To Heart SS マルチの話
大安吉日
くのうなおき
その4 長岡志保 佐藤雅史
「藤田浩之、神岸あかり婚約記念、藤田マルチ誕生記念、姫川琴音、松原葵、田沢圭子大学合格兼高校卒業記念合同パーティー」
などという、「盆と正月とクリスマスをいっしょくたにした」お祝いパーティーが始まるまでは、まだ四時間くらい時間があった。あたしは、何か他にパーティに必要なものはないかと思い、街に繰出してみたのだが、すぐに必要な物はすべて準備してある事に気付き、既に持っていた荷物を引きずりながら、「さて、これからの四時間をどうしようか?」と悩む結果になってしまった
こんな時に、田沢さんへのプレゼントを物色するために、同じように街をぶらぶらしていた雅史に会ったというのは、あたしにとっては、まさに僥倖、雅史にとっては、まさに不運(?)なのかもしれない。
意外にプレゼントを決めるのに優柔不断な雅史をどやしつけながら、やっとこさ買い物をすませた後、あたし
達は残りの時間を、ヤグドナルドで潰すことにした。そういえば、ここにくるのも久しぶりだった、高校を卒業して
からは、ヒロとあかりはともかく、それぞれが別の道を歩みだしたのだから、「四人の溜まり場」みたいだったこの
場所に、自然足が遠くなっていくのも当然だった。ただ、そういう「過ぎ去りし過去」を思い出し、「もう一度あの頃
に戻りたい」などという気持ちは湧き上がらなかった。それはあたしが過去に対して冷淡になったわけでなく、本
質的には「友人関係」は変わっていないし、終わっていないという事がわかっているから、少しも過去の思い出
にめそめそする必要がないからだ。むしろ、今目の前に雅史がいて、これからヒロとあかりを囃し立て・・・、もとい
祝福しに行くという事を考えれば、表面的なものは変われど、底にあるものは変わっていないという事を再確認
したようなものである。むしろ、「あの時、あんなことがあったよね?」と色々思い出し、心の底から笑顔で語り合
いたい気分に誘われる。
・・・・・・・・もっとも、今だからそういう風に感じられる余裕があるわけで、あの頃、高校二年の春・・・・、何かが
変わりつつあると感じていたあの頃は、あたしの前から、大切なものすべてが無くなるような気がして、この、今
座ってる同じ席で、あたしは、ただ自分の「恐れ」の気持ちを、あの子を傷付けてしまう言葉にして出してしまって
いた・・・・・・・・。
「あれ?それってマルチへの誕生日プレゼント?」
雅史が、あたしの足元に置いてある大きめの紙包みに目をやった。中にはくまのぬいぐるみが入っている。
結構大きさも適当で、シンプルな可愛らしさがあったものだったから、あの子・・・、マルチへのプレゼントには
ちょうどいいと思い、買ったものだった。
「そうよ、色々考えたんだけどね、ここはやっぱりストレートにあの子が好きなものにしたわ、まあ、問題はあか
りが後で何と言うかが見ものだけど。」
そう言うと、あたしも雅史もお互い「ぷっ」と吹きだした。ひょっとするとあかりってば、パーティーの間中マルチ
へのプレゼントを、ちらりちらりと見てばっかりかもしれない、もしかしたら、ヒロにおねだりをするかもしれない
・・・・・、ありえなさそうで、ひょっとしたら・・・・・?との空想を二人とも同時にしてしまったみたいだった。
そして雅史は、そのまま笑みを絶やすことなく、あたしを見ていた。
「ん、どうしたのよ?」
こいつの天然じみた行動は、今もって変わることはなく、いちいち突っ込むのバカらしいとは思いつつも、ついつ
い聞いてしまう。あたしの問いに、雅史は「あ、まずかったかな?」という表情をして、少しはにかみの表情に変わり
「え・・・・?いや、変われば変わるもんだね・・・・・・・・・、って思ってさ。」
「何よ?その『変われば変わるって』?」
「高校二年の春に、マルチが試験でうちに来ていた時の志保と、今の志保の事。」
悪気のない微笑みでしれっと言ってのける雅史、確かに、こいつには悪気なんかこれっぽちもないんだけど、しかし、昔の恥ずかしい思い出を思い出させるその言葉に、ちょっとむっとした顔を見せた。
「あんたねえ・・・・・、あたしの恥ずかしい過去を思い出させるようなこと言わないでくれる~~~~~?」
「ご、ごめん!!つい・・・・・・」
たちまち慌てる雅史、あたしはこれ以上いじめるつもりは無いから、「ふう~~」と一息ついて、
「まあ、あんたが、そういう風に思っても仕方ないんだけどね・・・・・・・・・。」
そう言って、あたしはテーブルに目を落とした。
「あの時は、本当にあの子が憎かったから・・・・・・・・・。」
ぽつりと呟くあたしに、雅史は何も言わなかった。
高校二年の春、メイドロボットの試作機「HMX-12マルチ」が、あたし達の学校に試験運用の名目で一週間
やってきた。ヒロは何故かそのメイドロボットと仲良くなり、一緒に掃除をしたり、昼休み、休み時間なんかもちょ
くちょく会って、色々楽しそうに話しをしていた。それが、あたしはとても気に入らなかった。あのメイドロボットと
笑顔で話すあいつが、がらにもなく気合いをいれ、楽しそうにあのメイドロボットと掃除をするあいつが、ロボット
のくせに落ち込んだり、泣いたりするあの子を励まし、元気づけるあいつが・・・・、そして、あいつにそんな事を
させてしまうあの子が・・・・・・・・。
あたし達をほったらかして、メイドロボットに夢中になってるのが気に入らなかったと、最初はそう思っていた
、確かにそういう気持ちはあったのだけど、あたしのなかに、もっと深いところで「何かへの恐れ」があったこと
を、次第に、漠然ながら感じていた。その「何か」がよく分からなかった、いや分かることを避けていた。
しかし、あたしの中で「何か」は、あたしの好まざるにかかわらず、どんどん具体的なものになってゆき、目を
背けられない状態になっていった。でも、それを認めてしまうことは、あたしの中の嫌な部分を認めてしまうこと
であった、あたしのヒロへの自分勝手な思い入れを認めてしまうことであった。
ヒロは、あたしにとっては正に「心の拠り所」だった。あたしの相手を真面目に受けてくれる存在、というだけで
なく、あかりと雅史との友人関係をつなげてくれる「掛け橋」でもあった。あかりと雅史・・・、この努力家にして
優等生で、そして気が優しい二人は、あたしにとっては大切な友人であると同時に、また劣等感を抱かせる存在
でもあった。あたしのスチャラかな所は自分でも痛いほど良く知っていた、よく一緒の高校にいけたと思うくらい
の勉強のできなさ、くるくると落ち着かない性格、普段はあまり気にしてなくとも、やはりあかりの一見どんくささ
そうでいて、しかし、努力をものにしていく姿を見ると、あたしはとても羨ましく、辛い気分になった。
それでも、あかりは、雅史は、あたしの大切な親友だった、自分を偽ることなく接していける相手だった。こんな
あたしを受け入れてくれる、大切な、失いたくない親友だった。
ヒロは、そんなあたしと、あかり達をつなげてくれる存在でもあった。同じ「落ちこぼれのアウトロー」みたいな
あいつが、最初、どうしてあかりや雅史とうまくやっていけるのか不思議に思えた。だけど、段々ヒロと付き合って
いくうちに、ヒロの見えない優しさ、そして度量の広さ、全くタイプがちがう筈のあかりと雅史と何年も付き合ってい
けたのが良く分かった。そして、あかりがヒロに想いを寄せているわけも・・・・・・・・・、あたしだってそうだったのだ
から・・・・・・・・・・・。
二重の意味で、ヒロはあたしにとって大切な存在だった。「落ちこぼれ仲間」、そして「大好きなヤツ」・・・・・・・・・・
・・・・、ヒロと一緒にいると、とても安心できた。「あたしはこのままでいいんだ」って感じられることができた。あかり
のヒロへの気持ちは分かっていた、あたし以上に長く、そして深いあいつへの想い・・・・・・。だから、せめて、ヒロ
のそばにいられさえすればよかった、あかりがヒロとくっついても、ずっと、ずっと親友でいたかった。
そして、あたしは知らず知らずのうちに、ヒロに対して「ずっと変わらないで欲しい」と願うようになっていた。
あかりとくっついてもいい、あたしの恋人になってくれなくてもいい、だけど変わらないで欲しい、ずっと、ぐーたら
で、落ちこぼれで、それでいて隠れた優しさをもっているあんたでいて欲しいと。そうしていることで、あたしはあんた
の傍にいられるから、あんたはあたしを見限らないから・・・・・・・・・・。
もし、ヒロが「いつまでもグータラしていられねえや」と思い出したら・・・・・、それを思うと身を切られるような戦慄
が走った。あたしなんか、ヒロの人生の邪魔者にしか写らないんだろうな、「変わらない」ことをあんたに求めてる
あたしなんて、そして、それはあかりと雅史にしても同じなんだろうな・・・・・・。そう思うと、そんな事が絶対起きないよう、ただただ願うだけだった。
こんな考えが如何に自分勝手なのか、その時のあたしには全く分かってなかった。だから、その自分勝手な想い
を踏みにじるかのように現れたマルチにあたしは、憎悪の念を感じたのだった。
「勝手で、迷惑な話よね・・・・・・・、人は他人に動かされてるわけじゃないのに、少なくとも他人の、自分勝手で独り善がりな気持ちで動かされてるわけじゃないのに、あたしはそんな自分勝手な考えで、ヒロとあかり、あんたとの
関係が変わらずに続くのを望んでいた。そして、そんな関係を壊すかのように現れたあの子が、憎かった・・・・・・
・・・・・・・。」
あたしは、まだ半分以上残ってるコーラを喉に流し込むと、黙ってあたしを見つめている雅史に気付いた。
この昔話は、まだまだ続きそうね・・・・・・・・・・・・、何となくそう感じた。
パーティまで、まだ二時間くらい余裕があった。
その4 終