「いてててて。マジで痛いって! いい加減に放せよ!」
通い慣れた通学路を、左右の耳を引っ張られているという状態で歩きながら浩之が叫んだ。
「うるさい。これもお仕置きの一環なんだから我慢しなさいよね」
「……我慢して下さい」
浩之に責め苦を与えている張本人、綾香と芹香がシレッとした顔で応える。
「ま、少なくとも、学校に到着するまではこのままやな」
「仕方ないよね。お仕置きだもん」
智子とあかりがお互いの言葉に同意して『うんうん』と頷いた。
「お、お仕置きって、俺が何をしたって言うんだよ~」
トホホと言いたげな情けない顔をして浩之が抗議するが、その声は全員に黙殺された。
「やれやれ。浩之さんってば、本当に無意識に女の子を口説くんですから。油断も隙もあったものじゃないですね」
「ウンウン。ヒロユキってナチュラルなプレイボーイだよネ」
「まったくやな。しっかし、これだけの人数に囲まれていて、まだ足らんのやろうか?」
「浩之ちゃん……そうなの? 足りないの?」
「ううっ。誤解なのに……」
セリオ・レミィ・智子・あかりに言いたい放題に言われ、浩之はシクシクと涙を流していた。
「俺、何も悪いことしてないじゃないかよ。なにか? それだったら、あの状況で放っておけって言うのか? 助けなかった方が良かったのか?」
肩を落として浩之が零す。
「うーん、それもちょっと。そんなのらしくないと思うし」
口元に指を添えて理緒が首を傾げる。
「そうですね。らしくないですよね。それに、本当に勝手な言い草で申し訳ないんですけど、あの場面で手を差し伸べないようでしたら、ちょっと見損なっちゃってたかもしれませんし」
その意見に葵も同意した。
「やっぱり、浩之さんは女の人に優しくないといけませんよねぇ」
マルチも首をコクコクと縦に振って続いた。
「見捨てるなんてことしたら、それこそ本気でお仕置きですよね。滅殺しちゃいます」
そして、最後を締めるかのように、琴音がさも当然のように言い切った。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。じゃあ、俺はどうしたらいいんだ? 助けてもお仕置き、助けなくてもお仕置き。どっちにしてもアウトじゃんか」
「世の中ってのはそういうもんよ。ま、その辺は仕方ないこととして諦めてもらうしかないわねぇ」
浩之の嘆きを綾香がサラッと流す。
「なんだよそりゃ!? そんなの有りかよ~!?」
「有り。というか、あたしたちを綺麗に無視して、他の女とラブラブな空気を作り出した浩之が悪いのよ。まあ、抱き留めた所まではオッケーとしても、その後すぐに離れなかったのは大きなマイナス点よねぇ」
「……浮気はいけないと思います」
「だーかーらっ、それは誤解だって! ラブラブだの浮気だの、俺には一切そんな気はねぇっつーの!」
浩之は、その後も熱心に自分の無実を説いた。何せ、このままではお仕置き確定なのだ。従って、浩之は必死になって自分の正当性を主張した。
しかし、浩之がどんなに弁解しようと女性陣は聞く耳を持ってくれず、学校から帰った後、宣言通りに本格的なお仕置きは決行された。
……お仕置きの内容に関しては明言を避けさせていただく。凄惨すぎて、ここで語ることは憚られるため。
もっとも、
「おいおい。お前らの方が先に音を上げてどうするんだよ? ったく、情けねーなぁ」
それが浩之にとってお仕置きになったかどうかは甚だ疑問ではあるが。
「大旦那様。一つお尋ねしてもよろしいですか?」
「どうした?」
「現在、藤田様のお宅へハウスキーパーを派遣しておりますが……」
「長瀬よ」
長瀬――セバスチャン――の言葉を遮るように、来栖川翁が右手を軽く挙げた。
「はい。なんでございましょう?」
「ハウスキーパーなどという無粋な呼び方をするな。藤田君の所へ行かせているのは『来栖川メイド部隊』だ。以後、間違えぬようにな」
「……は? 来栖川メイド部隊、でございますか?」
目を点にして、セバスが確認するように聞き直した。
その問いに、「うむ」と至極簡潔に答える来栖川翁。
「何故にそのような名称をお付けになりましたので? ハウスキーパーでは何か不都合でも?」
「その方が萌えるのでな」
「も、萌える……でございますか?」
セバスが尋ねると、翁は鷹揚に頷いた。
「はあ。さようでございますか」
よく意味が分かっていない顔をしながらも、セバスは一応納得したような態度を取った。
「それはそれとしまして……ハウス……もとい、メイド部隊でございますが、何故ゆえにあのような人選となっているのでしょう? 技術よりも年齢と容姿が選抜基準となっているように見受けられますが」
「当然だ。若くて美しい者を選んでいるのだからな」
「ど、どうしてそのようなことを?」
長瀬の問いに、翁は『フッ』という笑みを洩らす。
「大旦那様?」
「知れたことよ、長瀬。全てはシナリオの為だ」
そう言って、翁は不気味とも表現できるイヤすぎる笑みを零した。
「シナリオ……でございますか?」
セバスは訊いた。シナリオという単語に一抹の不安を感じながら。
本当はあまり知りたくはなかったのだが、翁が話したがっているのが感じられたので、立場上訊かざるを得なかったのだ。
「うむ。私が発案した『適度なジェラシーは恋愛のスパイス。可愛い娘を派遣して藤田家女性陣にヤキモチを妬かせちゃおう! 愛のテコ入れ大作戦』のな」
得意満面の表情で翁が言う。
対するセバスは、口をあんぐりと開けて、見事なまでに呆然としていた。
正確には呆れ返っていた。
「やはり、恋にはある程度のトラブルが必要なもの。その為、このシナリオでは……」
手振りを交えながら翁が熱弁を振るう。
それを呆けた顔で聞きながらセバスは、
(大旦那様……ここまでお壊れに……)
心の中で慟哭していた。
(来栖川安泰の為には、一刻も早く芹香様に会長職に就いてもらう必要があるかもしれませんな)
そんなことを、半ば本気で考えてしまうセバスチャンであった。