午後9時。
「ふぅ」
授業中に出された課題を終え、教科書とノートを閉じた時でした。
Pirarara~♪ Pirara~♪
部屋の中に、『過疎レンジャー』のテーマミュージックが鳴り響きました。
わたしの携帯の着信音です。
ピッ!
「はい、セリオです」
『もしもし。こんばんは、圭子です』
『てんねん』
「あら、田沢さん。どうしたんです、こんな時間に」
『あ、あのね……ちょっと相談したいことが出来て……。ごめんね。迷惑だった?』
「いえ、そんなことはありませんが。
それより相談って? なにかあったんですか?」
『うん……えっと……あの……その……何と言うか……』
モゴモゴと言い淀む田沢さん。
「田沢さん? そんなに言いづらいことなんですか?」
『そういうわけじゃ……ないんだけど……』
田沢さんの声に、どことなく羞恥の色が感じられました。
それで、わたしはピンときました。
「ひょっとして、雅史さんに関することですか?」
『う゛っ』
どうやら図星だったらしいです。
田沢さんがあからさまに声を詰まらせました。
「雅史さんがどうしたんです? まさか、喧嘩でもしたのですか?」
『ち、違うよ! 喧嘩なんかしないってば! 佐藤さんはいつだって優しいし素敵だし……』
「はいはい」
放っておくと惚気に発展しそうなので、わたしはバッサリと切り捨てました。
「ま、そうですよね。喧嘩しているのでしたら、田沢さんも暗くなっているでしょうし」
もしくは怒りで荒れているでしょう。
『……まあね』
田沢さんがちょっぴり不機嫌そうに返してきました。
話を遮られたのが不満だったのでしょう。
「では、いったいどの様な相談なんです?」
『あ、あのさ……』
「はい」
『ちょっと、アドバイスが欲しくて……』
「アドバイス?」
『う、うん。実はさ、明日、佐藤さんとデートすることになったの。それで……』
「それで?」
『その時に……今よりも一段上にステップアップしたいなぁ……なーんて思ってるのよ』
「一段上?」
『……うん』
わたしの問い返しを、田沢さんが恥ずかしそうに肯定しました。
今よりも一段上ということは……つまりはそういうことですか。
「田沢さん……意外と大胆ですね」
『えっ!? そ、そうかな?』
「まさか、田沢さんにアブノーマルな趣味があったなんて」
『…………は? な、なんのこと?』
意表を突かれたのか、惚けた声を出す田沢さん。
それを照れ隠しだと判断したわたしは、構わずに話を続けました。
「縛りですか? お尻ですか? そっち方面に手を出そうというチャレンジ精神は素晴らしいですが、あまりのめり込まない方がいいと思いますよ。深みにはまると抜けられなくなるって言いますし」
『……っ!!
な、な、な、なにを言ってるのよ!? 変な誤解をするんじゃなーーーい!!』
一瞬の沈黙の後、田沢さんが声を張り上げました。これでもかってくらいに。
……み、耳が痛いです。キーンってしてます。
「ご、誤解なんですか? だって、一段上って言ったじゃないですか?」
『なんで『一段上=アブノーマル』なんて発想になるの!? 自分の基準で考えないで! とっくに段階を昇り切っちゃっている経験豊富でエッチッチーなあなたと一緒にしないで!
……っていうか、わたしはセリオと違って、どれだけステップアップしたってそんな変態みたいな事はしないわよ!』
興奮したように田沢さんが吼えました。
失礼な。
わたしはエッチッチーなんかじゃありませんし、昇りきってなんかもいません。。
それに、わたしにだってアブノーマル趣味なんかありません。
ないはずです。
ないんじゃないかな~と思います。
…………たぶん。
『そ、そもそも……わたしと佐藤さんはまだそんな領域にまで達してないわ』
「え? そうなんですか? 田沢さんってもしかして……未経験?」
『そ、そうよ。悪い?』
「い、いえ、悪くなんかないですけど……」
正直言って……ちょっと意外ではあります。
田沢さんと雅史さんが付き合うようになってから、既にそれなりの月日が経っています。
あんな事やこんな事の一つや二つ、とっくに経験済みだと思っていたのですが……。
『わたしはね、あなたみたいな『エッチ娘』じゃないの』
ふーんだ。そんな事を言っていられるのはきっと今の内だけです。
そういう人に限って、一度知ってしまったら止まらなくなってしまうのですから。
『それに、佐藤さんは藤田さんみたいな野獣じゃないし』
分かりませんよ~。雅史さんみたいなおとなしそうなタイプってベッドだと何気に豹変したりしますから。
もしかしたら、浩之さんを越えるかも…………って、さすがにそれは無理か。
「……はあ。でしたら、田沢さんたちはどこまで進んでいるのですか? キスくらいまでですか?」
『き、キス!? そ、そんなの……わたしたちにはまだ早いわよ!』
「…………つまり、キスも未経験だと」
『あ、当たり前でしょ! わ、わたしたちは……清い交際をしてるんだから』
「……………………」
すみません。ちょっとだけ頭痛がしてきました。
まさか、未だに小学生以下の恋愛をしているとははっきり言って予想外でした。
こんなカップルが今の日本に残っていたとは。
思わず天然記念物に指定して保護したくなりました。なんとなく、珍獣に接している気分です。
「それでは……田沢さんにとっての一段上とは……どのレベルなんです?」
沸き起こる疲労感をこらえ、そう質問しました。
『出来れば……う、腕くらい組んで歩きたいなぁって……』
……………………。
ひょっとして、今の田沢さんたちって、手を繋いだだけで心臓がバクバクしちゃうレベルですか?
微笑ましいというか何と言うか。
本気で小学生以下ですね。絶対に最近の小学生の方が大人びた恋愛してます。
『ねぇ、どうしたらいいと思う?』
「ど、どうしたらと言われましても……」
そんなの『恥ずかしがらずに、相手の腕に自分の腕を絡めて下さい』としか言えないですよぉ。
「えと……その……ちょっと強引ですが……」
『う、うん』
「黙って雅史さんの腕を取っちゃいましょう。グイッと抱き込んじゃいましょう」
『ええ!? む、無理だよそんなの! 恥ずかしいよ!』
田沢さんが素っ頓狂な声を上げてわたしの案を否定してきました。
顔が真っ赤に染まっているのが容易に想像出来ます。
「そんな事を言っていたらいつまで経ってもステップアップなんか無理ですよ。雅史さんはその手の事には鈍感そうですから、田沢さんの方から動かなければいけないと思います」
『そ、それは……そうかも。だけど、いきなりそんな事をして、佐藤さんに変に思われないかな? 怒らないかな? 嫌われたりしないかな?』
…………ハァ。
ついついため息を吐いちゃいました。
「あのですねぇ。恋人に腕を組まれて怒り出す人が何処にいるんです? それはいくらなんでも恐がりすぎですよ」
『そ、そっか。わたしと佐藤さんは……こ、こ、恋人……なんだもんね。……てへへ』
「……今更、何を当たり前の事で照れてるんですか」
恋人という単語に過剰反応を示す田沢さんに、わたしは少ーし呆れちゃいました。
「とにかく、田沢さんはもう少し積極的に行動すべきです」
『う、うん』
「女は度胸、当たって砕けろ、です」
『そう、だね』
「田沢さんたちは、もう助走はたっぷりと取ったのですから後は飛び立つだけです」
『うん』
「……田沢さん」
『ん?』
「応援しています。ですから……」
そこで一拍おくと、
「頑張って下さい」
わたしは、そうエールを送りました。『あの時』と同じように。
思いを込めて。
『セリオ……』
「ねっ」
『うん! ありがと! わたし……わたし……頑張ってみる!』
「はい。是非そうして下さい。朗報を期待してますよ」
『うん!』
―――次の日の夜
『セリオ! 聞いて聞いて!』
電話から幸福感に満ちた田沢さんの声が飛び込んできました。
「その様子では上手くいったみたいですね」
『うん! セリオのおかげよ!』
「わたしは何もしていませんよ。ただ、ちょっと背中を押しただけです」
『それでもよ! 本当にありがとう!』
改まってお礼を言われると照れてしまいます。
「それにしてもご機嫌ですね。そんなに上手くいったのですか?」
『うん。だって、キスまでしちゃったし。……えへへ』
「ええっ!? そ、そこまで!?」
あの田沢さんたちがいきなりそこまで!?
そ、それは凄い。
なるほど。それなら、田沢さんが浮かれまくるのも無理はありません。
『デートからの帰りにね、佐藤さんが家まで送ってくれたんだけど……別れ際にね、わたし、佐藤さんのほっぺにチュッてしちゃったの~。キャー、わたしってばわたしってば~~~』
「……………………」
はい?
ほ、ほっぺ?
『あ~ん、わたし幸せ~』
とろけそうな声で言う田沢さん。
きっと今頃彼女の部屋にはハートマークが飛び交っていることでしょう。
「……………………」
対照的に、わたしの部屋には漫画チックな『あせマーク』が飛び交っていました。
そうですか。
ほっぺですか。
ま、まあ、本人が幸せならそれでいいですけど……。
取り敢えず、田沢さんが『大人』になる日はまだまだ遠そうだと、強く強く確信したのでした。
田沢さん……やっぱり、あなた方の事を天然記念物に指定してもいいですか?
< おわり >
☆ あとがき ☆
藤田家との差別化の為、雅史&圭子は超奥手の純情カップルにしてみました(^ ^;
作中に出てきた『あの時』というのはCDドラマの『PieceOfHeart』のエピソードのことです。
ちなみに……私は『PieceOfHeart』を2枚持ってます。
初回版と再販版。
何と言うか……我ながら……( ̄▽ ̄;
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