『厳しい人』
「さて、お渡ししました資料を見ていただければお分かりになるかと思いますが……」
言いながら、私こと長瀬源五郎は、目の前に座している方々に目を向けた。
そこには、三十代半ばにして来栖川グループの会長職に就いている芹香さん、同じく社長職に就いている綾香さん。そして、秘書としてお二人をサポートする役目を担っている智子さんとセリオの姿があった。
「私の部下である藤田浩之を中心としたグループが開発しましたこちらのオペレーションシステムを用いますと、メイドロボの性能……具体的に言いますと反応速度や言語の理解スピードなどが飛躍的に上昇します」
「飛躍的? 具体的には?」
書面に目を向けたままで綾香さんが尋ねてくる。
「1.27倍といったところです。もっとも、体感的には数値以上に早く感じられるはずですけどね」
「なるほど。まずまずのアップ値ね」
私の提示したデータに、綾香さんが満足気に『うんうん』と頷いた。
「現行OSからの書き換えも容易みたいですし、コストもそんなにかからないようですし……」
「これやったら、正式採用しても問題ないんやないかな?」
セリオと智子さんの口からも好意的な意見が出てくる。
「そうね。あたしも良いと思うわ」
綾香さんはそう言うと、芹香さんの方に視線を向けた。
「姉さん、どうする?」
問い掛ける綾香さん。
「……資料を拝見しました限り、特に問題は見受けられないようですし……良いでしょう」
芹香さんが静かに、しかしハッキリとゴーサインを口にする。
「ありがとうございます」
私は深々と頭を下げた。
「それにしても、浩之ってば大したもんねぇ」
資料を見ながら、綾香さんがニコニコ顔で言う。
「こんなの作り上げちゃうなんて。やっぱ、あいつはただ者じゃないわ」
心底嬉しそうな顔の綾香さん。
智子さんとセリオも同様の表情で首肯している。
「ねえねえ、これは昇進を考えないといけないんじゃない? というか、昇進させるべきでしょう」
「そやね。今回のシステム構築は昇進及び昇給に値する実績やと思うわ」
「異議無し、です」
綾香さんの提案に智子さんとセリオが即座に同意した。
私も心の中で賛成しておく。私も、藤田君はそろそろ昇進すべきだと思う。
しかし、この場の中で、ただ一人反対意見を持っている者がいた。
「……昇進も昇給も必要ありません」
芹香さんだ。
「ちょ、ちょっと姉さん! またぁ!?」
綾香さんが驚きの声を上げる。
そう。『また』である。
芹香さんが藤田君の昇進を認めなかったのは一度や二度ではない。
来栖川グループは徹底した実力主義。実績さえあげれば年齢や勤続年数に関係なく出世できる。
そして、藤田君は今までに何度も出世に値する物を示してきた。
にも関わらず、藤田君は未だに何の役職にも就いていない。プロジェクトリーダーを務める場合もあるが、間違いなく一介の平社員である。
彼の出世は、常に芹香さんに妨げられてきた。
「あのねぇ、姉さん。この期に及んでまだそんなこと言うわけ? 浩之はこれだけの実績を出してるのよ。昇進させて然るべきでしょ」
「……必要ありません」
表情を微塵も変えずに、芹香さんが首を左右に振る。
「姉さん!」
とりつくしまのない姉の態度にカチンと来たのか、綾香さんが声を荒げた。
だが、それでも芹香さんは意見を変えない。
「この程度、浩之さんでしたら当然です。別段、誉めるようなものではありません」
「こ、この程度って……。1.27倍よ、1.27倍! 30パーセント弱の性能アップなのよ!」
「浩之さんなのですから、せめて1.5倍以上にはしてくれませんと……。30パーセントなどという数値で喜んでいられては困ります」
あまりにも無体な芹香さんの言い様。
「……鬼」
それを聞いて、綾香さんがくちびるを尖らせつつポツリとつぶやいた。
智子さんとセリオも似たような顔をしている。
おそらく、私も同様の不満気な表情を浮かべていることだろう。
「……では、新オペレーションシステムは採用、藤田浩之さんの処遇は現状維持。……それでよろしいですね」
周囲に漂った重い空気を綺麗に無視して芹香さんがキッパリと言い切った。
正直なところ、この場でその言葉に納得した者はいないだろう。
けれども、会長の決定である。従って、私たちに出来ることは、
「はい、分かりました」
異口同音にそう答え、了解することだけだった。
○ ○ ○
「―――というわけで、きみの昇進はまた流れちゃったよ。済まなかったね、力になれなくて」
私は藤田君に頭を下げた。
「はい? なんで主任が謝るんです? 気にしないで下さいよ」
私の謝罪を聞いて、藤田君は笑顔を浮かべて手をヒラヒラと振った。
「そもそも、俺は昇進も昇給も興味ないです。俺の給料を上げるくらいなら、ここの予算を上げてほしいですし」
冗談めかして言う藤田君。
「うーん、私としてもそっちの方が嬉しいかもしれないけどさぁ」
私は苦笑するしかなかった。
「それにしても、芹香会長は厳しいねぇ。藤田君に対しては本当に容赦ないよ」
「あはは、確かに要求するハードルが高いかなって感じる時はありますね。
でも、それって俺のことを期待するが故の厳しさですから、別に嫌だとか辛いだとかは思わないです」
心底そう思っているのだろう。彼の言葉には強がりが全く感じられなかった。
「まあ、会長モードに入ってる時の芹香はちょっと厳しいくらいで良いんですよ。家では俺が完全に主導権を握っていて、尚かつ厳しくしちゃったりすることもあるから、そうすることでバランスも取れますし」
頬を掻きながら藤田君が言う。
「厳しく、ねぇ」
芹香お嬢様に対する『厳しく』っていうのが何の事かいまいち理解できなかったが、あまり家庭内のことに踏み込むのも悪いかと思い、私は曖昧な返事をするに止めた。
「はい。厳しく、です」
「……はあ、厳しく、ねぇ」
○ ○ ○
その頃、会長室では……
「姉さん! 何を考えてるのよ!」
「まったくや! いくらなんでも厳しくしすぎやで」
「芹香さん……鬼ですね」
芹香が、綾香・智子・セリオの三人から叱られていた。
「……だ、だって……」
「「「だってじゃない!」」」
「……うう……」
集中砲火を浴びて身を縮ませる芹香。
胸の前で、人差し指を突っつき合わせている。
先程の毅然とした態度がウソの様だ。
「それだけ期待してるってのは分かるわ。だけどね、限度ってものがあるのよ!」
「……はい……」
綾香の叱責の声を聞きながら、芹香は『確かにちょっと厳しすぎましたね。今度また何か浩之さんが功績を残したら、その時はすぐさま昇進させてあげましょう』と心に決めるのであった。
……が……
普段は聖母のように優しい芹香も、会長モード時は――浩之限定で――限りなく厳しくなってしまう。
ちなみに、先程のような誓いは、既に芹香の中で何度も何度も何度も繰り返し行われてきたということを明記しておく。
つまり、全く守られていないわけで……
芹香の決意とは裏腹に、浩之が昇進できる日は果てしなく遠い……のかもしれない。
○ ○ ○
―――次の日
「おや? 会長はどうしました?」
室内を見回しながら私は尋ねた。
「えっと……今日はお休みなのよ」
その問いに、非常に言い辛そうに綾香さんが答える。
「昨晩、浩之さんに厳しくされてしまったもので……今日は大事をとって自宅療養です」
「芹香さん、足をガクガクさせとったもんなぁ」
どことなく遠い目をするセリオと智子さん。
それを見て、
(なるほどねぇ。厳しくってのはそういうことか)
昨日の藤田君との会話を思い出し、
(芹香会長とは対照的に藤田君はピンピンしてたし。……確かにバランスが取れてるわ、こりゃ)
私は、妙に納得してしまうであった。
「……バランス、取れてますか? 本当に? とてもそうは思えないんですけど……。浩之さんの方が絶対に厳しいです……しくしく」
< おわり >
☆ あとがき ☆
えー、普通の会社では、会長に直接資料を渡すことなど皆無です。
また、こんなすんなりとOKが出ることも滅多に無かったりします(そんなことない?)
あくまでもフィクションってことでどうか……。
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