な裏山にもいっぱい山菜はあるのよ。普段目にするありきたりな
植物だって調理法しだいで十分おかずになるものもあるし、意外な薬効を持つものもあるわ。自然に親しん
でもらいながら、有益な植物と危険な植物の見分け方を身につけ、実践的な野外生活能力も身につけてもら
うとゆーのが、今回の授業の目的。ね?ひっじょーに実のある課題でしょ?」
「んで、授業のついでに、晩飯のおかずも調達する訳か?」
「ふっ、甘いわね耕一君。」
すっと人差し指を立て、片目を瞑って見せる。
「山菜って、都会向けに出荷するとかなりいい値で売れるのよ。」
「・・・・・・なるほど。」
今、耕一の中でルミラ教諭は「魔界貴族生活能力ランキング」の1位に輝いた。
「じゃ、そーゆーことで、各自指定ルートを歩きながら、このプリントにリストアップされている植物を採集してね。
見分け方は冊子に書いてあるから。」
「へー。割と本格的なんだなー。」
梓が感心して冊子をペラペラとめくる。資料として渡された冊子には、カラー写真やイラストで野草の判別法が
詳しく示されていて、食用、薬草用、注意すべき毒草など、このまま出版してもよさそうな出来だ。ただ、シダ類とか
キノコ属に混じってアストラルとかサブスタンスといった分類項目があるので、書店では図鑑・アウトドアの棚では
なく、オカルト関係の棚に置かれることだろう。
「これもルミラ先生が作ったの?」
「解説と編集はね。写真とイラストはメイフィアが作ってくれたの。」
「ふーん、上手だね~。」
素直に初音が感心する。実際、オカルト同人誌として発売すれば、この冊子の方も十分ご飯の種になりそうだ。
多芸な魔界貴族もいたものである。
「手作りだけど、内容は信用してくれていいわ。もし解らない植物があったら私かたまに聞いてね。実際、野外生活に
関してはたまが一番詳しいから。」
「そうなのか?」
「にゃになーにゃなにゃにゃ、にゃににゃっにゃにゃににゃんにゃににゃ。」
「大抵のことは身をもって経験済みだっていってるわ。」
「・・・・・・あの、たまさん、前はしゃべれたような気がするんですけど・・・・」
「うにゃぁ~~~」
「ああ、気合入れればしゃべれるんだけどねー。たま、今日2日目だから調子悪いのよ。」
千鶴の疑問に、ルミラがたまに代わって説明する。
「あんだ、たまのやつ発情期か?」
ばりっ!!
「いてっ!!」
「にゃににゃなーにゃにゃいにゃなにゃなにゃみゃな!!」
「デリカシーのない言い方するなって怒ってるわ。」
「もう、だめだよ耕一お兄ちゃん、レディに対して。」
「レ、レディ?・・・ねぇ・・・・」
「にゃんにゃ?!」
「い、いえ、失礼致しましたぁ・・・」
なにやら少し納得しにくいものはあったが、分が悪いようなので耕一は黙って引き下がることにした。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「なあルミラ、それホントに食えるのか?」
ルミラが採集している、やたら毒々しい「いかにも」なきのこを見て、耕一が尋ねる。
「あ、これ?食べられないわよ、毒じゃないけど。」
「食えんもんとってどーすんだ?」
「これは食べるんじゃなくて、麻酔用に精製するためにメイフィアに頼まれたの。」
「へ、へえ・・・・・」
こういうことを知ってしまうと、ますます保健室に行きにくくなる。
「・・・たまさん・・・これ、何?」
「にゃ?にゃなにゃ、にゃにゃにゃにゃな。みゃにゃーみゃなにゃにゃにゃ、にゃなみにゃにゃにみゃにゃにゃ。」
「ふうん。バター炒めとかお吸い物・・・おいしそう・・・」
「・・・・楓。あなた、たまさんの言葉わかるの?」
「当然。」
ならたけをせっせと摘み取りながら、愚問ともいいたげに返答する楓。
「ルミラ先生、これは?」
少し離れていた初音が、駆け戻ってきて嬉しそうにルミラに植物を見せる。
「それはギョウジャニンニク。北海道の方ではアイヌネギともいうわね。ニラとおんなじ感覚で料理に使えるわよ。」
「うん、そんな感じの匂いがする。あっちにもいっぱいあったよ。」
「あ、でも採っていいのは、葉っぱが2枚のだけよ。」
「どうして?」
「いっぺんに全部採ると、来年なくなっちゃうでしょ。この植物は花を咲かせるまでに何年もかかるの。
葉っぱが1枚のは今年出たばかりの赤ちゃん。3枚以上のは今年以降に花をつけて繁殖する個体だから、
残しておけば来年もまた増えるわ。」
「来年って言うけど、既に季節感がむちゃくちゃだぞ。」
ガイドブックの「各山菜の旬の時期」のページを見ながら、耕一が苦笑する。彼らの足元には、秋のキノコと
春の山菜がごちゃ混ぜにはえているのだ。
「必要以上に採らないのが、山菜取りのマナーであり王道なの。それに、山菜取りというのは質のいいのを
選んで少量、というのが趣というものなのよ。」
「その方が高値で売れるし」と心の中で付け足して、ルミラは伝える必要のある部分だけを初音に語った。
必要以上にしゃべらないのが、大人のマナーであり王道だからだ。
「うん、解った!!ねぇ耕一お兄ちゃん、一緒に採りに行こうよ!!」
素直に頷くと、心底楽しそうに耕一の手をとる。どうやら初音も、野外で遊ぶのが性に合っているようだ。
2番目の姉と一番気が合うのも、そんな嗜好のせいかもしれない。
「いやあ、初音ちゃんは今日も元気だねぇ。」
やたら爺くさい口調で、耕一が初音の頭をなでる。あまり女子高生に対してするしぐさではないかもしれないが、
初音の笑顔を見ると耕一は条件反射的に頭を撫でてしまうのだ。
「もう、耕一お兄ちゃんったら最近おじさんくさいことばっかり言うんだから。」
「え、そうかな?」
「うん。なんだか、最近ますますおじさんそっくり!」
「ええっ!?そ、そんなことないだろ?」
「ううん、そんなことあるよ!」
(お、俺があのおやじに似てるって・・・・そんな・・・・そんな・・・・)
初音の無邪気な言葉は耕一の「ちょっぴり複雑な男心」を傷つけたようだが、無論、初音は純粋に、叔父の
面影を感じさせる耕一の仕草を喜んでいるのである。故に、耕一の複雑な心情を理解することはかなわなかった。
このときの耕一の心情に関しては、頑なに親に似ていることを認めたがらない神岸校長の長女や、来栖川
エレクトロニクスの藤井氏の長男あたりに尋ねると、興味深い反応が得られるかもしれない。
閑話休題。
「耕一お兄ちゃん、こっちこっち!!」
「はいはい。」
子供のように手をひく初音に苦笑しつつ、耕一も林の奥へと歩を進める。
「二人とも、目の届く範囲にいてね~。マンティコアが出るかもしれないから。」
「にゃ?にゃにゃ!」
耕一と初音についていくようにたまにさりげなく合図を送ると、ルミラは足元に生えている薬草の選別作業を
再開した。千鶴・梓・楓の3人は、のんびりと高台で景色を眺めている。午後最後の授業も終わりが近づき、
空の色もかすかに夕暮れの兆しを見せ始めていた。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「・・・・ま、こんぐらいありゃ十分だよな。」
片手に軽く収まる分だけ山菜を摘み取って、耕一は顔を上げた。初音とたまは少し離れたところで、
屈みこんで何かを見つめている。
「初音ちゃん、なんか見っけたの?」
「あ、お兄ちゃん。このきのこなんだけど・・・」
初音は、耕一に丸くて白いきのこを差し出す。
「ふうん・・・いいにおいがするな。たま、これなんだか解かるか?」
「にゃ。」
たまは初音が覗き込んでいた冊子のページをぺらぺらとめくると、「魔界産のキノコ」の分類項目のページを開き、
二人に示した。見開きページには、初音の持っているキノコとそっくりな白くて丸いキノコの写真が2つ並んでいる。
「・・・・・これか?」
「2種類載ってるね。どっちもそっくりだけど。」
初音の言うとおり、冊子には「識別の難しいよく似たキノコ」として、2つのキノコが並べて記載されていた。
「えっと・・・どっちも食べられるキノコみたい。炊き込み御飯や、鍋物にするといいって。」
「なあ、たま、このキノコはどっちなんだ?」
耕一が再度尋ねるが、たまはルミラのまねをして人差し指をちっちっと振ると、ぴっと冊子の識別方法の
項目を指し示す。
「なんだよ・・・自分たちで当ててみろってか?」
「にゃん。」
こっくりと頷くたま。
「・・・・・・・・ま、どっちにしろ食べられるんなら、見分けらんなくてもいっか。」
「にゃにゃみゃ!!にゃんにゃにゃにゃにゃにゃにゃ!!」
可愛げのないことをいう男子生徒に、たま教諭が猫語で注意する。どーも、ちゃんと見分けるように言って
いるらしい。初音はくすくす笑ってから、冊子の識別方法の欄を読み始めた。
「ええと・・・かたっぽが、「レタルカルシ」。食用。魔界以外でも、人界のブナ林などの林床に生育することが
ある。香りが強く、やわらかいため生でも食べられる。ヌプルカルシによく似るが、判別法は・・・」
「どれどれ。」
初音の音読の途中で、耕一が控えめにひとかけらかじってみる。
「あ!ちょ、ちょっと待って、耕一お兄ちゃん!!」
「ん~~、あんまし美味くないな。っていうか味がしな・・・い・・・・・・」
「フォルクロウ゛アルヒルキルルリレアアアアアッ!!!!!」
3秒間のフリーズ後。
味蕾細胞に直撃した強烈な刺激に、耕一は「悲鳴」というのもおこがましいような音を発してのた打ち回った。
「な、なになに!?なしたの!?」
「耕一さん、どうしたんですか!」
「耕一!しっかりしろっ!!」
耕一の奇声に驚いて、ルミラや千鶴たちが駆けつける。
見ると、涙目でおろおろしている初音のそばで、耕一が必死につばを吐いているところだった。
「・・・・耕一さん、お茶です・・・・」
非常に冷静に、楓が水筒の麦茶を差し出す。甘くすら感じる麦茶で必死にうがいをして、耕一はやっと
よろよろと立ち上がった。
「いったいどうしたの?何があったのよ?」
「に、にはい・・・むちゃくちゃ苦い・・・・」
ルミラの問いにそれだけ言って、耕一は手の中にあるかじりかけのキノコをルミラに見せる。
「ぷっ!・・・ひょっとして、レタルカルシと間違えて、ヌプルカルシかじったの?ヌプルカルシは生だと苦くて
とても食べられないから、1時間くらいお湯であくぬきがいるってちゃんと書いといたじゃない。」
あきれ半分、こらえ笑い半分でルミラが言う。
「食べて判別するなんて、一番やっちゃいけないことよ。そりゃあ、あんただったら滅多なことじゃ死にゃ
しないだろうけど。」
「いや・・・面目ない。どっちも食用って書いてあったもんだから、つい無警戒に・・・」
と、そこまで言って、耕一はふとあることに気が付く。そう、そもそもどっちか確かめようとしたのは・・・
「にゃは、にゃひゃひゃひゃ、にゃあにゃあみゃは、みゃははひゃひゃ!!。」
「こ、このくそ猫、はめやがったな・・・・」
後ろで笑い転げているたまを見て、他の者も苦笑する。一瞬、例のきのこをたまの口にねじ込もうかとも
思ったが、まんまと醜態をさらしてしまった手前、耕一もあまり強気には出られないようだ。
「くっそー・・・我ながら情けない・・・。」
「まー、いい経験になったでしょ。だいじょぶよ、苦いけど全然体に害はないから。それに、煮込めばより香りも
増して、すっごくおいしくなるのよ。食用としてよりむしろ薬品の原料としての方が一般的なんだけどね。」
「そりゃ、苦いはずだな・・・」
「耕一お兄ちゃん、大丈夫?」
「え、ああ、もう平気・・・・」
心配そうに耕一の顔を覗き込む初音の頭をいつものように撫でようとして、ふと、耕一の手が止まった。
そのまま、じっと初音の目を見つめる。
ちゅ。
「わ。ど、どうしたのお兄ちゃん?」
「え?あ・・・あれ?いや、その、なんか自然と・・・。」
いきなりおでこにキスされて、きょとんとしている初音。一方、耕一のほうも自分でキスしておきながら、
いまいち状況がつかめていないようだ。
「え、えっと・・・耕一お兄ちゃん・・・その、ちょっと恥ずかしいんだけど・・・・」
「へ?なに?あ・・・・」
一瞬ボーっとしていた耕一が気が付くと、耕一は初音をしっかりと抱きしめていた。慌てて初音を開放するが、
テレテレと真っ赤になっている初音を見ると、また自然に頭を撫でてしまう。
「耕一・・・・何やってんだよ、さっきから・・・・」
「いや・・・別に意識した行動ではないんだが・・・・なんか、自然とこう、体が・・・・」
戸惑い気味に梓に答える耕一。要領を得ない耕一に代わって、笑いながらルミラが解説する。
「ヌプルカルシは、主に薬剤用に使われるってさっき言ったでしょ?このキノコにはね、滋養強壮や疲労回復に
よく効く栄養剤としての効果のほかに、副交感神経の活性を促す効果があるの。」
「・・・?つまり、どういうことですか?」
よく意味がわからない一同を代表して、千鶴が尋ねる。
「そのキノコが持つ魔法の効果でね、食べた人はしばらく精神が落ち着いて、すっかりリラックスした状態に
なれるのよ。大雑把に言うと精神安定剤ね。だから普段なら理性とか他人の目とか気にして抑えているような
行動でも、深層心理に素直になって自然にとってしまったりするし、普段なら決して話さないような本音もすぐ
話しちゃったりするわけ。天界なんかだと、このキノコの成分を濃縮して自白剤なんかにも応用してるらしいわよ。」
「じゃあ、お兄ちゃんがキスしてくれたのって・・・・・・」
「そ。すべては、深層心理の現れよんゥま、生で一口食べただけだから、すぐに効果は切れるだろうけどね。」
「なるほど・・・それでか。」
「耕一・・・・ひょっとしてあんた、普段から、初音見るたんびにそんなことばっか考えてんのか?」
「な、なんだよ梓、しょうがないだろ。キノコのせいなんだから。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・ロリコン。」
「違うって!!」
「まー普通、こんな可愛いフィアンセに潤んだ瞳で見つめられたら、おでこにキスのひとつもしたくなるわよね~♪」
冷やかし気味に言って梓と耕一の間に割り込むと、ルミラはすばやく艶かしい視線を耕一に贈る。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あれ?『ちゅっゥ』は?」
「するかあっ!!」
竜巻のごとく襲いかかった梓のつっこみだったが、ルミラは事も無げにかわすと、ひらひら手を振って見せる。
「うーん残念!おでこと言わず、首筋に熱い口付けをお返ししてあげたのにゥ」
冗談なのか本気なのかわからない発言をする。冗談なのか本気なのかはわからないが、いずれにしてもルミラ
の行動は非常に素直な思考に基づいているようだ。
「てめー、また臆面もなくあたしの耕一に・・・・」
「やん♪怒んないでよ。それより梓ちゃんも早くしないと、効き目が切れちゃうわよんゥ」
「だあああっ!!いちいちゥマーク振りまきながら、訳わかんない事言うなっ!!」
「だって・・・・ほら。」
意味ありげに背後を指差すルミラ。まだ怖い顔をして梓が振り返ると・・・・
そこは既に、異空間だった。
「・・・・耕一さん・・・・」
「ち、千鶴さん・・・・」
しっとりとした雰囲気の中に微かな妖艶さが漂う千鶴の視線が、耕一の脳裏に浸透していく。
すっと耕一の胸元に近付き、潤んだ瞳は逸らさぬままに、そっと耕一の頬に手を添える。決して直接耕一
には触れず、ただ、千鶴の掌から伝わった空気のぬくもりのみが、耕一の頬を伝わる・・・・
「・・・・・・・・・・・千鶴さんっ!・・・・・・・・・・」
「・・・・・・んゥ・・・・・・・・・・んんっ・・・・・・・・」
「だあああっっ!!千鶴姉っ!こんな人前で何やってんだよはしたない!!」
「耕一お兄ちゃんずるい!!なんでわたしはおでこで、千鶴お姉ちゃんは唇なの!」
「い、いや、なんでっていわれても・・・・」
「ふふふ、初音。それが、大人の魅力というものよ♪」
「ずるいずるい!!耕一お兄ちゃん、わたしももっかい!!」
「初音まで!もう二人とも、別にダメとは言わないけど、そーゆーのはTPOをわきまえて・・・」
「あー、私たちの事なら気にしないで、そのまま続けてくれていいわよん。混ぜてくれてもいいけどゥ」
「混ぜるかっ!!」
活発で男勝りな梓だが、恋愛に関しては基本的に古風な考え方を持っている。故に、家族が人前で
抱き合ったりキスしたりというのは、自分のことのように恥ずかしいらしい。まあ、たんに、そういった行動に
出られない自分が歯痒くて、照れ隠ししてるだけなのかもしれないが。
「まったく千鶴姉は・・・・ほらほら、もうそろそろ寮に帰るよ!」
「何よ・・・・いいじゃない。いまさらちょっとぐらい。」
「抱き合ってキスするのはちょっとのうちに入らないだろ!!そんなことしてる内にずるずると流されて、耕一の要求も
どんどんエスカレートして、終いに千堂家の「み」で始まって「き」で終わる人みたくなっちゃってもいいのかよ!?
後戻りできなくなるんだぞ!」
「ちょ、ちょっと待て梓!それはオレに対して失礼だぞ!!俺は決して奴みたいなマニアックな性癖は・・・・」
耕一の方がよっぽど失礼である。
「だいたい耕一も!!いつまで千鶴姉に抱きついてんの!!」
「い、いや、だってきのこが・・・」
「・・・・・・・・・・耕一。ほんとにきのこのせいなのか?」
「なっ・・・・・・そ、そんなこと疑うなんて反則だぞ梓!」
「どーだか・・・・」
やたら焦った口調で弁解する耕一をジト目で見つめつつ、梓は、溜息をつく。
「まあ、どっちでもいいじゃない梓。らしくないこと言ってないで、あなたもこっち来なさい。」
「馬鹿言うな!あたしは千鶴姉と違って分別ある大人だっ!!」
「またそんなこといって、ほんとは羨ましいくせに・・・素直じゃないんだから♪」
「あたしは素直だし羨ましくもない・・・・!・・・・いや、その、たとえ羨ましくてもあたしは時と場所はきちんと
選ぶわけで、そーゆーのは帰ってからというかあたしの部屋でというかあたしの布団でというか・・・・」
「・・・・・・・・あなた、よく人のことはしたないとか言えるわね・・・・・」
目を点にして、千鶴がつぶやく。
「な、何でもいいから千鶴姉はいいかげん耕一から離れる!!楓も後ろに並ばない!」
「・・・・・・・だって・・・・」
「・・・・・・・だっては無用!!」
千鶴の後ろで控えめに順番待ちをしていた楓の襟首を猫のようにつかむと、梓はいろんな理由で顔を
真っ赤にしてあっちに行ってしまった。
「照れ屋さんよね~~」
おかしくてたまらないといった感じでルミラが言う。
「まあ、あいつは普段はあんな感じが普通ですから・・・・」
「あら、じゃあ耕一さんと二人っきりのときはどうなんですか?」
「・・・・・え?・・・・そりゃあ・・・・その・・・・」
「・・・・・やっぱり、きのこの効き目はもう切れてるんですね?」
自白せずにごまかそうとする耕一に、千鶴はにこっと笑って鋭い指摘をする。
「うっ!!・・・・・・・・ずるいよ、千鶴さん。」
頭をかく耕一にちょっと苦笑した千鶴だったが、不意に何か思いついたらしく、そっとかがみこんで
初音を手招きした。
「初音、初音。」
「?何、千鶴お姉ちゃん。」
「あのね・・・・(ひそひそ)。」
なにやら初音に耳打ちすると、千鶴は足元に生えているヌプルカルシを数本引き抜いて、初音の
持っているビニール袋に入れた。ふたり顔を見合わせ、にっこりと笑う。
「?どうしたの?ふたりとも。」
「「なんでもないでーす!」」
不思議そうに見つめる耕一に声を合わせてそういって、千鶴と初音はまたくすくすと笑いあった。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
その日の夜。
梓が腕を振るった山菜料理ときのこ料理を囲んだ柏木家の夕食は、いつもとちょっと雰囲気が違っていた。
「ん~~こういちぃ~~」
「あ、梓・・・・どうしたんだよお前、酒でも呑んだのか?」
さきほどからぴったり耕一に寄り添って幸せそうにしている梓。ちなみに耕一はまだ自分の箸に手をつけて
いない。食事は全て、梓によって口に運ばれている。
「呑んでないよ・・・至って、し・ら・ふゥ」
「スッタッカートで言うな・・・」
「あ、待った耕一。動いちゃダメ。」
「へ?」
ちゅっ
「へへ、米粒ついたぜ。」
「あ、あのなあ・・・・」
「ちょ、ちょっと梓、あなたね・・・」
さすがに千鶴が口をはさもうとするが、もはや今の梓を止められるものはいない。
「何だよ千鶴姉。今は家族の団欒なんだから別にいいだろ?それに、千鶴姉は昼間にもうたっぷり
甘えたんだから、今度はあたしの番!な、耕一ゥ」
そう言って、耕一の胸元にほお擦りする。
(こ、これほどとは思わなかったわ・・・・梓ったら・・・・普段、随分我慢してるのね・・・)
予想以上の梓の反応に、千鶴も絶句するしかない。
「耕一、今夜はお酒も呑むだろ?明日休みだし。」
「あ、ああ、じゃあもらおうかな。」
お銚子を掲げる梓に、耕一は御猪口を差し出す。だが梓は耕一に酌はせず、手酌でもうひとつの
お猪口に日本酒を満たすと、自らすっと口に含んで耕一に向き直った。
「ん。」
「へ?・・・・・・・」
「ん~ゥ」
「い、いや、いくらなんでもそれはちょっと・・・・」
「ん~~~」
「わ、わかったって・・・・」
観念して、梓の口から直接晩酌を受ける。
「ん・・・・んく・・・・・・こく・・・・うくゅ・・・・・・・・」
家族団欒の居間に出現した亜空間から発生する、ピンクのオーラの直撃を受けて、千鶴も楓も完全に
硬直している。初音に至ってはほとんど茹で上がっていた。
「あ、梓・・・・」
「耕一・・・・・」
そのまま、耕一の首筋に顔を埋め・・・・つ・・・と唇をずらして耳元にささやく。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・え・・・・・・・・・・い、今から?」
こくん
「・・・・・・・・・・・・・・今すぐ・・・・・・・・?」
こくこく
「い、いや、その・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・してあげるから・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・な?」
「あ、ああ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
大人のないしょ話がまとまったらしく、耕一はそっと梓を抱き上げると、「ご、ごちそうさま・・・いただきます・・・」
とかなんとか呟いて、自室へと退出していった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・あ、梓お姉ちゃんも・・・・たまにはこういう日が必要だよね・・・・」
意外にも、彎曲空間の影響から最初に開放されたのは初音であった。
「・・・・・でも・・・・・二人っきりのときは、案外いつもあんななのかも。」
楓が、煮詰りつつある鍋に再び箸をのばしながら言う。
「千鶴お姉ちゃん・・・ひょっとして、きのこなんかいらなかったのかもね。」
「・・・・・・・・そうね。」
初音が千鶴に言われてこっそり作ったヌプルカルシ入りの炊き込みご飯は、梓の茶碗のみに盛られたの
だが・・・・見識ある柏木家長女も、次女があんなに甘えっ娘だとは知らなかったのだ。気を利かせたつもりが、
思いっきり、これでもかというぐらいあてられてしまった。
「・・・・・・・・・・・・もう。・・・・・・・梓ったら、今夜は私の番だったのに・・・・」
「・・・・・・・・今から行って、混ぜてもらえば?」
ぺちっと楓の頭を軽くはたくと、千鶴はひとつ咳払いをして、静かに食事を再開した。
(梓お姉ちゃんは・・・・普段はいつもどおりでいるのが、バランス取れてるのかなあ・・・?)
食後のお茶を淹れながら、そんなことを思う4女であった。
ほのぼの感とのバランスが崩れないよう極力直接的な表現を避け、一見大したことなさそうな描写を
使って最大限の艶かしさを感じられるような文章になるよう心がけました。後は、
「想像力と妄想力を駆使して行間を埋めるのが大好きな」読者の皆さんに、・・・の部分をうんと深読みして、
好きなように後日談のイメージを膨らませていただければ幸いです。
反省としては、もうちょっと短く簡潔に作品をまとめる事を心がけなくてはいけないですね(^^;;