やっぱり、昨日の夜はちょっちやりすぎたかも。
ウォーミングアップとして1回、本番5回、後戯として1回。
―――計7回。
綾香には少ーーーしきつかったかもしれねーな。
何といっても、綾香は『こっち方面』はとことん弱いし。
「仕方がない。愛する綾香の体調を考え、次からは1回減らして6回で我慢しよう。おおっ、俺ってなんて凄いヤツなんだ。普通はこんな無茶な決断はできな……うっぷす!」
俺の言葉は、突如襲ってきた激痛で遮られた。
「う、うぐぐ」
何事かも思い、痛みの発信元である腹部に目を向けると……綾香の肘がめり込んでいた。
「ぬ、ぬぅ、見事なツッコミ。敵ながら天晴れ也」
誰が敵で何が天晴れなのかはいまいち分からないが、取り敢えずは軽くボケておく。
閑話休題。
どうやら綾香姫は先程の俺の英断がお気に召さなかったらしい。
「なんだ、綾香。ひょっとして減らしてほしくなかったのか。それなら、素直にそう言えばいいのに。ふっ、恥ずかしがりの愛いヤツ…………み゛ざわ゛っ゛!」
ま、またですかい。
腹を見ると、再び肘。またの名をエルボー。但し、さっきよりもめり込み度は上。
すいません。今のは、ちょっとシャレになってません。この人は自分の彼氏を殺す気なんでしょうか?
……てか、それ以前に起きてるんじゃなかろうか?
試してみようかな。
耳にフーッと息を吹きかけてみたりして。
「……あんっ」
おっ、敏感な反応。おもろい。もっとやってみようかな。
俺は、再度綾香の耳元に口を近付けて……
「いい加減にせんかい!」
カウンターでチョップを喰らった。
「ぐわっ!
……や、やはり起きていたのか!? 欺いたな!」
「わけわからない事言ってるんじゃないわよ! 近くであれだけ騒がれたら誰だって起きるってば!」
「おのれ、正論で攻めるとは……卑怯也」
「バカ」
「そ、そんな吐き捨てなくてもいいじゃないかよー。ちょっとした挨拶代わりのアメリカンジョークじゃないかよー」
いや、どちらかと言うと、ちょっぴりヨーロピアンテイストだったとは思うが。
「やかましいわい。……って、そんな事より! あんたねぇ、次からも6回もする気なの!? 本気で!? あたしを殺す気!?」
「なんだよ。大袈裟だなぁ」
「大袈裟じゃなーい! あたし、昨晩は危うくアッチの世界に行きかけたんだからね! マジでお花畑が見えたわよ!」
「ほー、それはそれは。貴重な体験をしたな」
「…………なんなら、あなたも体験してみる?」
指をポキポキと鳴らして、瞳に危険な光を宿らせて宣う綾香嬢。
「残念ながら断る。藤田家には『臨死体験をしてはいけない』という大事な家訓があるんでな」
「なによ、その家訓? あたし、そんなの知らないし、聞いたこともないわよ」
綾香が訝しげな顔をして訊いてくる。
「そりゃそうだ。決めたのは今だし。俺だって10秒前までは知らなかった」
「……………………」
「……………………」
「はああぁぁぁ」
「なんだよ、その呆れきった様なため息は」
まったく、失礼なヤツだ。
「『様な』じゃなくて、そのものずばり呆れきってるのよ!」
ホントに失礼なヤツだ。俺内部の綾香ゲージ、1ポイントマイナス。
「……はぁ。ま、いいわ。浩之がバカなのは今に始まった事じゃないしね」
……さらにマイナス1。
「とにかく! あたしが言いたいのは、少しは加減してって事よ。人並みで我慢しなさいよね!」
「人並み?」
「そう、人並み」
むむう、人並みかぁ。そ、それは辛いなぁ。自慢じゃないが、俺は人よりちょっとだけ『元気』だからなぁ。……ホントに自慢にならないけど。……いや、自慢になるか? なるかも。なるという事にしておこう。そっちの方が気分がいいし。やはり、人間は前向きじゃないとな。ビバ! ポジティブ!
……まあ、それはさておき。
綾香が望むのなら人並みにせざるを得ないだろう。彼女たちの望む事を全て叶えるのが俺の望みだからな。
だから、俺は断腸の思いで……本当に泣く泣く受け入れた。
「分かった。これからは人並みで我慢するよ」
「浩之……ごめんね、ありがと」
「ああ。人並みに……5回で終わらせ……」
「どこが人並みよーーーーーーっ!」
どげしっ!というナイスな音と共に、綾香の掌底が炸裂した。
「らいがーっ!」
それも、顎の先端に非常にいい具合に。
なんだよ。5回くらい普通だろ? なあ、みんなもそう思うよな?
俺は、全宇宙のブラザーたちにそう問い掛けながら……
深い闇の中に意識を落としていった。
途中で、お花畑を見た様な気がした。
決めた早々家訓を破っちまったよ。
俺、減点1。