『だぶるでーと?』 月光ほろほろは、幸福だったが、死にそうだった。 理由は合わせてふたつある。 幸福だった理由はすぐ隣にたたずむ女性、月華陽子にあった。 久々の再会であり、彼女がそばにいるだけで月光はしあわせだった。 さらに今回は艶やかな和服に身を包んでいたことも、喜びにの拍車をかけていた。 鮮やかな朱色の生地が陽子の美しさをよりいっそう際立たせており、つい見取れてしまう月光だった。 思えば最初に会った時も和服だったなと、昔を思い出す。 そう、ちょうど今いるような和室でししおどしが響く中、お見合いを――――。 と、そこまで思い出したところで腹に激痛が走った。 ぐふ、と唸りながら畳に手をつく。 月光は、なぜ自分がここにいるかを思い出してしまった。 今回のイベントは親への挨拶。 すなわち、これから知恵者に土下座ルートなのである。 開始地点はこの和室。 東国人らしく紋付きで正装し、知恵者(と書いて義理父さんと読む)の登場を待っていたのだった。 世の男性が大抵そうであるように、月光もむちゃくちゃに緊張していた。 予約日程が決まったその日から睡眠が浅くなり、食欲も減退するほどに。 どうにかしようと頑張ってはみたものの、努力のかいなくゲーム開始した今になっても腹痛がおさまらないのだった。 それこそが、月光が死にそうな理由だった。 「だ、大丈夫ですか?」 月光の様子に気付いた陽子が、心配そうに背中をさする。 「あ、ありがとう、ヨーコ……」 まんま orz の状態で、腹の痛みと背中の心地よさの間に挟まれた月光は、睡眠不足もあいまっていつしか走馬灯的なものを見始めていた。 あぁ、和服姿もキレイだなァ。水着や5121の制服もいいけど、これはこれでまた違ったオモムキがあるというか、いや私服も好きというかもう全部好きだけど。 これで料理も得意だなんてさすがです、さすがすぎます。きんつばもらくがんも最高にうまかったし。また食べたいなぁ、頼んだら作ってくれるかな。 そうだ、きんつばと言えばお見合いで志水にソックスを奪われなくてよかった、ほんとよかった。あそこでハントされてたら絶対運命変わってたよなァ――――。 などと夢の世界へトリップ寸前だった月光を余所に、入口のふすまがスーッと開いた。 (き、来た。ついに……!) ごきゅり、とつばを飲み込む。 はたして、部屋の中へと入ってきたのは ベルカインと山吹弓美だった。 「………え?」 一瞬、思考が止まる。 おかしい。たしか予約の段階では知恵者を呼んでいたはずだ。 それがいったいなぜベルカインになっているのか? いや、そういえば裏番組で生活ゲームをしていたのは彼女、山吹弓美だった気がする。 ゲーム前のイヒヒ笑いはなにかと思っていたが、まさかこういうことだったとは……。 と、そこで月光、山吹と目があう。 互いに頷きあう二人。 i言語使用開始。 #山吹さんなんでここにいるんですかー!? #それこっちが聞きたいよぅ! 日本料理食べにきたの? #えー? すみません、言ってる意味がよくわからないんですが……。 #なんかね、デートしてたらいきなり知恵者が出てきて、おいしい日本料理のお店を教えてくれたのー #それたぶん知恵者(と書いて孔明と読む)の罠ですよ。こっちはヨーコさんの親に挨拶するつもりだったんですから。 #そっかー、それでこっちに誘導したわけだね。 #おそらくは。まだ罠があるかもしれないんで、気を引き締めていきましょう。 #うん、了解! この間わずか0.2秒。 まさに愛とタイピング速度のなせる技である。 すごいぞi言語、がんばれi言語。 などというやりとりの末に二人が裏窓を立ち上げた頃、残された二人の相方同士は 「ベルおとーさん……?」 「?」 信じられないものを見たように驚く陽子とは対称的に、ベルカインは何もわかっていない様子で微笑んでいた。 /*/ とりあえず食事にしましょう、というベルカインの提案により、四人はおとなしく席についていた。 はじめの内こそ会話も少なかったものの、それも料理がやってくるまで。 豪華絢爛な懐石料理は四人の心を解きほぐした。 「わぁ、このお刺身おいしい! ヨーコも食べてごらんよ」 「はい、いただきますデス」 「この天ぷら、なんでこんなサクサクなんだろう……なにか秘密でもあるのかしら」 「素晴らしい料理ですね。故郷のそれとは、だいぶ違いますが」 なごやかに食事が進む中、月光は陽子がベルカインを見ていることに気づいた。 「彼が、気になる?」 「あ、いえ」 陽子は少し迷って、口を開いた。 「おとーさんに、よく似ていまス」 もういないはずの、と言う陽子に、月光はなんと答えるべきか少しだけ考えるように目を閉じた。 「……そっか」 結局、正しいとも間違っているとも答えずに、曖昧に頷いた。 正直に伝えて良いものかわからないという事情もあったし、何かが変わってしまう気がして、少しだけ怖かったということもある。 なんにせよ、それは今でなくてもいいじゃないかと、月光は思った。 そんな折、山吹はお箸を器用に使いこなすベルカインを見て言った。 「わ、すごい。おはしも使えたんですねぇ」 「ISSで英吏に教わりました」 山吹は優雅に箸を操りつつしょうが焼き定食(8わんわん)を食するベルカインを幻視した。ちょっと可愛いかもしれない。 「カップ麺を食べるには、これが使いやすいからと英吏が」 「Σ」 ベルカインにカップ麺。 あまりのミスマッチに月光は吹き出しそうになったが、どうにかこらえた。 一方、山吹は顔を真っ赤にして悶絶していた。 え、そこでツボるの? と月光は思ったが、嫌な予感がしたので口にするのはやめた。 ちなみに陽子は、瀧川がよく食べていたなぁと昔を思い出していた。みんな元気にしているだろうか。 そうこうしているうちに、山吹がプルプル震えながら起き上がった。肩で息をしている。 「ハァ、ハァ、あやうく萌えs……じゃなくて! 身体によくないからカップ麺は禁止ー!!」 「でも、美味しいですよ?」 キラキラの笑顔でそんなこと言っちゃうベルカイン。 そのあまりの無邪気さにそれ以上はなにも言えずにただ顔を赤くする山吹であった。 月光がふと横を見ると、陽子はクスクスと笑っていた。 月光に身体を寄せて、こっそり耳打ち。 「なんだか、好き嫌いを叱るお母さんみたいですね?」 「ふふっ、たしかに似てるね」 そうすると、ベルカインは山吹さんの子供ってことになるのかなぁと思う月光。 「とにかくっ、もっと身体に気を使いなーさーいー!!」 「あー、ではこういうのはどうでしょう。今度、散歩がてら四人で春の園までピクニックに行くというのは」 だんだんエキサイトしてきた山吹を止めようと、月光は話題を変えにかかった。 陽子も嬉しそうに手を叩き、それに続く。 「楽しそうデス。おべんと、つくりますね?」 「え? えっと、私はいい、けど」 ちら、と隣のベルカインを見る山吹。 もちろん、とそれに応えるように微笑んだベルカインは言った。 「ぜひ、参加させてください」 「よし、決まり。 楽しいピクニックにしましょう!」 笑顔で交わされた約束が、果たされるのはいつの日か。 四人はちいさな期待を胸に、それぞれに想いをはせた。 To Be Continued NextGame⇒『ぴくにっくでーと?』