「あんたが宮里絵梨花だね。アタシは剣道。中西剣道。よろしく」
「ああ、よろしく。一緒に戦うのは初めてだね」
剣道の差し出した手をギュッと握り、穏やかな笑みを浮かべて絵梨花が応える。
「うん。普通のモードではアタシと絵梨花は二択だから」
「……あ、あんたって、直球ど真ん中な身も蓋も無い奴なんだね」
サラッと放たれた剣道のご無体なセリフに、思わずこめかみを押さえてしまう絵梨花だった。
「よく言われる。なんでだろ?」
「なんでだろって……あーた」
全く自覚無しの剣道。そんな彼女に、絵梨花は『マジで言ってる? 剣道って天然物? 玄界灘の一本釣り?』とでも言いたげな目を向ける。
――が、すぐに表情を改めると、
「ま、いいや。そんなことより……」
絵梨花は剣道へと微笑みかけた。
「せっかく共に戦える事になったんだもん。これから、仲良くしていこうね」
語尾にハートマークが付くくらいの弾んだ声で絵梨花が言う。
それを耳にして、
「……だもん? していこうね?」
今度は剣道が『へ?』という顔に。次いで、絵梨花に珍獣でも見る様な視線を送った。マジマジと。
「っ!? う、うあっ。そ、そうじゃなくて……その……せ、せっかく共に戦う事になったんだからさ、仲良くやっていこうぜ」
油断。ついつい可愛らしい地を出してしまった絵梨花。狼狽しつつ慌てて前言を訂正する。
「へぇ。絵梨花って……ふーん、そうなんだ。突っ張ってるけど、実は可愛い系の娘なんだね」
時すでに遅しっぽいが。完璧に。見事なまでに。
「あ、あうっ」
「そっかそっか。なるほどねぇ」
剣道からニヤニヤとした――それでいて微笑ましげな――視線を向けられ、絵梨花は頬を朱に染めてしまう。
「……え、えっと……そ、そ、そそそ、そういえばさ、うちのチームのメンバーの事なんだけど……」
暫く目を泳がせた後、唐突に、本当に唐突に絵梨花が話題を転換させた。多分に声を裏返られて。
――あまりにもあからさまだよ、絵梨花。
心の中で苦笑しつつツッコミを入れる剣道だったが、敢えて口には出さずに「うちのメンバーがどうかしたかい?」と絵梨花の話に乗ってやった。
「う、うん。どういう意図で集められたのかな、と思ってさ。なんか偏ってる気がしない? 女ばっかりだし、中距離の娘が多いし」
絵梨花と剣道が担当する地域には、彼女たちの他には緋皇宮神耶・森沢毬音・マリーシア・リオンという面子が配属されていた。
マリーシア以外は中距離ばかり。加えて、リオンに至っては――何気に銃器の扱いのプロという噂があったりもするが――戦闘要員ですらない。決して弱くはないが、かといってバランスの良い配置でもない。絵梨花が首を捻るのも無理は無かった。
「意図? 意図は、まあ、あそこと似たようなものさ」
「あそこって?」
含んだ物言いをする剣道に、絵梨花は小首を傾げて尋ねる。
「天楼久那妓、京堂扇奈、日比生早苗、シオン、高羽沙枝、姫乃宮華苑」
「『狼牙の女』チームのこと?」
絵梨花が問うと、剣道はコクリと頷いた。
「……んん?」
ワケがわからない。そういう顔で絵梨花が再び首を傾げる。
「おそらくだけど……アタシらもさ、同じコンセプトで集められてるんだよ。つまるところ『狼牙の女たちその2』ってとこかな」
「ああ、なるほど」
納得。笑顔でポンと手を打つ絵梨花。
だが、
「……って……え? ろーがのおんなたちそのに?」
次の瞬間、その笑みがピキッと引き攣った。
「うん。狼牙の女たちその2」
絵梨花が漏らした呟きに、剣道がキッパリと応える。
それを受け、耳といわず首といわず、絵梨花の身体中の至る箇所が真っ赤に染まっていった。
「そ、そそそ、そうなの!? あたいたち、『狼牙の女』扱いなの!?」
「多分、ね。尤も、大将や豪さんに確認を取ったわけじゃないから推測でしかないんだけどさ」
「……そ、そっか。そうだよな。あくまでも推測だよな」
絵梨花が安堵――と若干の落胆――の吐息を漏らす。
「だけど、そう考えるのが一番シックリ来るんだよ。面子を考えるとさ。マリーシアとリオンは大将にベタボレだし、毬音や神耶が大将に好意を持ってるのも確定っぽい。アタシだって憎からず思ってるし、それに……」
そこで一端言葉を切ると、剣道は絵梨花を指差した。
「そ、それに?」
微かに身を退きつつ、気圧された表情で絵梨花が先を促す。
すると、剣道は、
「あんたも大将の事が好き」
ズバッと言い切った。
「な、なな、ななななな、なん、なん……」
「なんだいなんだい、そんなに動揺するこたないじゃないか」
口の回っていない絵梨花の様子に、剣道が大袈裟に肩を竦めて苦笑する。
「あんたが大将を好きな事なんてバレバレなんだし」
「ば、バレバレ!? ど、ど、どうして!?」
目を大きく見開いて絵梨花が尋ねた。
その問いに対し、剣道は至極アッサリと回答。
「回想モード。6ページ目の一番左上を見れば一目瞭然じゃない」
「だ、だから、そういう身も蓋も無いことするなぁ! っていうか、見たの!? 中、見たの!?」
怒りと羞恥の入り混じった表情で絵梨花が剣道に詰め寄る。
しかし、当の剣道は涼しい顔。
「大丈夫。さすがに中までは見てないよ」
「ほ、本当に?」
絵梨花が訊くと剣道はコクンと首肯した。ホッと安堵の吐息を吐く絵梨花。
「ただ、サムネイルを見ただけでもいろいろ読み取れるからねぇ。きっとあの場面は大将とラブラブだったんだろうなぁ、とかさ」
「べ、べべ、別にラブラブって程じゃ、ないもん。……じゃなくて、ねぇよ」
からかいの笑みを向けてくる剣道に、絵梨花は顔を真紅に染めてしどろもどろで返す。
そんな絵梨花の様に、剣道はついついプッと吹き出してしまう。
「な、なんだよぉ」
口を尖らせて絵梨花が抗議。
「ご、ごめん。この期に及んでまだ誤魔化そうとしているのが何か可愛くって。女同士、そして大将に好意を抱く者同士なんだからさ、もっと堂々と想いを出しちゃっても構わないのに。変に隠そうとしてもぎこちなくなるだけだよ」
「そうかもしれないけど……」
「観念して認めちゃえ認めちゃえ。辛いのは最初だけ、すぐに良くなるって」
「……何の話よ、何の?」
非常に誤解を招きかねない表現をする剣道に、絵梨花は眉間を揉み解しながらツッコミを入れた。
――と同時に、実にあっけらかんとした剣道の様子を目の当たりにし、一人で恥ずかしがっている事にバカバカしさすら感じる絵梨花。
思わず、一つ小さなため息。
「ま、剣道の言う事にも一理あるかな。狼牙への気持ち、想い、無理に覆い隠そうとして取り繕っても意味ないよね。……特に『同志』の前では」
「そういうこと」
うんうん、と首を振りながら剣道が満足気な笑みを浮かべる。
「『狼牙の女たちその2』の中では、大将への想いを誤魔化そうとするなんてナンセンスだよ」
「そう、だね。……ところでさ、剣道?」
「ん? なにさ?」
「どうでもいいけど、そのチーム名、なんとかならない? なんつーか、無駄に恥ずかしいんだけど。いろんな意味で」
少々ゲンナリとした顔で絵梨化が訴えた。
「えー? なんでぇ? 分かりやすくていいじゃない。何事も単純明快が一番だよ」
この場合、単純明快で分かりやすいのが却っていけないんだってば。
絵梨花は心の中でため息混じりに突っ込む。
「そうかもしれないけどさぁ。でも、やっぱり嫌がる娘もいるんじゃないかな。あたいは……まあ、百歩譲って我慢するとしても」
とは言え、マリーシアとリオンはおそらく大丈夫であろう。と絵梨花は思った。
強烈に激烈に照れまくるだろうが、決して否定はすまい。むしろ喜ぶかもしれない。
しかし、毬音と神耶はまず間違いなく反発するだろう。
嫌だから、ではない。恥ずかしいからだ。そう呼ばれるのが満更ではないが故に、死にそうなほどの羞恥を覚えるから。
意地っ張りで素直じゃない毬音。好意を向ける事にも向けられる事にも慣れていない神耶。
その二人に「あたしたちのチーム名は『狼牙の女たちその2』になりました♪」だなどと言おうものなら、いったいどんな反応が返ってくることやら。
恥ずかしさから、鉄球の一個や二個、ルヴァウルの一撃や二撃が飛んできても全く不思議は無い。
いくらなんでも『照れ隠し』で人生に幕を引きたくはない、そう思わずにはいられない絵梨花であった。
「嫌がる娘って毬音と神耶のこと? へーきへーき。なんとかなるって」
カラカラと笑いながら、自信満々に剣道が言い切った。
「あいつらだって大将のことが好きなのは間違いないんだし、ちょーっと説得すれば大丈夫さ」
「そ、そうかぁ?」
尋ねつつ、絵梨花は首を傾げる。思いっきり眉を顰めて。
「もちろん。ほらほら、そうと決まれば善は急げだよ。早速みんなに報告しに行こう。アタシらのチーム名が『狼牙の女たちその2』に正式決定したって」
「報告というか……説得というか……一方的通告というか……」
「いいからいいから。さあ、早く!」
剣道は徐に絵梨花の腕を掴むと、有無を言わさずにどんどん歩を速めていく。
「わっ!? ちょ、ちょっとぉ! そんなに引っ張らないでよぉ! ……じゃなくて、引っ張るなよ!」
当然の様に上がる絵梨花の抗議。
それを――意図的に――受け流すと、
「毬音への報告はアタシがやるから、神耶へは絵梨花がお願いね」
剣道はサラッと言い放った。
「へ!?」
「じゃ、そういうことで」
う、うん、分かった。剣道の勢いに負け、反射的にそう答える絵梨花。
しかし、すぐに我に返ると「ええっ!?」と声を張り上げた。
「ちょっと待ったぁ! なんであたいの方が難度が高そうな相手なのよ!? こら! わざとらしく耳を塞ぐな! 勝ち誇ったニヤニヤ笑いを浮かべるなぁっ!」
辺り一面に響き渡る絵梨花の叫び。
もちろん、それに応える者などいるはずもなく。
「納得いかない! 納得いかない! 納得いかなーーーい!」
世の中は無情である。
尤も、そんなこんな言いながらも、心の中では、
(『狼牙の女たちその2』かぁ。あの時はああいう答を返したけど……でも、今だったら……本当に狼牙の女になっちゃっても……狼牙の、女に……あたしが狼牙の……あたしが……。そ、そしたら、やっぱり……あ、あんな事とかそんな事とか……え、えへへ)
いろいろと夢想して照れまくっていたりしたのだが。
――崩れそうになる程ににやけ切った顔で文句を重ねる絵梨花の一種異様な姿に、剣道がちょっぴり退いていたりしたのは言うまでもない。