『お願いは』



「ふぅ、けっこう混んでたわねぇ」

 初詣からの帰り、近くのファーストフード店で一服しようということになった亮・鏡花・壮一・真言美の四名。
 ちょうど空いていた四人掛けの席を確保して腰を下ろすと、皆は一斉に疲れの篭った吐息を零した。

「ったく。なんでわざわざ正月から、こんなめんどくせぇ事をしなきゃならねぇんだよ」

 コーラをズズッと啜った後、壮一が不機嫌な顔で漏らす。
 寝正月と洒落込みたかった壮一としては、初詣などはかったるいものでしかなかった。
 そんな彼が参加した理由はただ一つ。逆らったら超人師弟コンビに何をされるか分かったものじゃないから。これだけである。
 実質的な強制参加。不貞腐れたくもなるというものだ。

「なにを言ってるの、モモちゃん。初詣は日本人のお約束だよ。一年の計は元旦に有り、ってね」

 隣に座った真言美が、人差し指を立てつつ呆れた顔をして窘めた。

「嫌なお約束だな」

 壮一が露骨に顔を顰める。『けっ』とでも言いたげな反抗心ありありの態度だ。
 それを見て、真言美が少しだけムッとした表情になった。

「こらこら。お正月から喧嘩なんてしないの」

「そうそう。正月くらいは平和的にな。――ところでさ、さっきの初詣、二人は神社でどんなことをお願いしたんだい?」

 真言美と壮一の間に険悪な空気が流れそうになった瞬間、鏡花が苦笑を浮かべて『まあまあ』とフォローを入れる。次いで、亮が話題を転換させた。この辺、阿吽のコンビネーションである。

「えへへ、それは決まってますよぅ。なにかカッコイイ必殺技を習得できますように、です。やっぱり、正義のヒーローには必須ですからね。その為にも、頑張って特訓しますよぉ」

「……そ、そう」

「それは……実に真言美ちゃんらしい、ね」

 握り拳を作って力説する真言美に、鏡花と亮が呆れと納得の入り混じった複雑な表情を向けた。
 二人には真言美の背後にメラメラと燃える炎が見えた気がしたが、

「さ、錯覚よね」

「錯覚、だよな」

 とりあえず、気の所為ということにしておく。

「壮一は? あんたはどんな事をお願いしたの?」

「別に。大したことは願ってねぇぜ。ただ……」

「ただ? ただ、なに?」

 途中で言葉を切った壮一に、鏡花が先を促した。
 それを受け、壮一が小声で続ける。真言美の顔をチラッと眺めて。

「こいつの『悪癖』が少しは治りますようにって」

「それは無茶だわ」

「それは無理だな」

 声をハモらせて鏡花と亮が即座に否定した。壮一と同じく真言美の顔を見やりつつ。
 その三人の視線の先では、「必殺技はやっぱし派手なのがいいですよね。こう、ズギャーンとかバビューンって感じで」と、真言美は未だに力説を続けていた。バックの炎も相変わらずに。
 思わず、顔を見合わせて深いため息を漏らしてしまう三人であった。

「『これ』の事はさておき。――姉ちゃんはどうなんだ? なんか願ったのか? 姉ちゃんって、あんまり神頼みをするようには思えねぇけど」

 ちょっぴり淀んでしまった場の空気を変える為、壮一が鏡花に話を振る。

「あたし? ま、一応ね」

「どんな事を?」

 興味深そうな顔で亮が尋ねた。

「知りたい?」

「まあな」

 悪戯っぽい笑みを浮かべた鏡花に、亮は嫌な予感を感じつつも素直に首を縦に振る。

「あたしの願い事は、ね」

 亮の耳に口を近づけ、鏡花はそっと囁いた。

「可愛い赤ちゃんが授かりますように、って」

 それを聞いて、興味津々で耳を立てていた壮一が口に含んだコーラを吹き出し、真言美がショックで現実世界に帰ってきた。

「ね、ね、ね、姉ちゃん!?」

「き、き、き、鏡花さん!?」

 面白いくらいに狼狽しまくる後輩二人。
 だが、大胆な台詞を言われた当の亮は実に落ち着いた態度だった。

「お前なぁ。それはいくらなんでもちょっと早すぎるって。せめてあと3年くらいは待てよな」

「ふふ、分かってるわよ。ほんの冗談だってば、冗談」

 ごくごく自然に、本当にナチュラルに会話を交わす亮と鏡花。
 その様を見て、壮一と真言美は悟った。「ああ、この二人にとっては子供だの何だのは既に確定事項であって、いまさら驚いたり照れたりするような話題ではないのだな」と。
 やれやれと本気で呆れ返る壮一。そして、壮一と同様の感情を抱きながらも、少しだけ亮と鏡花の関係を羨ましくも思ってしまう真言美であった。

「それじゃ、本当は?」

 そんな二人を後目に亮と鏡花の会話は続く。
 もはや壮一と真言美の反応など見えていない。既に『二人の世界モード』に入ってしまっている。

「亮があたし以外の女に色目を使いませんように、にしようかとも思ったんだけど」

「だけど?」

 鏡花のからかうような台詞。それを亮は笑みすら浮かべて軽く受け流した。

「さっき壮一が言ったとおり、あたしには神頼みなんて似合わないからね。だから、今回の初詣では祈願じゃなくて誓いにしたの」

「誓い?」

 不思議そうな顔をして、亮が確認するように訊いた。

「そうよ。神様に誓ったの。健やかなる時も病める時もあなたを……その……あ、愛する事を、ね」

 微かに頬を朱に染めて、亮の目を見つめながら鏡花が答える。

「そっか」

 嬉しそうに微笑み、亮が穏やかな光を帯びた瞳を鏡花に向ける。

「じゃあ、俺と同じだったんだ」

「同じ? それじゃ、亮も?」

 驚きの混じった声で鏡花が尋ねた。
 それに亮が力強く首肯して返す。

「初詣では神様に二つお願いしたんだ。正確には祈願が一つと誓いが一つ」

「あらあら。そんな図々しい事をされたら神様も困っちゃうわよ」

 クスクスと笑って鏡花が茶々を入れる。

「大丈夫だろ。その為に奮発して千円も入れたんだからな」

「あら、豪気ね。で? 結局、何を?」

「一つ目は、光狩との戦いでみんなが傷つきませんように」

「なるほど。あなたらしいわね」

 納得、といった風情で鏡花が頷いた。
 それまで『つきあってられねぇ』と言わんばかりの顔をしていた壮一と真言美も、この時ばかりは表情を改めた。
 亮の、仲間を大事に思う気持ちを真摯に受け止める。
 しかし、同時に言葉の裏に潜む『傷つくなら、みんなの代わりに俺が』という自己犠牲が読み取れてしまい、後で釘を刺しておこう、苦言を呈しておこうと心に決める三人であった。

「そして、二つ目は……さっき言ったように鏡花と同じだよ。俺も、神様に誓ったんだ」

「ふーん。何を誓ったのかしら?」

 先程抱いた考えを一時棚上げし、鏡花は表情を楽しげなものに変えて問うた。

「だから、鏡花と同じだって」

「ダメよ。ちゃんと言葉にして」

 有無を言わさぬ口調の鏡花。
 亮は『やれやれ』とばかりに苦笑すると、鏡花の耳元に口を寄せて囁いた。

「鏡花を愛する事を、だよ。何があろうともな」

「そ、そうなんだ。なるほど、確かにあたしと同じみたいね」

 クールを装うが、鏡花の頬は真っ赤に染まっていた。
 声もどことなく上擦っている。

「ということは、あたしと亮は二人して神様の前で愛を誓っちゃったのね」

「ま、そうなるな」

「それじゃ、次にする事は一つね」

 亮に挑発的な視線を送る鏡花。「あたしの言いたいこと、あなたにわかる?」とでも言いたげに。

「ああ、そうだな」

 亮は、鏡花の頬に手を添えると、自分の顔を寄せていった。鏡花の望み通りに。

「へ、へぇ。よく分かったじゃない」

「そりゃ分かるさ。誓いの言葉の後は誓いの口付け。これはもう太古からの決まりだからな」

「亮にしては上出来よ。褒めてあげるわ」

 あっさりと看破された事への驚きと悔しさ、理解してくれている事への大きな喜び、照れくささ。
 それらが絡み合った複雑な思いを抱きつつも、鏡花は抵抗することなく静かに目を閉じた。
 そして、訪れる甘い沈黙。
 誓いをお互いに刻み込むように、亮と鏡花は唇を重ねあう。
 深く深く刻み込む為に、いつまでもいつまでも。










「あ、あのぉ。ここ、お店ですよ。覚えてます? 先輩? 鏡花さん? もしもーし」

「無駄だ、三輪坂。こいつらに何を言っても」

「ううっ。完璧に『二人の世界』に入っちゃってるよぉ。恥ずかしいなぁ」

「諦めろ。この二人と知り合っちまったのが運の尽きだ」

 達観した様子を見せる壮一に、真言美は深くため息を吐いた。

「しょうがないね」

「ああ、しょうがないさ」

「こうなったら、わたしたちも。この際、開き直った者の勝ちだよね」

「……へ? お、おい。三輪坂?」

「というわけだから……ねっ、モモちゃん」

「ちょ、ちょっと待て! 落ち着け! 冷静になれ! みわさ……っ!?」

 恥ずかしいカップル、一組追加。