『スープ』
「るる~♪ る~らら~♪ るるりら~♪」
お気に入りのメロディを口ずさみながら、わたしはコンロに向かっていました。
すると、背後から、
「あら。姉さんがキッチンにいるなんて珍しいわね」
という声がかけられました。
「……そうですか? うーん、そうかもしれませんね」
わたしは一旦手を止め、振り向いて言いました。
「綾香ちゃんこそどうしたんです? わたし以上に台所に縁がない人なのに」
嫌味にも聞こえるわたしのセリフ。
「あはは。あたしはコレを貰いに来ただけよ」
それをサラッと受け流すと、綾香ちゃんは冷蔵庫を開けて、中から缶コーラを取り出しました。
「姉さんも何か飲む?」
「そうですねぇ。……オレンジあります?」
「オレンジ? うんと……ええ、あるわよ」
「では、それをお願いします」
「りょーかい」
わたしのリクエストを受け、綾香ちゃんはオレンジジュースを取り出すと……
パタン!
足で冷蔵庫のドアを閉めました。
…………綾香ちゃん…………はしたない。
「はい、姉さん。……って、どうかした?」
こめかみを押さえているわたしを不思議そうに見て尋ねる綾香ちゃん。
「……いえ、なにも」
「そう? ならいいんだけどさ。……はい」
「ありがとう」
綾香ちゃんの差し出したジュースを受け取ると、わたしはプルトブをカコッと開けてコクンと一口飲み込んだ。
冷たさがノドに心地良い。
「しっかし、まさか姉さんがキッチンにいるなんて思わなかったわ。これは、明日は大災害かな? 台風と大地震が一度に起こるほどの」
コーラを飲みながら、綾香ちゃんがからかうように言いました。
「それは綾香ちゃんの場合でしょ。わたしなら、せめて雪が降る程度です」
「……う゛っ」
わたしの反撃に綾香ちゃんが言葉を詰まらせました。
自分でもその辺は自覚しているようで言い返す事が出来ないみたいです。
芹香ちゃんWIN、です。
……ちょっとだけ自分で自分のセリフが虚しかったですが。
「ま、まあ、それはそれとして……姉さんが料理だなんて本当に珍しいわね。どうかしたの?」
綾香ちゃんは、ガスコンロで火にかけている鍋を覗き込んで言いました。
話を逸らそうとしているのが見え見えですが、あまり突っ込んでも可哀想なので、ここは誤魔化されてあげることにします。
「お料理じゃないです。魔術です。わたしが作っているのは魔法のスープですから」
「へ? 魔法のスープ?」
キョトンとした顔になる綾香ちゃん。
「はい。スライスしたニンニクとレバー、赤唐辛子と長ネギ、『その他諸々』を使った体力回復に効果のある魔法のスープです」
「……『その他諸々』の部分がすっごく気になるけど……それって、単なるスタミナ料理なんじゃないの? どこが魔法なのよ?」
「いいんです。魔法なんです。大事なのは気の持ちようですから。細かい事は気にしたらいけません」
綾香ちゃんからの問いに、わたしはキッパリと胸を張って答えました。
「……………………あ、そ」
それを聞いて、何故か綾香ちゃんが呆れたような表情をしました。
……どうしてでしょう? わたし、何か変なこと言いましたっけ?
不思議です。
「まあいいわ。
……で? どうしてそんなのを作ってるのよ? 姉さんが飲むの?」
「いいえ。これは浩之さんに飲んでいただこうと思ってます」
「……え? 浩之に?」
「はい。さきほど見かけた時、何やら疲れたようなお顔をしてましたから、これでも飲んで元気になっていただこうと……」
「ダメーーーッ!!」
突如大声を張り上げて、綾香ちゃんがわたしの言葉を遮りました。
「……ふえ? ど、どうしたんです?」
「ダメよ! 絶対にダメ!
そんな物、浩之に飲ませるなんてぜーーーったいにダメーーーッ!!
危険よ! 危険すぎるわ!!」
……………………むかっ。
そんな物? 危険?
綾香ちゃんてば、随分と失礼な事を言ってくれますね。まるで毒物扱いです。
芹香ちゃん、ちょっぴり頭に来ちゃいました。
わたしは、綾香ちゃんの叫びを完璧に無視して調理……もとい作成に戻りました。
「ちょっと! ダメだって言ってるでしょ!」
「……ふーんだ」
「姉さんってばーっ!」
「……知りません」
「だーかーらー!」
「綾香ちゃんが何と言おうと、これは絶対に浩之さんに飲んでいただくのですから」
「もう! 後で必ず後悔するわよ」
―――で、いろいろあって翌朝。
現在、リビングには屍の山が出来ていました。
絵に描いたような死屍累々です。
その惨状を見ながら、わたしは自分の行動を激しく悔いていました。
昨日、あれから、浩之さんに例のスープを飲んでいただいたのですが、
「いくらなんでも……『元気』になりすぎです」
どうやら、予想以上に効果があったみたいで……。
その結果、わたしたちは一睡もさせてもらえませんでした。
「……だから……危険だって……言ったのに」
それだけを言い残し、力尽きたようにパタッと倒れ伏す綾香ちゃん。
「……ごめんなさい。わたしが間違ってました」
無理矢理気力を振り絞って何とかそう言うと、わたしもみんなと同様に屍と化すのでした。
ちなみに浩之さんは……
「あー、元気が有り余ってしょーがねぇ! 俺、ちょっくらロードワークに出てくるわ!」
と言って外に走りに行きました。
…………パワフル、です。
余談ですが……
一晩中激しい運動を行い、尚かつその後で何時間も走り回れば、普通はクタクタになって動けなくなると思いますが……
この日の晩も……浩之さんは野獣でした。
本当に底なしです。
……いろいろな意味で。
< おわり >
☆ あとがき ☆
ポパイにほうれん草、キン肉マンにニンニク、ゼンダライオンに愛の鞭。
そして、浩之にはスタミナスープ。
まさに、文字通り24時間戦えます。しかもノンストップで。
ただ……相手の方が保ちませんが。
ところで、芹香のスープに入ってる『その他諸々』ですが……
かな~り胡散臭い物が入ってます。
軽い所でヤモリの黒焼きとか。
後は……ご想像にお任せします(^ ^;
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