日本庭園に面した一室。和の趣を凝らした空間にししおどしの音が控えめに響く。  新しい畳の匂いが鼻孔をくすぐるこの非日常的な空間に、小鳥遊敦はそわそわと落ち着かない様子で居住まいを正した。  隣にはいつもと変わらない千ちゃんがいつもと変わらない調子で座っている。 「派手な女でなくていいのかね?」  自分で紹介しておきながら、念を押す彼に、小鳥遊は苦笑した。  堅実と思われる選択が彼には面白くなかったのだろうか。 「参りました」  襖の向こうから女性の声がした。高まる緊張と期待に小鳥遊は背筋を伸ばす。  どうぞ、と千ちゃんが声をかけると襖が開き、ほっそりとした女性が座していた。  西国人らしい見事な銀髪を結いあげ、青色の振袖を着て凛と背筋を伸ばした姿が美しい。一般的に言えば美人の部類にはいるだろうが、知性的な瞳、意志の強そうな顔立ちは彼女の性質を物語るようで、そうした評価を拒むような雰囲気さえあった。 「どうも、初めまして」  小鳥遊の言葉に、彼女はまるで軍人のようには、と短く答えて頭を下げた。小鳥遊もお辞儀を返すと、横で千ちゃんがちょっと残念そうな顔で彼女の方を見ている。 「愛嬌を忘れたようだな」  小鳥遊はその言葉に目をぱちくり、とさせて千ちゃんの顔を横目に見た。 「かわいげがないのは、認めます。謝る気はありませんが」  彼女は些か憮然とした様子ではあったものの、腹の据わった様子でそう答える。  そのやり取りに不穏な空気を感じて思わず苦笑が漏れた。 「えぇと、FEG所属、小鳥遊敦と申します。以後お見知りおきを。手前は様式とかそういうのは気にしません。好きになさって下さいな」  別に愛嬌だとかおべっかなんて無くても構わないのだ。何せそれらは、あるがままの自分の上に被せられたぴかぴかの糖衣に他ならないのだから。見目がよく、口当たりの良いそれは相手に受け入れやすく優しいけれども、うわべに過ぎない。もちろん小鳥遊はそれが時に大切である事も、人間関係を円滑にする為の潤滑材だという事も心得ていたが、自分の伴侶になるだろう者にそれを求めてはいなかった。  そんな彼の言葉に彼女は少しだけ意外そうに目を瞬かせた後、前に進み出て後ろの襖を両手で静かに閉める。 「白鳥、こずえです」 「豪商の娘だ」 「WSOです」  凛とした自己紹介に茶々を入れる千ちゃん。  もしかしたら一般的なお見合いではそう言った方が受けがいいのかもしれないが、白鳥こずえにとって、豪商の娘というのは自分の努力なしに用意された場所であり、自己紹介には相応しくないと感じていた。わざわざ言い換えたのはこの為だった。 「それはそれは。私はバーニングパイロットなぞやっております」 「はい。今の時分、生身なのはそう言うのしかいないでしょうから」 「も少しにこーとかできんのか」  またしても千ちゃんのツッコミ。  お見合いを成功させようという目論見なのか、ただ単にからかって楽しんでいるのかは不明だが、いずれにしても千ちゃんがうっとおしい。早く去れ!そんな思いを込めてにこーと微笑むと、手持ちのバックを投げつける。あ、避けた。 「千さん、いいですよ」  彼と彼女の性質を短時間で最大限にお互いに理解させる為の気遣いなのか。いや、そう思うのは買いかぶりだろうか、判断しかねた小鳥遊は苦笑するしかない。それにしても… 「…ひょっとして、お知り合いですか?お二人は」 「俺の紹介、だったのではないかね」  思わず訪ねた小鳥遊に千ちゃんは当然だと言わんばかりに鼻を鳴らした。 「父が、この人の知り合いです。商売上の取引とかで」 「俺は商売はせん。がまあ、要約するとそうだな」  白鳥の補足に千ちゃんが頷いた。 「いえ、古い知人だったのかな、と思いまして」  2人の様子からそう思ったのだったが、その言葉に白鳥はやや半眼に千ちゃんさんをチラと見てから、この人ひどいんです、等と訴えるように憮然とした顔で小鳥遊に向き直る。 「子供のころから、悪い遊びを教えに来る、いやな人でした」  千ちゃんが何か言いたげに半眼で白鳥を見た。 「なるほどなるほど、そうでしたか」  そのやりとりが微笑ましくも可笑しくて、小鳥遊は思わず笑みを漏らすのだった。 /*/  夕暮れ。  お見合いを終えて、白鳥は自分のマンションへと戻った。  扉を閉めれば、いつもの日常空間が広がっており、ほっと吐息した。慣れない草履をはいた足が少し痛い。  親から送られてきた窮屈な振袖は一応皺にならないようにハンガーに掛ける。幼い時分なら、絶対に着るものか、と送り返していたであろうが、もう両親のお節介や、良かれと思って押しつけられる優しさに反抗する程子供では無かった。  それを受け入れる事を、甘えではなくて許容であり、両親に対する娘なりの優しさなのだ、と思うようになったのは、昔よりも父の姿が小さく見えた頃からだ。  留守中のメッセージを再生しながら、化粧を落とし、部屋着に着替えていく。 ―メッセージは1件です― ―こずえ、お見合いどうだった?たまには帰ってきなさいね。お父さんたら、今日は今朝からずっと機嫌が悪いのよ。ふふ、じゃあね― ―メッセージの再生を終了します―  タオルで顔を拭きながら、苦笑した…つもりだが、無意識にそれよりも優しい微笑みになった。   ”大雑把にいえば。みんなの笑顔が見たいから、ですね”  ケトルをコンロに掛けてお湯を沸かす。  窓から差す西日が部屋を茜色を刷いている。窓から見える空は人工の空だ。本当の空はこれよりも美しいとは限らないし、これ以上に美しい事もある。  缶の蓋を開けて砕かれていない葉のまま乾燥させた茶葉をポットに入れ、丁寧にお茶を淹れながら、こずえは今日会った人の事を思い返す。 ”私は些か変人でございましてね” ”自身の快楽というのに、さほど没頭できないんですよ” ”それよりは、後輩が成長していく様を眺めたり、上司が大活躍する傍にいたり” ―第七世界人  どちらかと言えば人種種族に偏見が無いタイプの人間だと思っていたが、少し意外だった。  彼らも私たちと同じようであるらしい。また、自分自身を残念に思った。自分自身が実際に知りもしない事を、わかったような気になっていた事に気づく度、彼女は残念な気持ちになる。 ”自分の有様は、死ぬまで変わらない。私はそういうものだと思ってますし、そうありたいと思ってます” ”少なくとも。このNWにいる、私が知る範囲での第七世界人は欠片も殺しを望んでません。この世界を良くしたい。あなた方と楽しく暮らしたい。そう思って行った行動のいくつかは” ”結果的に、恐ろしい数の死者を出す等の、けして見たくはなかったものとなってしまいました”  穏やかそうな見た目に反して、時折現れる言葉の端々に譲れないものを持っているような、そんな印象を受けた。一般的に言う男らしさ、で測るとすれば、彼はそういうポーズはとらない人のように思えた。口先だけの男にはうんざりしていた所だ。 「もう一度話してみたいな」 温かいカップを両手に包んで彼女はひとりごちるのだった。