『慣れ』



「祐一さん祐一さん、一緒にアイスを食べに行きませんか?」

「この寒いのにアイス? それよりもアツアツのタイヤキの方がいいよ。ねっ、祐一くん」

「ばかねぇ。冬は肉まんに決まってるでしょ。これは常識なのよぅ」

「わたしはイチゴサンデーがいいと思うな。これだったらオールシーズンオッケー、だよ」

「……牛丼。早くて安くて美味しい」

「あははーっ。みなさん、食欲旺盛ですねぇ。さすがは育ち盛りです♪」

「育ち盛りと言うか……単に食い意地が張ってるだけだと思うけど」

「美坂先輩、それは少々酷ですよ。……否定はしませんけど」

 放課後、いつもの様に祐一の元に集まってワイワイ騒ぐ女性陣。
 その様を見て、北川が祐一の肩をポンポンと叩く。

「相変わらずモテモテだな、相沢。さすがは『歩く独占禁止法違反』だ」

「失礼な。なんだ、そのワケ分からん異名は。せめて『根こそぎ祐ちゃん』くらいにしておいてくれ」

「……そっちの方が更に失礼でダメダメだろ、おい」

 親友の戯けたセリフに、北川は呆れた声でツッコミ。

「ま、いいけどな。そんじゃ、俺はもう帰るわ。お先」

 カバンを手に北川が席を立つ。
 ついでに、祐一にからかい口調で「仲がいいのは結構だけど、避妊だけは忘れるなよ」とオヤジ発言を一発。

「北川、お前は大きな誤解をしているな。俺はご近所では『プラトニック相沢』として有名な男なんだぞ」

 対して、祐一がいけしゃあしゃあと返す。

「そ、そうよ。あたしたちはプラトニックなのよ。へ、変な想像しないでよね、北川くん」

「ま、全くです。北川さん、そ、そんな事を言うのは人として不出来ではありませんか!?」

 祐一に続いて、香里と美汐が頬をほんのりと朱色に染めて抗議した。
 そして真琴も。

「祐一はちゃんとゴム付けてくれるわよぅ。だから、そんな心配は無用よ。ちなみに、ゴムはお口で付けさせるのが大好きなのよぅ」

 但し、抗議の方向はかなりズレ気味。祐一のはともかく、香里と美汐の発言台無し。

「ちょっと待て、真琴」

 さすがの祐一も堪らずツッコミを入れた。真琴の豪快なズレっぷりにちょっぴり苦笑しつつ。
 その隣では、香里がこめかみに指を添えてズキズキと襲い来る頭痛に耐え、美汐が「ハァ」と深いため息を漏らしていた。

「真琴、はしたないですよ。そういう事をこういう場で、しかも大声で言ってはダメです。女の子なのですから、少しは羞恥心を持って下さい」

 疲労感すら漂わせる声で美汐がたしなめる。

「なによぅ。美汐こそ、昨夜は恥も外聞もなかったじゃない。すっごく乱れちゃってさ。美汐の方がよっぽどはしたないわよぅ」

「……美汐、激しかった」

 口を尖らせて真琴が言い返した。舞もボソッと、それでいて効果的な援護。

「な、なんて事を言うんですか! そ、それとこれとは話が違います! 論点がずれまくってます!」

 耳まで真っ赤にして美汐が言う。
 そんな美汐に、真琴と舞は更に追い討ち。

「そういえば、昨夜の美汐はゴムを付けてなかったわね。ずーっと生。美汐ってばエッチよねぇ」

「……しかも全部中で」

「い、いいんです! き、昨日は……その……あ、安全日でしたから……へ、平気なんです。出来れば、相沢さんの事は直接感じたかったですし……」

「あ、分かりますよ、その気持ち。やっぱり生の方がいいですよねぇ」

「おい、天野。ミイラ取りがミイラになってどうするんだよ。栞も嬉々として火に油を注ぐな」

 苦笑を深くして祐一がツッコミを入れる。

「あのな、北川。これはだな、何と言うか、つまり、相沢家流プラトニックの定義として、古より連綿と受け継がれてきた大いなる流れの中でドンブラコとどこまでも……」

 次いで、北川の方へ振り向き、祐一は弁明――らしきものを――しようとする。
 その祐一に、北川は至極冷静に返した。

「ま、ほどほどにしとけよ」

 淡々と素の表情でそれだけ言うと、北川は何事も無かった様子で教室から出て行った。

「……え?」

 予想外のリアクションにポカンとする祐一。

「もしかして、わたしたち、こういうのが既に『普通』で『当たり前』だと思われてるのかなぁ?」

「かもしれませんねぇ。ですから、皆さん、今更この程度では驚かれないのかも」

 名雪と佐祐理の言葉を受け、祐一がクラスをグルッと見回した。
 二人の憶測を肯定するように、皆、ごくごく自然だった。誰一人としてこちらに気を取られていない。真琴や美汐の危険発言を聞いてビックリしている者など皆無だった。

「慣れって……怖いよね」

 ポツリと零されたあゆの呟きに、祐一は心の底から同意してしまう。

 ――と同時に、

「このままで引き下がれるか。こうなったら、明日からはもっと凄い事をして、みんなをギャフンと言わせてグゥの音も出せなくしてやる」

 なんて事を口にして無駄に燃えまくる祐一だった。負けん気に火が点いたらしい。

 そんな祐一を見て、

「言わせるのか黙らせるのかどっちなのよ?」

「というか、凄い事って? 祐一ってば、いったい何をするつもりなんだろ?」

 呆れ顔でため息吐きつつも、『凄い事』を想像してちょっぴりドキドキしてしまう香里と名雪であった。




「す、凄い事って何でしょうか? ひょっとして本番ですか? 教室プレイですか? 露出で見せ付け? えぅー、ちょっと恥ずかしいですけど、でもでも祐一さんでしたらぁ♪」

「……いや、さすがにそこまでは。俺、捕まりたくないし」

「あらあら、楽しそうですね。了承です」

「だから、それはまずい……って、なぜ此処に!?」