『制裁』



「なあ、兵太。女ってやつは怖ぇなぁ」

「はい? なんすか、狼牙さん。藪から棒に」

 兵太は読んでいた雑誌『男マガジン』を閉じると、机に足を投げ出した格好で座っている狼牙へと視線を向けた。

「らしくない台詞っすね。なんかあったんですか?」

 微かに身を乗り出して兵太が尋ねる。

「ああ。昨日、闘京でちっとな」

「闘京で? ケンカでもあったんですか?」

「ま、そんなようなもんだ」

「へぇ。狼牙軍団にケンカを吹っかけてくるような奴がまだ残ってたんですねぇ」

 心底感心した口調で兵太が零した。
 今の日本に『魔界孔を閉じたのはホワイトファング』だという噂――事実であるが――を知らない者はいない。加えて、現在の狼牙は総長という地位にあった。
 それでも尚――もしくは、それ故に――攻撃を仕掛けてきた者がいる。その者の勇気に心から感服する思いの兵太であった。

「えっと、昨日闘京にいたのは……天楼さんに京堂さんに委員長、高羽さんに姫乃宮さん、それとシオンちゃんっすか。なんつーか、相手に同情したくなるような強烈なメンバーっすね」

「ああ。実際、強烈だったよ」

 どことなく遠い目をして狼牙が答える。

「どんな感じだったんですか? 狼牙さんに『女は怖い』とまで言わせるんですからよっぽど凄かったんでしょうねぇ」

 興味津々といった顔で兵太が尋ねた。
 その兵太と目を合わさずに、狼牙は淡々と語り始める。

「まずは、沙枝の技で相手の気力を根こそぎ奪った」

「根こそぎ、っすか。つまり、木偶の坊状態にされてしまったワケっすね」

「次に、シオンが全員の能力を向上させた。その上で、久那妓と扇奈と華苑がたこ殴り」

「よ、容赦ないっすね」

 パワーアップした久那妓たちにボコボコにされる様を想像して、兵太は顔を青褪めつつ冷たい汗を一筋流した。

「とどめに」

「ま、まだあるんすか!?」

 驚愕の叫びを上げる兵太。
 それには構わずに、狼牙は尚も静かに言葉を紡ぐ。

「委員長の『やさしい攻撃』で生かさず殺さず」

「HP1の状態で延々と生殺しっすか。死ぬことも許されないとは、まさに生き地獄ですね」

 言って、兵太は額の汗を拭った。

「それにしても、天楼さんたちにそこまでさせるとは……。よっぽど怒らせる事でもしたんでしょうかねぇ?」

「しちまったんだな、これが」

「あ、やっぱりっすか。いったい、何をやらかしたんですか?」

 兵太が問うと、狼牙はバツの悪い顔をして頭を掻いた。露骨に目が泳ぐ。
 その態度に、兵太の胸に疑惑が生じた。

「……ろ、狼牙さん? まさかとは思いますけど、天楼さんや京堂さんにボコにされたのって……」

「俺だ」

 狼牙からの簡潔な答えを聞いて、兵太はガクッと肩を落とした。

「なにやってるんすか、狼牙さん。いったい、何をやらかしたんです?」

 呆れた顔で兵太が質問をぶつける。

「『やらかした』と言うよりは『何もしなかった』のが原因だな」

「はあ?」

 狼牙からの返答に、兵太は素っ頓狂な声を上げた。

「いや、なんつーか、最近いろいろと忙しかった所為で構ってやれなくてな」

「早い話がヤキモチっすか。些か過激ではありますけど」

 しらけた声で言うと、兵太はやれやれといった風情で「ふぅ」とため息を吐いた。
 ――が、不意に腑に落ちない思いに駆られる。
 狼牙の『女』には聞き分けのない者など一人もいない。
 久那妓も扇奈も咲苗も、そして華苑も沙枝もシオンも、決してワガママを言わない者ばかり。
 狼牙が忙しいのであれば、それを理解し、いつまでも我慢をしてしまうような女性が揃っていた。

「狼牙さん。つかぬ事を訊きますけど、忙しいって、いったいどんなことをしてたんですか?」

「いろいろだぞ。絵梨花と天文台に行ったり、カミラとウルルカに食事を御馳走してもらったり、なななとソフトボールをしたり、京子とゆうなを遊園地に連れて行ったり、神耶の魔物狩りに付き合ってやったり、それから……」

「……もういいっす」

 全部女絡みっすか。自分たちを放っておいて他の女を構ってるんじゃ、天楼さんたちが怒るのも無理ないっすよ。
 心の中でツッコミを入れて、兵太は深い吐息を漏らした。

「ところで、狼牙さん。滅茶苦茶にされた割には思いっきり元気じゃないすか? なんか、心身ともに充実してるようにも見えますけど?」

「ああ、制裁の後で久那妓たちに回復させてもらったからな、体力も気力も」

 ついでに、BPが増えたり仲間の信頼値が回復していたりも。

「へぇ。天楼さんたちってそういう事も出来るんすか。凄いっすねぇ」

 但し、対狼牙限定であるが。

「へへっ。まあな」

 甚く感心している兵太を横目に、狼牙は昨夜の事を思い浮かべて口元をにやけさせる。

「――っと、いけねぇ! もう、こんな時間かよ!」

 しかし、視界が時計を掠めた瞬間、ガタッと音をさせつつ慌てて椅子から立ち上がった。

「どうしたんすか、狼牙さん?」

 狼牙の慌てっぷりを見て、兵太が不思議顔で尋ねる。

「午後からマリーシアを動物園に連れて行ってやる約束をしてるんだ。それじゃあな!」

 早口でそれだけ言うと、狼牙は転げんばかりの勢いで飛び出した。
 派手にカンカンと響き渡る足音が、狼牙の速度と必死さを窺わせる。

「……ま、また女っすか? 昨日の今日で? 狼牙さん、全然懲りてないっすね」

 残された兵太が呆れた声でそう零した。

「けど、どれだけ痛い目にあっても生き方を変えないのはさすがですね。やっぱり、狼牙さんは男の中の男っすよ!」

 目をキラキラと輝かせて兵太が叫ぶ。

「この陣内兵太、一生着いて行きますよ、狼牙さん!」

 そして、今日もまた舎弟魂を炸裂させる兵太であった。