『わたしの夢は』
いつものメンバーでのんびりと過ごす昼休み。
ふとしたことから、皆は将来の夢について語り合っていた。
「あたしは世界を股に掛ける国際派のジャーナリストになるわ。あたしの情報収集能力を考えたら当然よね。目指せ、ピューリッツァ賞よ♪」
「国際派のジャーナリスト、ねぇ。デマ専門の三流ゴシップ記者が関の山なんじゃねーのか? 現実味の欠片もねーな。つーか、お前なんかがピューリッツァ賞を口にするな。天国のジョセフ・ピューリッツァが泣くぞ」
瞳を輝かせて、夢見る表情で志保が言う。それに、浩之が大袈裟に肩を竦めて茶々を入れた。
「うっさいわね! だったら、あんたはどうなのよ。人の事をそう言うからには、ヒロは随分と現実的な夢をお持ちなんでしょうねぇ」
剣呑さを滲ませた口調で、志保が浩之にガルルと噛みつく。
「俺か? 俺の夢はエクストリームの世界でナンバーワンになることだな。不動のチャンピオンを目指すぜ」
頭の後ろで手を組んで、浩之がニヤニヤとした笑みを浮かべて冗談めかして答えた。
それを聞いて、「あたしは真面目に聞いてるのよ!」と言い返そうとする志保。
だが、志保よりも先に、浩之の言葉に反応を示した者がいた。
「センパイなら叶えられますよ! 絶対にチャンピオンになれます! あたし、応援します! 出来る限りのお手伝いもします!」
葵だった。
彼女は浩之のセリフを素直に受け止めていた。全く疑っていなかった。
そして、その『夢』の成就を心から信じていた。
「う゛」
汚れのない信頼に満ちた目を向けられ、浩之は『冗談だよ』とは言い出せなくなってしまった。
「浩之ぃ。男だったら自分の発言には責任を持たないとねぇ」
窮している浩之に、綾香が面白そうに笑いながら追い打ちを掛ける。
「頑張ってねぇ~。愛する彼女の期待を裏切っちゃダメよぉ~」
更に志保がトドメ。反撃することが出来て実に嬉しそうだ。溢れんばかりの笑顔になっている。
「う゛う゛」
何も言い返せずに、ガックリと肩を落とす浩之。
その様子を、
「あれ? わたし、なにか変なこと言いました?」
葵が不思議そうな顔をして眺めていた。
―――ちなみに、後に浩之はこの時の発言の責任をしっかりと取ることになるのだが……それはまた別の話。
「垣本はなにか考えてる?」
浩之をフォローするためか、場の空気を変えるように雅史が垣本に話を振った。さすがは気配りの人である。
「俺? まあ、一応ね」
「Jリーグ、とか?」
続けて雅史が尋ねる。
「ああ。挑んでみたいと思ってる。ダメでもともと、当たって砕けろさ」
頷いて、垣本がハッキリと意志を表明する。
その解答を受けて雅史が……そして、横で聞いていた吉井が満足気に微笑んだ。
「佐藤は? お前はどうするんだ?」
「僕も垣本と同じだよ。プロに挑戦してみたいと思う」
垣本の問いに、雅史が穏やかな笑みを浮かべて答える。
「一試合でもいいから、日本代表としてピッチに立ってみたいんだ。まあ、実現は難しいし、たぶん僕では無理だろうけどね」
言って、雅史は頭を掻いた。
そんな雅史に、彼の真向かいに座っていた矢島が説いた。
「なにを言ってるんだ、佐藤。無理かどうかはやってみなければ分からないぞ。夢ってのはな、諦めた時点でダメになるように出来てるんだ。本気で叶えたいのだったら、自分から道を閉ざしちゃいけない」
―――と、言い聞かせるように。
それを耳にして、周囲の者がざわめく。
いろいろな驚きの声が出たが、簡単にまとめると『あの矢島がまともなことを言ってる!』である。
皆が、感心したような見直したような顔になった。
「ちなみに、俺の夢はNBAの選手になることだ。俺はバスケで世界を取ってやるぜ」
立ち上がって力強く宣言する矢島。
一同の口から『おおーっ』というどよめきが起こる。マルチや森本などはパチパチと拍手すら送っていた。
「声援ありがとう、おぜうさん方」
気をよくした矢島が更に言葉を続ける。
「俺はゴールデンルーキーとして一年目から大活躍、ファン投票でオールスターに出るくらいのスターになるんだ。結果、俺のスーパープレーに魅了される女性ファンが続出。俺のロッカーは愛情の込められたプレゼントでいっぱいになったりするんだな。試合会場は俺目当てのファンで埋まり、俺が登場すると黄色い声援で迎えられるんだ! つまり、レディーの視線を独り占めさ! 人気者は辛いぜ! だーっはっはっは!」
矢島、調子に乗って高笑い。
周りの者が引きまくっているのにもお構いなし。既に自分だけの世界に突入していた。
やんやんやんbyやじまん、と言ったところか。もっとも、本家とは違って愛らしさは皆無だったが。
「ふぅ……所詮は矢島君か。ちょっとでも見直して損した。さっきのは無かったことにしよう」
深いため息と共に零す岡田の一言が、皆の心境を見事なまでに代弁していた。
「わたしは~矢島君のこういうとこ、嫌いじゃないよ~。面白いし~」
理解を示す稀少者もいることにはいたが。
「えっと……マルチちゃんは何か夢がありますか?」
コホンと一回小さく咳払いしてから、芹香がマルチに問い掛けた。
一番場を和ませてくれそうな人物に話を振ったのは芹香の心遣いだろう。
「夢ですかぁ? わたしの夢はですねぇ、なんの被害も出さずにお料理を完成させることですぅ」
ニコニコと笑ってマルチが答える。
(それってちょっと違う。夢は夢でも『将来の夢』じゃないし。てか、被害って何よ)
心の中でツッコミを入れるが、マルチの邪気のないスマイルに負けて口に出せない一同であった。
ただ、あかり・セリオ・葵・琴音の四人は何かしら思い当たることがあるのか、微妙に引き攣らせた苦々しい笑みを顔に貼り付けていた。
台所を城としている者にとっては、きっと洒落にならないことをしているのであろう、マルチは。
取り敢えず、和ませ失敗。
「な、なるほど。非常にマルチさんらしい夢ですね」
「えへへ~。セリオさん、ありがとうございますぅ。セリオさんはなにかありますかぁ?」
楽しげにマルチが尋ねる。セリオの言葉に含まれた微かな棘には全く気付かなかったらしい。
「……ま、いいですけど。わたしの夢ですか? そうですねぇ。将来の夢ってわけではないですけど、一つ、是が非でも叶えたいものがあります」
「是が非でも叶えたいもの? なに? なんなの?」
興味を惹かれたように理緒が訊いた。
「一度でいいですから、浩之さんよりも『長持ち』してみたいです。夜の主導権を握ってみたいです」
どキッパリと答えるセリオ。
「ぅおい! なんだよそりゃ!」
恥ずかしげもなく出された、明るい陽射しにそぐわないセリフに浩之が慌てた。
しかし、この場でオタオタしたのは彼だけだった。
「同感や。それはわたしにとっても夢やな」
「アタシもヒロユキよりも長持ちしてみたいヨ」
「夜の主導権!? 浩之ちゃん相手に!? そんなの厳しすぎるよぉ」
「まったくです。少なくとも、綾香ちゃんでは絶対に達成が無理な夢ですね」
「そ、そんなことないわよ。あたしが本気出せば浩之なんて」
「……ふっ」
「琴音……鼻で笑わないでよ」
なぜなら、皆がセリオの言葉を普通に受け入れていたから。
「打倒ヒロ? 随分と実現の難しそうな夢を持ってるのねぇ」
「み~ん~な~、がんばってね~」
しかも、藤田家一同のみならず、志保や雅史、岡田たちまで。
今更、この程度で動揺したり恥ずかしがったりしていては浩之たちの友人は務まらないといったところか。
「お、お前らなぁ。なんでマジになって話し合ってるんだ? サラッと流せよ、こんなネタ」
「なに言ってるのですか。わたしたちにとっては大きな問題ですよ。おざなりになど出来ません」
浩之のぼやきにセリオが真面目な顔をして返した。
他の面々も『うんうん』と首肯する。
「そ、そうか」
迫力に押され、思わず後ずさってしまう浩之。
そんな浩之を後目に、どんどんと議論をヒートアップさせていくあかりたち。
そして、同情したり応援したり煽ったりする志保たち。
どうやら、皆にとっては、将来の夢よりも余程関心が大きい様子だった。
「でもなぁ、だからってそんなに真剣に意見を交換し合わなくても。やっぱ、納得いかないぞ。別に俺だって底なしってわけじゃないんだし。ただ、他の人に比べてほんのちょーっと強いだけで……」
不服そうにブツブツと浩之がつぶやく。
だが、それに応えてくれる者は一人としていなかった。
余談だが、
「俺の試合を見て、とある女性が俺に一目惚れしちゃったりするんだな、これが。で、その女性ってのが実はハリウッドの人気女優だったりするんだ。しかも、親父さんが石油王だったりして。そんなもんだから、俺様の未来はウハウハだったりするわけよ。それでもって……」
皆が議論を交わしている間も、矢島は一人で延々と熱く語り続けていた。
……が、もちろん、それに応えてくれる者は一人としていなかった。
戯けたことを宣っているが故に流されている浩之とは違い、彼の場合は、ただ単純に一同の眼中に入っていなかったからなのであるが……
どちらの立場の方がマシか、悲惨かは……この際問うまい。
< おわり >
☆ あとがき ☆
セリオが言った夢は……私が書いている以上、永遠に叶わない気が……。
だって、浩之って十人を一度に相手にしても負けないほどですし。
つーか、浩之、既に人外( ̄▽ ̄;
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