じゃあ、藩王に連絡してきますね、と電話に向かう美弥を横目に、玄ノ丈はベッド脇に置いてあった端末を引きよせた。  めんどくさい、とばかりに緩い動きだった。 「まあ、ここから取れる情報にも限りはあるが…なにせ専門外だからなあ…」  基礎教養だけでも頭に入れておかないと、事件の調べようもないだろう。  ここに来て覚えた、ごくごく単純な電子書籍ソフトを立ち上げて、頭が痛くなるような単語を読み始める。  どうせ暫くは遠くにも行けない。近場の街での情報収集がせいぜいだ。  ちらりと部屋の外を見る。  自分の伴侶だって、ごく普通にやるべきことをやっている。 「なるようになる、か」  いくつかのことを考えながら、玄ノ丈は<暇つぶし>をはじめた。 /*/ coffee break /*/  落ち着きがない昨今の情勢の中。  玄ノ丈と美弥の、二人の家で、玄ノ丈はとても暇そうにしていた。  くたりとソファーでくつろいでいる。 「玄ノ丈さん」  美弥が声をかけて側に行くと、「ん?」と軽く首を傾げて反応された。  ……かわいい。  本能のままに、更に距離を詰めて飲み物はテーブルに置いて自分はソファーに座り、ごろごろと甘える。(そこまで一挙動だった)  と、機嫌良くなでなでされた。  しあわせだー。 「大きなヤマだ」 「ですね」  なでなでされるがまま、玄ノ丈にもたれる。  くっついているところが暖かい。  家に二人いるのは、とてもよい。いろいろ、いろいろあったからというのもあるが、好きな人と一緒にいられるのは、こう、純粋に、よい。  しあわせだー、とふやけた思考を情勢に戻しつつ、玄ノ丈の話を聞く。 「が。金が使えないんじゃ、環状線もロクに乗れないわけで、回復までには随分かかりそうだ」 「お金をまわせないと、流通その他、厳しいですね。うちの国は、観光収入の割合も大きかったですし」 「まったくだ。まあ、スーパーインフレが始まって、こっちで約1ヶ月、なんの手も打てなかったのはミスだろうが」  ちょっとため息のような仕草が垣間見えた。  なにか、別の事かな、と思いつつ飲み物を勧めると、玄ノ丈が喉を湿らせつつも言葉を継いだ。 「他にもあるかもな」 「他に、というのは?」 「わからんが、外交費用を大統領府が出すと、経済破綻する理由が、個人的によくわからん。だからかもしれん」  どちらも経済専門家ではなかった。  ので、二人してうーん、と首を傾げる。 「こちらでも、よく理解できてなかったとこです。対処に追われて、そのあたりはつっこめてないですね」 「まあ、金が増えてインフレになるのは、TVのニュースで何となく分かった」  諸々の対処が終わったら考えるやつも出てくるだろう。  そうひとつ頷き、玄ノ丈は言った。 「実際、調べてみてそれだけなら、まあ、次から金の使い道を考えようで終わる」 「ええ」 「まあ、暇なんだな。実際」  最初に戻る、とばかりに暇そうにしている玄ノ丈を、美弥は軽く抱きしめた。  触れている面積が増える。 「相手が経済だと、動く人も動き方もかわってきますしね」  身体を受け止められる。  なでなで。  撫でられて、ふにゃりとした。なでなではよい。  こちらに心をくばっていてくれるのが分かるのだから。  いいんだけ、ど。 「電車代もないんだがな」  なでながら苦笑された。 (でんしゃだい…)  インフレ=お金が意味無くなる=お金足りない。  …外に出るにはお金が要るのか。  はたと思いついた。 「あう…それでうちにいるんだ。ちょっと、うれしいですけど」  同じ状況の人がたくさん、なのだろう。  とはいえ、家に玄ノ丈がいるのは本当に嬉しいので、感情のままに微笑んでしまう。 「いやまあ、俺はごろごろするでいいが、農家以外は大変だぞ。今は」  うなづく。  確かにそれは、自分たちも危惧していたことではあるのだ。 「ええ、うちの国は食料生産地あるから、そちらの支援を厚くしつつ。都市船関係は、どうなっています?」 「うかんだままだな。まあ、水と空気には困らない」 「確かに、潜行しちゃうと空気の問題でてしまいますしね。かといって、そのままでいつまでもいられないし……にゃうう。けっきょくまず経済建て直し、か」 「で、それは俺の専門外だ」  いっそのこと清々しいまでの言い切りに、ちょっとだけ笑った。  このひとは(こういう人達はと言うべきか)、できることとできないことを明確に区別できているのだ。  そして自分は、専門ではないにしろ、話をしなければいけない立場なのだった。 「うん、そのへんは藩王摂政と話し合ってみる。まず状況がぜんぜん把握できてなかったのが、こっちの問題だったから」 「まあ、でのみというやつで、ようやく回復基調だ」 「うん、あとは回復の波に乗り遅れないようにですね。そのへんは藩王もあれこれ話してたし」  頭を玄ノ丈さんにあずけてあれこれと考える。  ごろごろしたり抱きついたり始終くっついているせいか、なんというかほわほわする。  玄ノ丈さんは相変わらず、なでなでしてくれるし。…うん、なでてはくれるんだ。  心の中で、多少考えてはうーんと却下してみたり。 「それがいい。俺も暇つぶしする」 「はい。えーと、暇つぶしって?」 「今回の経済事件を調べてみる。専門外なのは分かってるが」 「ううん、裏がありそうでなさそうで気持ち悪いのも確かだし。調べてくれると助かります」  なんだか無性に口づけたくなって頬にキスすると、玄ノ丈は笑った。 (ん、だいじょうぶそうなきがする)  更にごろごろと甘える。 「にゃー、その前に今ちょっとだけ甘えさせてください」 「?」  撫でてくるその腕を取って、封じて。 「さっきから、なでられるばかりなので」  少し長めに口づけた。  からかうような笑いを返される。 「お前は忙しいんじゃないのか?」 「藩王と連絡とれるのは、数時間後です。忙しいけど、編成はもう終わらせてるし、今この時間は待機だから、ゆっくりしてるんですよ」 「なるほど」  微笑んで説明していると、玄ノ丈に押し倒された。  視線の先に玄ノ丈がいるのが、たまらなくうれしかった。 「数時間ね」 「うん」  玄ノ丈に優しくキスをされ、うっとりと目をとじた。 「ゆっくり会いたくて、時間あけてきたんです」  頬や口の端に唇を触れさせ、最後にキスのお返しをする。 「愛してる」 「私も、愛してます」  美弥は、目の前にいる想い人を抱きしめた。 /*/