この世の中には不条理が満ちている。
理解の範疇を越えている事象はあらゆる所に転がっている。
俺は強くそう思った。
名雪をおぶって教室に入った時、クラスメートたちは至極普通の反応を示してくれた。
誰一人として驚かず、冷やかさず。
まあ、それはいい。俺だって、下手に騒がれるよりは平穏な方がいいに決まってるし。
でも……でもな……。
今の俺たちを見て、誰も何も言わないというのはどういう事なんだ?
自分で突っ込むのも何だが、はっきり言っておんぶどころじゃないぞ。
「だって、名雪と相沢くんだからね」
「香里、いい加減にそれはやめれ」
無体なことをサラッと仰って下さる香里嬢に、俺は心持ち肩を落として訴えた。
「なによ。本当のことじゃない」
口を尖らせての香里の言葉。
「やかましい、黙れ」
そいつを、俺は当然のように問答無用で一刀両断する。
「むー」
「拗ねるなよ」
『名雪ちゃんは甘えん坊』
第4話「ライバル出現(?)なんだよー」
閑話休題。
俺たちは現在、結構とんでもない格好を晒している。
どんな姿かと言うと、俺の膝の上にのっかった名雪が、ふやけきったトリップしまくった表情でギューッと抱き付いている……なんて、非常にこっぱずかしい物だ。
俺は名雪のことは嫌いじゃない……どころか、かなり好きだ。だから、ピタッとくっつかれる事は何気に嬉しかったりする。
しかし、それも時と場合による。さすがに大勢の面々の前でバカップルの様な姿を晒したくはない。
いくら周りの反応が皆無だろうとイヤな物はイヤだ。
だけど、ここで名雪に「ちょっと放れてくれないか?」なんて言った日には、
「ううっ、ひどいよ祐一。いつだってそばにいてくれるって言ったのに」
とか
「わたしのこと、嫌いになっちゃたの?」
なんてセリフを泣きながら言われるのは分かり切っている。
だから、俺としては、どんなに恥ずかしくてもジッと我慢をするしかないのである。
俺って、実はかなり不幸なんじゃ?
「なに言ってるのよ。そんなに甘い空気を振りまいといて、誰が不幸だって?」
「ミスターユウイチアイザーワ」
「はぁ~」
俺はパーフェクトな解答を口にしたつもりなのだが、何がお気に召さなかったのかかおりんは嘆息。
「おいおい。何も深ーいため息を吐かなくても」
「誰の所為だと思ってるのよ?」
「名雪か?」
俺は、ジトーッとした目をして訊いてくる香里に素で答えた。
「そんなわけないでしょ!」
「なに!? 違ったのか!? だったら北川か?」
「バカ」
かおりん、即答。
「うわ。そんなに吐き捨てなくてもいいじゃないかよ。きっついなぁ」
「だから、誰の所為だと思ってるのよ!?」
「名雪か?」
俺は、ジトーッとした目をして訊いてくる香里に素で答えたパート2。
「そんなわけない……って、それはもういいわよ!」
机をドンと叩いて大声を出す香里。
「少しは落ち着け香里。カルシウム不足か? 悪いことは言わないからあんまり興奮しない方がいいぞ。しかめっ面をしてるとシワが増え……」
老婆心からの忠告。
だが、それは途中で強引に遮られた。『メキシッ!』という嫌すぎる音を響かせて。
「今、なーんか失礼な言葉が聞こえてきたような気がするんだけど?」
「き、気の所為です……グフッ!」
相沢くん、沖田総司状態。口から吐血。
「そ? それならいいんだけど」
「凶暴女」
的確な表現をしたりなんかしちゃったりするお茶目な俺っち。
小声でボソボソッと零しているところに度胸の無さが現れていてちょっぴりラブリー♪
「相沢く~ん。なにか言ったかしら?」
指をポキポキと鳴らしながら香里嬢がお尋ね。
「いえ、何も」
もちろん、俺は何喰わぬ顔で平然と否定した。
当然、納得いかないといった顔で香里が睨んでくる。
―――が、俺はその視線を綺麗に無視。そして、場の空気を変えるように話題を無理矢理に転換させた。
いつまでもこのままだと怪我人が出そうだし。例えるならば俺とか。
「それにしても、これだけ周りで騒いでいるのに名雪ってば全然トリップから帰ってこないな。ある意味、大したもんだ」
「そうね。名雪って、もしかしたら物凄い大物なのかも。
それとも、相沢くんの膝の上って、よっぽど居心地が良いのかしら?」
俺の上にのっかってフニフニしている名雪を見て、香里が呆れたような感心したような何とも言い難い複雑な表情を浮かべる。
「居心地ねぇ。そうなのかな? こればかりは自分じゃ分からないからなぁ」
流石の俺でも自分の膝に乗るという器用な真似は出来ない。
もっとも、インドの山奥で1年と3日ほど修行したら可能になるかもしれないが。その時は是非ともレインボー祐一と呼んでくれたまえ。ダイバ・ダッタ祐一でも良し。でも、インドはインドでもシャクティマン祐一は却下だ。良い子のお約束だぞ。
―――なんてことを半ば真面目に考えていた俺に、
「ねえ。よかったら、あたしが試してみてあげましょうか?」
香里がそう提案してきた。何時も通りの表情で、ごくごく自然に。
「は? 香里が?」
「ええ」
俺の聞き返しに、香里がコクリと頷く。
「それはなんとも魅力的なお言葉だな。俺の方からお願いしたいくらいだ。でも、いいのか?」
「なにが?」
「一度乗ったら放さないかもしれませんぜ、おぜうさん。げっへっへ」
イヤらしいオヤヂ笑いを浮かべて俺が言う。
ザッツセクハラ。訴えられたら負け確定。
分かっているのならやらなければいいとは思うのだが、それでも口に出してしまうのが俺の俺たる所以だな。あいでんててーってやつだ。
「ふーん。ま、いいわよ、別に」
「そうか。いいのか。そうだろうな、なんのかんの言っても流石に……って……い、いいのかよ!?」
相沢くん、大ショーック!
思わず、ビックリひょうたん島ドン・ガバチョ状態。
驚く前に、さも相手の話を聞いていなかったかのように、ぶつくさと宣っていたりするのは良い子のお約束その2。
「ええ、いいわよ」
「おいおい、冗談だろ?」
「いいえ。あたしは本気のつもりだけど」
本気? 本気と書いてマジと読むってやつですか?
驚愕のあまり、俺は香里の顔を凝視してしまう。
応えるように香里の視線も俺の顔に。というか、目に。
つられて、俺の視線も香里の目ただ一点に向けられる。香里の瞳、なぜかちょっぴり熱っぽく潤んでいたりなんかしちゃったりして、そこはかとなくセクシィ。
見つめ合う俺と香里。図らずもキックオフ。バックはもちろん点描トーン。
何気に良い雰囲気になってしまう俺たち。
だが、そんな状況は長続きしなかった。
「うーっ! 祐一ってば香里と浮気してるーっ!」
甘い空気を察したのか、膝の上の住人が現実世界に帰ってきたからだ。
「ぐえっ! こ、こら名雪! 首を絞めるな!」
名雪、チョークは反則。その技を使っても許されるのは『ダーおじさん』だけなんだから。
「ひどいよーっ! 極悪人だよーーーっ!」
俺の制止の声も耳に入っていない様子。名雪はギリギリという音をさせて尚も俺を攻撃してくる。
「だーっ! だから首を絞めるのはやめろっつーの! してない! 浮気なんかしてないから!」
「ホントにぃ~?」
疑いの眼差しを向けてくるなゆなゆ。
「本当だとも。なぁ、香里?」
自らの潔白を証明するように、俺は香里に話を振った。
しかし、香里はそれには答えずに、ただ、俺のことをジッと見つめてくるのみ。
「香里?」
「ねぇ、相沢くん」
「ん?」
「邪魔が入っちゃったから……試すのはまた後で、ね」
「へ?」
な、な、な、なに言ってるんだよ香里!
柄にもなく頬を恥ずかしげにポッなんて赤らめちゃって……しかも、上目遣いだし。
可愛いじゃねーか。激萌え。
……って、そうじゃなくて。
ダメでしょ、かおりん! フォローになってないっしょ! それじゃ泥沼っすよ!
「うーっ! うーっ! 祐一、浮気者だおーっ!」
案の定、名雪が切れる。『だおー』が出た名雪は危険だ。
何が?と問われると微妙に困ったりするが。
とにかく『何となく』デンジャーっぽいお年頃?なのである、たぶん。
「ぐわっ! く、首はやめろって、首は。死ぬ! 死ぬる! デス様が降臨しちゃう!
お、おい、香里。名雪を止めてくれ!」
香里に救援信号を送る俺。
「あ、先生が来たわ。それじゃ、またあとでね」
だが、それは香里には届かなかったようだ。綺麗にスルーされた。
こちらの惨状が目に入っていないかのように、自然な態度に自分の席に戻っていく。
「ちょ、ちょっと待て香里ぃ~! 行くんなら名雪を止めてからにしてくれ! 俺を見捨てる気か!?」
「うーーーっ! うーーーっ!」
「だーっ、鬱陶しい! お前もいい加減にやめんか!」
その後、教室に入ってきた教師は、俺たちのバトルってる状況を見ても特に何も言わず、さも当たり前の様に授業を始めた。
いつもの俺だったらその事に対して何かしらのツッコミを入れるところだが、正直言って今はそれどころじゃなかった。授業が始まっているにも関わらず未だにブツブツ言ってる名雪が気になるし、それになにより、俺の頭の中には先程の香里の言葉が渦巻いていたから。
『いいえ。あたしは本気のつもりだけど』
『邪魔が入っちゃったから……試すのはまた後で、ね』
香里、何であんな事を……。
「うーーーっ! うーーーっ!」
俺は、唸り続けている名雪を宥める為に頭を撫でてやりながら、香里の事をずっと考えていた。
……ほんの冗談だよな……香里。
< つづく >
☆ あとがき ☆
またまた久しぶりになってしまいました『名雪ちゃん~』です(^
^;
なんか、次回からシリアスな展開になりそうな引きですが……ならないでしょう、まず。
『名雪ちゃん~』だし(;^_^A
それにしても……なんか、思ってたのと違う展開に。
ここまで香里を目立たせるつもりはなかったのですが…………あれ?( ̄▽ ̄;
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