4月1日。エイプリルフール。
一年で唯一ウソが許される日。
虚が実となり実が虚となる一日。
『ウソがホントで』
「まったく。なんだってんだよ、志保の奴」
麗らかな春の日差しの中、浩之は少々不機嫌そうな顔をして歩いていた。
「今日はみんなとノンビリ過ごそうと思ってたのに」
ブツブツ言いながら歩を進める。
「くだらない用事だったらキャンと言わせてやる、キャンと」
なかなかに物騒な事を口にしながら。
事の起こりは志保からの電話だった。
『ヒロ? 今から近くの公園に来てくれない? そう、今すぐ。大事な話があるのよ。待ってるからね。必ず来なさいよ。すっぽかしたらただじゃおかないからね。それじゃ』
あまりにも一方的。反論の暇さえ与えられずに切られてしまった電話。
浩之は一瞬『無視してやろうか』と考えた。
だが、志保の言う『大事な話』とやらが矢鱈と気になった。
志保のことだ。どうせ大した内容じゃないだろう。
そうは思っていても、それでもやはり気になった。
放ってはおけない。結局はその結論に達してしまう浩之であった。基本的に女性には優しい男であるから。例え相手が喧嘩ばかりする志保であっても。
「遅いわよ。レディを待たせるなんて最低ね」
公園へとやって来た浩之を迎えたのは、志保の挑発的とも表現できる一言。
「ふざけんなっ。強引に呼び出しておいて何を言ってやがる。そもそも誰がレディだって? お前がレディなんて柄かよ」
さすがにカチンと来たのか、浩之が剣呑さを帯びた口調で返す。
「な、なんですって!」
呼応するように志保も鋭い言葉を放つ。
すると、当然浩之も言い返す。そして、浩之に言われればもちろん志保も。
二人の間を悪口雑言が激しく行き交う。
だが、浴びせ合う言葉の割には両者の顔にはそれほど怒りの色は見えなかった。
浩之も志保も、これらのやり取りがお互いにとっての挨拶のようなものだと理解しているから。口では何のかんの言いながらも。
「ったく。相変わらず口の悪い奴だな。ま、それでこそ志保って気もするけどな。
――で?」
暫しお約束と言える『儀式』を続けた後で、浩之は雰囲気を変えるように顔を真剣なものに改めた。
「今日は一体どうしたんだ? 俺に大事な話があるんだろ?」
「え? あ、う、うん。そう、なのよ」
浩之に尋ねられた途端、志保の口調が勢いを失う。浩之から視線を逸らし、居心地悪そうに身体を捩らせる。
「あのさ……ヒロに、どうしても言いたいことが……ううん、言わなくちゃいけないことがあって、ね」
微かに頬を染めながら、志保がモゴモゴと零す。
「えっと……だ、だから……その……っ……」
何かを言いかけようとする度に言葉を詰まらせる志保。
懸命に吐き出そうとするものの、あと一歩というところでどうしても出てこない。
手を何度も開いたり握ったり。上を向いたり下を向いたり。キュッと口を噤んだり、目をきつく閉じたり。
至る箇所を落ち着き無く動いている様が、志保の葛藤をこれでもかと表している。
そんな志保に対して、浩之は急かすようなことはしなかった。
志保が余程言いづらいことを口にしようとしているのだろうと判断した浩之は、彼女が話し始めるのをただ静かに待っていた。
それから数分の後、ようやく口にする覚悟が決まったのか、志保は一回大きく深呼吸すると、気合を入れるように自分の両頬をパンッと打った。
そして、浩之の目を真剣な眼差しで見詰めて一気に言い放つ。
「あたし、ヒロのことが好きよ」
自分の決意が折れないうちに。
「ヒロのことが好き。誰よりも、好き。中学の頃から、ずっと好きだった」
何度も『好き』を繰り返す。熱を帯びた口調で。
「ヒロは? あたしのこと、どう思ってる? 好き? 嫌い?
もし、少しでも『好き』だって思ってくれてるなら……嬉しいな」
全く飾りっけの無い、けれども、だからこそ情熱的に感じられる愛の告白。それを受けた浩之は、
「……ぁ……ぅ……ぇ?」
予想外の台詞に虚を衝かれ、なにもリアクションを返せずに固まってしまっていた。意味を成さないことを言い落としながら。唖然呆然驚愕困惑と、あらゆる感情の色を顔に浮かべながら。
――が、その呟きも徐々に収まり、やがて完全に無言となってしまう。
言葉も無く見詰め合う志保と浩之。お互いに視線を外さずに、ただただ黙って見詰め合う。
その状態でどれだけの時を過ごしただろうか。
「あ、あのさ。し、志保」
それなりの時間が経過したことで、浩之はやっと平静を取り戻しつつあった。
動揺を無理矢理心の隅に押し込むことに成功すると、志保に向けて声を発する。
名前を呼ばれた瞬間、志保の身体がビクッと揺れた。
「お、俺は……」
言葉を続ける浩之。滅多に見せない程の真剣な表情で。
場に、普段の二人からは考えられないシリアスな空気が漂う。
――しかし、
「な、なーんちゃってね。あ、あっはっはっは。ばっかねぇ。なにをマジな顔しちゃってるのよ」
その空気を砕いたのは他ならぬ志保であった。
浩之が何かを言おうとするのを遮り、志保が唐突に場違いとも思える派手な笑い声を上げた。
「へ?」
「あー、可笑しい」
困惑する浩之に構わず、腹を抱えて大笑いする志保。その様を、浩之は呆気の度を更に深めて眺めている。
「冗談に決まってるでしょ。じょーだん。ぶっちゃけた話、ウソ。いわゆるエイプリルフールでのお茶目なジョークってやつよ。それにしても、まさかこんな簡単に引っ掛かるなんて思わなかったわ。ヒロにあーんな真面目な顔をさせちゃうなんて、志保ちゃんってば罪な女ね。あはははは。ありがと、ヒロ。思いっきり楽しませてもらったわ。暇を持て余して困っていたところだったからね。やっぱ、あんたっていい玩具よねぇ。一応、ちょーっとだけ感謝しとくわ。最高の暇潰しをサンキュね。それじゃ、たっぷり笑わせてもらって満足したから、あたしはもう帰るわ。また明日ねぇ。ばいば~い♪」
そんな浩之を見てもう一頻り笑いつつ、早口で機関銃のように捲くし立てると、志保はさっさと浩之に背を向けてしまった。そして、そのまま勢いよく走り去っていく。
言葉とは裏腹に、まるで何か怖い物から逃げ出す怯えた子供のように。自分自身を嫌悪するような表情を浮かべて。「あたしのウソツキ」と小声で非難しながら。何故か溢れ出てきてしまった涙を浩之に見られないように細心の注意を払いながら。
――それでも、どこかスッキリとした顔をして。
「な、なんだったんだ……今の?」
後には、展開に着いて行けずにただただ呆然としている浩之だけが残された。
無数のクエスチョンマークを全身に貼り付けて、いつまでもいつまでもその場に立ち尽くしてしまう浩之であった。
4月1日。エイプリルフール。
一年で唯一ウソが許される日。
虚が実となり実が虚となる一日。
それは、意地っ張りな女の子を、ほんのちょっとだけ素直にさせる日であるかもしれなかった。
ウソを口実に、いつもより、ほんの、ちょっとだけ。
< おわり >
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