< 姫川琴音 (朝) >
「浩之ちゃん。朝~。朝だよ~」
神岸さんが、藤田さんの体をユサユサと揺すりながら声をかけています。
でも、藤田さんには一向に起きる気配がありません。
当然です。だって、藤田さんは『おはようのキス』をするまでは絶対に目を覚ましてくれないのですから。
「もう、しょうがないなぁ」
神岸さんは、苦笑いを浮かべると、わたしに視線を向けてきました。
わたしは、うなずいてその視線に応えると、そっと藤田さんのもとへ近付きました。
「藤田さん、朝ですよ。起きて下さいね」
ちゅっゥ
藤田さんのくちびるに、わたしは、自分のくちびるを軽く重ねました。
軽く……。そう、わたしは軽くのつもりでした。
だけど、藤田さんは『軽く』では許してくれませんでした。
いつの間にか、わたしの頭は藤田さんにしっかりと抱えられてしまい、動かそうにも動かせない状態になっていたのです。
「んん!? んーっ!!」
や、やだ! 藤田さんの舌が……。
ちょっと……そんな……だ、ダメですよ。そんなことされたら……わたし……。
「ん…………んん…………」
体中から……力が抜けて……抗えなくなって……。
あっ!
ふ、藤田さんの手が……わたしの背中を通って……お、お尻の方に……。
これ以上は……これ以上は本当にダメです。
神岸さんだって見てるのに……。
わたし……わたし……困ります!!
「なんちゃってなんちゃって。やんやんやん。藤田さんってば藤田さんってば。そんなことされたら困っちゃいます~」
ベッドのすぐ横で、顔を真っ赤に染めて、ひとりで悶える琴音。
そんな琴音を見て、
「あの~。こ、琴音ちゃん?」
(ど、どうしよう。このままじゃ、起きるに起きれねーぜ。なんとかしてくれよ、あかり)
「そ、そんなこと言われたってぇ~~~」
あかりと浩之は、琴音の言うとおり、本気で困っていた。
「やんやんやんゥ」
< 姫川琴音 (授業中) >
先生が黒板に書いていく数式を、わたしは一生懸命ノートに書き写します。
この時間の授業は数学。
正直言って……ちょっぴり苦手にしている科目です。
嫌いという程ではないのですが、どうしても好きにはなれません。
う~ん。やっぱり、わたしって文系みたいです。
「ふぅ」
ノートを取りながら、思わず小さくため息。
苦手な教科は、どうしても苦痛に感じてしまいます。ついつい、『早く終わらないかなぁ』なんてことを考えてしまいます。
でも……もし、藤田さんが同じ学年だったら、一緒のクラスだったら。しかも、隣の席だったりしたら……。
きっと、数学の授業も楽しいものになるのかもしれないな。
「あっ、いけない!」
「ん? どうした、琴音ちゃん?」
「教科書……忘れてしまいました」
「え? そうなのか?」
「…………はい」
どうしよう。他のクラスのお友達に借りてこようかな?
それにしても、教科書を忘れるなんて……わたしのドジドジ!!
「なあ、琴音ちゃん。よかったら、俺の教科書を一緒に見ようぜ」
自己嫌悪に陥っていたわたしに、藤田さんが助け船を出してくれました。
「いいんですか?」
「もちろんだよ。俺と琴音ちゃんの仲じゃねーか」
そ、そんな……『俺と琴音ちゃんの仲』だなんて……ポッ。
「あ、あの……それじゃあ、お願いします」
「オッケーオッケー。……では」
そう言うと、藤田さんはわたしの肩をグッと抱き寄せました。
「くっつかねーと、見難いからな」
そして、わたしに向かって優しく笑いかけてきました。
「ふ、ふ、ふ、藤田さん!?」
な、な、なんて嬉しいことを!!
…………じゃなくて。
「き、き、き、教室でなんてことをするんですか!? み、みんなが見てるじゃないですか」
「いいじゃん。見たいヤツには見せとけば」
なるほど。それもそうですね。
…………って……だから、そうじゃないってば。
「でもでもでも……」
「琴音ちゃんは、俺とこうするのイヤか?」
う゛っ。藤田さんってばズルい。
…………イヤなわけないじゃないですか。
そんなこと……わかってるはずなのに。
「…………藤田さん…………いじわるです」
「なんだ。今頃気付いたのか?」
ちょっぴり拗ねたように言うわたしに、藤田さんは、いたずらっぽい笑みを浮かべて応えました。
「俺はいじわるだぜ」
「むー」
「だから……」
「『だから』?」
「こんなこともしちゃったりして」
「え? え? え? きゃっ!?」
藤田さんの手が、わたしの首筋をくすぐってきました。
「ちょ……ふ、藤田さん……やめてください」
あうあう。くすぐったいような……き、気持ちいいような……。
「だーめ。何と言っても、俺はいじわるだからな」
「やーん」
ふえーん、みんなが見てますよーっ。やめてくださーい。
家でだったら、いくらでもオーケーですからっ!!
「ほーれ。こしょこしょこしょ」
「やーーーーーーん」
「……………………あー。松原。マルチ。…………姫川のこと…………どうにかならんのか?」
「すみません、先生。こうなった琴音ちゃんは……」
「もう、誰にも止められないです」
「そ、そうなのか?」
「そうなんです」
「あう~。ごめんなさいですぅ~」
その頃、その話題の琴音は……、
「やんやん。藤田さんってば~~~」
頬を朱に染めて、体をクネクネとくねらせていた。
『はぁ~~~~~~』
「やんやんやんゥ」
< 姫川琴音 (入浴中) >
ごしごしごし。
ごしごしごし。
ごしごしごし。
「ほえ~。気合い入ってるネ、コトネ」
丹念に丹念に体中を磨き上げるわたしに、レミィさんが感心したような声をあげました。
「そうですか?」
「そうだヨ。何て言うか……『妥協を許さない』って感じかな」
「う~ん、そうかもしれませんね」
確かに、レミィさんの言う通りだと思います。でも、それは仕方ないことなんです。
だって、今晩は……なんですもの。
藤田さんに見せることになるんですから、気合いだって入ります。
「やっぱり、好きなひとには、少しでも綺麗な姿を見せたいじゃないですか。
……って、レミィさん、どこを見てるんです!?」
ふと気が付くと、レミィさんは、視線をずっと一カ所に向けていました。
その視線の先は……わたしの胸。
思わず、両手で隠してしまいます。
「な、な、何をそんなに凝視してるんです!?」
「コトネ……成長したネ」
詰問口調のわたしに対して、レミィさんは笑みを含んだ声で応えてきました。
「…………へっ!?」
「うんうん。ヒロユキに愛された成果ネ」
「え……あ……う……」
サラリと発せられたレミィさんの爆弾発言に、わたしの全身が真っ赤に染まっていきました。
何か言葉を返そうにも、頭の中が混乱していて、上手く紡ぐことができません。
ま、まったく、なんてことを言うんですか!!
『藤田さんに愛された成果』だなんて……。
そんな……そんな……。
「琴音ちゃんの……可愛いよ」
「本当ですか? 藤田さん」
「ああ、もちろんだよ」
「……嬉しいです」
わたしは、今、藤田さんに抱かれています。
……一糸纏わぬ姿で。
「でも……あまり、見ないで下さい」
「どうして?」
「だって……小さい……ですから」
「俺は、そんなの気にしないけどなぁ」
羞恥を含んだわたしの訴えを、藤田さんは笑って受け流します。
「わたしは……気にするんです」
さらに、声に羞恥を込め、わたしは訴えました。
「そっか」
ようやく、わたしの気持ちが理解できたのでしょうか。藤田さんが神妙な顔になりました。
「そんなに気になるんだ」
「……はい。やっぱり、胸が小さいというのはコンプレックスですから」
「そうかそうか」
腕を組んで、『うんうん』と何度もうなずく藤田さん。
その様子を見て、わたしは何故かイヤ~な予感がしました。
……いわゆる『不幸の予知』です。
そして、こういう場合の『予知』は……残念ながら(嬉しいことに?)外したことがないんです。
今回も、例外ではありませんでした。
「なあ、琴音ちゃん?」
「な、なんですか?」
「コンプレックス……取り除きたいと思うか?」
「それは、まあ」
自分のコンプレックスを無くしたいというのは、全人類共通の願いだと思いますし。
「だったら……努力しないとな」
「そう、ですね」
「そこでだ。俺も微力ながら、琴音ちゃんの努力に協力したいと思う」
「協力……ですか?」
「そう。協力」
胸を大きくする為の努力の協力? う~ん、なんだろう?
昔からよく言われているのは、胸を大きくする為には男の人に……。
……男の……人に……。…………人…………に…………。
…………………………………………。
「…………あの…………えっと…………それって…………もしかすると…………もしかします?」
恐る恐る尋ねるわたしに、藤田さんはニヤリという笑みを返してくれました。
その笑顔を見た瞬間、わたしは自分の予知が的中したことを確信しました。
「うにゅ~。藤田さんのえっちぃ~~~」
「失礼な。これは協力だぞ」
「うにゅ~~~~~~」
「というわけだから……頑張らせていただきます!!」
「うにゅ~~~~~~~~~~~~」
「えっと……さ、先にあがるネ。コトネも、のぼせないように気を付けなヨ」
レミィは、そう声をかけて、風呂場から出ていった。
相手に、聞こえていないであろうことを確信しながら。
その、当の相手である琴音は……、
「ふ、藤田さんってば……ダメですよ。そんなにしちゃ……」
湯につかりながら、体をぐりゅんぐりゅんと悶えさせていた。
「な、何て言うか……ある意味、幸せな娘だよネ」
「やんやんやんゥ」
< 姫川琴音 (就寝) >
「藤田さん……あたたかいです」
「琴音ちゃんも、あたたかいよ」
「わたし……藤田さんとこうしている時が……いちばん……幸せです」
藤田さんの胸に頬を寄せ、わたしはうっとりとした声でつぶやきました。
そんなわたしの言葉に、藤田さんはからかいを多分に含んだ口調で応えました。
「へ~。琴音ちゃんって、けっこうエッチなんだな」
「ち、違います! わたしが言いたいのはそういうことではなくて……」
必死に弁解するわたしの態度を見て、藤田さんがプッと吹き出しました。
……むっ。藤田さん、いじわるです。
自分でも、わたしの顔が拗ねた物に変わっていくのが分かりました。
「あはは、琴音ちゃんって可愛いよなぁ」
「むー。藤田さん、ヒドイです」
「ごめんごめん」
「イヤです。許してあげません。誠意が感じられませんもの」
「誠意?」
「はい。誠意です」
「誠意、かぁ」
そう言って、藤田さんは考え込んでしまいました。
な、なんか……このパターンって……も、もしかして……。
「よし! では、俺の誠意を示す為に、いつもよりも3割増で頑張ることにしよう」
うにゅ~~~。やっぱり、こうなるんですね~~~。
「それじゃあ……藤田浩之、誠意を見せまーーーっす!!」
え!? え!? ち、ちょっと、そんないきなりーーー!?
「ふ、ふ、藤田さ……ん! あっ! ちょ……んんっ!!」
「やーん。エッチなのは、藤田さんの方じゃないですかーーーっ!」
ベッドの中でうにょうにょ蠢く琴音。
そんな琴音を眺めながら浩之は……、
「初っ端から妄想モードに入っちゃってるよ。…………俺、いったいどうすりゃいいんだ?」
完璧に途方に暮れていた。
「……………………寝よ」
「やんやんやんゥ」
「琴音ちゃんって……」
「ん? なに? 葵ちゃん」
「『かなり』……妄想癖があるよね」
「え!? う、うそだよ。そんなことないよ」
「そうですね。琴音さんって、『すっごく』そういうとこがありますよね」
「ま、マルチちゃんまで……。そんなことないってば」
「……………………」
「……………………」
「そんなこと、ないもーーーん!!」
琴音ちゃんのファンのみなさん、ごめんなさい。
どうして、こんな危ない娘になってしまったんだろう?(;^_^A
書いてて楽しいからいいけど(をい
きっと、『マルチの話』に出てくる琴音ちゃんに影響を受けたせいだな。うん(笑
と、ひとのせいにしたところで、唐突にあとがきを終わります(^ ^;
ではでは、また、次の作品でお会いしましょう\(>w<)/
追記
あとがきを書いている途中で、今回の話が『矢島SS』と被っていることに気付いたのは君と僕だけの秘密だ!(泣
さらに、『ま、いっか』などと思ってしまったことは、もっと秘密だ!!