『ネコミミ』
流行。
如何なる場所にも流行り廃りはあるもので。
それは藤田家に於いても例外ではない。
これは、その藤田家に発生した小さな流行の発端の風景。
「♪」
嬉しそうに微笑んで俺の右腕に絡みついている綾香。
「♪」
幸せそうな満面の笑みで左腕に頬を摺り寄せている琴音ちゃん。
「♪」
「♪」
思いっきり力一杯これでもかって程に甘えてくる二人の格好。
それを正確に表現する為には多くの語を用い、言を操り、句を並べる必要があるだろう。この神ならざる未熟に過ぎる我としては。
だが、だが敢えて、一言で述べ終えようと思う。その不敬を許していただきたい。
ネコミミ。
「あー、なんだ。とにかく色々とそれはもう大量に問い詰めたかったり突っ込みたかったりする事があったりするのだが、取り敢えず一つだけ聞かせてくれ。どこから調達しやがりましたか? その素敵アイテムを」
「来栖川のお爺様から頂きました」
サラッと真相を答えてくださる琴音さん。
――って、ジジイ!?
「マジ?」
目を綾香に向けて問い掛ける。
「うん。大マジよ。お爺様から貰ったの。あたしと琴音にピッタリの装飾品を見つけたから、とのことで」
「これで藤田君を悦ばせてあげなさい、とも仰ってました」
「そういえば、彼は真の漢だからこの姿に萌えない筈はない、とも断言してたわね」
「……なにを考えてやがるんだ、あのファンキー爺さんは」
俺たちの仲を認めて以来、なにやら思考がすっかり『萌えと浪漫』方面に向かっている――暴走している――強面の来栖川翁の顔を脳裏に浮かべ、俺はちょっとだけ重いため息を吐き出した。
天下の来栖川の会長ともあろう人からの孫たちへの贈り物が『ネコミミ』。
何かが根本的に壊滅的に間違ってるっぽい気がして仕方がない。
まあ、似合ってはいると思う。
基本的に猫系な綾香、ねこっちゃな琴音ちゃん。
この二人のネコミミ姿。うん、確かによく似合ってる。爺さんの言うとおりだ。それは認めよう。
だけど、そもそも、俺は『そういう趣味』なんか持っていない。
従って、俺としてはこんな格好をされても、特にこれと言って盛り上がったりはしないワケで。
「うにゃ?」
「うにゃにゃ?」
呆れの混じった吐息を零している俺の顔を、綾香と琴音ちゃんがちょこんと小首を傾げて覗き込んでくる。なんか、猫語を口ずさみつつ。
「もしかして、こういうのお気に召しませんか?」
お約束とも言える上目遣いで、不安げな表情をして琴音ちゃんが尋ねてきた。その頭にはネコミミ。
「あら、そうなの? 浩之、この手のやつ、嫌いだっけ?」
俺の胸板にツーッと指を這わせ、挑戦的とも取れる艶やかな笑みを綾香が零す。その頭にはネコミミ。
「浩之さん?」
胸の前で手を組んで、ちょっぴり瞳を潤ませて見上げてくる琴音ちゃん。プラス、ネコミミ。
「浩之?」
俺にしなだれかかり、蠱惑的な目で見つめてくる綾香。ウィズ、ネコミミ。
「……あー、えーっと、なんつーか……」
思い切り声を裏返してしまう。俺、何気に動揺してるっぽい。対照的な二人の仕草を見て、胸が思った以上に高まっている。
綾香と琴音ちゃんの視線から逃れるように上を見上げた。視界に入るのはもちろん天井。
しかし、そこに晴れやかな笑顔で俺にサムズアップを送ってくる爺さんの幻影が確かに見えた。
それに対して俺は、
「……爺さん」
無意識のうちに、同じ様に親指を立てて返礼してしまっていた。
すまん、侮っていた。爺さん、あんたはやっぱりでっかい漢だよ。認めるしかない。完敗だぜ。
前言撤回します。俺、『そういう趣味』ありまくりっぽいです。
琴音ちゃんと綾香の『二匹の子猫』。萌えまくりです。胸、ドキドキです。
そんな俺の内心を感じ取ったのか、二人が嬉しそうな満悦の表情で抱きついてきた。
そして、本物の猫の如く身体を擦り付けてくる。スリスリとスリスリと。柔らかくて甘い香りのする身体を擦り付けてくる。
加えて、俺の首筋に顔を埋め、左右から挟む様にしてのスリスリ攻撃。
挙句、耳元に届けられる「うにゃーん♪」「うにゃにゃ♪」といった蕩けんばかりのうっとりとした『鳴き』声。
トドメに、頭の上で微かに揺れているネコミミ。小さな、それでいて決して無視できないほどのアクセント。甘味の中の更なる甘味。
自分で言うのもなんだが、俺はセクシャルな方面に関して我慢強い方ではない。
性欲魔人などと――俺としては甚だ不本意ではあるが――言われるほどである。
そんな俺がこんな『誘惑』を受けたらどうなるか。
至極簡単。
3
2
1
ぷちっ
ほら、切れた。
パンと手を合わせ、行儀良く。
それでは皆さん御一緒に。
「いただきます」
この日以降、藤田家ではネコミミがプチブーム。
チンチラやら三毛やらペルシャやら。
ノリノリな、恥ずかしそうな、嬉しそうな、楽しそうな。
「爺さん、ネコミミって良いな」
可愛い猫たちに囲まれて、漢の浪漫を万感の思いで噛み締める俺であった。
余談であるが。
そんなネコミミ姿で盛り上がっている面々を横目に、
「うううっ、わたしはどうすれば。犬チックなのがわたしであり、わたしがわたしである以上、犬チックなのは最早避けられない事実。そんなわたしがネコミミを付けるということは、猫になるということは、自らの犬チックを否定するという暴挙なワケで。だけど、やっぱり浩之ちゃんには喜んで欲しいし、わたしも構って欲しいし。けれども犬チックを捨てたらわたしの意義すらも否定しかねないワケであって、でもでも……」
部屋の片隅で、あかりが己の『あいでんててー』云々に頭を悩ませていたとかいないとか。
後日、このことを伝え聞いた来栖川翁は訥々と零した。
「ネコミミとは……かくも罪深い物であるか。……あな恐ろしや」
訥々と、訥々と。
< おわれ >