大企業来栖川グループに所属する超エリート集団である。
“情報”に関するプロ中のプロ。彼らに得られないデータは無い。
これは、そんな彼らの血と汗と涙の物語である。
「浩之ちゃ~ん、朝だよ~」
「藤田くん、起きてよ~」
「ZZZ……」
神岸あかり・雛山理緒、両名の懸命な呼び掛けにも、返ってくるのはいびきばかりだった。
「浩之ちゃんってば」
「ぐう」
「藤田く~ん」
「ぐうぐう」
―――思いっ切り、わざとらしいが。
あかり・理緒の両名は、顔を見合わせて苦笑を浮かべると……
「もう、しょーがないなー」
「ホント、しょーがないよねー」
そう言いながら、寝ている人物 ―藤田浩之― に近付いていった。
そして……
「はい、浩之ちゃん。おはようのキスゥ」
そっと、唇を合わせた。
10秒……30秒……1分……2分……
ピチャピチャという音を室内に響かせながら、きっちり3分間、濃密な口付けを続ける浩之とあかり。
「……じゃあ、次は雛山さんの番だよ」
あかりは唇を離すと、瞳を潤ませ顔を上気させながら、なんとかそれだけの言葉を発した。
「うん、分かったゥ」
それに素直に応え、続いて、理緒も3分間の沈黙に落ちていった。
そして、両名の接吻が終わった瞬間……
「グッドモーニング!! いやー、今朝の目覚めも最高だな♪」
ガバッと浩之が体を起こした。
それを見て、再び『しょーがないなー』という顔になるふたり。
しかし、その瞳には、優しさと幸せが満ち溢れていた。
<<おはようのキス……しかも3分間>>
<<なんじゃこりゃー!!>>
<<こいつら、毎朝こんなことしてるのか!?>>
<<……羨ましい>>
「どうですか? 藤田さん」
浩之が持つ弁当を見ながら、不安気な表情で問う姫川琴音。
「美味いよ。ものすっげー美味い」
「本当ですか?」
「ああ、ホントホント」
「良かった~」
琴音は、浩之の言葉を受けて満面の笑みを浮かべた。先程までの心配そうな顔が嘘の様だ。
「マジで美味いぜ。やっぱり、琴音ちゃんの愛情がたっぷりと入っているからかな?」
「たっぷりだなんて……そんな……恥ずかしいです。…………入ってますけどゥ」
真っ赤な顔でうつむく琴音。
―――ちなみに、今のやり取りは食事の時間に ―その時の当番の者と― 必ず交わされる“お約束”である。
「こんな美味い飯を作ってくれた琴音ちゃんにはご褒美をやらないとな」
「ご褒美……ですか?」
「ああ。ひとつだけ、何でも言うことを聞いてやるよ」
「何でもいいんですか?」
「いいぜ」
「それなら……したいことがあるんですけど……」
「したいこと? して欲しいことじゃなくて?」
その問いに、琴音は少し首を傾げると……
「したいことであって、して欲しいことでもありますね」
と、言い直した。
「いいですか?」
「いいよ。何でもどうぞ」
「分かりました。では、お言葉に甘えちゃいますね」
そう言うと、琴音は自分の弁当に入っている卵焼きを箸でつまみ、浩之の顔の前に差し出した。
「はい、藤田さん。あーんゥ」
この状況。普通の男子高校生なら、恥ずかしさが先に立ちついつい邪険にことわってしまう、というのがパターンだが……
「あーん。……もぐもぐ、ごくん。……美味い!! 元から美味かったけど、さらに50%増しで美味くなった!!」
そこは藤田浩之。彼は普通じゃなかった。
「嬉しいですゥ では、次は……」
<<くっそー、いいなぁー>>
<<向こうは愛妻弁当で、こっちはカロリー○イトか>>
<<なーにが「あーん」だ!! こんちくしょー!!>>
「よっしゃ。片付け終わりっと!!」
「お疲れ様です、先輩!!」
元気な声で浩之の労をねぎらう松原葵。
「すみません。サンドバッグの片付けとか、大変なことばかり押し付けてしまって」
「いいっていいって。気にしない気にしない」
「ありがとうございます、先輩」
「うんうん、葵ちゃんは優しいねぇ。それに引き替え……」
『やれやれ』といったオーバーアクションをしながら、視線を横にずらす浩之。
そこには……
「なによ!! 言いたいことがあるんなら、はっきり言いなさいよ!!」
「まあまあ」
一見して機嫌が悪いことが分かる来栖川綾香と、彼女のことを苦笑しながらなだめるセリオの姿があった。
「まぐれよ。絶対にまぐれだわ」
「まぐれだろうと何だろうと、俺が連勝したのは事実だぜ」
浩之たちが所属する格闘技同好会。
その練習の一環として、浩之と綾香はスパーリングを行った。
結果は、浩之が3本中2本取った。しかも、連取だった。
綾香には、それが面白くないらしい。
「このあたしが連敗。このあたしが……連敗するなんてーーーーーーーーーっっっ!!」
大絶叫する綾香。
「次は勝つわ!! 絶っっっ対に次は勝つんだからーーーっっっ!!」
などと、しばらくの間ひとりで騒いでいたが、やがて唐突に……
「じゃ、帰りましょうか!!」
いつもの笑顔に戻り、そうのたまった。
コケコケコケ
思わずずっこける他3名。
「なんだそりゃ!?」
「えへへ~。ひとしきり騒いだらスッキリしちゃった」
「……お前って、やっぱり変な奴だなぁ」
「そんな、しみじみ言わないでよ。そーれーよーりーも!! 早く帰りましょ♪」
眩しいばかりの笑顔を浮かべ、浩之の右腕を抱きかかえる綾香。
「分かった分かった。そんじゃ、みんな帰ろうぜ」
「はい。…………あ、あの、先輩。左腕……その……組んでもいいですか?」
顔を真っ赤にして言葉を紡ぐ葵。
「ああ、もちろん。そんなの訊くまでも……」
だきっ!!
浩之の言葉が終わるまで待てなかった様だ。
葵は勢いよく浩之に抱き付くと、その左腕に頬を擦り寄せた。
「先輩ゥ」
「ははは。葵ちゃんは甘えん坊だなぁ。えっと、それじゃあセリオは……」
「わたしはここですね」
ぎゅっ!!
セリオも浩之の言葉が終わる前に抱き付いてきた。
うしろから強く抱きしめ、広い背中に顔を埋めた。
「あたたかいゥ」
浩之は3方向から抱きしめられ、その姿は、見ようによっては取り押さえられた凶悪犯の様だ。
「あのさー。これってもの凄く歩きづらいんだけど……って、ま、いっか」
文句を言いつつも、嬉しそうな顔を隠せなかった浩之だった。
<<青春だねぇ、ってか!!>>
<<勝手にやってくれ、って感じだな>>
<<……もう帰りたい>>
「ふぅ~、良い湯だなぁ~っと」
浩之は、藤田邸の誇る大浴場で一日の疲れを落としていた。
ちなみに、彼が入浴するのは常に一番最後だ。
浩之曰く「別に深い意味はねーよ」とのことだが……まあ、深く追求するのは止めておく。
「はぁ~、極楽極楽」
浩之が気持ちよさのあまり“おやじ化”していると……
「あのー、浩之さん。お背中を流しましょうか?」
そんな声が聞こえてきた。
この状況。普通の男子高校生なら、恥ずかしさが先に立ちついつい邪険にことわってしまう、というのがパターンだが……
「おーっ、頼むわ」
そこは藤田浩之。彼は普通じゃなかった。
「はーい」
浩之の返事を受けて入ってきたのは、体にバスタオルを巻き付けただけの姿のマルチだった。
「一生懸命頑張ります」
その表情は、実に嬉しそうだ。
ゴシゴシ
ゴシゴシ
「どうですか、浩之さん? 気持ちいいですか?」
「ああ、ものすげー気持ちいいぜ」
「良かったですぅ」
「マルチ」
「はい?」
「ありがとな」
「えへへ~ゥ」
ゴシゴシ
ゴシゴシ
「あとは、お湯をかけて……っと。はいっ、終わりです」
「サンキュー、マルチ。よしっ!! 今度はマルチの番だ」
「ほえっ?」
「ほらほら、早く背中を向けろって」
「で、で、で、でも……わたしはもうお風呂に入りましたし……背中だって……」
「いいからいいから」
「あう~」
「さあさあ」
「あう~~~~~~っ」
観念したのか、マルチは浩之に背中を向けると、体からバスタオルを外した。
「よーし、丹念に磨いてやるからな」
「お、お、お、お手柔らかにお願いしますぅ~」
「任せとけって」
そう言うと、浩之はマルチの背中を優しく優しく洗い始めた。
最初は恥ずかしさからか緊張していたマルチだったが、次第に体から力が抜けていった。
「どうだ? 気持ちいいか?」
「…………はいぃ。気持ちいいですぅ」
「そっか。じゃあ、もっともっと気持ちよくしてやらないとな」
浩之は、さらに熱を込めてマルチの背中を洗いだした。
―――が、徐々に手の動きが“洗う”という動作から、別のモノに変わっていった。
ピクッと体が反応するマルチ。
「……っ!! ひ、浩之さ……」
「ん? どうした?」
笑顔を浮かべて訊ねる浩之。
わざとらしいことこの上ない
「あ、あの…………そ、そんなの…………ダメで…………きゃふっ!!」
「あっれ~? マルチってば、別の意味で気持ちよくなっちまったのかなぁ~?」
「も、もうっ!! …………浩之さんの……意地悪ゥ」
<<本気で帰りたい>>
<<俺も女の子に背中を流してもらいてーなー>>
<<世の中って不公平だ>>
就寝前の穏やかなひととき。
浩之は、そんなのどかな時間を堪能していた。
ふたりの少女 ―来栖川芹香・宮内レミィ― と共に。
「…………浩之さんゥ」
芹香はうっとりとした表情で、浩之の右腕にピッタリと身をすり寄せていた。
その体からは完全に力が抜けきっているのが見て取れる。芹香が浩之のことを、心から信頼しきっている証と言えよう。
「ねぇ、浩之さん。わたしのこと、いつまでも愛し続けてくれますか?」
「何をいきなり。そんなこと言わなくても分かるだろ?」
「はい。でも、ちゃんと口に出して言って欲しいです」
芹香の言葉に、「しょーがねーなー」という顔をする浩之。
「愛し続けるに決まってるじゃねーか。誓うよ。なんなら、誓約書を書いたっていいぜ」
そんな、浩之の冗談めかした言葉を聞き、「くすっ」と小さく笑みを浮かべる芹香。
「愛しています、浩之さんゥ」
「アタシも愛しているヨ、ヒロユキ!!」
ずっとタイミングを見計らっていたのだろう。ふたりの会話が一段落ついたところで、レミィが浩之に抱き付いてきた。
「ヒロユキは? アタシのこと愛してる?」
「もちろんだよ、レミィ。お前の全てを愛してる。良いところも悪いところもな。もっとも、今こんなことを言っても仕方ないかな」
「なんで?」
「それはな……」
浩之は、そこで一旦言葉を切ると……
「お前が“ハンター”だからさ」
充分間を空けて勿体ぶってから、そう言った。
「なっ!?」
驚愕する“ハンター”レミィ。その瞳が驚きのあまり大きく見開かれていた。
「何で分かったノ? あとでビックリさせてやろうと思って、ずっと“レミィ”の真似をしていたのに」
「分かるさ。“レミィ”と“ハンター”じゃ、瞳の雰囲気が全然違うからな」
「そうなノ? アタシには、よく分からないけど……」
「俺には分かるんだよ。何て言ったって、愛するレミィのことだからな」
恥ずかしいセリフを事も無げに言う浩之。
「愛するレミィ……か。なんだか“彼女”が羨ましいナ」
「ばーか。なに言ってるんだよ」
「えっ?」
「聞いてなかったのか? 言っただろ、『お前の全てを愛してる』って。その“全て”の中には、もちろん“お前”も含まれてるんだよ」
「……ヒロユキ」
感動の為か、瞳を潤ませる“ハンター”。
「ま、お前は当然、レミィの“悪いところ”に分類されるけどな」
浩之は冗談のつもりだったのだろう。しかし、タイミングはわきまえるべきである。
「ほほぅ~。そういうことを言うわけネ」
明らかな失言。浩之は後悔したが……時すでに遅かった。
「お仕置きネ!!」
そう言うと“ハンター”は、浩之の顔と言わず腕と言わず、とにかく体中にキスをし始めた。
「こ、こら!! やめろって!!」
「イヤだヨ~~~だ」
「くすぐったいって!! やめれ~~~!!」
ますます激化する『口撃』。だが、『口撃』はそれだけでは終わらなかった。
ペロペロ
「…………!? せ、先輩!!」
それまで、黙って成り行きを眺めていた芹香が“ハンター”に加勢し始めたのだ。
浩之の顔中を舐め回す芹香。
「あひゃひゃひゃ。ふ、ふたりともやめなさいって!! くすぐったい~~~」
「イーヤーだ!!」
「イヤです」
浩之の制止も聞かず、一心不乱に『口撃』を続けるふたり。
「や~め~れ~~~~~~!!」
この様な会話・行動が、『藤田家』に於ける、就寝前の“お約束”だということは言うまでもないだろう。
<<俺もいちゃいちゃしてーなー>>
<<向こうは暖かそうだよなぁ。身も心も>>
<<それに引き替え、こっちは……>>
<<それ以上言うな。悲しくなるから>>
大きなベッドで横になっている浩之。
その隣には……
「ハァ……ハァ……ハァ……」
荒い息を吐いて脱力している保科智子の姿があった。
「おいおい、智子。大丈夫か?」
ちなみに、浩之は普段、智子のことを『委員長』と呼ぶが、ベッドの中ではファーストネームで呼んでいた。
「……大丈夫やない」
「なんだ、もうギブアップか。だらしねーの」
「なんやの、その余裕綽々な態度は。まだ、力余っとるんか?」
「まあな」
「うそやろ?」
智子の口調には『あれだけやって、まだ足らないのか?』という響きが含まれていた。
「うそじゃねーって。俺はまだ本気出してねーもん」
『化け物』
智子の頭の中は、その一語で埋め尽くされた。
「なんだよー。何か言いたそうだな?」
「……別に」
「あっそ。まあいいけどね。……それよりも」
「そ、それよりも?」
智子の顔は引きつりまくっていた。
本能的に危機を感じているのだろう。
「第○ラウンドの開始だー!!」
「な、な、なんやて!?」
慌てて逃げ出そうとする智子。
しかし、完全に腰が抜けている為に、動くことすらままならない。
「許して、藤田くん。堪忍や。もう限界」
「……そんな、マジにびびらなくても……」
「そやかて……」
「ったく、しょーがねーなー」
浩之は智子の頬に軽くキスをすると……
「じゃ、そろそろ寝ようぜ。明日も早いんだからさ」
そう言って、優しい笑顔を浮かべた。
「へっ? ええの、しなくて?」
「なんだよ。して欲しいのか?」
「そ、そういうわけやないけど……」
浩之の言葉を慌てて否定する智子。
「ならいいじゃん」
「……そやな」
「そんなことよりもさ。智子」
「なに?」
「可愛かったぜ」
智子の耳元に口を寄せて、ボソッと言う浩之。
ボンッ!!
そんな擬音が聞こえるかの様な勢いで、智子の顔が真っ赤に染まった。
「ア、アホ!!」
「本心なんだけどなぁ」
「尚更悪いわ!!」
……………………
暫しの沈黙。
「なぁ、藤田くん?」
「ん?」
「わたしのこと、ほんまに可愛いと思う?」
「もちろん」
「それなら……ずっとずっと大切にしてや」
「ああ、約束する」
「藤田くん…………好きゥ」
<<『好きゥ』……だってよ>>
<<熱々でよござんしたねぇ>>
<<こっちは寒いけどな>>
<<身も心も>>
「大旦那様。以上が来栖川諜報部による監視結果にございます」
「うむ」
「しかし、大旦那様。何故にこのようなことを?」
「藤田くんの本当の姿を知りたかった。芹香と綾香が幸せかどうかを知りたかった。……というのももちろんあるが、第一の目的は彼らの警護だな」
「警護……でございますか?」
「そうだ。藤田くんは近い将来、来栖川に無くてはならない存在になる人物だからな。万が一にも『もしも』があってはいかん」
「なるほど。仰る通りでございます。では、諜報部の者には、これからも頑張ってもらわなくてはいけませんな」
<<これからも!?>>
<<イヤだーーーーーーっっっ!!>>
<<勘弁してくれっ!!>>
<<身が持たないですよー>>
<<…………地獄だ>>
来栖川諜報部
大企業来栖川グループに所属する超エリート集団である。
いけいけ!! 来栖川諜報部!!
負けるな!! 来栖川諜報部!!
今にきっと良いことが…………
今回のSSは、甘~い部分の凝縮版です。
ハートマークが飛び交っています。
それ以外には特筆すべき内容は全くありません(オイ)
あとがきで書くようなことも無いし(^ ^;
ですが、取り敢えずひとことだけ。
このSSは広い心で読んで下さいね。いや、マジで(^ ^;
ではでは、また次の作品でお会いしましょう\(>w<)/
追)来栖川諜報部などという部署はオフィシャル設定にはありません。念のため(^ ^ゞ