ある日の昼休み。
食事も終わってみんながのんびりと過ごしている時間。
「昨日のテレビ、観た?」
「うん、もちろん。アレでしょ?」
「当然だよ。だって、格好いい俳優がいっぱい出ているもんね」
「そうそう。特に主役がいいよね」
「えーっ。あたしは主役の親友役の方が……」
「わたしは恋敵役の人がいいと思うけどなぁ」
数人の女子生徒が昨夜のドラマの話で盛り上がっていた。
とは言え、話題はドラマの内容よりも出演している人気俳優達の方に偏っていたが。
「ねーねー。藍はどう思う?」
その中の一人が、偶々近くにいた藍に話を振ってきた。
「え? え? なにが?」
唐突に質問されて困惑する藍。
「昨日のドラマのことよ。出演者の中で、誰が一番良いかって話をしていたの」
「あ、そうなんだ」
「うん。それで? 藍は誰が良いと思う?」
「え? えっと……わ、わたし……」
友人の問いに、藍は困った表情を浮かべながら答える。
「ドラマって観ないの。なんか、面白く思えなくて」
そんな藍の答えを聞いた友人たちは、
「…………」
「…………」
「…………」
一瞬沈黙した後、
「そうだよね。藍だもんねぇ」
「藍だしねぇ」
「藍だからねぇ」
異口同音に納得した。
「考えてみれば、藍がドラマなんか観るわけないか」
「それに、藍が芸能人に興味あるわけないしね」
「タレントの名前なんて全然知らないんじゃないかな。だって藍だし」
腕を組んで『うんうん』とうなずきながら友人たちが言い合う。
「あ、あのねぇ。わたしだって、タレントの名前くらい知ってるよ」
引きつった笑みを浮かべて藍が反論する。
「ホント~?」
「えー? 藍がー?」
「うっそだー」
「ウソじゃないよ。例えば……藤井、じゃなくて、森川由綺さんとか緒方理奈さんとか。あとは、声優の桜井あさひさんとか……」
指を折りながら、藍は自分が知っているタレントの名前を挙げていった。
「「「おおおーーーーーーっ!!」」」
「凄い! 凄いよ藍!」
「藍が森川由綺や緒方理奈を知ってるなんて!」
「さらには桜井あさひまで。これは快挙だね!」
「……あ……あのねぇ」
先程以上に笑顔を引きつらせる藍。僅かにこめかみの辺りがピクピクしていたりする。
「あはは。まあまあ、怒らない怒らない。
……ところでさ、藍が知ってるタレントって女の人ばっかりなの? 男で知ってる人っていないの?」
「へっ……? えと……そ、それは……その……あ、あんまり男性の役者さんとか……か、歌手とかには興味……なくて。あ、あはは……」
藍は、しどろもどろになりながら曖昧な答を返した。
実のところ、この藍の言葉は、半分は本当だが半分はウソだった。
男性の役者に興味がないのは事実だが、それは女性タレントにも当てはまる。藍は、男女問わず芸能人に全く興味がないのだから。
森川由綺や緒方理奈、桜井あさひのことを知っているのは単に親の友人だから。
つまり、『タレントで知ってる人』ではなく『知ってる人が偶々タレントだった』だけなのだ。
そんな藍に他のタレントの名前を挙げられるわけがない。
だから藍は『男性タレントには興味がない』という言葉でその場を誤魔化そうとしたのだ。
「それもそっか。藍が男のタレントに興味を持つわけないか」
「そうだね。藍が好きな男の人ってお父さんだけだろうし」
「藍は重度のファザコンだからねぇ」
しかし、友人たちは藍の言葉を違う意味に捉えたらしく、話の展開が怪しいものになってきた。
「……ちょ、ちょっと! 変なこと言わないでよ。わたし、ファザコンじゃないよー!」
友人たちの言葉を藍は真っ正面から否定する。
「そう? 有名な話よ」
「どの口が言うかな」
「もしかして、自覚してないとか?」
だが、友人たちは、藍の抗議をあっさりと受け流した。
「わ、わたし……ファザコンなんかじゃ……ないもん」
それでもめげずに否定を続ける藍。尤も、頬がうっすらと朱に染まっている為、説得力は皆無だったが。
「た、確かに……お父さんのことは大好きだよ。憧れてもいるし……尊敬もしてるし……それに……それに……」
言いながら自分の言葉に酔ってきたのか、藍が恍惚とも言える表情になってきた。
その様子を見て、友人たちが多少引き気味になる。
「……何と言うか……高校生にもなって、父親のことを臆面もなく大好きって言えるだけで大したものだと思う」
「やっぱ、ファザコンだね」
「もしかして……藍って未だにお父さんと一緒にお風呂に入ったりしてるんじゃ……」
「っ! し、してないよ! 一緒にお風呂なんて入ってないよ! ホントだよ!」
『一緒にお風呂』。この言葉に藍が強い反応を示す。
それを見て、友人たちがさらに引いた。
「ま、まさか……藍ってば……」
「いくらなんでも……」
「さ、さすがは重度のファザコン」
「だーかーらー! 高校に入ってからは一度も一緒に入ってないってば!!」
「「「!!!!!!」」」
藍の言葉を聞いて、友人たちの顔が完全に引く付いた。
「こ、こ、こ、高校に入ってからは……ってことは……」
「中学までは一緒に入ってたの?」
「す、凄い。さすが過ぎるわ」
「え? え? …………あ」
その様子を見て、藍は自分が墓穴を掘った事に気付いた。
顔どころか、身体中までをも真っ赤に染めてしまう。
「これは……重症ね」
「ほ、本物だわ」
「まさにプロのファザコンね」
「……わ、わたしは……ファザコンじゃないってば」
友人たちの声に、藍がボソボソと小声で反論する。
「「「まだ言うか」」」
「だ、だって……わたしなんて本当に大したことないんだよ」
なおもボソボソと反論を続ける藍。
「他のみんなはもっと……。例えば……。えっと……琴美ー! こーとーみー!」
藍は、キョロキョロと周りを見回して琴美の姿を見付けると、大声で彼女の名前を呼んだ。
「ん? どうしたの、藍?」
すぐにトコトコと琴美が近寄ってきた。
「あ、あのね……」
そんな琴美に、藍は単刀直入に切り出した。
「琴美は……お父さんのことをどう思ってる?」
「パパのこと?」
「うん」
「そんなの、世界中で一番大好きに決まってるじゃない。パパ以上の男の人なんていないもの」
満面の笑顔を浮かべて琴美が断言する。
それを聞いて、顔を引きつらせる友人たち。
だが、琴美の言葉はこれで終わりではなかった。
「それでねそれでね……わたし、将来はパパのお嫁さんになるの。そしてそして、あんなことやこんなことを……。きゃ! わたしってばわたしってば。や~ん、やんやんやん♪」
…………。
…………。
…………。
「ほらね。わたしなんて大したことないでしょ」
(((い、いや……ほらねって言われても……)))
頬に手を当てて身体をクネクネとくねらせる琴美。そんな彼女に視線を送りながら平然と言う藍。
友人たちは、その二人を前にして、何も言えずに固まっていた。
ただ、
(((もしかして、他の娘も? 藤田家の娘はファザコンばっかりって噂は本当なのかもしれない)))
頭の中で、そんな言葉だけが延々と渦巻き続けていた。
ちなみに、その噂の真偽は…………謎である。