『ポイントアップ』
「いろいろと世話になっちゃったわね、お嬢ちゃん。本当にありがとう」
バスの中から、おばあちゃんが小さく頭を下げてあたしに礼を言う。
「気にしないでよ。困ったときはお互い様なんだからさ。
……それじゃあね」
あたしは軽く手を振っておばあちゃんに返した。
――と同時に、プシューと音をさせて昇降口の扉が閉じられる。
そして、間髪おかずに独特のエンジン音を響かせてバスが走り出した。
あたしは、バスが視界から消えるまで、その場で見送り続けた。
「よっ!」
そのあたしの肩に、後ろから何者かがポンと手を置いてきた。
「うきゃ!? だ、誰よ!?」
いきなりの事に飛び上がらんばかりにビックリするあたし。
何事かと勢い良く振り返ると、そこには、
「…………ゲッ」
バカがいた。
「なんだよ、『ゲッ』ってのは? 失礼なヤツだな」
「うっさいわね。そもそも、人の背後から、断りもなく襲ってくるようなヤツの方がよっぽど失礼でしょうが」
もちろん、バカとはヒロこと藤田浩之のことである。
わざわざ説明するまでもないことだが。
「人聞きの悪い事を言うな。誰も襲ってなんかねーだろーが。つーか『断りもなく』って、断ってからだったらいいのか?」
「いいわけないでしょ! 常識で考えれば分かるでしょーがそんなこと!」
「冗談に決まってるだろうが。なにをムキになってんだよ」
「……うぐぐ。……こ、こいつは……」
人を小馬鹿にしたような口振りに、あたしの血圧がグンと上昇する。顔が赤く染まっていくのが自分でもはっきりと分かった。
――が、次のヒロのセリフがあたしの興奮を一気に冷まさせた。
「ま、それはともかくとして……お前、意外と良いとこあるじゃねーか」
「……は?」
「見てたぜ。お前があの婆さんの手を引いてバス停にまで案内してきたとこ。
あと、バスが来るまでの間、婆さんの話し相手になってやってたとこもな」
「なっ!?」
あたしの血圧が再び上昇した。顔も再度朱に染まる。先程とは明らかに違う理由で。
「ちょっと見直したぜ。けっこう優しいんだな、お前って。俺内部の志保ポイントが一つアップだ」
「……べ、別に優しいとかそんなんじゃないわよ。ただ、ちょっと気になっただけで……。ほっとけなかっただけで……。
そ、そんな事より! あんた、こんなとこで一人で何をやってるのよ!? 藤田ガールズはどうしたの!?」
気恥ずかしさを感じたあたしは、強引に話を転換させた。
いつまでもこんな話題を続けられては堪らないと思ったのだ。
「なんだ、その『藤田ガールズ』って? 勝手に変なグループ名を付けるなよな」
あたしの意図を察してくれたのか、それとも単なる単純なのか。
どちらかは分からないが、とにもかくにもヒロはあたしの振った話に乗ってきた。
「いいじゃない。別に間違ってはいないでしょ。
……で? あかりたちはどうしたの? 一緒じゃないの?」
「別にいつもいつも全員一緒にいるってわけじゃないぜ。
今日だって、あかりと葵ちゃんはひかりおば……お義母さんの所に料理を習いに行ってるし、芹香と琴音ちゃんといいん……智子は本屋に行ってるし、セリオと理緒ちゃんは良太を連れてレンタルビデオ屋。綾香とレミィとマルチは洋服を見に行ってる。
休みの日なんかは、みんな結構好き勝手にやりたいことやってるんだよ」
「ふーん。なるほどねぇ。
そんで、あんたはみんなに置いてきぼりを喰らって、こんなとこで一人寂しくブラブラしてるってわけか」
あたしはちょっとイジワルっぽく言ってやった。
「まあな。でも、一人で歩くってのも悪いもんじゃないぜ。
おかげで志保の名シーンも見ることが出来たしな」
「……うぐっ」
思わぬ反撃を受けて言葉に詰まるあたし。
はっきり言ってやぶ蛇。てか、自爆。
「ホント、改めて認識したよ」
「な、なにをよ?」
「志保って良いヤツだって事さ」
「……なっ……なっ……」
あまりにもヒロらしくないセリフに、あたしは上手く言葉を紡ぐことが出来なかった。
「確かに普段の志保はうるせーし、うざってーし、邪魔だし迷惑だし歩く公害だし張り倒したくなることもあるけど……」
「……をい」
あまりと言えばあまりな言い様に、あたしは思わずツッコミを入れた。
しかし、それに構わずにヒロは言葉を続けた。
「だけどさ……それでも……やっぱ志保は良いヤツだと思うぜ。他者のことを心から思いやれる優しさを持ってるヤツだと思う」
「そ、そんなこと……」
聞き慣れない褒め言葉を受けて、あたしの頬が色付いていく。
「マイナス面も多いけど、それらを補って余りあるほどのプラスを持っているヤツ。俺は、志保のことをそう思ってる」
「な、なに言ってるのよ! に、に、似合わないセリフ口にしてるんじゃないわよ! こ、このバカヒロが!」
あたしはどもりまくりながらも文句を言う。
「なんだよ。そんなに照れなくてもいいだろ」
苦笑してヒロが応える。
「て、照れてなんかないわよ! バカなこと言ってるんじゃないわ!」
「はいはい。分かった分かった。……じゃ、そういうことにしておいてやるよ」
貼り付けた苦笑いを更に深くしてヒロが言った。
お得意の『しょーがねーなぁ』って風情の穏やかな目をして。
「……ったく。お前って変なとこで恥ずかしがり屋なんだな」
「だ、だから……そんなんじゃないってば……」
「結構、可愛いとこあるじゃねーか」
「…………っ!!」
そのセリフを耳にした瞬間、あたしの顔が……首筋が……否、全身が真っ赤に染められた。
だけど、ヒロはそんなあたしの様子に気付かずに尚も追い打ちをかけてきた。
「いやホント、可憐な純情少女って感じで。かわいいかわいい」
「……………………っっっ!!!!!!」
あたしは回避も出来ず……見事に直撃。
「あ……あ……あ……」
受けたダメージのあまりの大きさの為、暫し、まともな言語を出せないあたし。
「あ?」
「あ、あんたってヤツはーっ! 巫山戯たこと言ってんじゃないわよ! ヒロの分際でーーーーーーっ!!」
ようやく振り絞れたのは、そんな罵倒の言葉だった。
「な、なんだよそりゃ?」
「うるさいうるさいうるさーーーい!
バカ! バカ! バカバカバカ! ヒロの大バカーーーーーーーーーーーーっっっ!!」
そして、それだけ言い放つと、あたしはきびすを返して走り出した。
「お、おい! 志保!」
後ろからヒロが呼び止めるように声をかけてきたが……
「聞こえない聞こえない聞こえなーい!」
あたしは構わずに走り続けた。
だって……今は、まともにヒロの顔が見られなかったから。
これ以上ヒロの声を聞いていたら……あたし、おかしな気分になってしまいそうで……怖かったから。
「ハァ……ハァ……ハァ……。
ま、まったくもう」
走って走って走り続けて……ようやく気持ちが落ち着きを取り戻した。
「あいつってば、何て事を言い出すのよ」
か、可愛いだなんて……。
先程のヒロのセリフを思い出して、あたしの頬が再び色付く。ドキドキと鼓動が早くなる。
それを振り払うように、あたしはブンブンを顔を左右に激しく振った。
「ホントにとんでもないヤツだわ」
あんなセリフを……穏やかな……優しい目で言うなんて……。
さっきのだって、志保ちゃんみたいな精神力の強い女だったから耐えられたようなものの、並みの娘じゃ絶対にKOされてるわ。
しかも、あいつってば絶対に自覚しないでやってるし。……ったく、あの天然スケコマシが。
ヒロのヤツ、マジで女の敵だわ。
でも……
「可愛い、かぁ。……うふふ」
文句を言いつつも、あたしは自分の頬が緩むのが止められなかった。
「ま、そんなセリフを言われるのもいいものね。悪い気はしないわ。うぷぷ」
そう言った瞬間、あたしはハッと我に返った。
そして、慌てて周りを見渡してから一言付け加えた。
「あ、相手がヒロだってのは甚だ不満なんだけどね。うんうん」
……………………。
……………………。
……………………。
「うふふ。うふふふふ」
なにはともあれ……今日の残りの時間、あたしはすこぶる上機嫌だった。
○ ○ ○
――次の日の朝。
「おっはよ~♪」
あたしはいつもの様に元気な挨拶と共に教室に入っていった。
その途端、
「長岡さん、見直したよ!」
「志保ってやっさし~」
「格好いいよ長岡!」
賛辞の嵐が浴びせられた。
「へ? なになになに?」
わけが分からずにキョトンをするあたし。
「志保って親切なのねぇ」
「見ず知らずのおばあちゃんを助けてあげたんでしょ」
しかし、その言葉で全てを理解した。
「あ、あ、あ、あいつかーーーーーーっっ!!」
1時間目の授業を終え、休み時間になると同時に、あたしはヒロのクラスに飛び込んだ。
「こらーっ! ヒローッ!」
「んだよ、いつもの事ながらうるせーなぁ」
「やかましいわい。
そんなことより、あんた、昨日のこと……」
「ああ、話したぜ」
あたしが言い終わる前に、ヒロがサラッと事も無げに答えた。
口元に何とも表現しがたい笑みを浮かべて。
「な、なんでそんなことするのよ!?」
「いや~、志保のイメージアップをしてやろうと思ってさ。
どうだ? 効果あっただろ?」
キシシとイヤ過ぎる笑い声を上げてヒロが返す。
こ、こいつは……。
イメージアップなんて絶対にウソだ。ただ、あたしが狼狽えるのを見て面白がっているだけだ。
あたしがいつも『志保ちゃん情報』としてヒロの情報を流しまくってるから……ささやかな復讐のつもりなのかも。
「これで志保の株もかなり上がったと思うぜ。
ああ、俺って友達想いの良い奴だよなぁ」
「ふ、巫山戯るんじゃないわよ! あたしの株はね、既に上がりきってるのよ。あんたの出る幕なんてないの!
つーか、逆効果よ! あんたが変な情報を流した所為で、志保ちゃんのクールでシャープなイメージが消えたらどうしてくれるのよ!?」
「変な情報って何だよ。俺は別にウソは言ってないし、お前にとって害になるような事は何一つ口にしてないぜ」
「う゛っ。そ、それはそうかもしれないけど……でも……」
「そもそもな、心配なんてしなくても大丈夫だ。そんなクールだのシャープだののイメージはお前には最初っから全く無い。皆無だ。ゼロだ。
だから、どうやったって消えようがない。安心しろ」
「な、な、なんですって……」
…………プチ。
ヒロの暴言を聞いて、あたしの中で何かが切れた音がした。
「こんのーーーっ! 言わせておけばーーーっっっ!!」
こうなったらもう止まらない。
「なんだよ! ホントのことだろうが!!」
この後は、いつものあたしたちだった。
お互いに悪口を言い合って……罵倒しまくって……タイミングを見計らってあかりたちがフォローに入って……。
昨日感じたドキドキはなんだったのだろう?
ついついそう思ってしまうほど、笑ってしまうくらい毎度の如くのあたしたちだった。
でも、あたしとヒロはこれでいいのかもしれない。
この関係が……距離が……一番相応しいと思うし……
「むっきーーーっ! ヒロのくせにーーーっ!」
「うっせー! 志保の分際で!!」
なんのかんの言っても……
一番……心地良いし、ね。
< おわり >
☆ あとがき ☆
志保をメインに据えるとどうしてもこういう話になりがち。
次は、もう少しお気楽な……言うなれば『おバカ』な内容にしたいです(;^_^A
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