『お買い物の母娘』



「ねえねえ、あかり。お母さん、これにしようかと思うんだけどどうかしら? グッとくるでしょ♪」

 お母さんのその言葉、そして手にした物に、わたしは何度目かも知れないため息を零した。
 今、わたしたちがいるのはデパートの下着売り場。
 お母さんに誘われて一緒にお買い物に来たのだけど……ちょっぴり……もとい、激しく後悔中。
 ちなみにお母さんが持っているのは、とても言葉では言い表せられないような……謎の物体。それって下着? 紐?

「一応訊くけど……そんなの買ってどうするの?」

「決まってるじゃない。愛するダーリンを誘惑して悩殺しちゃうのよ。の・う・さ・つ♪」

 はー、そーですかー。ゆーわくでのーさつですかー。すごいですねー。
 どうでもいいけど、公衆の面前でそういう事を言うのは止めて欲しい。自分で尋ねておいてなんだけど。
 っていうか、本気で着るつもりなの? その紐を?
 お母さん、年齢を考えた方がいいんじゃないかと……

「あかりん♪ なにか、今、すっごーく失礼な事を考えてないかしら?」

「っ!? そ、そそ、そんなことないよ! 滅相もないです、はい」

 す、するどゐ。

「……あ、そ。なら、いいんだけど」

 お母さんのニッコリとした笑顔が……妙に怖ひ。

「え、えっと……その……か、買うの、決まったんだよね? ね? それなら早く会計を済ませちゃおうよ。わたし、他にも見たいのがあるし。秋物のブラウスとか」

 頬に冷たい汗が流れるのを感じつつ、わたしは強引に話題を転換。

「なに言ってるの。まだ、ここでの買い物は済んでないわよ。だって、あかりんのを選んでないじゃない」

 しかし、お母さんにアッサリと一刀両断されてしまう。加えて、聞き捨てならない一言が。

「わたしの?」

「ええ、あかりんのよ。あかりんも年頃なんだから、いつまでもクマさんパンツなんかじゃなくて、こういうのも穿かないと。ねえ、あかりん」

 言いつつ、手にした紐をわたしの目の前でヒラヒラと。

「穿かないってば。わたし、そんなのイヤだからね。――あと、お願いだから『あかりん』を連呼するのはやめてくれない? 無性に恥ずかしいんだけど」

 自分で冗談半分に言うのは構わないんだけど、他者に言われるのはちょっぴし辛い。

「えー?」

「えー、じゃなくて」

「……でもでもぉ、あかりんは、やっぱり小さい頃からずっとあかりんだし、これからだってずっとひかりんにとってのあかりんはあかりんだし、できればこのまま、ずっとあかりんのままがいいかなって……」

 うわっ。な、なんだろ。強烈なデジャヴが。
 なんとなくだけど、今更になって浩之ちゃんが『浩之ちゃん』と呼ばれるのを嫌がっていた気持ちが理解できた気がする。
 ごめんね、浩之ちゃん。……直す気はないけど。

「というワケなので、これからもあかりんでオッケー♪」

 なんか、なし崩し的にオッケーされてますよ? 有無を言わせずに。

「――と、話が纏まったところで……こんなのはどうかしら?」

 罪の無い笑顔でそう宣うと、いつの間に物色していたのか、お母さんはわたしの眼前に下着を差し出してきた。

「全然纏まってない気がするんだけど……って、なにこれ?」

「あかりんに似合うかなぁと思った下着」

 これが? わたしに似合う? この異様に布面積の少ない物が? お母さんが選んだ下着より、更に紐っぽいのが?

「本気で言ってる?」

「もちろん大マジ。あかりんだって、たまにはこういうのを穿かなきゃ。そして、浩之くんに迫っちゃいなさい。そしたら、きっと一晩中凄い事になっちゃって見事に御懐妊よ、キャー♪」

 ……いや、あの、キャーとか言われましても。

「尤も、こんなの穿かなくても、あかりんと浩之くんのことだから、今でも充分に凄いんでしょうけどねぇ。やーん、あかりんのえっちっちぃ」

 ……どうしろと? この状況、わたしにいったいどうしろと?
 楽しそうに危険発言を繰り返すお母さん。公共の場。他にもお客さんがいっぱい。店員さんもいっぱい。
 となれば、必然的に視線が集まってくるわけで。好奇や奇異やその他諸々の感情の込められた視線が。
 何と言うか……すっごく、痛い。そして、切ない。

「あっ、見て見て、あかり。これなんかも良いと思わない? あかりんがこんなの着たら、浩之くん、きっと普段以上に盛り上がっちゃうわよ。あら、こっちのも良いわねぇ。でも、こっちのも捨てがたいわ。浩之くん、朝までノンストップって感じ? ――訂正。今でも既に朝までだから、正しくは昼までノンストップね」

 そんなわたしの気持ちを知ってか知らずか、嬉々として物色を続けるお母さん。相変わらずデンジャラスな事を言いながら。
 その様を見て、思わず心の中で滂沱の涙を零してしまうわたしであった。

「しくしく。帰して。お願いだから、もうお家に帰して」










<おわり>










( 余談 )

 ――十数年後――

「ねえねえ、ゆかり。お母さん、これにしようかと思うんだけどどうかしら? グッとくるでしょ♪」

「なにソレ? 紐? 一応訊くけど……そんなの買ってどうするの?」

「決まってるじゃない。愛する浩之ちゃんを誘惑して悩殺しちゃうのよ。の・う・さ・つ♪」

「はー、そーですかー。ゆーわくでのーさつですかー。すごいですねー」

 血は争えなかったり。

 歴史は繰り返す。