あなたは何故、かくも過酷な運命をわたしにお与えになるのですか?
何故、このような試練をお与えになるのですか?
あぁ、神よ。
「いい加減にあきらめようよ、千鶴さん」
「うるうる……。だってだって、耕一さん……」
「往生際が悪いぜ、千鶴姉。全てはジャンケンで負けた自分が悪いんだろ?」
「うぅ。それはそうだけど……」
「おとなしく、運命を受け入れなって」
「うぅぅぅぅ~~~」
「今日は節分だね。豆まきしなきゃ♪」
全ての始まりは、その初音の一言だった。
そして、全ての不幸の始まりは……
「そうね。だけど、どうせやるなら、鬼役も決めて本格的にやりましょう」
この一言だった。……………………わたしの。
さらには……
「みんな。豆をぶつける時は、相手に遠慮しちゃダメよ。確かに、ちょっとかわいそうかもしれないけど、これは1年の幸せを願う神聖な儀式なんですからね。思いっっっ切りやるのよ」
なんてことまで言ってしまった。
あぁっ、わたしのバカバカ!! なんで、そんな余計なことを言うのよ!?
口は災いの元。私の頭の中は、その言葉で埋め尽くされていた。
まあ、仕方ないわ。わたしが言い出したことだし、豆をぶつけられることは我慢しましょう。
だけど……だけど……。
「ぷぷっ。に、似合ってるぜ、千鶴姉ぇ」
「笑うんじゃありません!! だいたい、なんでこんな物を着なければいけないのよ!?」
「なーに言ってるんだい。鬼といえば、それが定番アイテムだろ?」
「そうかもしれないけど……」
わたしが着ている物。それは…………毛糸のパンツだった。昔話に出てくる鬼がはいているような。
そして、頭には紙製の鬼のお面。
…………我ながら、この格好は情けないと思う。
ちなみに、さっきから耕一さんに楓、初音はわたしの方を見ようともしない。
理由はわかっている。見たら笑ってしまうのだろう。
3人は、わたしから顔を背けて、肩を震わせていた。
「くくっ。そ、それじゃあ。そろそろ豆まきを始めようか。くくくっ」
耕一さん。笑いたいのでしたら、思いっ切り笑ったらいかがですか!?
「そ、そうですね。…………は、始めましょう」
楓。そんなに必死に我慢しなくてもいいわよ。
「……………………うん」
初音。それだけ言うのがやっとなのね。涙まで流しちゃって。
「あははははは!! 始めよう始めよう!! あははははは!!」
梓!! あなたは少しは我慢しなさいっ!!
とほほ。わたしって不幸。
イタズラな運命に振り回される薄幸の美女。
やっぱりわたしって、悲劇のヒロインなのね。しくしく。
あれから、豆まきを始めるにあたって、いくつかルールが作られた。
1)制限時間は30分
2)まずは千鶴がスタート。そして、その1分後、耕一たちの追跡開始
3)柏木家の敷地内なら、どこへ逃げても構わない
逆に言えば、敷地外に逃げることは禁止
4)千鶴側からの反撃は不可
5)豆の制限弾数(?)はひとり一升まで
以上
ふっふっふ。面白いじゃない。
いいわよいいわよっ!! 豆でも何でもぶつけられるものならぶつけてみなさいよっ!!
30分くらい、逃げ切ってみせるんだから!! ぜーーーーーーんぶかわしてあげるんだから!!
わたしの本気を見せてあげるわ。開き直った女の怖さを思い知らせてあげるわーっ!!
―――5分経過
さぁ~、逃げ切ってみせるわよ。
そう簡単に見付かってたまるもんですか。
「お姉ちゃん、みーつけた」
……あうっ、簡単に見付かってしまった。
「は、初音……」
でも……初音かぁ。
初音だったら……
(初音、お願い見逃して。痛いのはイヤなの)
とか何とかを涙混じりに言えば……。
ふっふっふ。そうね。そうよね。よし、この手でいきましょう。
では、早速……
「お姉ちゃん、ごめんね」
…………うっ、先手を打たれた。
「ホントはお姉ちゃんに豆をぶつけるなんてことしたくないの。ごめんねごめんね」
うぅっ。初音、あなたってやっぱり良い子ねぇ。梓とは大違いだわ。
「ごめんねごめんね」
「いいのよ、そんなに気にしなくても」
「ごめんねごめんね」
初音は何度も謝りながら……
豆を掴んで……
わたしに向かって……
……って、え? え? え?
ビッシィー!!
………………い、いたいの。
な、ナイスコントロールよ、初音。
あなた、腕を上げたわね。お姉ちゃんは嬉しいわ。
…………でも……いたいの。
うぅー、それにしても油断したわ。初音の申し訳なさそうな表情に完璧に騙されてしまった。
「ごめんねごめんね」
ビシッビシッ!!
「いたいいたい」
ち、ちょっと~。こら、初音、いい加減にしなさい。
謝ればいいってもんでもないでしょうが。
「ごめんねごめんね」
ビシッビシッ!!
「いたいいたい」
いや……だからね……。
「ごめんねごめんね」
ビシッビシッ!!
「いたいいたい」
……………………。
「ごめんねごめんね」
ビシッビシッ!!
「いたいいたい」
「ごめんねごめんね」
ビシッビシッ!!
「いたいいたい」
「ごめんねごめんね」
ビシッビシッ!!
「いたいいたい」
―――13分経過
うぅっ、ひどい目にあった。
まさか、初音相手にここまでダメージを負うとは。
はっきり言って、予想外の展開だわ。
いきなり、この有様だなんて。先が思いやられるわね。
そう思い、深いため息を吐いた時、背後から声をかけられた。
「あっ、姉さん」
ビックーン!!
うわっ、ビックリしたぁ~。
ドキドキと激しく鼓動する胸を押さえながら振り返ると、そこには心配そうな顔をした楓が立っていた。
「か、楓」
「大丈夫、姉さん? なんか、痣が出来てるけど」
「……あんまり……大丈夫じゃないかも……」
「痛いの?」
「痛い」
「…………そう」
わたしの答えを聞いて、ますます心配そうな表情になる楓。
「………やっぱり、姉さんをいつまでも苦しめるのはかわいそうよね」
楓ぇ~。あなたはなんて優しい娘なのぉ~。
姉さん、感動しちゃったわ。ジーン。
「……ここは、わたしがひと思いに……。ふふふ」
…………ちょっと待てぃ。
「楓!! さっきと言ってることが違うじゃないの!! いつまでも苦しめるのはかわいそうなんでしょ!?」
「えぇ、そうよ。だ・か・ら、わたしがひと思いに楽にしてあげるわ。そうすれば、苦しみは終わるわよ」
人生も終わりそうなんだけど……。
「ふふふ。それじゃあ……行くわよ」
あぁっ、楓ったら何て嬉しそうな顔。やっぱり、あなたにも狩猟者の血が流れているのねぇ。
……なんて、冷静に観察している場合じゃないわよ!! 早く逃げないと……。
「姉さん、覚悟っ!!」
あぁぁぁぁ~~~っっ、逃げ遅れたぁぁぁぁ~~~っっっ!!
ビシッ!! バシッ!! ズブシッ!! ベシッ!!
「あんぎゃ~~~~~~~~~~~~~~~っっっ!!」
―――21分経過
死ぬ……もう死んじゃう……。
でも、まだ2人も残ってるのね。しかも、耕一さんと梓。
今、この2人に豆をぶつけられたら…………本気で死ぬかも。
まあ、耕一さんなら見逃してくれるかもしれないけど……。
「どうか、梓にだけは見付かりませんように」
わたしは神に祈った。心から。精一杯に。
しかし、その願いは、実にあっさりとうち砕かれた。
「甘ーーーい!! 甘いよ、千鶴姉ぇ!!」
……………………神様の意地悪。
「うわっ、出たーーーっ!!」
「何だよ、千鶴姉。ひとを化け物か何かみたいに」
「化け物の方がマシよ!! あなたよりはよっぽど可愛いわ」
「あ、そういうことを言うんだ。せっかく見逃してあげようかな~と思ってたのに」
よっく言うわよ。そんな気は更々無いくせに!!
「そんなことを言われたら、豆をぶつけないわけにはいかなくなっちゃうよねぇ~」
はいはい、そうでしょうよ。
「これは、自分の口が招いた結果なんだからね。あたしを恨まないでよ」
「……………………一応、考えておいてあげるわ」
「へへへ~。じゃ、お待ちかねの豆まきタ~イム!! あんまり引っ張るのも悪いから、サクッとトドメを刺させてもらおうかな」
「……………………好きにして」
なんかもう、抗う気も無いわ。
…………どうか、死んでも命がありますように。
「ふぅ~、すっきりした。千鶴姉、生きてる? 千鶴姉?」
「……………………」
「ありゃ、返事が無い。こりゃ、ただのしかばねだね」
…………否定はしないわ。
―――28分経過
「千鶴さん」
遂に真打ちの登場ですね、耕一さん。
…………って、あの……その……。
「こ、耕一さん?」
「はい? 何ですか?」
「あの~、右腕が鬼化している様に……見えるんです……けど……」
「してますよ」
「なぜ……わざわざ……そんなことを?」
「全力を出さないと千鶴さんに失礼かなぁと思いまして」
「……………………そ、そうですか」
うぅっ、思えば短い人生だったなぁ。
「それじゃあ、いきますよ。思いっ切りぶつけますからね」
「……………………はい」
もう、どうにでもして下さい。
わたしは目を瞑って、衝撃が襲ってくるのを待った。
バシッかな? ビシッかな? それともズビュッかしら? まさか、グシャッ?
しかし、実際はわたしの想像とは違ったものだった。
ぺち
…………ぺ、ぺち? え? え?
衝撃……と言うのもおこがましい、弱々しい感触。
な、なに今の?
「はい、終わりましたよ」
…………へ?
「あ、あの……耕一さん? 終わりって?」
「今のでちょうど30分です。豆まき終了ですよ」
わたしに腕時計を見せながら微笑む耕一さん。
「え? で、でも……最後の『ぺち』は?」
「ん? なにか問題ありました?」
「いえ……その……。あんなのでいいんですか?」
「なに言ってるんですか。俺が千鶴さんに本気で豆をぶつけたり出来るわけがないでしょ」
「だけど……鬼の手……」
「あれですか? あれはちょっとしたギャグのつもりだったんですけど……。すみません、悪趣味でしたね」
そう言って、そっとわたしの体を抱き締める耕一さん。
「千鶴さん。俺はいかなる理由があろうとも、あなたを、愛する人を傷つけるようなことはしません」
「耕一……さん」
「約束します」
「耕一さん!!」
わたしは耕一さんの背に腕を回し、ギュッと力を込めた。
心地良い。まるで、体中の傷が癒されていくみたい。
耕一さんの、最愛の人の腕の中で、わたしは強い幸福感を得ていた。
先程までの苦労も、今の気持ちを大きくする為のスパイス程度にしか感じられなかった。
今のわたしは、間違いなく世界で一番幸せな女だった。
……同時に、こんなことも考えていた。
幾多の苦難を乗り越えて、最後にはハッピーエンド。
あぁっ、まさにヒロインの王道!!
やっぱり、わたしこそが『真の』ヒロインなのよぉ!!
そのことを深く深く再認識する千鶴であった。
「梓ちゃ~ん。これはいったいなにかしら?」
目の前の物を指さしながら、梓に問いかける千鶴。
「豆」
「そんなのは、見ればわかるわよ!!」
「うるさいなぁ。節分には年齢の数だけ豆を食べるのが決まりだろ。だから各人に用意したんじゃないか」
確かに、梓の言う通り、耕一・楓・初音の前には年齢の数だけの豆が置いてあった。
「じゃあ、わたしの『これ』はなんなのよ!?」
千鶴の前には…………ドンブリに山盛りになった豆が置かれていた。
「千鶴姉の年齢分」
「あんたねぇ~」
「あれ? 足りなかった?」
「そんなわけないでしょ!! なによ、梓。あなた、わたしになんの恨みがあってこんなことしてるのよ!?」
「う・ら・みぃ~?」
千鶴のその言葉を聞いた途端、梓の顔色が変わった。
「恨みだったら幾らでもあるぜ。千鶴姉が割ったコップの恨みとか、千鶴姉が粉砕した皿の恨みとか、千鶴姉が破壊した茶碗の恨みとか、千鶴姉があの世へ送った食器棚の恨みとか」
「うっ」
「まだまだあるけど……。なんだったら、ひとつひとつのことを事細かに話してあげようか?」
「……け、結構です」
「あっそ。まあ、それはいいや。……そんなことより、あたしが許せないのは……」
そこで、梓は言葉を切った。
そして、たっぷりと間を空けてから言い放った。
「あたしたちに隠れて、千鶴姉『だけが』耕一とイチャイチャしていたことさ!!」
その言葉に顔を真っ赤に染める千鶴。
「梓、あなた見てたの!?」
「…………たまたまだけどね。まったく、なにやってるんだか」
その時、それまで黙って2人の会話を聞いていた楓と初音が、露骨に不満そうな表情を浮かべて千鶴に詰め寄っていった。
「姉さん…………ずるい」
「お姉ちゃんだけイチャイチャしていたなんて……」
「え? ……あ……その……」
しどろもどろの千鶴。事実なだけにうまい言い訳が思い浮かばないらしい。
「楓、初音。やっぱり、抜け駆けは許せないよなぁ?」
「…………当然」
「もちろんだよ」
「そうだろそうだろ。てなわけで……はい」
言うと同時に楓と初音の両者に大量の豆が入った升を渡す梓。
「ち、ちょっとちょっと!! なにをする気よ!?」
「決まってるだろ。お仕置きを兼ねて、豆まきの第2ラウンドさ!!」
なんとも哀れなことに、千鶴は再び豆の餌食にされるらしい。
さぞや、ショックを受けていることだろう。……と、思いきや。
「……そう。第2ラウンドね。ふっふっふ。面白い、受けて立とうじゃないの!! さっきはルールだから反撃しなかったけど、今度は遠慮しないからね」
そう言って、ニヤリと不敵な笑みを浮かべる千鶴。エルクゥの血が騒ぐ、といったところか。
「望むところだぜ、千鶴姉ぇ!!」
「姉さん……覚悟はいい?」
「いくよ、お姉ちゃん」
「かかってきなさい!!」
全員、闘志まんまんである。
「おいおい。やめろよ、みんな。なにも、そんな興奮しなくても……」
それまで呆気に取られていた耕一が、やっと我に返り、場を鎮めようとした。
…………したのだが。
「「「「耕一(さん)(お兄ちゃん)は黙ってて!!」」」」
「はい」
あえなく沈黙。
基本的に柏木家は女性の方が強いのである。
「梓、楓、初音……いくわよ」
「オッケー。いつでもいいぜ」
「それでは……」
「レディー……」
「「「「ファイト!!」」」」
こうして、柏木家の豆まき第2ラウンドがスタートした。
そのドタバタは三日三晩続いたとか……。
結果は――後に呼称されることになる――『勝者無き戦い』の名が物語っていた。
なにはともあれ、今回は千鶴も思いっ切り豆をぶつけることができて大層幸せだったとか。
めでたしめでたし…………………………………………??
毎度!! Hiroです。
う~ん、今回のSSは反省点ばっかりです。
遅れに遅れるし、内容は……だし(--;
しかも、タイトルには何も意味が無いし。
あうーっ、本気で反省ばっかりだよーーーっ!!
取り敢えず、読んで下さった方が、少しでも楽しいと感じていただければ幸いです。
ではでは、また次の作品でお会いしましょう\(>w<)/
…………次は『たさい』です。ほぼ、間違いなく。