『Finishblow』
気が付いた時には、あたしの体は宙を舞っていた。
そして、次の瞬間……ドスッという鈍い音と共に勢い良く地面に叩き付けられた。
肩口から背中にかけて鋭い痛みが走る。
「ぅぐっ!」
思わず声が漏れる。
「綾香!」
「綾香さん! 大丈夫ですか!?」
「あ、あ、あ、あああ、綾香さーん!」
そんなあたしの元に走り寄ってくる三つの影。浩之、セリオ、葵。
みんな、面白いぐらいに血相を変えていた。
「だ、大丈夫よ、大丈夫。あたしは全く…………ぁたた」
体を起こそうとした途端、腹部から激痛が響き渡ってきた。
「無茶するんじゃねーよ! しばらくはおとなしく横になってろ!」
「浩之さんの仰るとおりです。……ほら」
あたしのすぐ近くに正座すると、セリオが自分の膝をポンと叩いた。
枕にしろ、ということらしい。
「……そうね。悪いけど、そうさせてもらうわ」
あたしは虚勢を張ることを諦めて、素直にセリオの膝を借りた。
「あ、綾香さん。お薬持ってきましょうか? それとも……お、お医者さんを呼んで……」
見ていて可哀想になるくらい動揺している葵。見事なまでに真っ青になっている。
「大袈裟ねぇ。平気平気。ちょっと横になってればすぐに治るわ。別に頭を打ったりしたわけじゃないしね」
あたしは、安心させるように微笑んだ。
「そ、そうですか」
その効果があったのか、葵の顔に血の気が戻ってくる。
可愛らしい口からホーッと安堵の息が零れた。
「それにしても……」
あたしは、先程のKOシーンを思い出して苦い顔になる。
「まさか、浩之にあそこまで完璧に叩きのめされるとはねぇ。……まったく、この綾香様ともあろう者が。……スパーとは言え、いくらなんでも油断しすぎたかしら」
そう言って、ふかーくため息を吐いた。
「油断? 実力の間違いだろ?」
浩之がニヤリとした勝ち誇った笑みを浮かべて茶々を入れてきた。
だが、その瞳には葵同様に安堵の色がありありと浮かんでいた。
あたしに憎まれ口を叩けるだけの余裕がある事が分かって安心したのだろう。
「言ってくれるじゃない」
「事実だからな」
くちびるを尖らせるあたしに、浩之があっさりと返す。
癪に障ったが、派手にKOされた後では何を言っても説得力に欠ける。
あたしは今日の所は涙を飲んで素直に負けを認めることにした。
「……はいはい、分かったわよ。そういう事にしておいてあげるわ。……ふんっだ!」
……前言撤回。『素直』には認めなかった。
そんなあたしの事を、浩之は毎度の『しょーがねーなぁ』という目で、葵とセリオは苦笑を浮かべながらも微笑ましそうに見ていた。
「そんなことより!」
その視線と雰囲気に妙に気恥ずかしさを感じたあたしは、必要以上に大声を張り上げて強引に話題を変えた。
「浩之ってば、一人だけで必殺技なんか身に付けちゃってさ! ずるいわ!」
「ずるいって言われてもなぁ」
困ったように頭を掻く浩之。
「あんな技、何時の間にマスターしたのよ!?」
浩之が最後に繰り出した強烈な一撃。あたしにはその正体はすぐに分かった。『寸頸』と言う名の中国拳法の技だ。
葵の『崩拳』同様、一朝一夕に身に付くような簡単な技じゃない。だからこそ、尚更何時の間に修得したのかが気になった。
「練習自体は、セリオに付き合ってもらって随分前からしてたんだ。お前にも『浩之は密着戦に弱い』って指摘されてたしな。……で、その弱点を補う為にじっくりと鍛練を積んで……それなりの拳を撃ち込めるようになったのは、ほんの一週間ほど前。相手をKOできるほどの威力を持った打撃は、さっきのスパーで咄嗟に放ったやつが初めてだ。ま、綾香の尊い犠牲のおかげでコツは掴んだからな。もう何時でも撃てる自信があるぜ」
「ふーん、なるほどね。最近、セリオと二人でなーんかやってると思ったら」
『浩之は密着戦に弱い』
確かに、あたしはその事を何度も指摘していた。
格闘技に於いて、間合いは非常に重要である。
間合いを制する者が闘いを制すると言っても過言じゃない。
その間合いだが、空手やK-1の様な立ち技(打撃)系格闘技では、大きく分けて3種類存在する。
ショートアッパーやフックの届く距離であるショートレンジ。ジャブやローキックの応酬が行われる基本的な距離であるミドルレンジ。そして、そこからさらに離れた蹴り技主体となるアウトレンジ。
しかし、エクストリームなどの総合格闘技では、さらに4つ目の間合いが加わる。
それが、組み技(締め技や関節技、投げ技等)を主とする『密着』である。
こう言っては何だが、浩之は密着戦が下手だ。攻めるにしても守るにしても、まったくテクニックが無い。
まあ、格闘技を本格的に始めてから間がないので仕方がないのだが。今はまだ、打撃とディフェンスのテクニックを磨いている最中だし。
だから、あたしは指摘をして弱点である事を意識させてはいたが、特に何かしらの技術を教えるようなことはしなかった。一度にいろいろな事を詰め込んでもパンクするだけだと思ったのだ。
ところが……浩之は『寸頸』というとんでもない技を手に入れることで、あたしがアドバイスするまでもなく、その弱点をいとも容易く克服してしまった。
浩之は、あたしの考えなんかよりも、一歩先に進んでいたのだ。
寸頸は、英語で『ワンインチパンチ』と訳されている。
つまり、読んで字の如く、1インチの距離からでも放てるパンチなのである。
通常、パンチの威力はリーチの長さに比例する。リーチの長いストレートは威力が高く、逆に短いジャブは威力が低い。これが、格闘技界の常識だ。
だが、何事にも例外は存在する。寸頸は、特殊な撃ち方をすることで、密着するような距離から、フルストレートに匹敵する拳を放てるのだ。
もともと、比較的中~長距離を得意にしていた浩之。この技を会得したことで、間合い的な隙は消滅したと言っても構わないだろう。
『弱点を容赦なく突かれ、痛い目に遭うのも勉強』
そう思って、あたしが密着戦を仕掛け……それで、見事なまでに返り討ちに遭ったのが良い例だ。
「葵は知ってたの? 浩之が寸頸の練習してるってこと」
「いいえ。全く知りませんでした」
軽く左右に首を振って葵が答える。
ウソを吐ける子じゃないから本当に知らなかったのだろう。
「ねぇ、浩之ぃ? なんであたしたちに内緒にしてたわけ? 言ってくれれば、あたしたちだって協力したのに」
ジトーッとした視線を向けて浩之に尋ねる。
葵も同感の様で、コクコクとうなずいている。
「別に深い理由はないんだけどさ。……何て言うか……こういうのっていきなり出された方がインパクトあるだろ?」
「まあね。
……って、ちょっと待ってよ。……それだけ? それだけなの? もしかして……あたしたちにインパクトを与える為……つまりは驚かせる為だけに黙ってたわけ?」
「はっきり言っちまえば、そういうことだ」
あっさりきっぱりと言って、カラカラと笑う浩之。
浩之から返ってきたあまりにも単純明快な解答に、あたしと葵の体からガクッと力が抜けた。事情を知っていたであろうセリオは……ただ、苦笑いを浮かべているだけだった。
……そうよね。浩之ってそういうヤツよね。
あたしは、葵とため息をハモらせながら、改めてそんな感想を抱いた。
「ところでさ、なんで寸頸を選んだわけ? 他にも選択肢はあったんじゃない?」
どうしてわざわざマスターの難しそうな技に手を出したの?
そう思って浩之に訊いた。
「セリオが薦めてきたんだよ。俺にはこの技がいいって。なっ、セリオ」
「はい」
浩之が振ると、セリオは話を受け継ぐように口を開いた。
「浩之さんに頼まれまして密着戦におけるデータを検索しましたところ、綾香さんの仰るように、いくつもの選択肢が出てきました。……で、それらを比較検証した結果、寸頸という技が浩之さんに一番適しているという結論に達しました」
「そなの? なんで?」
純粋な好奇心からあたしは尋ねた。
「まず一つ目の理由。一発で試合の流れをひっくり返せる高い威力」
「……そうね。確かにあの破壊力は魅力的だわ」
身をもって体験したあたしは納得顔でうなずいた。
「二つ目。浩之さんの適性は打撃にあります。不慣れな関節技や投げ技を取り入れるよりは、得意としている打撃技の方が上達が早いと判断しました」
「ふむふむ」
それももっともな意見である。
あたしも、浩之の適性は打撃にあると思っているから、セリオの意見には同感だった。
「三つ目。浩之さんの格闘センスならば修得が可能だと思いました」
「そうですね。先輩でしたら、きっとどんな技でもマスターしちゃうでしょうね」
セリオの言葉に葵が強く反応する。
あたしも概ね同意見だ。浩之のセンスの良さにはいつも驚かされる。
葵の言った『どんな技でも』という言葉。大袈裟に聞こえるが、あながち過大評価ではないかもしれない。
「四つ目。打撃の方が派手じゃないですか。やっぱり、必殺技は格好良くないと♪」
「うわっ。なんか思いっ切り個人的趣味が入ってるし!」
……ま、まあ……否定はしないけど、さ。
「そして五つ目。これが一番大きな理由なのですが……」
セリオは、一拍おいてから、浩之の方に視線を向けて言った。
「寸頸は強靱な下半身が要求される技なのです」
「「強靱な下半身?」」
あたしと葵の声がユニゾンする。
「そうです。
寸頸がどうして近い距離から強いパンチを撃てるのか。その秘密は下半身……足腰にあるのです」
「「足腰?」」
「はい。寸頸は下半身で撃つと言ってもいいぐらいの技です。リーチの無さを、足腰を回転させることによって生じる円運動のエネルギーで補っているのですから。
結果、腰が強い人が撃った方が威力も大きくなります」
「「なるほど」」
あたしと葵は心底納得して何度もうなずいた。
「道理であんな強烈な技が撃てるわけね。そりゃ、浩之向きの技だわ」
「ですね。先輩の腰の強さは人間離れしてますから」
「腰の強さだったら、おそらく世界一だもんねぇ」
「宇宙一かもしれませんよ」
率直な感想を述べ合うあたしと葵。
「…………お…………お前らなぁ」
その横で、浩之が頬をヒクヒクと引きつらせていた。
「なによ。否定できるの?」
あたしがジト目で訊く。
「……………………」
しばしの沈黙の後、浩之は、
「俺、自分では人並みだと思ってるんだけど……」
などと、ふざけた事を真顔で宣ってくれた。
「さーてと。なんか疲れたわねぇ。今日の練習はこれくらいにして上がりましょうか」
「そうですね。そうしましょう」
「賛成です」
それを、あたしたちが綺麗に無視したのは言うまでもない。
「…………聞けよ、お前ら」
この日以降、寸頸は浩之の一番の必殺技となった。
エクストリームの大会でも、この技で強豪をバッタバッタと薙ぎ倒していく事となるのである。
―――だが、
「やったね、浩之! さすがは宇宙一の腰の持ち主ね♪」
「凄いです! 先輩の腰は無敵ですね!」
「やはり、浩之さんの腰はひと味違いますね」
「うがーーーーーーっ! 腰って言うなーーーーーーーーーーーーっ!!」
浩之はいまいち気に入っていないようだ。
現在、新しい技を模索中との事。
まったく。
いったい何が不満なのやら?
< 了 >
☆ あとがき ☆
浩之の必殺技=寸頸、というのは随分前から考えていました。
まあ、放つ機会はそうそう無いでしょうけど(;^_^A
今回のSSは今後書く予定のエクストリーム関連ネタの伏線だとでも思って下さい。
とはいえ、バトル物を書く気は全くありません。
ただ、『浩之や綾香、葵たちはエクストリームに参加してるんですよ~』という程度です。
ですから、事細かに試合のシーンとかを描写するつもりは無いです。
そんなのを書いたら、長くなってしょうがないですし(^ ^;
以降、言い訳というか……補足というか(;^_^A
まず最初に……今回のSS、格闘技に詳しい方は分かると思いますが……かなりインチキが含まれてます(^ ^;
そのうちの一つを挙げますと……実戦の場に於いて、寸頸は密着状態では殆ど使いません。
寸頸を撃つくらいだったら、無理矢理にでも相手を投げ飛ばすか、足をかけて倒した方がいいです(^ ^;
寸頸が有効なのは密着する寸前の間合い。いわゆるトラッピングレンジです。
作中ではショートレンジ・ミドルレンジ・アウトレンジと書いてますが、これはトラッピングレンジ・パンチレンジ・キックレンジと言い換えても可です。
……厳密には多少距離的に(感覚的にも)違ったりするのですが( ̄▽ ̄;
あと、寸頸のマスターが難しいような事を書いてますが、これも正確ではありません。
格闘技経験者でしたら技をマスターするだけならそんなに困難ではないかもしれません。
寸頸の本当の難しさは『放てる間合いに入る事』です。
殆どの場合、その間合いに入るまでに迎撃されて終わりですから。
密着寸前にまで相手に近付かなくてはいけないのですから当然ですね(;^_^A
さてさて、その寸頸ですが、これの撃ち方には諸説あります。
この作品の様に下半身の回転運動によって撃つ方法。
膝の上下運動を利用する方法。
筋肉の伸縮を利用(筋肉をバネに使用する)方法。
体重移動を利用する方法。
文献を読むと、本当にいろいろな方法が出てきます。
まあ、つまりは、どんな方法であろうと、結果的に撃てればOKってことなんです(^^)
……って、そう書くとすっごくアバウトな気が(^ ^;
ちなみに、寸頸を受けた相手が吹っ飛んだ場合は、攻撃側が手加減したか未熟かのどちらかだと言われています。
本当の寸頸は、相手が吹き飛ばずに、その場で崩れ落ちます。
相手に攻撃が当たった瞬間に腕を引き、衝撃を全て相手の体内に吸収させているのだとか。体を内側(内蔵)から破壊しているわけです。
つまり、相手が吹き飛ぶという現象は、衝撃が体内のみに留まっておらずに抜けてしまっている為に引き起こされるわけです。
……よくよく考えると、手加減というのは語弊がある様な……。
吹っ飛ばし版寸頸が試合用。崩れ落ち版がマジバトル用と解釈した方がいいかもしれません。
今回の浩之は綾香を吹き飛ばしていましたが、これは未熟な為です。
この段階の浩之はまだ、やっと撃てたレベルですから。
そういう意味では、まだマスターしたとは言えないでしょう。
もっとも、(仮に)本当に極めていたとしても、浩之が本気版寸頸を大切な彼女に撃つわけがありませんが(^ ^;
えっと、なんか長々と蘊蓄混じりの事を書いてますが、結局はですね……
ご都合主義のデタラメばかりだから、格闘技に詳しい人、お願いだからマジツッコミはしないで下さいね。
……って、ことです( ̄▽ ̄;
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