綾香のヤツ、何でも頑張りすぎるからな。
エクストリームの練習も勉強も、こいつは手を抜くという事を絶対にしない。
どんな時でも全力投球だ。
しかも、最近の綾香は、その頑張りに拍車がかかっている。
特に勉強だ。毎日いったい何時間やってるんだろう。エクストリームの練習でクタクタになってるのに、その体に鞭打って机に向かっている。
そんな生活をしていて、疲労がたまらないわけがない。
何時だったか、芹香が言った事がある。
『綾香ちゃんは、自分が頑張れば、その分わたしが楽になれると思っています。浩之さんや皆さんが苦労をしなくて済むと思っています。……綾香ちゃんは、将来、来栖川の職務を一人で背負おうとしてるんです。綾香ちゃんはいつも飄々としていて、そんな事おくびにも出しませんけど……でも、わたしには分かるんです。だって、綾香ちゃんは……そういう子ですから。誰よりも優しい……優しすぎる子ですから』
その話を聞いた時、俺は妙に納得したものだ。
綾香だったら、そう考えていても全く不思議じゃないと思ったから。
そして、それは正しいのだろう。俺も、綾香はそういうヤツだと思うし。
起こさない様に気を付けながら、俺は綾香の肩を抱き寄せた。
「ったく。こんな小さな肩にどれだけの荷物を背負うつもりだよ。独り占めするんじゃねーって。少しは俺にも分けろよな」
肩に回した手に、少し力を込める。
「俺なんかじゃ大して役に立たないかもしれねぇ。だけど、お前の荷物を共に背負う事くらいは出来るつもりだぜ。だから、一人で気張るなよ。もっと俺に、芹香に、そしてみんなに頼って甘えていいんだからな。俺たちは家族なんだからさ。いいか、自分一人が苦労すればいいだなんて、冗談でも思うんじゃねーぞ。もし、そんな事を言いやがったら俺は、否、俺たちは絶対に許さねーからな。分かったな?」
俺がそう言うと、綾香の手が俺のシャツをギュッと掴んできた。
閉じられた目元にはうっすらと涙が滲み、口元からは小さく『うん』といった言葉が零れた。
それを聞いて、一瞬、『起きてるのか?』と尋ねかけたが、すんでの所でその問いを飲み込んだ。本当に寝ているのだったら、下手に声を掛けて起こしてしまうのは可哀想だし、例え寝たふりだったとしても、わざわざそれをやめさせる意味などない。
「よしよし。聞き分けのいいヤツは大好きだぜ。いい子いい子」
綾香の頭を優しく撫でながら褒めてやる。
すると、綾香の顔に心底嬉しそうな色が浮かんだ。
その表情を見て、
(やっぱり、綾香には笑顔がよく似合う。綾香には常に微笑んでいてほしい。その為にも、綾香の荷物を代わりに背負ってやれるぐらいの大きな男にならねーとな)
俺は、心の中で決意を新たにした。
それは、とある休日の午後の事。