「ねぇ、浩之ぃ~」
「あん?」
「しましょ♪」
「…………はぁ?」
『ストレスとぬくもりと』
「…………ふぅ」
ここに来てから、既に数え切れないくらいのため息。
あたしと姉さんは、とある財閥の会長の75回目の誕生パーティーとやらに繰り出されていた。
「まったくもう。いい年して誕生パーティーもないでしょうに」
ついつい不満が口を突いて出てくる。
出来ることなら来たくなどなかった。
しかし、一応『来栖川の御令嬢』という立場上、このような場に顔を出さざるを得ない場合もある。
その為、逃げ出したい気持ちを無理矢理抑えて出席したのだ。
したのだが……
「……ハァ」
そもそも、格式張ったものが嫌いなあたしに、財界のお偉方が勢揃いするようなお堅いパーティーが楽しめるはずもなく……結果、ため息の叩き売り状態。
そして、あたしを憂鬱な気分にさせるものがもう一つあった。
「どうです? 私と共に人生を歩んでみませんか?」
「お断りします」
「来栖川さん。よろしかったら僕と……」
「絶対にイヤです」
ひっきりなしにあたしの元に訪れる御曹司たちがそれだ。
先程から、文字通り入れ替わり立ち替わりで交際や結婚の申し込みにやって来るのである。鬱陶しいことこの上ない。
既にこの場は、誕生パーティーとは名ばかりとなっていた。
ある程度の年齢・立場の者にとっては更なる強者への御機嫌伺いの場であり、あたしたちぐらいの年頃の者にとっては、さながら合同お見合い会場と化していた。
至る場所で、いいとこのお坊ちゃんが深窓の令嬢にアタックをかけている。
―――で、恵まれた容姿(自分で言うのも烏滸がましいが)と『来栖川』の名を背負ったあたしと姉さんは格好のターゲットとなっていた。
あたしも最初の頃は比較的丁寧に対応していたのだが、だんだん面倒くさくなり、終いには「イヤ」の一言、長くても「お誘いは嬉しいのですが、わたくしには既に婚約者が御座いますの。ごめんなさいね。おほほほほ」と言いたいことだけ言って撃退するようになった。
それでもあたしの対応はまだマシかもしれない。
姉さんに至っては、さっきから『ふるふる』のオンパレード。最早、口すら開いていないのだから。
「あの……来栖川さん。私と……」
「ごめんなさい。あたし、売約済みなんです」
……考えに耽る暇もなく、また一人返り討ち。
あたしの胸には既にいくつの撃墜マークが付いているのだろう。自分でももう覚えていない。
あたしに交際を申し込んでくる御曹司たち。
世間様から見れば、非常に『高物件』だとは思う。
地位も権力も富も思いのままだし。
そんな彼らの誘いを無下に断っているあたしは、見ようによっては贅沢な極悪人かもしれない。
だけど、どのような評価を受けようとイヤなものはイヤだ。
浩之以外の男と共に暮らすことなど想像もできない。それでも無理してその情景を思い浮かべようとすると、本気で背筋に悪寒が走る。
あらかじめ断っておくが、彼らは決して浩之よりも劣っているわけじゃない。
それどころかスペック的には優れているぐらいだろう。
学力は間違いなく浩之よりも高いと思う。専属の家庭教師を抱えているような者もゴロゴロいるし。
浩之より運動神経が高い者もいるだろう。
そして、浩之よりもルックスが良い者だって何人もいる。
浩之より優しい人だっているだろうし、彼以上に……その……夜に強い人もいるかもしれない……たぶん。
総合的に見て浩之を上回っている者など、それこそ掃いて捨てるほどいると言っても過言ではない。
でも……
浩之以上にあたしを惹き付ける人はいない。
浩之みたいに、あたしに強烈なインパクトを与える人もいない。
以前友人たちに、あたしが浩之に惹かれた理由を『浩之だから』と説明したことがある。
世の中のあたしと同年代の女の子が見たら思わず垂涎しそうな高物件。
そんなお歴々を見ても一切の興味を示さない事に我ながら感心しつつ、あたしはその理由が正しかったことを強く再認識した。
やっぱり、あたしは浩之じゃないと、ね
「来栖川さん、僕と……」
「パス」
……その間も、着々と撃墜マークが増え続けていったのは言うまでもない。
○ ○ ○
「……ハァ……ハァ……ハァ……」
「……ぜぇ……ぜぇ……ぜぇ……」
室内にあたしと浩之の荒い呼吸音が響き渡る。
「ち、ちょっと……激しすぎたかな?」
汗に濡れた身体を『よっこらせ』と起こして、あたしが苦笑しながら言う。
「どう、浩之? 起きられそう?」
「……暫くは無理」
グテーッと横たわりながら、辛そうな声で浩之が返してきた。
「やっぱ、さすがにタフな浩之も5連発はきつかったみたいね」
「きついなんてレベルじゃねーよ。マジで死ぬかと思ったぞ」
「……んな大袈裟な」
情けないセリフを吐く浩之に、あたしは少し呆れてしまう。
「なら、お前も味わってみるか? ボディーへの強烈なブロー5連発。そうすりゃ大袈裟かどうかがよーく分かるぞ」
ジトーッとした目で睨んでくる浩之。
「……………………」
僅かな沈黙の後、
「ごめんなさい。言い過ぎました。ですから、5連発は勘弁して下さい」
あたしは素直に謝った。
「うむ。分かればよろしい」
鷹揚に頷く浩之。……横になったままで。実に器用だ。
「……でさ」
「ん?」
あたしが変なことに感心していると、浩之は先程までとはうって変わった穏やかな表情を浮かべて、労る様な口調であたしに話し掛けてきた。
「少しは鬱憤が晴れたか?」
「えっ?」
「誕生パーティーとやらの所為でストレスが溜まってたんだろ。なんか、そんな感じだったもん、お前」
「……お見通しだったんだ。いつから気付いてた?」
不愉快を家には持ち込みたくなかったから、表面には出さないように気を付けていたつもりだったんだけど。
「ドアを開けて入ってきたお前らの顔を見た瞬間から、かな。綾香も芹香も纏ってる雰囲気がいつもより微妙に重かったしな。表情にもちょびっと翳りとか疲れとかが見えていたし」
「そっか。なーんだ、最初からバレバレだったってわけね」
「まあな」
「……あのさ、浩之」
少し声のトーンを落としてあたしが言う。
「ん?」
「……その……ごめんね」
「は? なんだよいきなり。なに謝ってるんだよ?」
唐突に謝罪を口にしたあたしに、浩之が呆気に取られた顔をした。
「スパーリングにさ、強引に付き合わせちゃったじゃない。浩之の都合も考えないで。だから……ごめん、なの」
「まあ、確かに強引ではあったよな。帰ってくるなり、有無を言わさずに『しましょ♪』だし」
納得したように浩之が肯定する。
「でしょ?」
「ああ。……でもさ」
「なに?」
「お前の、思いっ切り汗をかいて鬱屈とした気持ちを吹き飛ばしたかったって気持ちはよーく分かるし……それに……」
「それに?」
「俺は別にお前の為に付き合ったわけじゃねーからな。ただ単に、自分の鬱憤を晴らすために暴れただけだ。
……綾香のストレスは俺のストレスでもあるんだしさ」
ゆっくりと身体を起こしながらぶっきらぼうに……だけど、やや照れたように浩之が言う。
「だから……謝る必要なんかねーんだよ。分かったか?」
マルチにするみたいに、あたしの頭を軽く撫でながら尋ねる浩之。
浩之の手から伝わるぬくもりに、あたしは魂までもが柔らかく抱き留められるような大きな安らぎを感じていた。
「……うん。ありがと。
浩之って、ホントに優しいね」
「優しくねーよ。自分の鬱憤を晴らすためだって言ってるだろうが」
「それでも、よ」
「……ったく」
照れ隠しのように、浩之があたしの髪をクシャクシャと掻き乱す。
あたしは、その感触すらも心地よく感じられて、抵抗をすることもなく身を委ねていた。
浩之の手が……言葉が……心が……全部があたたかい。
こんなに優しく包み込まれたら、あたし、ますます浩之に溺れちゃうよ。
今よりも、更に浩之だけしか見えなくなっちゃう。
……………………。
……でも……ま、いっか。
それで困る事なんか何にもないもん。
ねっ、浩之ゥ
< おわり >
< おまけ >
しばらくの間、あたしは浩之の手を堪能していた。
「……………………ジーッ」
すると、背後から妙に自己主張の激しい視線が突き刺さってきた。
「……………………ジーッ」
何事かと思って振り返ると、そこには、こちらの事を羨ましげに眺めている姉さんの姿があった。
その姿を見てあたしは思った。
(姉さんだってストレスが溜まってるもの。思いっ切り浩之に甘えて発散させたいわよね。あたしだけが浩之を独占してちゃいけないよね)
「ねぇ、浩之」
訴えるように浩之に視線を向ける。
「ん。そうだな」
浩之は、あたしの意図を察して軽くうなずいた。
そして、「こっちにおいでよ」と言いながら、姉さんを手で招く。
それを受けて、即座に……でもゆっくりと……だけど急いで姉さんがトコトコと近付いてくる。
「さて、そんじゃ、今度は芹香に付き合うぜ。……とは言っても、それも俺自身の鬱憤を晴らすためであって、別に芹香のためってわけじゃねーけどな」
「……あんた、まーだそんな事を言う気なの?」
「なんだよ。なんか文句でもあるのか?」
「文句はないけどさぁ」
浩之の素直じゃない言い様に、あたしは苦笑を隠しきれなかった。
姉さんも同様のようで、ちょっぴり対応に困った感じの笑みを浮かべていた。
浩之流に言うなら、『しょーがねーなぁ』ってところだろう。
「ならいいじゃねーか。
……っと、それはそうと、悪いけどちょっとだけ待っててくれないか? 少しだけシャワーを浴びさせてほしいんだ。さすがにこのままってのは気持ち悪いんでな」
浩之のお願いに姉さんが『こくん』とうなずく。
その時、あたしの脳裏にピンッと名案が浮かんだ。
「姉さん、待つ必要なんかないわよ。姉さんも一緒に行けばいいんだし」
「……なるほど。綾香ちゃん、頭良いです」
納得したように、ポンと手を打つ姉さん。
「おひ、ちょっと待てお前ら」
「でさ、せっかくだし、あたしも一緒にシャワーを浴びさせてもらいたいんだけど」
「はい、もちろんOKです」
「なにが『せっかく』なんだよ? てか、俺の話を聞けって」
「そうと決まれば善は急げよ」
あたしは浩之の右腕に自分の腕を絡ませながら言った。
「…………」
姉さんも、『こくこく』と首肯しながら浩之の左腕を取る。
「いや……だから……」
「そんじゃ、行きましょ♪」
「……行きましょう♪」
「……………………お、俺の意思は?」
いまいち乗り気じゃない風情の浩之のセリフを綺麗に無視して、あたしと姉さんは引きずるように連行……もとい、エスコートした。
―――で、ブツブツ零していた浩之はと言うと……
なんのかんのと言って、お風呂では一番『ノリノリ』だった。
変わり身が早いというか現金というか……。
ま、そんなとこも好きなんだけどねゥ
< おまけおわり >
☆ あとがき ☆
このSSをお読みになる前に、『惹かれた理由』を一読されることを…………
……って、んなこと、後書きで書いても意味ないじゃんΣ( ̄□ ̄;
ところで、財界人(しかも大物)の開くパーティーというと、どうしても『ブラック』なイメージを持ってしまうのは、庶民の哀しい性でしょうか?(;^_^A
……てか、ひょっとして私だけ?( ̄▽ ̄;
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