今、俺たち『藤田家』一同はリビングに集まっていた。というのも、前述したように芹香先輩に『大事なお話があるんです』と言われていたからだ。
「姉さんのことだから、『新しい魔法を覚えた』とか『面白い薬が出来た』とかだとは思うけどねぇ」
「ま、そんなとこやろな」
この時の俺たちは、はっきり言ってたかをくくっていた。それも思いっ切り。
しかし、先輩の話はそんなお気楽なモノではなかったのだ。
『えーーーっ!! 卒業しないーーーーーーっっっ!?』
先輩の話を聞いた俺たちは思わず叫んでしまった。
だって……なぁ。いきなり卒業しないなんて言われたらなぁ。
せっかく大学にだって受かったのに……。式はもう目と鼻の先なのに……。
「ちょっと姉さん、本気なの?」
「…………(こく)」
本気です、か。
そりゃそうか。先輩が冗談でこんなこと言うわけねーよな。
でもなぁ。卒業しないなんて言っても、そんなの、生徒の側で決められることじゃないと思うんだけど。
…………そうでもないか。先輩――と言うか、俺たち――だったら可能だな。何と言ってもバックにでっかいもんがくっついてるからなぁ。
あのじいさんだったら、学校に圧力をかけることぐらい平気でやりそうだし。
……って、そんなこと考えてる場合じゃねーって。
先ず、しなきゃいけねーことがあるだろうが。先輩に理由を訊いたり……。
「あの、芹香せんぱい。よかったら理由を教えてくれませんか?」
……ちっ、先に言われちまったか。ま、まあいい。ナイスだ、あかり。あとで褒めてやる。
だけど、それよりも今は先輩だ。
「先輩。……わけ、話してくれるよね?」
「…………(こくん)」
「どうしてなの?」
「…………ひとりぼっちはイヤだからです」
「えっ?」
「……ひとりは……イヤです」
せん……ぱい?
「学校では、わたしはひとりでいることが多いです。みんなに会えない時間が長いです。この中の誰よりも。……当然ですよね。だって、3年生はわたししかいないのですから」
確かに、な。
うちの学校は学年ごとで階が分かれているから、どうしても他の学年の奴とは疎遠になってしまう。
藤田家のメンバーは2年生が7人、1年生が3人もいるのに対し、3年生は先輩しかいない。
先輩が寂しさや孤独感を感じたとしても、それは仕方がないのかもしれない。
「でも……今はまだ、それでも我慢出来るんです。みんなも同じ建物の中にいる、昼休みになったら会える、そう自分に言い聞かせることが出来るから。だけど……だけど……卒業してしまったら……みんなとは違う学校に通わなければいけなくなります。……今でさえ寂しくて辛いのに……そんなの……そんなの……わたしには耐えられません」
「先輩……」
なるほど。先輩の言いたいことは分かった。気持ちも理解出来る。
けど……。
卒業しない――つまりは留年する――なんてことを許してしまって良いのだろうか?
それに、こんな大事なことを俺たちだけで決めたらまずいんじゃないか?
「先輩はこのことをじいさんたちには相談した?」
「…………(こく)」
あ、そうなんだ。
「それで、何だって?」
「あの……これを……」
先輩は懐から一通の手紙を取り出すと、俺に差し出してきた。
「俺に?」
「はい。おじい様から、浩之さんにお渡しするようにと……」
じいさんが俺に?
怪訝に思いながらも、手紙を受け取った俺はすぐに中身に目を通した。
えっと……なになに。
『藤田くんが決めるように』
手紙には、ただその一言だけが書いてあった。
愛想が無いと言うか何と言うか。まったく、あのじいさんらしいなぁ。俺は苦笑しながらも、その言葉を噛みしめていた。
藤田くんが決めるように……か。
たった一行の短い文だが、俺にはそれがとてつもなく重い言葉に感じられた。
藤田家のことは俺が決めなければいけない。
みんなと相談をするにしても、最終的な決断は俺が下さなければならない。
そして、その決断の結果いかなる事態を招こうとも、俺はそれを真正面から受け止めなければいけない。
それが家長たる者の負うべき責任と義務である。
じいさんの言葉は、そんなことを俺に説いている気がした。
……ったく、大きなお世話だぜ。このお節介じじいが。
でも、おかげで吹っ切れたよ。そうだよな。こいつらのことは俺が決めねーとな。
それから、俺は考えに考えた。
どうすれば先輩が笑顔になれるか。先輩にとってなにが一番大切なのか。
考えた。
とにかく考えた。
普段あまり使わない脳味噌を酷使した為かズキズキと頭が痛んだ。しかし、それでも考えを止めることはしなかった。答えを出すことを引き延ばせば、それだけ先輩が悩み不安を抱く期間をも引き延ばしてしまう。
そんなことは絶対に許されない。
考えた。
考えた。
脳細胞が沸騰するのではないかと思えるほど考えた。
そして……答えは出た。
「先輩」
「はい」
「俺たちといっしょに高校3年生をやろうぜ」
そう、それが俺の答えだ。
いくつかシミュレートしてみたが、先輩の笑顔を思い浮かべることが出来たのはこの結果しかなかった。
逆に言うと、先輩にとって、俺たちといっしょにいること以上に価値があることを思い浮かべることが出来なかったのだ。
「……いいんですか?」
「もちろんだよ。みんなもいいよな?」
俺は全員の顔を見回した。
「うん。いいと思うよ」
「ま、ええんとちゃう」
「OKOK!! ノープロブレムネ!!」
よしよし。反対意見は無しと。
「ほらな。みんなもいいってさ」
「浩之さん……みんな…………ありがとう…………あり……とう…………ありが……」
緊張から解放された為か、それとも嬉しさからか、先輩は大粒の涙を流して泣き出してしまった。
そして、そんな先輩に優しく声をかけるあかりや綾香たち。
俺は、その心が洗われるような光景を見て……
『みんなのことはどんなことがあっても守り抜く。悲しみの涙は絶対に流させない。その為だったら、俺はどんなに泥をかぶっても構わない』
改めて、そんなことを決心していた。
それからしばらく経ち、先輩が落ち着きを取り戻した頃。
「姉さんが同級生かぁ。嬉しいけど、なーんか変な気分」
綾香のその何気ない一言で、俺はあることに気が付いた。
「そうか。先輩は同級生になるんだもんな。だったらこれからは『先輩』とは呼べなくなるな」
その言葉に先輩は即座に反応を見せた……のはいいんだけど。
瞳が妖しい輝きを放っているように見えるのは俺の気のせい?
「でしたら……その……芹香って……呼んで下さい」
「わかった。じゃあ、これからは芹香さんって呼ばせてもらうよ」
途端に不機嫌そうに曇る先輩の顔。
……なんで? 俺、なんか悪いこと言った?
しかし、その疑問はすぐに打ち消された。先輩自身によって。
「せ・り・か」
「はい?」
「芹香、です」
つまり、呼び捨てにしてくれってことなのね。『さん』は余計だってことか。
だけどなぁ。今までずっと『先輩』と呼んできたからなぁ。
いきなり呼び捨てというのも抵抗が……。少し照れくさいし。
「……ダメですか?」
俺が無言でいたのを否定と受け取ったのだろうか。先輩が不安そうな顔で見つめてきた。
不安そうに……上目遣いで……ちょっと瞳を潤ませて……。
か、可愛い。
……って、先輩。その表情は卑怯だろ!! そんな顔されたら断れるわけないじゃねーか!!
「芹香と呼ばせていただきます」
てなわけで、あえなく陥落。
少しだけ情けないぞ、俺。
でもまあいっか。
「よかった」
先輩……もとい、芹香が嬉しそうにしてるからな。
それにしても、どうでもいいんだけど、さっきから妙に鋭い視線を感じるんだよなぁ。
なんだろうと思い、その方へ顔を向けてみると……。
委員長・理緒ちゃん・琴音ちゃん・葵ちゃんが目で何かを訴えていた。
何か、とはもちろん『わたしも呼び捨てがいい!!』である。
…………そのうちにね。
一度に全員を呼び捨てにすると照れくさくて死にそうになるから。
―――4月X日
あ~ぁ、楽しかった春休みも終わり。今日からまた学校かぁ。
俺たち藤田家はひとりの脱落者も出さずに全員が無事に進級することが出来た。
…………進級出来たのが不思議な奴もいたが。
「ン? なに、ヒロユキ? どうかした?」
「………………別に」
それはともかく、始業式の日に先ずすることと言えば……
「浩之ちゃ~ん。クラス分けのプリントもらってきたよ~」
「でかした、あかり」
やっぱりクラスの確認だよな。
てなわけで、俺も早速……。
えーっと、どれどれ。
……俺の名前俺の名前っと…………あったあった。
……おっ、また雅史は同じクラスだな。
……あかりも同じクラスか。あとは綾香に芹香に……。
……………………
…………………………なにっ!?
俺のクラスは3-Bだった。それはいい。
問題は、俺のクラスに藤田家の人間が勢揃いしてやがることだ!!
何なんだ、この明らかに作為的なクラス分けは!?
「2年の方はどうだった?」
なんとなく答えは分かっていたけど。
「はい。みんな同じクラスですぅ~。とっても嬉しいですぅ」
…………やっぱり。
学校側の配慮か来栖川からの圧力かは分からないが、とにもかくにも全員が同じクラスとなったわけだ。
「ま、いっか。冷静に考えりゃこれ以上は無い最高のクラス分けだしな」
「そうだね。わたしもマルチちゃんと同じ。みんなといっしょで嬉しい」
「高校生活最後の1年をこのメンツで締めくくるっていうのも結構いいわね。姉さんもそう思うでしょ?」
「…………(こくこく)」
「えへへ。よろしくね、レミィさん」
「リオ。こっちこそよろしくネ!!」
「退屈の心配だけは無用のようやな」
「まったくですね。保科さん」
「うふふ。葵ちゃん・マルチちゃんといっしょのクラス」
「とっても楽しい1年になりそうだね」
「はいですぅ」
俺たちの新たな1年は、こうして賑やかにスタートした。
桜の花びらとみんなの笑顔に包まれた最高の幕開けだった。
志保はまたまた別のクラスだった。
「なんでよーっ!! あたしの掴んだ情報では、あたしとヒロとあかりと雅史は同じクラスになるはずなのにぃー!! 志保ちゃんニュースが外れるなんて、世の中間違ってるわーーーっっ!!」
お約束というものは大切である。
――― 追記(2) ―――
「ぬはははははっっ!! またもまたも神岸さんと同じクラス!! やはり俺と彼女は運命の赤い糸で結ばれているのだ!! むはははは!! どぅわーはっはっはっはっは!!」
言わずと知れた矢島である。どうやら、妄想の真っ最中のようだ。
彼は近い将来現実の厳しさを知ることになるだろう。
「神岸さん!! 俺がきっと藤田のアホからきみを解放してあげるからねぇ」
…………………………………………ま、頑張れや。
どもども、いきなり反省モードのHiroです。
閑話休題
あうーっ、自主的とはいえ、芹香を留年させちゃったよーーーっ!!(@@;;
本編中の浩之ではありませんが、考えに考え抜いた結果なんですけどね。
それでも、今回のSSは賛否両論ありそうです。
賛同していただけるか、非難が集中するか…………ドキドキ(--;
ともかく、次回以降は浩之と芹香はクラスメイトという設定で書いていきます。
よかったらこれからもお付き合い下さいね。
ではでは、次の作品でお会いしましょう\(>w<)/