そこには一本の巨大な木があった。 ずいぶんと昔からそこにあったその木は、だが誰も気に留めない。人間達にとってはその程度の認識だった。 朽ち果てるのをただ待つだけだったその木に一人の男がやってきたのはいつの事であったか。 男はボロボロになった幹を手にした杖でコツ、コツと数度叩く。 と、表皮がぱりぱり音を立てて扉になり、瘤は見る見るうちにドアノブへと姿を変えた。 外見は冬の道でばったりと出会った借金取りを思わせる、と誰かが評したその顔を男はにこり、と綻ばせると、ドアを開けて木の中へと入って行った。 それが数ヶ月前の事である。 その家に客人が訪ねてきた。 珍しいその客人は、筋骨隆々とした偉丈夫であった。 「しかしまあ、相変わらず殺風景だな。酒樽でも置かんのか」 「魔法に必要な材料としてならともかく、一人で飲む気にはなれませんね」 どっかと椅子に座る大柄の男―黒にして黒のバロ―は相変わらずの様子である。 苦笑しながら茶を持ってきた家の主―バルクは自らも椅子に座り、それでどうしたのですか、と話を始めた 「いや、退屈でな」 「貴方らしいといえばらしいですが、そういう理由で扉をぶち破って入ろうとしないでください」 「冗談だ」 「貴方の冗談はいつも思いますが理解しにくいですね」 いつもの如く、眉間に皺の寄った顔でバルクは茶を口にする。 「なかなか冗談というものは理解してもらえないものだ」 口ぶりとはよそに、にやり、と笑うバロ。豪放磊落かと思えば、自らの真意を口にしない事もある。 一言で言えば食えない男である。 「で、結局何しに来たんです」 「おお、そうだそうだ。すっかり忘れていた」 ごそごそと、腰につけた袋からバロが取り出したのは小さな小箱であった。 「この間な、町を歩いていたら」 「大体予想がつくので貴方の話はいいです。これは?」 「まあ貰った」 ため息をつくバルク。 「何故ため息をつく」 「いえ、気にしないでください。もう慣れましたから」 そうか、それはよかったとバロは頷く。 その様子にバルクの眉間の皺の本数が増える。 「それでこの小箱がどうかしたのですか。呪いでもかかっていて調べるとか」 「まあ開けてみろ。話はそれからだ」 不審に思いながらも、バルクは言われたとおり開けてみる。 指輪が2つ、並べられていた。 「指輪ですか」 「ああ、土産だ」 「どうしろと?」 「まあ誰か欲しがる奴にでもやってくれ。俺にはいらんものだ」 「なるほど」 珍しいこともあるものだ、と思いつつ、バルクはそれを箪笥に仕舞い込んだ。 (計画通り) バロは知っていた。数日以内にバルクを訪ねる客があることを。 それを見越した上で、ついでにちょっとした細工を指輪に施したのであった。 さて、指輪の意味を知った時にあいつはどういう顔をするだろうか。 かつて知恵者と呼ばれた男の顔が、悪い笑みを浮かべた。