「ぐふぅ」 午後5時、自室でアレシア・アマデオはアイドル的にあんまりよろしくない感じの声を上げてぶっ倒れている。 彼女の前には一通の手紙が置かれている。 差出人の宛名は見なくても判る。封筒につけられたPのシール…、こいつはPからの連絡を意味するシールなのだ。 既に開けられた封筒の横に、一枚の紙がぺらん、と置かれていた。 「アレシア・アマデオ様。  明日の昼過ぎ、星鋼京王城にて待ち合わせ願います。               キノウツン旅行社」 「うーん、シールが貼られてたと言うことはこいつはPからの呼び出し…間違いない」 最後に会ったのいつだっけ、と寝転がりながらぺらぺらと手帳をめくる。 そして床に叩きつけた。めくってもめくっても仕事のことしか書いてなかった上に腕が疲れた。 「何故だ、何故私はこんな重たい手帳なんぞ選んだ畜生!」 もっとちゃんと選びなさい、とPに言われたのにいやーこれでいいっすよはっはっはとか適当に選んだからである。 さらに言えば彼女の用事といえば一に仕事二に仕事、三四が仕事で五に仕事。 あと最近はこっそりとしか通えなくなった工房くらいであった。 「よし、落ち着け私。アレシア・アマデオはクールに華麗かつキュートに物事を進めるのよ。Pとのプライベートも久々だし、準備をしよう…」 落ち着いて腕時計を見る。うむ、午前2時。 「………あれ?」 もう一度壁の時計を見る。午後4時57分。 腕時計チェック。午前2時。 壁の時計を外して振ってみる、午前1時53分になった。 「電池切れてた…?わーお」 両方の手のひらを上にして肩をすくめてみる。うん、外人チック。 「というか寝ないとやばいよねこれ…」 腕時計のアラームを3時間後にセット、 ぱたり、と布団に倒れる。 カッチコッチカッチコッチカッチコッチカッチコッチカッチ 音だけが耳につく。目を閉じて電気を消しているはずなのに、時計の文字盤が見える。 ガバッ「駄目だ寝れない」 こいつか、こいつしかないのか。 目の前にどん、と天高く聳え立つフォルム。 その名はザ・一升瓶。大人の象徴、O・SA・KE。 徐に瓶の細い部分を持ち、高々と掲げる。おお、案外重たいぞ。 そして、そのまま、『頭の上に載せると』手を使ってバランスを取り始める。 ゆらゆら ゆらゆら ゆらゆら と、何分こうしていただろうか。 ぐきっ、という首からの嫌な音と共にアレシアはゆっくりと一升瓶を床に置き、崩れ落ちた 「…前から思ってるんだけどこのナイトキャップっていうのは痛いだけで全然眠くならない…」 首を傾げるアレシア。そもそも母に教わったやり方が間違っているのではないかという考えが頭を掠めるが、人がいいのかその考えをすぐやめた。 「3時…」 いろいろ試してみた痕跡を片付けていたらこんな時間である。 疲労感は出てきたが眠気はさっぱりやってこない。 「もうここまで行くといっそ寝ないほうがテンション上がるんじゃ…」 そこまでつぶやいたあと、はっ、と慌てて口を抑えた。アイドルとして言ってはならぬ言葉である。 考えを追い出す為にぽかぽかと頭を何回か叩き、布団に倒れた。 ふと顔を上げると、棚に大切にしまわれたものたちが目に入る。デビュー当時の仕事で貰った思い出の品だ。 「これは大運動会のトロフィー。こっちがTOP☆IDOL…」 チャリティーコンサートの観客から貰ったファンレター。ワールドツアーでPが買ってくれたお土産。 ファーストライブのブロマイドにダンスコンテストの賞状―どれも自分がアイドルとして歩んできた思い出だ。 「ジャージなんか着て、良くテレビ出られたなあ…」 くすり、と笑みが出た。 そうだ、眠れないくらいで何を悩んでいたんだろう。 私は私なんだ。アレシア・アマデオなんだと。 アイドルとして、じゃなく、私として、Pに会おう。 そう開き直れたら、すとん、と眠りに落ちた。 がちゃり、とドアを開ける。日はもう高い。 「さあ、行くぞアレシア、行くぞ私。私はアイドルだ、アイドルが死ぬのは総てをやり切った時だけだ」 キリッとした表情で、王城へと足を向ける。 まさかこの後、お城の中に入るとは夢にも思わないアレシアなのであった。