『なんでこうなるの!?』
一時間目の授業が終わった後の休み時間。
「あうぅ」
松原葵はガックリと肩を落としてブルーになっていた。
「まさか授業中に居眠りしちゃうなんて……あうぅ」
生真面目な性格をしている為、『授業中に居眠り』という行為をしてしまった事に必要以上に強い罪悪感を覚えてしまい、葵は暗いオーラを纏ってズーンと落ち込んでいた。
「珍しい事もあるもんだね、葵ちゃんが授業中にスヤスヤとおねむだなんて。どうしたの? 身体の具合でも悪いの?」
「はわっ、そ、そうなんですか!? それでしたらすぐに保健室に行きませんと!」
「大丈夫だよ、わたしは至って健康だから。心配してくれてありがとね」
気遣わしげな視線を向けてくる琴音とマルチ。その二人に、微かに笑みを浮かべて葵が返す。
「ならいいんだけど。でも、葵ちゃんが居眠りだなんて本当に珍しいね。もしかして、昨日の疲れが残ってたりする?」
「うん。実は、ね。昨日はいつもよりも激しかったから」
琴音の問いに、葵が苦笑を浮かべて答える。
「激しかった、ですか?」
ちょっと首を傾げてマルチが尋ねた。
「それに回数も多かったし」
「多かった? それって浩之さんが求めてきたの?」
首肯しつつの葵の回答を受けて、琴音が更に質問を重ねる。
「ううん、わたしの方から。もう一回、もう一回って先輩にお願いしたの。そうやって何度も繰り返しているうちに最終的には凄い数になっちゃった」
少し照れたような顔をして葵。
「え? 葵ちゃんの方から求めたの!? な、何と言うか、意外。葵ちゃんって受け身なイメージがあるから」
「ですねぇ。わたしもビックリですぅ」
言葉通り、驚きを顔に露骨に貼り付けて琴音とマルチが口にした。
「わたしだって、積極的になるよ。好きな事に対しては特にね」
「す、好きな事ですかぁ!? 葵さん、何気に大胆ですぅ」
「キャー♪ 葵ちゃってばエッチ~」
マルチと琴音が頬を朱に染めて歓声を上げる。
「……へ?」
対して、葵はわけが分からないといった顔でポカンとしていた。
「な、なんで大胆? 何故にエッチ?」
「だって、葵ちゃん、昨日は激しかったんでしょ? 回数も多くて、しかも葵ちゃんの方から浩之さんに求めたんでしょ?」
「うん、そうだよ。でも、それがどうしてエッチに? なんか、微妙に会話が噛み合ってない気がするんだけど」
不思議顔で首を傾げる葵。
激しい・回数が多い・葵から求めるといったキーワードを何度も何度も頭の中で反芻してみる。
「っ!? も、もしかして!? ち、ち、ち、違うよ! 琴音ちゃんもマルチちゃんも誤解してるよ!」
そして、気付いた。琴音とマルチが何の事を言っているのかを。会話の主題に対して、自分と二人の認識の間に大きな隔たりがあった事を。
「わ、わたしが言ってるのは昨日のエクストリームの練習の事だってば! 先輩に何度もお願いしたのはスパーリングの事なんだから!」
耳まで真っ赤に色付かせて葵が必死に弁明する。
「そうなんですか?」
「そうなの!」
キョトンとした顔で尋ねるマルチの目を見て、葵はキッパリと返した。
「またまたぁ。葵ちゃんってば、今更そんなウソを吐かなくても」
ニヤニヤとからかうように琴音。
「ウソじゃないってばぁ」
「そう? でも、そんなの誰も信じてないよ。ほら」
言いながら、琴音が葵の背後を指差した。
「?」
何事かと思いつつ振り返る葵。
そして彼女が目にしたのは、
「これで確定したね。松原さんもやっぱりエッチ大好きっ子だったんだ」
「あの家族の中では比較的清純派だと思ってたのになぁ」
「仕方ないさ。朱に交われば赤くなるんだよ」
好き勝手に感想を述べ合うクラスメイトの姿。琴音が指摘した通り、葵の発した『エクストリームの練習』等々の言葉を信じている者は皆無だった。
「あう~っ。ホントに違うのにぃ」
酷な状況に葵が思わず涙する。
「違うの! 違うんだったら! 何気に違わないかもしれないという気持ちが無いこともなかったりしたりしなかったりするけど! 確かに昨夜はわたしの番だったし、疲れてたにも関わらず先輩の要求に全部バッチリ応えちゃって何度も何度も何度も何度も何度も何度もたくさんしちゃったから、それももしかしたら疲れている理由の一つかもしれないなぁなんてちょっぴり思っちゃったりするけど! でも違うの! 違うんだったらぁ! お願いだから違うということにしておいて!」
気持ちを吐き出すように、葵が一気に言い放った。その迫力に圧され、教室中がシンと静まり返る。
そんな張り詰めた空気の中で、そういうものに動じない琴音がポツリと呟いた。
「葵ちゃん、今の発言、自爆しまくりだよ」
「思いっきり深い墓穴を掘っちゃってますね」
次いで、マルチが追い討ち。
「へ? 自爆? 墓穴? わたし、変な事言ったっけ?」
二人に突っ込まれ、葵は先程の自分の叫びを思い返してみた。そして、
「はうっ!?」
瞬時に赤面アンド後悔。
「あうぅ。わ、わたしってばわたしってば勢いに任せて何て事を……」
ボンッと音が鳴る程の勢いで全身を真紅に染め抜きながら、葵は頭を抱えてしまう。
そんな彼女の姿を横目に、クラスメイトたちは葵に対する意見交換を再開させた。
「松原さんって……」
「もしかして、姫川さん以上に濃い?」
「ま、早い話が松原さんはエッチッチだって事ね。決定」
友人たちによる、葵にとっては到底受け入れられない内容の自分への批評。
それを打ち消すべく、葵は声を大にして叫んだ。
「わ、わたし、エッチなんかじゃないよぉ! 誤解だよぉぉぉっ! あーん、なんでこうなるのぉぉぉっ!?」
無論、その訴えが届くことなどないのだが。
葵に対するイメージの中から『清純』の文字が消える日も近い、かもしれない。
< おわり >
「こうして、葵ちゃんにも『エッチッチ』のレッテルが貼られたのでありました。めでたしめでたしっと」
「めでたしめでたし!? なぜ!?」
「おめでたいことなんですか? わたしにはよく分からないですけど……葵さん、良かったですね」
「……えぐえぐしくしく」
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