『ありがち』
時間は午前0時を少し過ぎた頃だろうか。
「ふぅ。ちょっと休んだらもう一頑張りやな」
勉強を一区切りつけたわたしが、休憩ついでにジュースでも飲もうと思って台所へと向かっていた時の事だった。
「おや?」
思わず疑問の言葉が口を衝いて出てきた。
こんな深夜に居間のドアの隙間から微かに明かりが漏れている。いつもなら、みんな既に寝ているか、そうでなくても少なくとも部屋に戻っている時間であるにも関わらず。
「どうしたんやろ? 消し忘れたかな?」
頭の中にクエスチョンマークを浮かべつつも、ドアを開けて居間に入っていく。
すると、わたしの眼前には、
「やりました、6連鎖です♪」
「ああ~っ」
テレビの前を陣取って、夢中になってゲームに興じている琴音と綾香の姿が現れた。
「二人とも、まだ起きてたんか?」
驚きと、少々の呆れを含んだ声を琴音と綾香に投げかける。
「あら、智子じゃない。あなたこそまだ起きてたんだ。勉強?」
「ごめんなさい。ひょっとして、うるさかったですか?」
わたしの存在に気付いた二人が、ゲームを一時中断して振り向いてきた。
綾香の質問には『ま、そんなとこ』と肯定し、琴音の問いには『大丈夫、そんなことないよ』と否定する。
実際、二人は深夜だということで、声とテレビのボリュームを必要最低限までに下げていた。居間は(誰かさんの部屋と違って)大して防音されていないのに、ドアを開けるまでは何も聞こえなかったくらいだし。
ちなみに綾香たちが遊んでいたのは○とか△とか□とか×とかいう名前のパズルゲームだった。つい先日、セリオが購入してきた物だ。以来、我が家の娯楽ツールとして大活躍している一品だったりする。
「あんたたち、ずっと対戦してたんか?」
わたしが部屋に戻る時、この二人は既にゲームを始めていた気がする。時間は確か21時頃だっただろうか。かれこれ3時間ぶっ通しで遊んでいたことになる。
「あはは。寝る前のほんの一勝負のつもりだったんだけどね」
「ついつい熱くなってしまいました」
二人が、ややばつの悪さを滲ませた笑みを浮かべつつ答えてくる。でも、コントローラーを手放す気配は見せない。勝負はまだまだ終わらない、といったところか。
その様子に、わたしは苦笑してしまう。
「ま、えぇけどな。でも、程々にしときや」
そう言って、わたしが居間を出て行こうとする。しかし、その動きは綾香によって止められてしまった。
「ねぇ、智子。よかったら、あなたもやらない?」
お誘いの言葉。正直言って、かなり魅力的ではある。わたしも勝負事は嫌いじゃないし。
けれども、それでもわたしは丁重にお断りした。
「悪いけど遠慮しとくわ。一応、まだ勉強の途中やしな」
「えーっ? 少し位いいじゃないですか。時には息抜きも必要ですよ」
「そうそう。琴音の言うとおりよ」
どうやら、わたしの言葉はアッサリと却下されたようだ。
琴音たちは、すっくと立ち上がると、素早くわたしの両腕を抱えてきた。そして、否応なくテレビの前に連行していく。ゲーム機の前に座らされ、コントローラーを握らされた。
「二人とも、強引やなぁ」
思わず苦笑いが零れ落ちる。
でも、悪い気はしない。こういう無遠慮な誘われ方も偶にはいいものだ。
家族ゆえの強引さ。家族ゆえのワガママさ。その様なものを向けられて悪い気がするわけない。
「しょうがないなぁ。少しだけやで」
わたしは、笑みを浮かべながらそう宣言すると、スタートボタンを押してゲームを開始させた。
結論から言うと、凄く楽しかった。本当に楽しかった。無茶苦茶楽しかった。
時が経つのを忘れるほど盛り上がった。だけど、物には限度があると思う。
「外、明るくなってるわね」
「朝、やからな」
「ううっ、すっごく眠いです」
「そらそうやろ。一睡もしてないからな」
まさか徹夜する羽目になるとは思わなかった。『どこが少しやねん!』と自分自身に胸の内でツッコミ。
どうしてこうなってしまったのか。敢えて理由を挙げるとするならば、三人とも似たもの同士だった、という事だろう。わたしはこの手の物には熱くなる性質だし、綾香も同様。琴音も意外なほど負けず嫌いだった。
こんな三人がゲームで対戦なんかしたら『もう一回!』『もう一勝負!』『次こそは!』という無限ループに陥るのは至極当然。徹夜するのも無理は無い。
チュンチュンというスズメの囀りを耳にしながら茫然自失となるわたしたち。眠気と疲れと自分自身に対する呆れで何もする気にならない。わたしたちに出来たのは、顔を見合わせて力なく笑う事だけだった。
「おはよう♪」
「おはようございます」
そんなわたしたちの耳に飛び込んでくる聞き慣れた声。あかりと葵だ。朝食を作る為に起きてきた二人が、わたしたちを見て驚いたように声を上げる。
「みんな、今日は随分と早いんだね」
「目の下、隈が出来てますよ。どうかしたんですか?」
不思議顔で問いかけてる二人。
「な、なんでもないの。たまたまよ、たまたま。ねっ?」
乾いた笑いを浮かべながら綾香が答える。次いで、こちらを見て同意を求めてきた。
わたしと琴音は、首を何度も縦に振って『その通りだ』という意思表示。
まあ、別に悪い事をしていた訳ではないので本当の事を正直に教えてもいいのだが、さすがに少々恥ずかしい。というか情けない。
イマイチ釈然としない様な複雑な表情になるあかりと葵。でも、深く追求する気も無いのか『そうなんだ』などと応えると、すぐにキッチンの方へと歩いていった。
「……ねむ」
二人の姿が視界から消えた瞬間、綾香がポテッと突っ伏した。その横で琴音もユラユラと頭を揺らしている。
「やっぱ、徹夜は辛いわねぇ。美容にも良くないし」
「そやな」
綾香の呟きに、わたしは深く頷いた。
「でもさ、面白かったわよね」
「そやね」
わたしはそれにも深く頷いた。
隣で、琴音が顔からテーブルにダイブして、ガンッという派手な音をさせていたりしたが……それは見なかった事にしておく。そのまま寝息を立てているところを見ると大してダメージは無かったみたいだし。
「また、対戦しようね。昨夜は……って言うか、今朝は互角だったけど、次はあたしがぶっちぎりで勝たせてもらうから」
「それはこっちのセリフや」
不敵に笑いあうわたしと綾香。
徹夜は決して褒められた事ではないけど、こんなのも偶には悪くないかな。
楽しげな顔を向けてくる綾香を見ながら、そんな事を考えるわたしであった。
「また、対戦しような。一晩中、朝まで」
――ごめん、前言撤回。
「智子。おい、智子。先生が見てるぞ。目を覚ませって」
「……ん、んん……あふっ。……へ? あ、あれ?」
まさか、このわたしが……。やっぱり、徹夜でゲームなんかしたらあかんわ。
二度とそんなアホな事はしないと、わたしは固く固く心に誓うのであった。
「うう、屈辱や。人生最大の汚点や」
「居眠りくらいでそんなに気にするなって。先生も笑って許してくれたじゃねーか」
「よりにもよって浩之に居眠りを指摘されるなんて。あまつさえ、起こされるなんて。――あああっ」
「……って、おい! 屈辱ってそっちの方かよ!」
< おわり >
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