最近、私は変だ。ふと気付くとある男性のことを思い出している。 名前は『吾妻 勲』さん。なんでも奈良の方で事務をやっていて、師団と言っていたからには軍人なのだろう。このご時世だから、近畿地方所属の学兵が簡単に小笠原まで来ることはできはしない。若いながら結構なエリートなのかもしれない。 両目の色が違って綺麗で、髪もほのかな銀の輝き。  クリスマスプレゼントの後に、現れた人。  優しい笑顔と私の全てを肯定し、包み込んでくれるような人。  かと思えば、急に告白して私の心に核級の大打撃を残して行った人。  ・・・・・・・・・そして、中々会えない人。  そして、今日もまた気付くと私は吾妻さんの事を思っていた。  吾妻さん。あなたの告白は本当なのでしょうか?  吾妻さん。あなたの喜ぶ服装はどんなものでしょうか?  吾妻さん。あなたは今度どんなお菓子を持ってきてくれるのですか?  吾妻さん。今度はどこで会えるのでしょうか?  吾妻さん。吾妻さん。吾妻さん。吾妻さん。吾妻さん。吾妻さん。吾妻さん。・・・・・・・・・  吾妻さん、・・・・・・・・・今度は何時、あなたと会えますか?  /*/  これは不器用で初々しい二人のお話し。  男の子は女の子に恋をした。  女の子は男の子との時間を積み重ね、恋をした。  そんな二人のある一時。  /*/  また、ゲームをしている。吾妻さんからのお誘いを受けたからだ。  最近は忙しいのか、ゲーム内で遭うようになっている。それにしても、このゲームは凄い。感覚の再現度が並外れている。  目の前に広がるのは、小高い山々。それぞれが赤と黄の入り混じりで染め上げられている。紅葉と言って本州では秋に木々が色づき、葉が落ちるという。TVなどで知識としては知っていても、実際に見るのとでは大違い。小笠原では見られない風景。  「里美さん、お久し振りです」  振り返った先にはかの人が、いつもの優しげにはにかんだ表情と共にいた。気のせいか、心臓の高鳴りが一段上がったような気がする。  「えーっと、どうかされました?」  「すごいですね・・・」  「あぁ…ここの景色ですね。実は僕もこうして見るのは初めてでして」  振り返る吾妻さんの横顔を、なんとは無しに見つめてしまう。線の細い身体、整った顔立ち。全てが大きい私とは大違い。  「綺麗・・・赤い、葉っぱ。TVでしか、みたことなくて」  ぽろりと漏れた吾妻さんへの印象。慌てて誤魔化そうとはするけれども、わざとらしい。なんで自分はこうなのだろう。でも、彼は  「あぁ…そう、でしたか。喜んでいただけました?」  なんて、またこちらの心を溶かすような極上の笑みを返してくれる。喜ばない訳がない。例えゲームの中だとしても、貴方と会えただけで嬉しい私が居る。心臓の高鳴りがまだ1ランク上へシフトする。慌てて首を振る。顔が火照っている気がするのは気のせい?  落ち着こうとついつい刻むステップは、身に沁み込んだリズム。慣れ親しんだリズムを生み出し続け、徐々に火照りは収まってきた。  「すごいですね。あ、えーと」  一呼吸を置く。以前は何気なく呼べた名前。でも、今は唇に乗せるだけで切なく響く音の連なりに変わっていた。  「吾妻さん」  言えた。安堵が心を包む。  「はい、なんでしょう?」  そう言って、吾妻さんが近付いて来る。え、なんで? 予想外のリアクションに戸惑ってしまう。傍に寄られることが嫌なわけじゃない。でも、何か怖い。自分がどうにかなってしまいそうで。  「なんでもないです。すみません・・・」  「え、えーっと、その…。仰ってみてください?」  吾妻さんは自分の耳を指し、片手を当てる仕草。言える筈が無い。だって・・・・・・・・・。  「え、えっと、ええ、いきましょう!」  そうごまかし、歩き出す私を彼は少し残念そうに見ていた。・・・・・・・・・ごめんなさい。  /*/  少し気まずい気分で言葉少なく歩く山道。吾妻さんは私が滑らないように、陰ながら気を遣ってくれていた。自分は大事にされていると実感する。  見上げる道の先は急ではないけれど、延々と続く。空気や山の生きとし生けるものの発する音や匂い、すべてが小笠原の自然たちとは違う。語りかけて来る彼らの言葉は新鮮で。それはとても、心躍る。ゲームであることすら、忘れさせてしまう。  「いかがですか、里美さん」  少し置いた間と包み込む自然は私を緊張から解いていた。問われてまず思うのは。  「寒いです」  小笠原との違い。そう言えば、紅葉は寒くなるのを契機に始まると聞いた覚えがある。ほぅと吐く息は白い霧となり、消える。  「地球じゃないみたい」  でも、小笠原しか知らない私からすれば、ここはどこか別の星のようで。  「おおっと、それはいけない」  慌てる彼は自分の上着をさっと掛ける。昔見たTVドラマにこんなシーンがあった。まさか、自分自身がそんな身分になるとは思わなかったけど、ちょっと嬉しい。  「す、すみません」  でも、また気を遣わせてしまった。本当に私は、この人に何かをして貰ってばかり。  「すみません、気付かなくて」  「ありがとうございます・・・綺麗です。嬉しい」  謝ることはないのに。余りにも気を遣われすぎて、恐縮してしまう。私には感謝の言葉を言うぐらいしかできなくて。だと言うのに、彼はまた蕩けるような笑みを浮かべる。  「…良かった。あなたがそうやって喜んでくれると、僕も嬉しいです」  「田舎ものに、親切なんですね」  「田舎ものだなんてそんな…」  そんな己を卑下する言葉を紡いでしまう。困ったような彼の顔で自己嫌悪という棘は、己を傷つける。本当にこんな私は嫌だ。嫌なのに。  再び言葉は減り、葉を踏みしめる足音が静寂を支配していった。  /*/  登り続け着いた先には小さなお店。飲み物やちょっとした食べ物を売っている。  「里美さん、少し休憩しませんか?」  吾妻さんは先程のことなんて何でもないかのように、微笑みかけて私を建物へ招き入れる。入り口にすっと入る彼。私は少し屈まないと入れない。胸が鈍い痛みを訴えた。  彼が選んだ席は店の奥側、窓からテーブルがせり出し、横にベンチが3つほど並んでいる。窓からは山並みが一望できる席。赤と黄が乱舞する様も見上げるのと、見下ろすのとではまた違う。  私は吾妻さんから少し離れて座る。そういえば、家族以外の男の人とこんな近くに座るのはいつ以来だろうか。思い出そうとして止める。  「その…隣に行っても、良いですか?」  「で、出来ればそこで。隣だと・・・」  言いたくは無い言葉の続き。それは自分が最も気にしていることで。  「私が大きいこと、わかるので」  周囲から一番思われたくないこと。  「す、すみません。気が利かなくて」  それは謝罪の言葉。同時に、私が大女だと肯定する言葉でもある。また、胸がちくりと痛む。彼の顔を見ることが辛い私は目を逸らした。  「…えい」との言葉と私を呼ぶ彼の声が耳に届く。彼の顔を見るのが怖い。でも、恐れ恐れ見上げた私に向けられる彼の視線はとても真剣で。  「僕だけを見てください」  瞳と瞳が通じ、彼の視線が柔らかくなる。  「誰の視線も気にしないで。僕の視線だけ感じてください」  噛み含めるように優しく、しかし凛とした声。それは男性の持つ力強さ。ドキっとしてしまう。  ゆっくりだけど、頷くことができた私を見て、彼もまた頷きを返す。  「ありがとう…」  こちらを安心させるかのように微笑を浮かべる吾妻さん。いちいち反応が大きい自分が情けない。  「す、すみません。小動物みたいで」  こちらの言葉に対し、ゆっくりと首を振る彼。ああ、そして。また小動物みたいにどきどきしている私。  「大丈夫ですよ。僕が里美さんを守ります」  「…その、そういう所がまた、かわいい」  一度視線を逸らし、言い切る吾妻さんの頬が少し赤くなっているのは気のせい?でも、私の方はもっと酷い。頭の中で大きな鐘が乱打され、視線が定まらない。もし、立っていたなら座り込んでいただろう。  「大丈夫…大丈夫です」  言葉は遠く、その意味が分からない。ただ、できることをする。疑問への答えを求めて。  「なんで、ですか、何で私に?」  少しの無言の瞳同士で視線が絡み、気付くと私は彼に抱きしめられていた。温かい。此れが男の人の体温………。あんな華奢に見えた体は、思いのほか固い。  「最初に言いました。一目惚れだって。覚えてませんか?」  そして、止め。分からない、判らない、解らない。吾妻さんの言っている事がわからない。  だって、だって、だって、だって、だって。  男女の意味で誰かを好きになったことはあっても、誰かに好かれたことはないから。  「…大丈夫です。」  何かを言われているけれど頭は真っ白で、紡ぐべき言葉は判らず。ただ、確かなのは。  私を包み込む彼の熱気と力強さ。  「里美さん…もう少しだけ、こうしていても良いですか」  「ひゃい・・・」  それからどのくらいの時間が経ったのだろう。凄く長いようで、実は短いのかもしれない。気付くと彼は離れ、少しの肌寒さを覚える。  寂しいの、私は? 破廉恥な気もするけど、ああ、もう。思考は未だ定まらないで、頭の中を得体の知れない衝動がぐるぐる駆け回っている。  「えーっと…、里美さん、また外を見に行きませんか?」  「は、はい」  掛けられた声に背筋が伸びる。  「私で良ければ」  「ぜひ、お願いします」  少しかすれた声の私に比べ、笑顔と共に吾妻さんは落ち着いた声で私にお願いする。こんなにも落ち着いている吾妻さんは見た目よりずっと大人で、恋の駆け引きには慣れているのだろう。1人ぐるぐるしている自分が恥ずかしい。できたことは小さい肯定とばかりにあごを引くことだけ。  建物を出ると展望台となっていて、遠くまで一望できた。山の向こうには街が見える。でも、今の私にはそんな景色を楽しむ余裕は無くて。  「里美さん、いかがですか?」と振り返る彼に抱きついて、顔を隠すのがやっと。もう、自分の中で暴れまわる何かをどうすればいいのか判らない。  こんな自分を見て欲しくないし、彼を見たら見たでどうなってしまうかも判らない。  「すみません・・・みないでください」  涙交じりの私の声に「はい…」と答える口調は優しく。髪を撫で始めた優しい手つきは、私の中の凝り固まった重しを溶かしてゆく。我慢はとうの昔に売り切れ、堰を切ったように涙が溢れ出す。  「大丈夫…何も心配、要りませんから」  少し心配そうに言う彼。  「そういうのではなく」  全てをいうのは恥ずかしく。今はただ、溜め込んでいた想いと喜びを私は受け止め、噛み締めた。 /////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////// 読了頂き、ありがとうございました。 誰かに必要とされる、頼りにされるというのは男冥利に尽きるわけで。 同じように人は誰しも、誰かを必要としています。 古関の自分への自信の無さに対し、否定はせずに受け止める吾妻さんがとても大人でラブい。 読んでいて背中がこそばゆくて、ほっこりとするログでした。 今後もお幸せでありますように。