入浴。
それは、今日一日の疲れを癒し明日への活力を築く、そんなリフレッシュタイムである。
当然、藤田家でも例外ではない。
……少なくとも、この日までは間違いなくそうだった。
そう、この日までは。
『入浴タイム』
「ふぅ。良い湯だな~っと」
広い湯船で思いっ切り身体を伸ばしながら、浩之が吐息と共に言葉を洩らした。
―――と、その瞬間、ガラッと風呂場の戸が開かれた。
それと同時に、浩之の視界に飛び込んでくる美しい裸体。
「どわっ! こ、琴美!?」
浩之が驚愕の叫びを上げる。
「な、なにやってるんだよ? 俺が入ってるの知らなかったのか?
てか、どうでもいいけど少しは隠せ!」
しかし、そのセリフとは裏腹についついジックリと見入ってしまう浩之。
真っ白な肌が目に眩しい。
「パパ~♪ 一緒に入ろ~ゥ」
浩之の声を綺麗に無視して琴美が駆け寄ってくる。
「こ、こら! ちょっと待て!」
驚いた様子で、浩之が声を張り上げる。
だが、そんな制止で止まる琴美ではない。そのまま、勢いよく浩之のすぐ近くに飛び込んできた。
「ぷはっ」
まともに頭から飛沫を被る浩之。
それを手で拭って、
「……ったく、しょーがねーなぁ」
浩之が琴美に目を向けた。
「何なんだよいきなり。
高校入学を機に、俺と一緒に風呂に入るのはやめたんじゃなかったのか?」
「そうなんだけど……でも、今日からはまたパパとお風呂に入るの♪」
「何故に? なんでまた急に?」
不思議そうな顔をして浩之が尋ねる。
「テレビを観ていたらね、25歳くらいになってもお父さんと一緒にお風呂に入っているっていう女の人がいたの」
「……で?」
「それを観たら、変に我慢をする必要なんてないかなぁって思えてきて……。
だって、わたしはまだ16歳だもんねゥ」
嬉しげに語る琴美。
それを聞いて、浩之の肩が脱力したようにガックリと落ちた。
「まったく、どんな理由があるのかと思えば。
……ハァ、やれやれ」
眉間にシワを寄せながら、浩之はこめかみに人差し指を添えた。
「あのな、琴美。
余所は余所、うちはうちだ。んなとこを真似る必要なんかない。
てなわけだから……」
戸の方を指差して浩之が言う。
「早く出た出た。ほら、今すぐに」
「えーーーっ!?」
声を張り上げて不満を訴える琴美。
「『えーっ!?』じゃない。いいから早く出ろって。
もしも、こんな所を誰かに見られたら……」
「見られたら何なんですか? こう言ってはなんですが、もう手遅れですよ」
入り口の方からかけられる冷たい声。
ゲッと思いながら浩之がそちらに目を向けると、
「浩之さん……琴美を……実の娘をお風呂に引っ張り込むなんて……外道です鬼畜です」
どういう原理かは不明だが、髪をブワッと逆立てている琴音がいた。
思いっ切りバッドなタイミングで……しかも、よりにもよって琴美の実母である琴音が登場。
浩之は、半ば本気で運命の神を呪った。
「ま、ま、ま、待て! 落ち着け、琴音! 誤解だ! それはすっげー誤解だっ!!
俺は引っ張り込んでなんかいない! 断じてしていない!」
浩之が狼狽えながらも訴える。
風呂に入っているのに、背筋が寒くて仕方がない
「そうよ、ママ! そんな、パパだけが一方的に悪いような言い方はしないで!」
浩之の前で両手を広げて、琴美が庇う。
その姿を見て、ちょっぴり感動する浩之。
「パパは悪くないの! だって、両者合意の上なんだもん。だから、誰も悪くないの!」
「そうそう……って、違うわ! 合意じゃない! ぜんっぜん合意じゃない!
お前が勝手に入り込んできたんだろうが!」
「えーっ!?
ぶーぶー、パパのいけず~」
琴美が不満気な声を上げてくちびるを尖らせる。
「だから、『えーっ!?』でなくて……」
「……なるほど、そういうことですか」
浩之と琴美のやり取りを聞いていた琴音がポツリとつぶやいた。
「つまりは琴美が悪いんですか。
大方、“また”浩之さんを誘惑しようとでもしたんでしょう。
これは……ちょっとお仕置きが必要ですね。
……滅殺です」
ますます髪を逆立てて危険なことを宣う琴音。
「お、おいおい」
そんな琴音に、『滅殺はマズいだろ、滅殺は』と思いつつも、迫力に圧倒されてしまって強く突っ込めない浩之だった。
「琴美、覚悟しなさい」
体中から妖しいオーラを発しつつ琴音が宣する。
「ふーん。ママ、どうやら本気みたいね。
だったら、わたしもちょーっとだけ本気を出しちゃおっかな~。
そして、ママからパパを奪っちゃうんだから☆」
不敵な笑みを零して琴美が返す。
琴美の髪も、琴音同様に舞い始めた。
琴音対琴美。
今にも母娘サイキックウォーが勃発しそうな雰囲気だ。
「ま、待て待て待てー! 落ち着けって! そんなマジになって喧嘩なんかしちゃダメだってばよ!
それに、お前らが喧嘩をすると、本人たちよりも周囲に深刻なダメージが! 巻き添えがーーーっ!!」
必死の形相で訴える浩之。
しかし、
「お仕置きです」
「返り討ちよ」
この母娘は、二人揃って聞く耳を持っていなかった。
「やめれってーーーっ!!」
浩之の叫びが虚しく響く。
浩之……もはや巻き添え決定的っぽかったり。
……哀れなり。
それから数十分間の出来事を……何が起こったのかを……浩之は決して語ろうとしなかった。
ただ……
この日以降、憩いのはずの入浴タイムが、浩之にとっては一日のうちで最も緊張する心の安まらない時間になったとかならなかったとか……。
< おわる >
☆ あとがき ☆
掲示板の書き込みを読んで思い付いた一発ネタです(^ ^;
おバカな話ですが、笑って許して下されば幸いです。
制作協力:聖悠紀さん
(ありがとうございます。心からの感謝を(笑))
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