よし、葵ちゃんたちの所に行こう。
葵ちゃんたちは……確かバスケ組だったな。
俺たちは、体育館へと足を戻した。
「おっ。やってるやってる」
俺たちが到着した時、既に葵ちゃんたちのクラスの試合は始まっていた。
「へぇ、上手いものだね。凄いや、松原さん」
俺の隣で、雅史が葵ちゃんのプレーに感嘆の声を発する。
「ああ、大したもんだ」
俺も、それに同意した。
流れるようなドリブル。巧みなディフェンス。正確なシュート。
葵ちゃんのプレイは、バスケ部のレギュラーだと言われても信じてしまいそうなほど見事なものだった。
思わず、俺も雅史も魅入られてしまう。
「葵さ~ん。ファイトですぅ~!」
その時、不意に俺の耳に聞き慣れた声が飛び込んできた。
マルチだ。
マルチは手をメガホン代わりにして、一生懸命声援を送っていた。
俺は、観戦しているヤツらの視線を遮らない様に気を付けながら、彼女の方へと足を運んだ。
「よっ、マルチ」
ポンと頭に手を乗せて声をかける。
「あ、浩之さん」
俺の姿を見ると、マルチは心底嬉しそうに微笑んだ。
「応援頑張ってるな。いーこいーこ」
そう言いながら、軽く頭を撫でてやる。
「えへへ。浩之さんも葵さんの応援ですかぁ?」
気持ちよさそうに目を細めつつ、マルチが俺に訊いてきた。
「まあな」
「浩之さんが応援してくれれば百人力ですね。葵さんのパワーも50パーセントは上がっちゃいますよ」
「そっか。だったら、しっかりと応援しないとな」
「はい♪」
俺は視線を葵ちゃんへと戻した。
「ま、俺の応援がなくても葵ちゃんは既に凄いけどな。さっきから大活躍じゃねーか」
「はい。葵さんは本当に凄いです♪」
まるで我が事の様にマルチが誇らしげに言う。
マルチの気持ちはよく分かる。なぜなら、俺も同じ想いを抱いているから。
俺も、葵ちゃんの活躍が自分の事の様に……いや、もしかしたらそれ以上に……嬉しく思えるし、誇らしく感じるから。
そうこうしているうちに、葵ちゃんは、この試合で何度目かになるシュートの体勢に入った。
敵チームのディフェンスは完璧に抜いている。葵ちゃんが得点をさらに積み重ねるのは確実と思われた。
その瞬間、
「「「きゃー! 葵お姉さま~~~っ♪」」」
体育館中にそんな黄色い歓声が響き渡った。
それを受けて、葵ちゃんは、
「あ、こけてる」
見事なまでにバランスを崩してすっ転んでいた。
……っていうか、俺もこけた。
「な、なんだ、今の声援は?」
体を起こしながら、疑問の言葉を口から零す。
「下級生さんたちですねぇ。葵さんは1年生の方達に人気がありますから」
俺の発したクエスチョンにマルチが答えてくれた。
「特に女生徒さんに絶大な人気を誇ってるんですよ」
「そ、そうなのか?」
「はい。葵さんってスポーツ万能で、格闘技をやってらっしゃるじゃないですか。下級生さんは、そんな葵さんの事を非常に格好良く思って憧れてるみたいです」
「な、なるほどね」
まあ、俺らから見れば葵ちゃんの評価は『可愛い』となるのだが、1年生から見たら『格好いい』となっても不思議はないかもしれない。活動的だし、ボーイッシュな外見をしているし。
俺らがこんな話をしている間も、下級生から葵ちゃんへの『お姉様攻撃』はひっきりなしに続いていた。
何度呼ばれても慣れないのか、その度に葵ちゃんは複雑な表情を浮かべていた。
後輩に慕われるのは嬉しい。だけど、その呼び方は勘弁してほしい。そんな二律背反を感じているのだろう。
だけど―――こんな事を言ったら葵ちゃんに怒られるかもしれないけど―――後輩からの熱狂的な声援を浴びて戸惑ったり照れたりしている葵ちゃんというのも、なかなかに新鮮で可愛らしくて良い感じだった。
「それにしても、『お姉様』って呼び方はやっぱり違和感バリバリなんだけど……」
「それは……まあ……えへへ」
笑って言葉を濁すマルチ。
どうやら、マルチも違和感は感じているようだ。
「でもでも、琴音さんも一部の女の子たちから呼ばれてたりするんですよ」
「……おいおい、琴音ちゃんもかよ。もしかして、マルチまで『お姉様』なんて呼ばれてるんじゃないだろうな?」
流石にそんなことはないだろうと思いながらも尋ねてみた。
「わたしですかぁ? 呼ばれてないですよ」
手を軽く左右に振って否定する。
「そうなのか? だったら、マルチは何て呼ばれてるんだ?」
「わたしは、下級生さんたちに『マルチちゃん』って呼ばれてますぅ♪」
「……………………」
ちゃんですかい。
「えへへ。皆さん、とっても仲良くしてくれるんですよぉ」
「あ……そ、そう」
「はい♪」
屈託のない笑顔で返事をするマルチを見て俺は、
『マルチは『ちゃん』でいいのかもな。一年生連中も親しみを持って呼んでるんだろうし、それがマルチには一番相応しいしな』
なんて事を考えていた。
「そっか。良かったな、マルチ」
俺は、再度マルチの頭に手を添えると、軽く撫でながら言った。
「はいですぅ♪」
「あーーーん、葵お姉様素敵ーーーっ!」
「葵お姉様、格好いいですーーーっ!」
「葵お姉さまーーーーーーっ!」
「お願いだから、お姉様はやめてよーーーーーーっ!!」
……す、少なくとも、お姉様と呼ばれるよりは幸せかもな。
俺は、苦闘する葵ちゃんの姿を見ながら、そうも考えた。
結局、試合は葵ちゃんのクラスの圧勝に終わった。
妨害……もとい、黄色い声援に耐え……じゃなくて、励みに大活躍した葵ちゃんの働きが非常に大きかった。
試合終了後の葵ちゃんは、いろいろな意味で疲れ切っているように見えた。
そんな葵ちゃんに、俺は敬意を表して一言だけ言葉を送った。
「よく頑張ったな……………………葵お姉様」
「……………………あ」
「……………………」
「ご、ごめん。何度も耳にした所為で……つい」
「……………………」
「どうやら、インプリンティングされちゃったみたいで……。ほ、本当にごめん」
「……………………」
「あ、葵ちゃん?」
「……………………せ」
「せ?」
「先輩の…………ばかーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
葵ちゃんの崩拳は痛かった。