綾香たちの所にでも行くか。

 あいつらは……ソフトボール組だな。

 俺たちは、グラウンドへと向かった。





「ストラーイク! バッターアウト!」

 俺たちが到着した瞬間、審判役の女生徒の声が聞こえてきた。

 今、綾香たちは守備側だった。
 ソフトボールには綾香とセリオ、委員長が参加していて、それぞれのポジションは、綾香がピッチャー、その球を受けるキャッチャーにセリオ、委員長がファーストとなっていた。

 次の打者がボックスに入る。

 セリオが何やらサインを送ると、綾香は一回小さく頷いて応え、流れる様な美しいフォームで白球を放った。

 ズバーンという小気味良い音と共に、ボールがセリオの構えたミットに吸い込まれる。

「うおっ! は、はえーっ!」

「す、凄いね」

 綾香が投げたボールの、そのスピードに俺たちは度肝を抜かれた。
 まさに剛速球と表現してもいい速さだった。
 端で見ている俺たちがそう感じたのだ。ボックス内の打者にはさらにとんでもない球に感じられたことだろう。実際、反応すら出来ていなかった。

「あ、あんなの打てねーよな。うちのソフト部のレギュラー達でも難しいんじゃねーか」

「そ、そうだね。僕も同感だよ」

 俺たちが呆気に取られている間に2球目が放たれた。ど真ん中のストレート。
 今度は、打者も何とかバットを振ったが、残念ながら掠りもしなかった。

 そして3球目。

「げっ! マジかよ!?」

 それを見た俺たちは唖然としてしまった。

 綾香の投げたボールは、バッターボックス付近でグンと浮き上がったのだ。
 打者も慌てたらしく、闇雲にバットを振った。……が、無情にもボールはミットに納まった。

「今のって、ひょっとしてライジングボールってやつか?」

「うん。そうみたいだね。綾香さんって本当に凄いなぁ。あんなボールまで軽々と投げちゃうなんて。やっぱり才能のある人は違うね。天才って言われるわけだよ」

 雅史が尊敬の眼差しで綾香を見る。

「だな。まったく大したヤツだぜ」

 頷いて同意する。
 しかし、心の中では雅史とはちょっとだけ違う感想を抱いていた。

 あいつの天才振りは努力あってのものだ。
 ソフトボールに関しても例外ではない。今回の球技大会に備えて、あいつはバッテリーを組むセリオと入念にピッチング練習を行っていた。今日の好投だって、それの賜物だろう。

 綾香は確かに才能に恵まれている。でも、あいつはそれだけのヤツじゃない。

 だからこそ、綾香の活躍を見ると、俺も『負けないように頑張ろう』という気が出てくるんだ。



「よっ!」

 俺は軽く手を挙げて綾香たちを出迎えた。

「あっ、浩之! 応援に来てくれたんだ!」

 満面の笑みを浮かべて綾香が駆け寄ってくる。

「ナイスピッチ、綾香。練習の成果が出てるじゃないか」

「えへへ、サンキュ」 

 俺の賛辞に、綾香が照れくさそうな表情になる。

「わたしとしましては、もう少し手加減してほしいところですけどね」

「同感や。全くボールが飛んでこないんでヒマでしょうがないわ。今のところ、全打者三振やからなぁ。守備の人間なんかいらんわ」

 セリオが左手に息を吹きかけながら、委員長が肩を竦めながら……二人とも苦笑を顔に貼り付けて綾香にツッコミを入れてきた。

「あ、あはは」

 綾香は、バツが悪そうに頭を掻きながら乾いた笑いを零す。

「さってと。そんじゃ、数少ないお勤めを果たしてきますか」

 そんな綾香を後目にそう言うと、委員長はバットを持ってバッターボックスに歩いていった。

「……全員三振かよ。ま、綾香らしいとは言えるけどな」

 委員長に「頑張れよー」と激励の言葉をかけて見送ると、俺は綾香に視線を向けて言った。

「ち、ちょーっち張り切り過ぎちゃって……」

 言い訳するように綾香が呟く。

「悪いって言ってるわけじゃねーって。どんな時でも全力を尽くすのは良いことさ」

「うん。ありがと」

「しっかし、それにしても、ライジングボールなんて何時の間に覚えたんだ? あれには驚いたぞ」

「ああ、あれ? あれは試合開始10分前にセリオに教えてもらったの。やっぱ、なんか決め球があった方が格好いいでしょ。ねっ、セリオ」

「はい。スポーツに必殺技は必須ですから」

 何でもない事の様に綾香とセリオがサラッと答える。

「ふーん、なるほどな」

「うん」

「……って、ちょっと待て! 10分まえーーーっ!?」

「そうよ」

 俺が驚愕の叫びを上げると、綾香は『それがなにか?』と言わんばかりの顔を向けてきた。

 こ、こいつって……。

 ライジングボールを10分であっさりとマスターするなよ。全世界のソフトボールプレーヤーが泣くぞ。

 なんか、この瞬間、先程までの努力云々のモノローグが非常に説得力に欠けたものになってしまった気がした。





 俺がちょっぴり脱力していると、『あかんわー』と言いながら委員長が帰ってきた。

「あれ? 随分と早かったな」

「そら早いやろ。初球を打って、どん詰まりでボテボテのセカンドゴロやったからな」

 まるで他人事の様に淡々とした口調で言う委員長。

「あらら。それは残念でしたね。
 ではでは! わたしが智子さんの分もかっ飛ばしてきます! 見事に敵を討ってきます!」

 気合い満々の様子で委員長に宣言すると、セリオはゆっくりとバッターボックスへと歩いていった。

「敵って……んな大袈裟な。戦じゃねーんだから」

 その背中に俺が呆れたように声をかけるが、セリオは気にした素振りも見せずに、意気揚々と左打席に入っていく。

 そして、王さん(現ダイエー監督)を彷彿とさせる綺麗な一本足打法の構えを取った。

「こらこらこらーーーーーーっ!!」

 その瞬間、思わず俺は豪快にツッコミを入れてしまった。

「なんですか、浩之さん。試合の邪魔をしてはいけませんよ」

 眉を顰めてセリオが注意してくる。

「あ、ああ。悪かった。
 …………じゃなくて! セリオ、いくらなんでもそのデータはやめろ。反則だ」

「あら? 浩之さんは一本足打法がお嫌いなんですか?」

「いや……好きとか嫌いとかの問題じゃなくてだな……」

「……ふぅ、仕方ないですね。分かりました。それでしたら、やめます」

 分かってない。お前、全然分かってないよ。それ以前に人の話を全く聞いてないだろ。

 俺はそう言い返したいところを必死に堪えた。
 過程はどうであれ、データを使うのをやめたのであれば結果オーライだ。

 ともかく、これで正々堂々としたフェアな勝負に……

「代わりに振り子打法にしておきますね」

 なってないし。

「うがーっ! だから、それも反則だっつーの! 王さんもイチローもダメだ!」

「でしたらバリー・ボンズで……」

「それもダメ! 全部ダメ! ダウンロード禁止!」

 俺が一気に言い放つと、セリオは微かにくちびるを尖らせた。

「…………けちぃ」

「やかましいわい!
 ……ったく、お前らも何とか言ってやってくれよ」

 俺は綾香と委員長の方に振り向いた。



「うーん。得物が違うと上手い事振り抜けんわ」

「バットじゃなくてハリセンだったら全打席ホームランなんじゃない?」

「まったくや。いっそのこと、こいつで打席に入ったろうか。その方が打てそうな気がするわ」

 どこから取り出したのか、愛用のハリセンを手にして委員長が言う。


「こらそこ! わけの分からない会話をしてるんじゃない!
 つーか、こっちに無関心かい!」



「あはは。いろんな所にツッコミを入れなくちゃいけないから浩之も大変だよねぇ」


「雅史! お前も傍観者に徹して爽やかに笑ってるんじゃねーっ!」



 ……どうでもいいが、三次元同時ツッコミはさすがに辛いぞ。



「…………浩之さん。律儀に全員への対処、ご苦労様です」

 セリオが俺に労いの言葉をかける。

「まったくだな。……って、他人事みたいに言ってるんじゃねーよ!」

「えっ!? わたしも当事者なんですか!?」

「だーーーっ! そもそもお前が第一の……。
 ……………………いや、もういい。話を戻す」

 セリオのボケボケ発言によって突っ込む気を喪失させられた俺は、強引に話の軌道を修正した。

「とにかく、他者のデータに頼るのは禁止。こういうのは、自分の力でやらねーとな。そのことに意義があるんだし」

「自分の力でですか? はい。分かりました」

 俺の言葉に、意外なほど素直にセリオがうなずいた。

「まあ見ていて下さい。データになど頼らなくてもホームランの2本や3本、簡単に打ってみせますから」

 ガッツポーズをして強気な発言をするセリオ。

 そして、セリオは再び打席に入っていった。

 審判役の娘が俺に「もういいんですか?」と目で尋ねてきた。
 俺は首肯で応える。
 それを見て、審判は「プレイ!」と試合再開を宣言した。

 相手チームのピッチャーが振りかぶる。


 1球目……ブンッ! スカッ! 「お、おや?」

 2球目……ブンッ! スカッ! 「あ、ありゃ?」

 3球目……ブンッ! スカッ! 「ふ、ふに?」 

「ストラーイク! バッターアウト!!」

「あ、あれ〜〜〜っ?」



「……………………。
 なあ、セリオ。敵を討つんじゃなかったのか?」

「えと……そのつもり……だったのですが……」

 俺の問いに、セリオがたどたどしく答えた。

「豪快な三振だったな」

「ま、まあ、たまにはこんな事もありますよ。あは、あはははは」

 乾いた笑いで、セリオが場を誤魔化そうとする。

「ほ〜。たまには、ねぇ」

 俺がジト目で言うと、セリオは俺から視線を逸らせてポツリと呟いた。

「そうです。今回は『たまたま』調子が悪かったんです。
 ほ、ほら、あれですよ。弘法も木から落ちるって言葉だってあるじゃないですか」

「ねーよ!」

 俺はどきっぱりとセリオの戯言を否定してやった。



 もしかしたら、セリオってデータが無いと運動音痴なのかもな。

 冷や汗を流して目を泳がせているセリオを見ながら、俺はそんな事を考えていた。

 やっぱ、こいつはマルチと姉妹だわ、間違いなく。

 そして、俺は深ーく納得するのであった。










 試合が進み、再び委員長の打席が回ってきた。

「今度は頑張れよ」

「任しとき! ガツーンと飛ばしてくるわ」

 俺の激励に自信満々に応えると、委員長は数回素振りをしてからバッターボックスに入っていった。



「……どしたんだ、委員長のやつ? 異様に自信に溢れてないか? さっきの打席では散々だったってのに」

「まあねぇ」

「うふふふ」

 俺の疑問の声を聞いて、綾香とセリオがイタズラっぽい表情を浮かべた。

「なんだよ? まさか、何か変なことを吹き込んだのか?」

「失礼ねぇ、そんなことしてないわよ。ただ、ちょっとアドバイスをしてあげただけよ」

「アドバイス? それってどんな?」

「うふふぅ。それはですね……」



「藤田くんのぉぉぉ〜〜〜っ!」

 セリオが俺の問いに答えようとした時だった。打席の方から不意にそんな声が聞こえてきた。
 何事かと思ってそちらへ視線を向けると……

「どスケベーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」

 嫌すぎる絶叫を上げながらフルスイングする委員長の姿があった。

 力強く振り抜いたバットは見事に真芯でボールを捉えていた。
 委員長によって弾き返された白球は、綺麗な放物線を描いて空の彼方へと消えていった。

 完璧なホームランである。

 沸き返るチームメイトと応援の観客たち。

 その中で、俺はただ一人、こけた体勢のままで引きつった顔を浮かべていた。

「な、なんだよ、あれは!? 綾香! セリオ! てめーら、委員長にいったい何を言いやがった!?」

 ガバッと勢いよく体を起こすと、間違いなく元凶であると思われる者たちに詰め寄った。

「べつに何も。ただ、『ボールを浩之だと思って、それにツッコミを入れる感じで打ったらいい結果が出るんじゃないの?』って助言しただけよ」

「……おいおい。なんだよそれは……」

 綾香のいい加減な上にとんでもない発言に、俺はガックリと肩を落とす。

「本当はハリセンを使えれば一番手っ取り早いのですけどね。でも、さすがにそれはルール違反ですから」

「そりゃそうだ。少なくとも褒められる行為ではないわな」

 言わずもがなの事を口にするセリオに、俺は疲れたような口調で返した。

「でしょ? だから、こういう苦肉の策を授けたわけよ。まさか、こんなにも上手くいくとは思ってなかったけどさ」

 そう言うと、綾香はケラケラと楽しそうに笑った。セリオもしてやったりといった顔をしていた。

「あ、そ」

 俺としては、いまいち釈然としなかったが、取り敢えず一応うなずいておいた。

「それにしても……」

 妙にスッキリ晴れ晴れとした顔でダイヤモンドを走っている委員長を見ながら、俺はポツリと洩らした。

「なにも、あんなに大声でツッコミ入れなくてもいいと思うんだが」

「「ま、いろいろと思うところがあるんじゃない(ですか)。浩之(さん)に対して」」

 綾香とセリオの声が綺麗にハモった。

 むぅ。思うところ、か。

 それを聞いて、俺の脳裏にとあるキーワードが浮かび上がってきた。



 『お尻』と『縛り』……である。



 やはり、毎回これらのプレイを施すのはきつかったのだろうか。少しは手加減をするべきだったのかもしれない。

「そうか。そうかもしれないな」

 俺は素直に反省した。

 すまん、委員長! 俺が悪かった!

 これからは……これからは……

 毎回なんて無茶はしない。『1.5回に1プレイ』で我慢する! 涙を呑んで耐えてみせる!

 おおっ! 凄いぞ、俺! 尊敬に値するぞ、俺!

 ……………………。

 でも……本当に我慢できるのかな。あの時の委員長……いや、智子は可愛いからなぁ。ついつい、いぢめたくなっちまうんだよなぁ。……でへへ。

「藤田くん? いったい何を考えとるんや?」

「それはもちろん、アレの時の委員長のプリチーな……お姿……を……」

「ほ〜。それはそれは……」

「……………………い、委員長。何時の間に……」

 浴びせられる冷ややかな声と突き刺さるような視線で我に返った。
 目の前には、愛用の得物を手にした委員長が危険なオーラを発しながら立っていた。

「随分と楽しい事を考えてたみたいやねぇ。薄気味悪くニヤニヤしてたし」

「い、いや……それは……」

「まったく。藤田くんってば……ホンマに……」

 委員長の手に力がこもる。

「委員長! 落ち着け! 人間、暴力はいけないぞ。平和的に話し合おうじゃないか! ラブ&ピースだ!」

「やっかましいわい! このどスケベがーっ!! いっぺん死んでこんかーーーーーーい!!」

 力強く振り抜いた得物は見事に真芯で俺を捉えていた。
 委員長によって吹き飛ばされた俺は、綺麗な放物線を描いて空の彼方へと消えていった。

 完璧なホームランである。



 …………さらば、俺。










 その後は、これといったハプニングも起こらず試合は順調に進んだ。


 ―――それはいいのだが……


「藤田くんの…………ウルトラスケベーーーーーーッ!!」

 委員長が打席に立つ度に、そんな声が青空に響き渡るのは勘弁してほしかった。


 ―――さらに……

「浩之の…………えっちっちーーーーーーっ!!」

「浩之さんの…………アブノーマルーーーーーーッ!!」

 綾香とセリオまでもが便乗してそんな事を言い出すものだから、周りの奴らの俺を見る視線が目に見えて冷たくなっていった。


 ―――追い打ちをかけるように……

「あはは。浩之って実は何気に鬼畜なんだね。知らなかったよ」

 雅史がにこやかに酷なことを宣ってくれたりした。



 その結果、試合が終わるまでの間、俺はまるで針のむしろに座らされているような居心地の悪さを感じさせられてしまうのであった。





 うがーーーっ!

 俺がいったい何をしたって言うんだよーーーっ!

 常人より、ほんのちょっっっっっっぴりエッチなだけじゃないかよーーーっ!

 それなのに、なんでこんな目に遭わなければいけないんだーーーーーーっ!!

 可哀想だ。可哀想すぎるぞ、俺ーーーーーーっ!!





 世の中の不条理を嘆き、心の中で慟哭する俺であった。










 ちなみに、試合は7対0で綾香たちが勝った。



 なんか、もうどうでもいいことだが……。






< おわり >






 ☆ あとがき ☆

 まあ、何と言いますか……浩之は常に『こんな扱い』なんですね(;^_^A

 それにしても、浩之って常人と比べてどれくらいエッチなんでしょう?

 私の意見としては……東京ドーム3杯分くらいですかね。

 ……わけがわからない? 気の所為です。








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