『端から見れば』
ときどき。本当にときどきだけど、火者になったことを、天文部に入ってしまったことを後悔することがある。
というか、あの二人と関わりを持ってしまったことを。
「なあ、三輪坂。帰っちまおうぜ?」
「なに言ってるのよ。ダメに決まってるでしょ。帰りたいのはわたしも同感だけど」
この日、わたしとモモちゃん、そしてセンパイと鏡花さんの合計四人で、買い出しの為に街まで繰り出していた。
主に購入している物は、スナック菓子やソフトドリンク類といったおやつ関係。建前上は『天文部としての活動で使う備品や資料を購入してくる為』となっているが、まあ、実際はこんなものである。
さて、その買い出しに出てからというもの、モモちゃんの口からは文句や不満が途切れることがなかった。気持ちは分からなくはないが。成り行き上宥め役に回ってはいるが、わたしもほぼ同意見ではあるのだから。
「だってよぉ。このままだと、下手したら俺らまで同類だと思われるぜ」
「う゛っ。そ、それはいやだねぇ」
モモちゃんの指摘に、わたしは露骨に顔を引き攣らせた。
正直、それは本気で勘弁してもらいたいところだ。
「だろ? だからさ、マジで帰っちまおうぜ」
「うーん。そうしたいのはやまやまだけど、でも、そんなことしたら後が怖いよ。特に鏡花さんが」
「後なんかどうでもいいって。俺にとって重要なのは今なんだからさ」
そう言うと、モモちゃんは嘆息しながら前方に目を向ける。
つられるようにわたしも視線を動かした。
「こら、亮! あんた、いい加減にしなさいよね!」
「ちょっと待てよ! 俺がいったい何をしたっていうんだ!?」
「他の女を見てた。あたしの目は誤魔化せないわよ」
「だーっ! なんだそりゃ!? 見てないっつーの!」
するとそこには、公衆の面前だと言うのに、恥ずかしげもなくいつものように痴話喧嘩を繰り広げているバカップル、もといセンパイと鏡花さんの姿があった。
「やれやれ。毎度のことながらあの二人は」
心底呆れたという口調でモモちゃんが愚痴を零す。
「まったくだねぇ」
わたしもコクコクと首肯して同意した。
「しっかし、センパイたちは何をやってるんだ?」
そう言った後、モモちゃんはわたしに『分かるか?』と言いたげな視線を向けてきた。
「何って、喧嘩でしょ」
至極簡潔にわたしが答える。
「いや、俺もそうだとは思うんだけどさ。でもよ、どう考えても、あれって喧嘩してる態度じゃねーよな」
前方のカップルを顎で示してモモちゃんが言う。
「まあ、ね」
その言葉に、わたしは深くうなずいた。
確かに、センパイたちはとても喧嘩しているようには見えない。会話が聞こえてくるから、辛うじてそうだと理解出来るだけだ。
「わけ分かんねーよな。どうして喧嘩してる時まで腕なんか組んでるんだか」
なぜなら、モモちゃんが言うように、センパイと鏡花さんはベッタリとくっついていたから。
どんなに穿った見方をしても、幸せいっぱいの仲の良いカップルとしか思えない。
「いいんじゃない、別に。どうせ本気で喧嘩してるわけじゃないんだろうし」
肩を竦めてモモちゃんに答える。
その言葉の正しさを証明するように、
「亮のえっち。浮気者。あたしという立派な彼女がいるのに他の女に目を奪われるなんて。あなた、最低よ」
ブツブツと文句を並べている割には、鏡花さんの顔には楽しげな笑みさえ浮かんでいた。
「あのなぁ。誤解だって。それってば完全に言い掛かりだぞ」
言葉をぶつけられている側のセンパイも同様。
単にじゃれ合っているようにしか見えない。
「あれって、センパイと鏡花さんの愛情表現なんだよ、きっと。コミュニケーションってやつ」
「傍迷惑な愛情表現だな」
ゲンナリとした顔でモモちゃんが呟く。
「ま、それは否定しないけどね」
それを聞いて、わたしは苦笑を浮かべた。
そんな会話を繰り広げているわたしたちを余所に、センパイたちの喧嘩はどんどんヒートアップしていく。
「誤解? 言い掛かり?」
鏡花さんが、目を細めてセンパイに聞き返した。
「なんだよ、その疑わしげな目は? 言っておくけど、俺は鏡花以外の娘に興味なんかないぞ」
些か不服そうな顔をしてセンパイがキッパリと口にする。
「ホントにぃ? ウソじゃないでしょうねぇ?」
それでも鏡花さんの目は変わらない。相変わらず半目、ジトーッとしている。
「当たり前だろうが。というか、俺がお前にウソを吐けるわけがないだろ。サトリの鏡花には、俺の気持ちなんか全てお見通しなんだから」
「まあ、そうなんだけどね」
センパイの指摘に、鏡花さんが軽く肩を竦めた。
「でもさ、それでもやっぱり不安を感じちゃったりするわけよ、恋する乙女としては。だから……その……ハッキリと態度や行動で示してほしいな、なんて思っちゃったりもするし。言葉や想いだけじゃなくてね。例えば……他の女は見ない、あたしだけを見つめ続けてくれる、とかさ」
「なんだそりゃ? 贅沢なやつだなぁ」
鏡花さんの要求に、センパイが文句を零す。
その声を聞いて、鏡花さんが『なによぉ? 文句あるの?』とでも言いたげに頬をプクッと膨らませた。
「わかったわかった。そんな顔するなって。鏡花の望み通り、きちんと行動で示してやるから」
そう言うと、センパイは苦笑いしながら、鏡花さんの顎にそっと手を添える。
鏡花さんは一瞬『え!?』と驚いた顔をしたが、すぐにセンパイの意図を察して目を閉じた。同時に、かかとを少し上げる。
そして、次の瞬間、センパイと鏡花さんの吐息が混ざり合い、重なった。
「センパイら、町中でなんつー事を」
「だ、大胆だね」
唐突に展開されたラブラブなシーンを目の当たりにして、モモちゃんとわたし、思わず硬直。
しかも、追い打ちを掛けるかのように、くちづけが終わった後も「これ以上の『行動』は今夜、俺の部屋でな」「……ば、ばかぁ」なんて、おっとな~な会話を繰り広げてくれたりもした。
センパイと鏡花さんのカップル、先程までも偶に視線を受けていたりしたが、今では完璧に注目の的だった。
「な、なあ、三輪坂」
「な、なに?」
「俺ら、マジで帰らねーか? もう見てらんねーよ」
モモちゃんが真面目な顔で提案してきた。
わたしは、それに反射的に頷きかけたが、
「だ、ダメだってば。帰りたいのはわたしも同じだけど」
なんとか思いとどまって、モモちゃんを宥める。
「だったらさ、せめてあの二人から少し離れようぜ。さっきも言ったけど、アレと同類だと誤解されたら堪らねーよ」
「そうだね。りょうかい」
今度は素直に受け入れた。まったく同感だったから。
そして、わたしとモモちゃんはお互いに顔を見合わせて頷き合うと、少しずつセンパイと鏡花さんから距離を取り始めた。
すると、その瞬間、
「壮一? マナちゃん? なにやってるの?」
「おい、二人共。なんでそんなに離れてるんだ?」
狙ったように、鏡花さんとセンパイから声が飛んできた。
「な、なんでタイミングよく振り返るかな、あんたらは。こっちを気にしないで、ずっと二人だけの世界を作ってればいいのによぉ」
髪の毛を掻きむしりながら、モモちゃんが不機嫌そうに苦々しく言い捨てる。
モモちゃんの気持ちは痛いほどよく分かった。
注目の的だった人物に声を掛けられる。そんな事をされればどうなるか、その結果は明白なのだから。
当然のように、四方八方から寄せられる好奇に満ちた視線。
それらを全身に浴びて、わたしとモモちゃんはこれ以上はないというくらいの深い深いため息を洩らした。
「ったく。やっぱり、さっさと帰っとくべきだった」
「そうだね。ごめん。反省してる。わたしが浅はかだった」
素直にモモちゃんの言うとおりにしておけばよかった。わたしはそんな後悔に包まれていた。
「気にすんなよ。別に三輪坂が悪いわけじゃねーんだから」
「ん、ありがと」
わたしの頭にポンと手を置いてモモちゃんが慰めてくれる。
それに、わたしは微笑を浮かべて応えた。モモちゃんの手から伝わってくる温かさが妙に心地よかった。
「ちょっと、壮一にマナちゃん。なーにイチャイチャしてるのよ。公衆の面前で恥ずかしくないの?」
そんなわたしたちを、鏡花さんが大きな声でからかう。センパイもこちらをニヤニヤした顔で眺めていた。
「姉ちゃんたちには言われたくねーよ!」
「鏡花さんたちには言われたくありません!」
モモちゃんとわたしの声が綺麗に揃った。
「あーら、ナイスコンビネーションね。息がピッタリじゃない。さすがは天文部一のバカップル」
「ちょっと待てーっ! どの口が言うかーーーっ!」
「きょ、鏡花さんにバカップル扱いされるなんて。わ、わたしたちって一体……」
心からの叫びを発するモモちゃんと、鏡花さんのセリフにショックを受けるわたし。
「だってホントのことじゃない。ねぇ、亮?」
「まったくだな。鏡花の言うとおりだ」
「納得いかねぇ! 納得いかねーぞ!」
「あああああ。わたしたちって……わたしたちって……」
この後、わたしたち四人は激論を交わした。己の尊厳を賭けて。それこそ日が暮れるまで。
そんなわたしたちに、周囲から痛いほどの視線が集まったのは言うまでもない。
つまり、センパイと鏡花さんの所為で、結局はわたしたちまで晒し者にされてしまったのだ。
周りの人達は、わたしとモモちゃんのことを、きっとセンパイたちと同類だと思っていることだろう。似たような、恥ずかしいカップルだと思っているに違いない。まったくもって不本意である。
今回の件で反省し、今後は何があろうとも、センパイと鏡花さんのカップルと行動を共にするのはよそうと深ーく心に刻み込んだわたしとモモちゃんなのであった。
ときどき。本当にときどきだけど、火者になったことを、天文部に入ってしまったことを後悔することがある。
というか、あの二人と関わりを持ってしまったことを。
後日、この時の事をキララ相手に愚痴ったら、
「そんなの、どっちもどっちや。ウチに言わせてもらえば二組とも似たようなもんやし。ま、端から見たら同類やな」
と真顔で言われた。
激ショック。
< おわり >
☆ あとがき ☆
モモと真言美の二人も何気にバカップルになる要素は持っていると思います。
まあ、私が書くカップルって『バカップル』ばかりですが( ̄▽ ̄;
戻る